第35話
このあと、あと1話エピローグを投稿して、第1章は終わります。その後、ルーファスとかフェリアスetcのエピソードをはさみ、第2章を投稿の予定。
ヴィクトール達が、スタンピードをなんとか収めたのは、正午前だった。
街の中の被害は、ほぼ全ての人々の避難が完了していたため、わずかに残った腕に覚えのある10人程の冒険者が打ち漏らしで街までやってきた魔獣を退治し、ゼロに近かった。
ギルド長も街に残った1人であった。
街までやってきた魔獣は20頭に満たなかったが、そこそこの腕の冒険者10人がかりでやっと駆除可能なほどの手強い相手だった。
それを10にも満たない人数で、数千頭を殲滅した彼らに、ギルド長はその正体を察した。
深夜の森の奥から感じた魔力衝突、広範囲に張り巡らされた結界。引き起こされたスタンピード。
一昨日この街にやってきた若者たちは、王族達とその側近だ。そして、駆除したのはおそらく魔獣だけではない。最近の行方不明者の原因も、一緒に退治してくれたのだろう。
満身創痍といった体でギルドにやってきた、金髪碧眼の美丈夫は、しかしその視線は強い光を湛えたままで、ギルド長にスタンピードの収束を告げた。
そして、避難命令を解除し、彼らは明日まで例の宿で休息を取るので、夕方に食料だけ届けてもらえれば、他は干渉不要と言って、去っていった。
ギルド長は、深い感謝を持って彼を見送り、早速避難していった住民や滞在者に、脅威が去ったことを伝え、戻ってくるように伝達魔法を飛ばしたのだった。
宿に戻ってきた面々は、互いの無事を確認すると、リンと、アルバスにシャルロットとフェリアスの状態を確認した。
リンがシャルロットの怪我を全て治癒し、身を清めたあと、今は休んでいることを話す。魔力は枯渇していたが、少しずつ回復していることを告げると、一同はほっと胸をなでおろした。フェリアスもよく眠り、回復傾向だと言う。
続いて、ヴィクトールとシャウエンが遺跡で起こったことを報告し、今はただの塊となった黒い石を全員に示した。
そこからは、もう魔力や意志は感じない。
昨晩森の奥から感じた気配も、すっかり消えていた。
「一件落着ってことだな?じゃあ、俺は少し休む。もう年だな。夜通しの討伐はしんどいわ」
そう言って、ランドルフが疲れ切った体を引き摺って部屋に戻っていった。
レンが苦笑してそれに続く。
「たしかに、こんなに一晩で魔獣を駆除したのは、初めてでしたよ」
「転移どころか、魔力もほぼ尽きかけです。少しも動きたくないですね」
ニールセンも同意して、空いている部屋を確認して引き上げた。
リンとアルバスもそれぞれの部屋に戻っていく。
その場に残ったのは、シャウエンとヴィクトールだけだった。
ヴィクトールは、スタンピードの対応に向かった後、それは凄い勢いで魔獣を蹂躙した。
その勢いに、レンなどは少々引いていたぐらいだ。ランドルフとニールセンも、シャウエンに何か聞きたげだったが、彼は笑顔で首を振った。
残っていた魔獣をほぼ一人で駆逐したヴィクトールは、まだ暴れ足りなさそうではあったが、屑られた魔獣の遺骸を、淡々と処理する自分の側近達とレンを助けて、作業をほぼ終えると、一足先にギルド長の所に状況を伝えに転移して行った。
そして、全ての魔獣の処理を終え、貴重な素材だけを残して全て土に還すと、一行は宿に戻ってきたのだった。
シャウエンは、ヴィクトールに穏やかに声をかける。
「私達も少し休もう。宿には感知結界を張っておいたから、何かあれば気がつくだろう」
「ああ、そうだな」
未だ表情の晴れないヴィクトールを促し、シャウエンは立ち上がった。
「少し冷静になってから、シャルロットと話した方がいい。君の気持ちも理解は出来るけどね。あまり彼女を責めないでやってくれ」
「わかっている。気を遣わせて、すまなかった」
素直に答えたヴィクトールに、シャウエンは手を振って、部屋に戻っていった。
ヴィクトールも立ち上がり、自分の部屋に戻る。
締めた扉にもたれ、大きくため息をついた。今は、考えても仕方がない。シャウエンの言う通り、少し冷静にならなければ。
ヴィクトールは重い体を引き起こすと、湯を浴び、そして、寝台に横になったのだった。
誰かが動き回る気配に、ヴィクトールの意識がゆっくりと浮上する。窓から差し込む光は、赤い夕暮れのそれだった。
4、5時間は眠ったか?軽くなった身体を起こすと、感じる空腹。
