第1章 エピローグ
1章の最終話です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この後は、ザイディーン王国の王女様と王子様、帝国の王子様などのお話を挟んで、2章に行きたいと思います。
しばらくお待ち下さい。
翌日ヴィクトール達は、午前中にザイディーン王国に戻ってきた。
ヴィクトールとシャルロットは、国王の元に訪れると、今回の事件の顛末を報告した。
そして、シャルロットを王城の客室から、王太子妃の間に移したいと、ヴィクトールは国王に願った。二人の関係の変化を察した国王は婚姻を勧めたが、シャルロットが固辞し、ならばと、ヴィクトールにディアモンド侯爵を説得出来れば許可しよう、と条件を出した。
数日後、ヴィクトールとシャルロットは侯爵家を揃って訪れ、シャルロットが聖女であることを明かしたのだった。その上で、シャルロットの運命を変えるべく、ギリギリまで足掻くこと、そして、シャルロットを王太子妃の間に迎えたいことを願った。
シャルロットの両親と兄は、泣いたり、嘆いたり、怒ったりと大変だったが、二人の想いを理解し、最終的には許可してくれた。
話し合いの後、ヴィクトールは準備があるからと、王城に帰っていった。今晩シャルロットは、家族水入らずで過ごす予定だ。
明日、シャルロットは王太子妃の間に帰ることになる。
「お前とヴィクトール殿下が出した結論を、私達は支持しよう。だが、忘れないで欲しい。殿下がもし、君の運命を変えられなかったら、いつでも戻っておいで。君は、聖女である前に、私達の大切な娘であり、家族だよ」
翌朝、ディアモンド侯爵家は、そう言ってシャルロットを送り出したのだった。
シャウエンはセイレーン神国に戻り、父や叔父に、今回の一連の事件と魔女ハーメリアの関係について説明した。
ネレデイア神とハーメリアの像についてと、4代前の聖女の記録については、再調査することになっている。
それと同時に、今回使われた禁術と呪術についても、解明と解呪について記録に残すことにもなった。
そして、ガイザール帝国では、イリスの事件と女王の預言を解決して帰国したフェリアスが、女王と二人きりで向き合っていた。
「……以上が、この事件の真実です」
「そう。国民にどの程度公表するか、あなたは考えてる?」
「聖女と魔女のことは伏せて、スイレンが呪いに侵されて、伯爵や冒険者を殺害したこと、神国、王国の王族と私達がヤーミルの森で彼女を討ち取ったこと、スタンピードも無事に収束したこと。これはザイディーンでも同様に発表されることになっています」
「そうね。それが妥当なところだわ」
女王は大きく息をつくと、今度はフェリアスを母の顔で見る。
「あなたが、無事に戻って来てくれて、本当によかった」
「心配かけてごめん。またシャロンに助けられたよ」
「そうね。で、あなたはそろそろ王位継承を考えているのかしら?」
息子がシャルロットをずっと想い続けていることは、知っている。だが今回、ヴィクトールとシャルロットに会ったのなら、あの2人が互いに惹かれ合い婚約を結んだことも理解しただろう。
「ごめん母上。もう一つ許してもらいたいことがあるんだ」
そう言って真剣な顔で、アイリーンを見つめるフェリアスに、彼女はとてつもなくイヤな予感がした。
「ヴィクトールとシャウエンは、聖女の運命をひっくり返そうと必死になってその方法を探している。でも、どうしようもなかったら、僕はシャルロットの魂と僕の魂を結びつけて、二人で逝きたい。彼女を神から解放したいんだ」
「!?」
アイリーンは、思わず叫びそうになったのを必死で抑え込んだ。なんということを!!息子はいうのだろう。到底許せることではない。
「本当に申し訳ないと思っている。5年前も今回も、母上に酷く心配をかけたこともわかっている。でも、僕は、シャロンがこの先何度も、しかも記憶を持ったまま転生を繰り返すのはもう嫌なんだ。だって、彼女だってきっといつも別れは辛くて、生まれ変わった先には、もう誰もいなくて、そして彼女の周りの親や兄弟友人、彼女を想う皆が、多分今の母上や僕と同じ気持ちを持っていて、それをきっと彼女もわかっている」
アイリーンは、はたと実感する。聖女だから仕方がないと、きっとどこかで思っていた。でも、聖女はかつて母親であったし、彼女にもいつも家族はいる。
シャルロットは、どこか線を引いたように人と接する少女だった。それはどうしようもない、彼女なりの自己防衛だ。
