フェリアス
前話同様、1章エピローグから約1年後。
フェリアス王子のお話です。
「あ~、頑張ってるねえ、弟くん」
早朝の王宮の鍛錬場で、僕の専属護衛のアルバスと、ザイディーン王国からのお客様っていうか留学生であるルーファスが、剣を合わせている。
まだ16歳と成人したてだけど、アルバス相手になかなかいい腕だ。彼に勝てる程ではないけどね。
珍しく早起きした僕は、毎朝ここで鍛錬してから僕のところへやってくるアルバスに、久しぶりに付き合ってみようかな?なんて思って来てみたけど、2人の稽古を見学しているのが結構面白い。
「なんていうか、剣を振るう姿も、お兄さんに似てるよねえ。でも、弟くんの方が素直そうな剣筋」
ルーファスがここガイザール帝国に留学してきてから、もうすぐ1年になる。
最初、ヴァレルで起きたハーメリアの一件から王宮に戻り、母である女王から留学生を引き受けたと、ルーファスに引き合わされたときは、兄弟良く似た容姿だなあと感心したものだ。
だけど、それなりに付き合ううちに、その印象も変わってくる。ヴィクトール殿下は、シャロン以外のことでは、人に感情を読ませることはしないし、隙のないかなり食えない王子だ。一方、ルーファスは、兄を慕い、兄を助けて国の為になりたいと一途に努力している、まあかわいらしい王子だ、と思う。僕より2歳ほど歳下のせいもあるのかもしれないけど。
「フェリアス殿下、おはようございます。今日は早いですね!」
今だって、アルバスに剣を落とされながらも、しっかり礼を言って、こちらを振り返って笑顔を見せる。
賢いし、強いんだけど、なんていうか、人の悪意には鈍感そうなんだよね。ちょっと心配になる。
だから、僕がその辺りをちょっと育ててあげようかな?なんてガラにもないけど、考えてはいるんだよねえ。シャロンからもなんとなく、よろしくって言われてるし。
「おはよ。今日も朝から頑張ってるね〜」
そう言って僕は2人を手招きで呼んで、
「朝食準備してもらうから、久しぶりに3人で食べようよ。ま、でもその前に汗流してくれば?」
と誘う。案の定アルバスは遠慮したけど、命令だからと言えば渋々頷いた。
「ルーファスさあ、今日からしばらく僕に付き合ってよ。母上には許可もらったし、学院もさ、もうすぐ夏休みで落ち着いているんでしょ?」
朝食が済んだところで、僕はそう言って、彼に切り出した。
「はい、それは構いませんが。一体どこに?」
ルーファスは素直に首を傾げる。
「外遊っていう名の視察かな?うちの同盟国だよ。わかる?」
「殿下、流石にそれはひどいです。僕だって一応成人王族ですよ。イリスとメレディスですよね」
言葉のまま素直に反応したルーファスに、僕は苦笑した。人の言うことは、ちゃんと聞こうね?
「うん。僕が聞いてるのはさ、視察が必要なのは、どっちだと思う?ってことなんだけどな」
ルーファスに噛み砕いて、もう一度聞いてみる。これで迷うようなら、まだ連れては行けないな。
「!?……失礼しました、殿下。それではまずはメレディスですね。必要に応じて、セイレーン神国に赴くことも考えておいたほうがよろしいですか?」
表情を改めたルーファスが言い直した。うん、いいね。ちゃんと通じた。
「ふふっ。さすがルーファス。ちゃんと成人王族だね。よく勉強している」
「あまり褒められている気はしませんが、ありがとうございます?」
複雑な顔で、ルーファスは言った。こういうところがかわいいと思う。
「じゃあ、なんとなく僕の意図もわかっただろうから、必要な情報を準備しておいて。昼過ぎには転移網を使って出発するからさ」
僕には空間属性が無いから、魔力は多くても転移は出来ない。アルバスかルーファスに連れて行って貰うことは出来るけど、急な用事でもないから普通に転移網を使えばいいと思う。
ルーファスは、早速準備にかかるからと退室していった。僕も準備をするべく腰を上げたところで、アルバスがボソッと呟いた。
「珍しいですね、殿下。なんだかんだと、彼のこと結構可愛がっていますよね?」
「ヴィクトールと違って、育て甲斐あるじゃない? アルバスもそうでしょ?」
そう彼に問いかければ、苦笑いで、そうですねと答えたのだった。
情報は、国をを左右する力だ。
歴史や文献や論文、有力者と呼ばれる人物の発する言葉、趣味嗜好や行動記録、日常に起こる小さな事件、事故など。
人の思惑、意志が、そこに見え隠れするものだから、何かおかしいと僕の感覚に引っかかるものがあれば、僕はそれが明らかになるまで自分で確かめないと気がすまない。
そして、集められた膨大な情報から、人の思惑を探る。
多方面からの情報を分析して、その人が取るであろう行動を予測することで、帝国に害を及ぼす因子を排除する。
母上の占術と僕の情報分析力で、少しでも帝国の役に立てているなら、将来僕のやろうとしてることへの罪滅ぼしになるかな?って思ってる。帝国の王位継承権が、血で繋がるものではないことも助かっている。それでも僕は、立場はどうしても女王の息子だから、せめて国のために少しは役に立たないとね。
ただ、今回はちょっと違う。今回は、80%位は僕のための個人的な調査かな?