ヴィクトールは、シャツとスラックスを身に付けると、部屋を出て階下の食堂に向かった。ギルドが届けてくれた食料を、リンが軽く調理してくれていた。
既にアルバスとランドルフが食事を取っている。ヴィクトールも勧められるまま受け取って、同じテーブルに着いて、食べ始めた。
「充分休めたか?」
食事を取りつつ、ヴィクトールは、そう言って2人に声をかけた。
「まあ、少しは?腹が減って目が覚めた感じだな。転移ギリギリの魔力は戻ったが……」
そう言って、ランドルフが苦笑した。ヴィクトールはそんな彼に頷くと、言ってやる。
「戻りは明日の午前中でいいだろう。今晩はゆっくり休め」
「助かる」
主従の砕けたやり取りを、アルバスが不思議そうに眺めていた。その視線に気がついたヴィクトールが小さく笑う。
「昔からの古い付き合いでな。私的な場ではこんなもんだ」
「そうですか。良い関係ですね」
アルバスが視線を緩めて、ヴィクトールに言った。
「お前も、フェリアスとは親戚だろう?従兄弟同士だったか?」
フェリアスは最初、アルバスを従兄弟の護衛騎士だとヴィクトールに紹介した。彼らこそ、気のおけない関係なのでは?とヴィクトールは尋ねる。
「私にとって、殿下は敬愛すべき主人なので」
「そうか。で、フェリアスの様子はどうだ?」
目を伏せて答えたアルバスを深くは追及せず、ヴィクトールは話題を変えた。
「まだ目は覚めませんが、落ち着いてはおります。この後、食事をお持ちして、声をかけてみようかと」
「そうだな。俺もシャルロットの様子を見てくるか」
誰にも言い訳など必要ないのに、なんとなくシャルロットを訪ねる理由を探していたヴィクトールは、ほっとしてそう口にした。
厨房にいるリンを振り返り、シャルロットの様子を伺う。
「リン。シャルロットの様子はわかるか?」
「シャルロット様は、先程はまだお休みでしたが……」
「じゃあ、あいつの食事を持って行きがてら、俺が様子を見てこよう。お前はまだここが忙しいだろう?」
リンも、シャウエンや双子の兄が気にかかっていたのだろう。助かります、とヴィクトールの申し出を素直に受けた。
「そうですね。お願いします。シャウエン様やレン、それにニールセン殿もそろそろやってくる頃でしょうし」
そうして、シャルロットの食事をトレイに手早く配膳すると、食器も並べてヴィクトールに持たせてくれた。
ヴィクトールは礼を言って立ち上がると、食堂を出ていく。
階段を上がり、ヴィクトールの奥隣の部屋の扉を、彼は軽くノックした。
返事はないが、そっとドアノブを回すとドアが開く。宿は貸し切りにしているが、何故部屋に鍵をかけないんだ?と首を傾げながらも、ヴィクトールはシャルロットの部屋に入った。
陽も沈み、薄暗くなった部屋の寝台で、シャルロットは目を閉じて眠っている。
ヴィクトールは、そっと扉を閉めて部屋の奥に進むと、持っていた食事のトレイを、音が立たないように、応接セットのテーブルに置いた。
「ヴィクトール?」
呼びかけられた声に、ヴィクトールが振り返る。
シャルロットが、どこかぼーっとした表情のまま、ヴィクトールを見ていた。そのあどけない表情に、ふっと笑いが零れる。
「目が覚めたか?あ、起き上がらなくていいぞ」
そう言って、寝台までやってきたヴィクトールが、そこに腰掛けた。
左手をそっとシャルロットの額に伸ばし、落ちている黒髪をそっと払ってやる。
その優しげな仕草に、シャルロットは目を瞬かせた。
「怒って、いないんですか?」
見上げたシャルロットの紫色の瞳が、不安げに揺れている。ヴィクトールは、上半身を倒して彼女の額に唇を落とす。ただひたすら、彼女が愛おしくてしかたがなかった。だからこそ、あの光景が浮かんで、胸を焼く。
「わかっている。アレがフェリアスの命を救うために必要なコトだったということは」
わかってはいても、どうしようもなく腹が立つのだ。あの男は、純粋にシャルロットを愛してる。その為に王位も取らず、シャルロットのために命を捧げることも厭わないほど。
ヴィクトールに、それは出来ない。この命は、ザイディーンの国民の為に捧げている。その為に、シャルロットを切り捨てることもどこかで覚悟をしながら。
それでも、シャルロットを愛することをやめられずに、そして、シャルロットから愛されたいとも、傲慢にも願ってしまうのだ。