ただ、周囲は? 今の彼女の家族は、きっとアイリーンがフェリアスを想うのと同じで。
フェリアスは、その瞳に怒りを浮かべて、アイリーンに言い募る。
「そんなのは、もうたくさんだ!僕はいつも僕や皆を助けてくれるシャロンに幸せになって欲しいし、それが無理なら、せめてもう、こんな運命を終わりにしてあげたいんだ!」
幼かった息子は、他人の一方的な悪意で理不尽に呪われその命を聖女に救われた。それから死にものぐるいで学び、努力し、立派に成長したと思う。でも、それは全てシャルロットの為だった。王位の為ではなかったのだ。
それでも彼は、ヴィクトールとシャルロットの幸せを願い身を引いて、シャルロットの運命が変えられないならば、最後に彼女と逝きたいと言う。
昔は一方的に押し付けられた運命に抗ったけれど、次は、自分の意志でその命をシャルロットの為に使いたいと言う。
親としては、とても辛いことだけど。到底許せることではないけれど。
こんなに優しくて、一途で、賢くて、強い息子を誇りに思おう。
「それは……ヴィクトール殿下とシャウエン国王には、何としても頑張ってもらわないと。でも、もし、それが敵わないのであれば、フェリアス、あなたがシャロンを連れていきなさい」
アイリーンは、やめて!と縋り付きたい気持ちを抑え、涙が溢れないように必死に息子に向かって笑ってみせた。
「そのときは、あなた達がずっと一緒にいられるように、帝国で弔うわ」
フェリアスは、そんな母の言葉に目を瞠って、やがて顔をクシャリと歪めた。
「ありがとう。母上」
ヴィクトールは、シャルロットに王太子妃の間を案内していた。数日前、イリスから王城に帰ってきたときから、侯爵家のシャルロットの部屋をイメージして簡単に整えさせたが、あとはここに住みながら、彼女の好みで好きに変えていけばいいと思う。
侍女たちが荷物の整理を済ませて、茶の準備をすると、ヴィクトールとシャルロットを残し退室していった。この部屋に入るということは、婚約中ながらも実質的には婚姻関係にあることを意味する。
「お前と出会って、そろそろ4ヶ月か」
ヴィクトールがソファに深くもたれて腰掛けると、しみじみと言った。
「まだ、それだけしか経っていないんですね。なんだかいろんなことがあったような気がします」
向かいに座ったシャルロットも、感慨深けに呟いた。
初めてヴィクトールと出会ったときには、この部屋に来ることなんて想像もしていなかった。ただ、淡々と終わりを待つつもりだったのに。
まさか、二度目の恋に堕ちるなんて思ってもみなかった。でも、この恋に執着しすぎてはいけない。ヴィクトールとの関係が、かつてのネレデイアとセイレーンのようにならないように、ちゃんと自制しなくては。
ヴィクトールは、そんなシャルロットの想いには気が付かず、彼女の呟きに答える。
「実際あっただろ?なかなか濃い4ヶ月だったな。シャウエンの言う通りだった」
「ふふっ。そうですね」
シャルロットが小さく笑う。
ヴィクトールはそんな彼女を見て表情を和らげると、茶を口にする。二人の間に心地よい沈黙が流れた。
ふと、窓の外に視線を投げ、遠くに小さく見える尖塔を眺めて、ヴィクトールが言う。
「この先、お前の聖女としての転生を終わりにするため、教会とやり合うことになるかもしれない」
「教会と?」
シャルロットが目を瞬き、聞き返す。
「ああ。だが、まあ、シャウエンやフェリアスにも意見を聞きたいところだな」
「フェルに?」
今度は首を傾げた。
ヴィクトールの言ってることがよくわからない。教会が転生に関係しているのだろうか?それにフェリアスは確かにいろいろ知っているだろうけど。
ヴィクトールは、珍しくいろいろ迷走しているシャルロットを、面白そうに眺めて笑う。
シャルロットから、確かな愛情を返してもらった今、フェリアスの言動も許せるのだから、現金なもんだと自嘲する。
「あの王子様は、おそらく聖女や神国とは違った方向から、物事を見れそうだからな」
「違った見方……そうですか」
たしかに、フェリアスはそうだろうけど、ヴィクトールの彼に対する態度がだいぶん軟化したのはいい傾向かも?と、シャルロットは思う。
ヴィクトールとシャウエン、そして、フェリアスやゼルメルとの縁も繋げられた。この縁が、どうかヴィクトールとザイディーン王国そして大陸の、良き未来に繋がっていきますように、と、シャルロットは目を伏せて微笑んだ。