20%位は、もしかしたら何か見つかるかもしれないけど。
最近、チラホラ聞く噂話が僕の耳に入ってきた。メレディスに聖女が現れた、という話。ルーファスも知っているということは、結構広まっているのだろう。シャロンはメレディスには立ち入っていない。それは確認できている。じゃあ、誰が何のために、聖女を騙るのか?
「ルーファスと僕は髪と瞳の色を変えていこうか? で、僕のことはフェルって呼んで。もちろん敬称なんてつけないでよ。ルーファスはまあ、ルーファスでいっか。アルバスはアルでいいよね?」
王宮の転移網に立って、一通り服装をチェックすると、僕とルーファスは色を変えた。二人共茶色の髪に焦げ茶の瞳だ。顔立ちは変えようがないから、人の記憶に残りにくいような認識阻害をかける。僕もルーファスも闇属性魔法は結構得意だから、特に問題はない。
アルバスはもともと表に立つことはないから、特に変えていない。
着いた先は、メレディスの王都にある帝国の離宮に置かれている転移網。そこから僕達は王都に出て、拠点とする宿を決めた。護衛の問題もあるから、部屋は3人部屋だ。ルーファスとアルバスは、転移のための座標を取った。いざとなれば、とりあえずここか離宮に戻ってくればいい。
「探す情報は、わかる?」
僕はルーファスに尋ねる。
「まずは、聖女の行動と人物の特定ですか?」
「そうだね。とりあえず手分けして探そうか?まあ、地理の把握がてらグルっとまわって、夜に集合ね?」
「はい。じゃあ、行ってきます」
そう言って、ルーファスは出掛けて行った。僕とアルバスも時間をあけて宿を出る。賑やかで活気のある街だ。
最近この街を中心に広がる聖女の噂。僕達は今回それを実際に確かめに来た。
噂は偽りだ。それはわかっている。だが、詳しい内容や、その目的を探らなくては。
シャロンを貶めるようなことは、僕は絶対に許さない。彼女の苦悩や慈愛を知らないで、簡単に聖女を名乗るなんて、ふざけるな!
「ヤヌス公爵令嬢サーシャ様。18歳。黒髪に紫の瞳で、美しい女性だそうです。転移魔法を始め、治癒魔法に優れているみたいですね。あちこちで怪我や病を治してもらったという話を聞きました。魔獣を氷魔法で撃退したという話も聞いていますから、光、空間、水の属性持ちですね」
夜、宿に戻って夕食を部屋に用意してもらい、3人で食べながら、ルーファスから今日の成果を聞いている。ほんの4時間程だけど、まあまあかな?