「だが、許せない。俺達だけに許されているお前との口付けを、あの男に贈ったお前に酷く腹を立てた」
シャルロットに腹を立てる、そんな権利は、自分にはきっと無いのに。
「そして、こんなにも狭量で、コントロールが出来ない俺自身にも。
俺はいつか、お前を切り捨てるかもしれないのに、お前を誰にも渡したくない」
そう言って、苦しそうに顔を歪めたヴィクトールに、シャルロットは手を伸ばす。
そっとその頬に触れて、ゆっくりと首筋に掌を滑らせていく。そして今は暗く翳る碧い瞳をじっと見つめた。
ああ、彼はこんなにも正直だ。いつか言っていた。ヴィクトールはシャルロットに嘘はつかない、と。その気持ちが、本当に嬉しかった。そして、いつもその唇と言葉で、シャルロットに愛を伝えてくれる。
「ヴィクトール、愛してる」
シャルロットがはっきり告げると、ヴィクトールが目を瞠り、その瞳が揺れた。
シャルロットが、彼に愛を伝える言葉を告げたのは、これが初めてだった。
そう、多分もうずっとヴィクトールを愛している。彼を自分の運命に巻き込みたくなくて、彼の命が少しでも損なわれたり、その立場を揺るがせたりするのが怖くて、認められなかった。
でも、きっと彼は大丈夫。ヴィクトールは、シャルロットが思うより、ずっと強い。
彼はいつも真っ直ぐにシャルロットに伝えてくれていた。
あんなに強くて大きくて深い愛情を、その言葉と行動で示していてくれたから、シャルロットもヴィクトールを信じよう。
「それでもあなたが、私達だけに許されている行為で、愛の深さを量るというなら」
だから、シャルロットも伝えたい。
彼女の二度目の恋は、もうただの恋じゃない。ヴィクトールが望み成したいことに、自分の心と身体全てで応えたい。愛してる、そんな言葉でこの気持ちを全ては伝えられないけど。
「どうか私の一番近くて深いところまで来て」
引き寄せたヴィクトールの耳許に、シャルロットは囁いた。
ヴィクトールは大きく体を震わせると、顔を上げてシャルロットを凝視した。その瞳にもう翳はない。驚愕と歓喜と愛情とそして欲が写る。シャルロットは自分の気持ちが伝わったことに安堵して、微笑んだ。
そして、ヴィクトールの唇が落ちてくるのを目を閉じて受け入れた。
閉じられた扉の部屋に、そっと結界が張られた。
その日、2人は夜を伴にして、互いの愛情を伝えあった。
「あ〜あ。また助けられちゃったなあ」
目覚めたフェリアスの部屋に、シャウエンが訪ねてきた。寝台から体を起こし、枕に背を預けたフェリアスは、疲労からまだ回復はしていないものの、顔色はずいぶんと良くなっていた。
初めてシャルロットに会ったときも、そして今回も、フェリアスは彼女に命を救われた。
初めて出会ったときから、ずっと想い続けてきたシャルロット。
その彼女をほんの数ヶ月前に出会ったばかりのヴィクトールが、掻っ攫っていったのだ。本当は、彼みたいに、彼女と並び立って、彼女を守れる男になりたかった。
努力はした。でも、フェリアスの持って生まれたものでは、ヴィクトールのようにはなれなかった。
それを恨みはしないけれど、面白くはないことは、確かだった。
シャウエンは、そんなフェリアスに穏やかに諭す。
「そうですね。それでも、アレを抑え込んだのは、素晴らしいですよ? 貴方の天才的な魔法のセンスも、その知識の深さも、我々は今回貴方に助けられました。これを機会に王になる準備に励まれては? いつまでも、力は隠しておけないものですよ」
ガイザール帝国の王位は、その能力で選ばれる。豊富な魔力は前提条件だが、政治力や国を導くに足る知識、そして国と民を愛しそれを守っていく力があるか?
帝国建国前の国王が、我欲に走り民を顧みず国を滅ぼしたことがあり、帝国の王位継承権は建国以来そのように定められている。
フェリアスには、充分その資格があると、シャウエンは言ってくれているのだ。
「う〜ん。僕はシャロンを傾国にしたくないんだよねえ」
「は?」
何故ここで、シャルロットが傾国になるという話になる?とシャウエンは思わず聞き返した。フェリアスの想いは知ってはいるが、彼はヴィクトールとシャルロットの関係もちゃんと理解して、認めてはいる。
「ヴィクトール殿下はさ、シャロンのことをそりゃあ溺愛してるけど、いざとなったら国を取るでしょ?でも、僕は最後までシャロンの為に生きたい」
「フェリアス?」
君は、あの2人を見ても尚、シャルロットの為に生きるというのか?