「うん。僕もだいたいそんなところかな?概ね好意的な話ばかりだね。ところで、ルーファス、文献上の聖女の情報は持ってる?」
「創世記に書かれている、セイレーン女王が転生されたという話ですよね? 神から愛されおよそ100年ごとに転生を繰り返し、大災害をその命を持って収める為、20年ほどしか生きられないという」
「そっか。君は、知らされていないんだね」
ザイディーン王国は、宗教と教育をきっちり分けているから、ルーファスにその程度の知識しかないのはわかるんだけど、シャロンのことはどうやら彼には明かされていないらしい。でも、ヴィクトールの婚約者なんだから、流石に国王陛下は知っているか。まあ、これまでのルーファスを見ていれば、そうなんだろうな、とは思っていたけれど。
「え?」
不思議そうに顔を上げたルーファスに、僕は首を振る。
「いや、うん。そんなところかな?で、サーシャ嬢は本当に聖女だと思う?」
「判断しかねますね。僕は文献上でしか聖女を知りません。でも、聖女だと名乗りを挙げることに意味はあるんでしょうか? サーシャ嬢が今18歳だとしたら、あと数年しか生きられないことになります。そして、大災害も同時期にやってくる。名乗りを挙げることで、かえって民に不安を与えませんか?」
うん。そうなんだよね。聖女が現れた地に大災害がくることは、周知されているんだから。だからシャロンの存在は、大国の限られた国主とその側近位しか知らないんだ。神国と王国と皇国、あとうちの帝国位かな?もしかしたらテンザント公国の公主も知っているかも?
「そう。でも、別に彼女は自分から聖女だと言ってるわけでは無さそうだ。あくまで、民達が聖女じゃないか?と噂をしているだけっぽいんだよね」
「……一度サーシャ嬢と会ってみる必要がありますね」
ルーファスが考え込みながら、そう言った。
「うん。でもどういう立場で出会うか?だけど」
「フェルの婚約者候補とか」
「はあ!?」
ルーファスの予想外の台詞に僕は思わず声を上げた。
「歳も一緒だし、ちょうどいいんじゃ? ねえ、アル? ほら、お見合い的な?」
ルーファスは、傍らのアルバスに視線を向ける。僕は、ジロリとアルバスを睨んだ。
「……殿下が、妥協出来るか?ですかね」
アルバスは逡巡した後、ため息をついて答える。
「どういうことですか?」
ああ!もう!!ルーファスの疑問に、僕は髪を掻き毟る。
「僕にはねえ、ずーっと恋い焦がれている女性がいるの。それこそ、彼女の為なら僕の命を掛けても良いくらいの!!ほんの髪一筋ほどにも、彼女に誤解を与えるようなことは、したくないの。わかる?」
「問題は、その女性に相思相愛の婚約者がいらっしゃることで」
アルバスが、ルーファスをチラリと眺めて、申し訳無さそうに言った。
「ええっ?フェル?それって、横恋慕って言うんじゃ……」
「言っとくけど、僕の方が先に求婚していたんだからね! 6年半も前からずっと好きだったのに、外国にいるからと全然会えなくて、彼女の家族も許してくれなくて、もう僕は国を捨てて移住しようかとも思ったけど、その前に横から掻っ攫われたんだよ!」
君の尊敬するお兄様にね!!とは、言えない。
「うん。ご愁傷様です」
ルーファスは、僕の勢いに押されたのか、素直に引き下がった。
「そうだね。だからお見合いは、君がやったらいいんじゃないかな?」
「僕? いや、立場的にそれはちょっと無理、です」
確かにメレディスの公爵令嬢に、ザイディーンの第2王子からの見合いをセッティングしたら、引けなくなるよね。メレディスは帝国の同盟国だから、ザイディーンが相手だと、政治的にちょっと面倒なことになりそうだ。
「はあ〜そうだよね。じゃあ、お見合い案は却下。っていうかさあ、こういうときこそ、魔法を使って夢枕に立つとかどうよ?」
話は大層ズレたけど、王道を提案してみる。僕達は国でも屈指の魔法師なんだからさ。
「う〜ん。そんな事可能でしょうか?」
「君の属性は?闇の他には何が得意なの?あ、ちなみに僕は、闇と水しか使えないからね!」
「空間と火と風……です」
「うわ〜4つも使えるなんて、贅沢!じゃあ、魔法式考えるからルーファスがやって!」
「え?属性外の魔法式をですか?そんなこと可能なんだ……」
ルーファスが目を瞠って驚いている。まあ、普通の魔法師はしないだろうけどね。魔力の消費効率が悪い上現出効果もそう高くはない、得意属性以外の魔法式を学んでも、使うことはないだろうから。
でも、ヴィクトールは、多分全属性やろうと思えば強引に使える。僕だって、魔法式の知識だけなら充分にあるし、全属性分ちゃんと理解している。
「僕は天才だからね。はあ〜ホントなんか辛い」
ライバルのことを思い出しちょっと落ち込みながらも、僕は、紙に魔法式の構成を書き殴りながら思案していく。
そんな僕に、ルーファスがボソッと呟いた。
「僕も、掻っ攫われましたよ、好きな子。未だに時々胸が痛みます」
「そう。君モテそうなのにね?」
「好きな女性に想われなかったら、意味ないですよね?」
「ごめん。本当にそうだね」
寂しそうにそう言ったルーファスに、僕も同意する。相手が誰だかは知らないけれど、僕と同じように実らない恋を抱えた彼に、多分なんとなくお互い共感めいたものを感じた。
それから、僕は黙って作業に没頭した。
「さ、出来たよ。どうかな?」
しばらくして仕上がった魔法式を、僕はルーファスに見せる。机の上に放置されていた食器は、既にきれいに片付けられた後だった。
ルーファスは、真剣な表情で魔法式の構成を検めていく。
「これは……わかりました。サーシャ嬢にマーキングが出来ればいけそうです」
「じゃあ、彼女が現れそうなところでマーキングだね。どのくらいの距離が必要?」
「そうですね。50デール位?サーシャ嬢をきちんと認識できれば。問題は、相手の魔力量が僕より多すぎると、弾かれるかもしれない」
「ルーファス、それは絶対無いから。じゃあ、彼女が現れそうなところを探るか。公爵家に耳を飛ばすよ」
ルーファスクラスの魔力量に勝る魔法師なんて、滅多にいないと思う。偽物聖女だし。
僕は小さな小鳥を魔法で現出させる。そして、それを公爵家に飛ばした。
数日後、準備は整った。
サーシャ嬢の外出時に遠目から彼女を確認し、マーキングも出来た。
夜も更けた今、宿の部屋から、彼女の夢に入り込む魔法式を組んでいく。ルーファスが組んだ構成に僕の魔力も乗せて、空間魔法と闇魔法を併せて展開させていく。
彼女と話すのは僕だ。ルーファスには魔法式を維持してもらう。
彼女の側にいれば僕だけでも可能だけど、ルーファスが空間魔法が得意で良かった。
「やあ、ヤヌス公爵令嬢」
令嬢の夢に入り込んでいく。ルーファスが造ったその空間は、淡い光で満ちた優しい色の空間だ。ここは令嬢の深層意識の中。彼女の本来の姿で僕たちは向き合う。
黒い髪に赤い瞳を持つ、まあ美人なのだろう。変えているのは、瞳の色だけらしい。
僕も本来の僕の姿だ。
「!?貴方は?」
「ガイザール帝国のフェリアスという。はじめましてご令嬢」
驚く彼女に、僕はにこやかに答える。そして、魔法だよ、と言うように彼女に魔法式を浮かべてみせた。
「フェリアス殿下!あの、一体?これは?」
ちゃんと僕が王子だということは、認識できたらしい。
「君の噂を聞いてね、確かめにやって来た。わざわざ瞳の色を変える魔道具まで使って、慈善事業や魔獣の討伐を目立つようにやっているのは何故だい?」
「それは……」
「帝国にまで噂が届いているよ。聖女が現れたのでは?と」
「……」
言い淀む彼女に、僕はもう一つ魔法を重ねる。素直に話してくれるように。
「君の目的を教えてくれないかい?」
構成された魔法式が、彼女に吸い込まれた。
「私、我が国の王太子になる方と、婚約しておりました。政略的な意味もあり、我が公爵家は王家と並びメレディスを支えていくつもりでした。でも、その盟約を、王家が一方的に破棄したのです。理由は、王太子に想う方が出来た、と。しかも、お相手は爵位の低い貴族の令嬢。政治力も、教育も、魔力も、私には全く足りていない。
私も、公爵家も、王家のそのなさりようが許せませんでした。ですから、国民の支持を集め、世論を公爵家優勢に持ち込み、王家と王太子の力を削ごうと」
「ふ〜ん、なるほどね。確かに王家は浅はかだったね。でも、その手段になぜ聖女を利用した?」