シャウエンは、フェリアスの想いが、自分の想像よりも深かったことを知る。
「君もでしょ?シャウエン?」
だが、この言葉にシャウエンの背に冷たいものが走る。フェリアスの琥珀の瞳が、シャウエンをじっと見つめた。
「神国国王は、元より神と聖女の為に在るものですから」
神国も通常は、国と民の為に国王として尽くしているが、聖女が存在する20数年の間は、国王だけでなく神国自体が、神と聖女の為に存在する。
しかし、シャウエンは今代王となってから、神の為にではなく、今や聖女の本当の願いの為だけに動こうとしている。それを、フェリアスに見透かされた気がしたのだ。
「まあ、立場が違うのは知ってるけどさ。でも、そういうんじゃなく、シャロンをもう神から解放してあげたいんだよ、僕は」
誤魔化しは許さない、とばかりにフェリアスは畳みかける。
「君も同じで、その為に動いているよね?ヴィクトール殿下も?」
シャウエンは、大きくため息をついた。どうやら見透かされているらしい。
「……そうですね」
フェリアスは、シャウエンの答えに驚くことなく続ける。
「でもさ、結局彼は最後に選択しなきゃいけない。国かシャロンか。で、国を取らざるを得ない。シャロンもヴィクトール殿下が彼女を選ぶことを許さないだろうしね」
「そうかもしれません」
「僕さ、シャロンが成人するまでのこの5年、すっごくいろいろ調べたんだよ?ねえシャウエン、これは仮説だけど、シャロンの魂を神の祝福から切り離して、僕の魂と結びつかせれば、この輪廻から解放してあげられると思わない?」
「君は……」
正直、ここまでフェリアスが真理に近づいているとは思わなかった。シャウエンは、彼の叡智に舌を巻く。
「だからさ、君たちがシャロンを救えなかったら、最後は僕が彼女と一緒に逝くから。そしたら、もう二度と彼女は生まれ変わらなくてすむでしょ?」
まるで宣戦布告だ。シャルロットの運命をシャウエンとヴィクトールとで変えることが出来ないのなら、フェリアスが、永遠にシャルロットを奪っていくという。
「ヴィクトールは、意地でも、なんとかすると思いますよ?彼女と家族を作るそうですから」
「ふふっ。そうなったら、いいよね? シャロンが幸せなら、僕も国と民を愛せるかな?そしたら、王になることを考えてもいいかも? 母上にはもう少し頑張って貰わないとね」
フェリアスが願っているのは、シャルロットが神に押し付けられた運命から解放され、幸せになること。シャルロットが生きてそれが叶うなら、ヴィクトールのことも祝福出来るし、フェリアスの想いもきっと成就する。
「君の覚悟はよくわかりましたけど、ヴィクトールを煽るのは程々にしてくださいね?」
ある意味シャルロットに執着するフェリアスに、シャウエンは一応釘を刺す。聞きはしないだろうけど。
「それはどうかな〜。まあ、でもシャウエン、ありがとう」
「では私は、これで。明日は、早朝に国に戻るので」
フェリアスの感謝の言葉が心からのものであったので、シャウエンは笑顔で別れの挨拶をする。
「うん。またね。あ、あの黒い石、シャウエンに預けて良いんだよね?」
「ええ、何かわかったら、お知らせしますよ」
そう言って、シャウエンは部屋を出ていった。
フェリアスは部屋の片隅にじっと立つ、アルバスを振り返る。今のシャウエンとの会話を聞いていた彼には、言っておきたいことがあった。
「ねえ、アルバス。僕はさ、こういう生き方しか出来ないよ?だから……」
君は、もっと日の当たる立場を得た方がいい、と続けるつもりだったフェリアスだったが、それは、アルバスが寝台の側に寄り、膝をついてフェリアスを見上げたことで、言葉にならなかった。
「フェリアス様。私は貴方に仕え、その望みを叶えるためにお側におります。そして、貴方がどれだけ優秀で、どれだけ愛情深いかも、よく存じておりますよ。ですから、どうか最後までお望みのままに。そして、私がお側にいることをお許し下さい」
そうやって忠義を示してくれるアルバスに、フェリアスは感謝しつつ甘えてしまう。
「そっか。ありがとう。あ、シャロンが聖女だってこと、父上は知らないんだ。今回のことは、父上に聞かれても、上手く誤魔化しといて欲しい」
そんな主人の願いにも、アルバスは、はい、と答えてくれたのだった。