「そろそろ聖女が現れてもいい時期ですが、別に、私が聖女だと明言しているわけではありません。あくまで噂ですわ。きっとこの大陸の何処かにはいらっしゃるのでしょうけど。
聖女の噂は広がりやすいですし、民を助ける公爵家の娘という良い印象操作が出来ます。皆様興味を持って広めてくれますから。
本物の聖女が殉じる大災害も、我が国にもたらされるわけではないと思いますし。その名を貶めるような行動もしていませんわ」
堂々と目的のために聖女を利用したと聞いて、僕は込み上げる怒りを必死で抑える。
「そうだね。でも君は、聖女の名を利用した。君と公爵家の私欲のために、わざわざ噂を手のものを使って広げながら。
聖女の名の、意味も重さも苦悩も知らずに、陳腐な慈善活動を免罪符にして、彼女を利用したんだ。
僕はそれが許せない」
「……ひっ!いや!」
僕の視線を受けたサーシャ嬢が、おそらく無意識に後ずさる。僕の手元にもう一つ魔法式が構成された。
僕はそれを彼女に向けて発動すると、ルーファスに合図する。
用事は済んだ。
「殿下?一体?」
すっかり夜も更けた宿の部屋で、アルバスが入れてくれた茶を飲みながら、ルーファスが僕に尋ねた。おそらく、僕が最後に使った魔法式のことだろう。ルーファスは、僕の怒りも感じていたはずだから、彼女に何をしたか気になっているに違いない。
「酷いことはしていないよ。他人に聖女と呼びかけられたら、ひどい頭痛がする呪いを掛けただけ」
そう、それだけだ。メレディスの王家は、もう少しちゃんと調べる必要があるけど、公爵家の言い分も理解できる。だから、公爵家がやることには反対しない。内政干渉だしね。ただ、聖女の名を使うな、という警告だけだ。
「呪い……すごいですね。令嬢の行動に特定した条件じゃなくて、呼びかけに応じて発動させるって」
確かに、呪術の発動条件は、呪いの対象者の行動に紐づけされている方が簡単だ。もっとも、呪ったそばから解呪されるまで続く、っていうのが一番単純なんだけどね。
今回は、第三者からの聖女と呼びかけられる言葉を発動条件にしたんだけど、それがちょっと複雑な魔法式になった。僕の魔力をそれなりに乗せて展開させたから、解呪も難しいと思う。
「あ、そっち?ふふっ、ルーファスは可愛いねえ」
僕は思わず笑ってしまう。ルーファスはそれに面白くなさそうに答える。
「僕は成人王族ですって。かわいいは流石に傷つきます。まあ、でも、殿下がわざわざここまで来た理由もわかりましたよ」
そう言って、ルーファスは言葉を切った。彼の碧眼が、まっすぐに僕を見つめる。
「殿下の想い人は、聖女なんですね」
「うん」
だから許せなかったんだよ。それだけなんだ。僕は頷いて、目を伏せる。
だから、僕はこうやってただの王子でいるつもり。
ルーファスはそんな僕に、今度は明るく言った。
「じゃあ、今回の視察も無事に終わったことですし、明日は純粋に観光でもして帰りましょうよ。せっかくここまで来たのですから!」
多分、聖女について聞きたいことは、山程あるんだろう。彼だって、王族だ。大災害のことも含めれば、全く知らないことが許される立場でもない。でも、あえて聞かずにいてくれる。
「いいのかい?」
それでもちょっと心配になって、尋ねてみる。彼は馬鹿じゃない。
「僕は第2王子ですし、おそらく兄上は既にご存知なのでしょうから」
そう言って浮かべたルーファスの笑顔は、いつもより大人びていた。
うん。ルーファスは、きっといろいろわかった上で、ちゃんと自分の役割も弁えている。
そして、こうやって僕のことも、思いやってくれるいい奴だ。
「では、明日のためにそろそろお休みになっては?」
アルバスが、僕達を寝台へと促した。
帝国に戻った僕は、それからも機会あるごとにルーファスをあちこち連れ回した。さすがに聖女案件は避けたけど。いろいろと育ててあげないと、なんて大義名分を掲げて。
それでもいつしか、ルーファスはいつも僕をフェルと呼ぶようになって、僕はまるで弟が出来たみたいで、なんとなく嬉しいんだ。
ねえ、シャロン?
君もヴィクトールとの日常に幸せを感じてる?
どうかいつか来るその日まで、たくさん笑っていて。
僕も後悔のないように、毎日過ごしているからさ。




