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The end of Reincarnation  作者: 桜野 華
第1章
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第34話

 ネレデイア神の、本人と全く同じ顔と姿を持つ像は、セイレーン神国の神殿にあるものが、大陸に一体だけだ。陶器で造形を正確に模して造られた上に、精巧に色付けされ、セイレーンの魔法で強化されたものが、女王時代からずっと残されている。

 他国の一般的な教会にあるものは、抽象的なもので、神話を元に想像で創られたものであるため、本物のネレデイアとはまるっきり違った姿の別物である。神が地上に降りる前から、崇拝されていたものだ。当然である。それでも神に捧げられた信仰心は本物なので、神の力にはなっているのだが。


 だから、それがこの場所にハーメリアの像と並んで置いてあることに、シャルロットもシャウエンも驚きを隠せない。ハーメリアの出自、邪神と呼ばれたジェランダ教の神、聖女を狙う理由、自分たちの知らない何かが神国の歴史書から意図的に消されているのでは?と。


「この像ハーメリアと並んでるのが、ネレデイア神?そう言えば初めて見たかも?」


 フェリアスが像を見上げて、言った。ヴィクトールも、もう一度黒い像に目をやり、続ける。


「ネレデイア神と魔女か、不穏だな。だが……」


 フェリアスが頷き、シャルロットとシャウエンを振り返る。


「シャロン、今はそのことよりもコレだよ。シャウエン、禁術と呪術の塊ってやっぱりこの像?」


 シャウエンは、フェリアスの言葉を肯定するように頷いた。


 禁術や呪術として、今現在、発動したり現出したりはないので、正確には発動の準備がされたモノという表現になるのだが、ただ、余りにも多くの人間を犠牲にしたらしく、かなり禍々しい気配になっている。これは上手く処理しないと不味そうだが、ハーメリアを依代と切り離すために、フェリアスはハーメリアの魂を封じる魔法を既に使っている。

 この像とハーメリアの魂は繋がりもありそうなので、どうしたものか、と、シャウエンは神力を使い、探っていく。


「そうだね。ずいぶんと溜め込んでるみたいだ。一つはネレデイア神を降ろすための禁術だね。もう一つは、ハーメリアがシャルロットの力を自身に取り込むため、シャルロットが弱ったところを呪術で縛って、その力を継続的に自分に注ぎ入れようとしていたらしい」


「ネレデイアを降ろす?そんな事可能なの?」


 シャルロットがとても信じられない、とシャウエンを見る。シャウエンも、確信は無いが、と前置いて答えた。


「禁術を使えば或いは。代償を使った、異次元からの召喚という感じかな?」


「シャルロットを縛るってのも、ずいぶん大掛かりだな?」


 ヴィクトールも到底信じられない。膨大な魔力を持つシャルロットは、そんな簡単に術で縛れるものではない。


「だから、代償を使った呪術なんだよ。例えシャルロットが弱っていても、ハーメリアの魔力だけで組んだ魔法式じゃ無理だ」


 シャウエンの説明に、おおよそのことを理解したヴィクトールが言った。


「シャルロット。この像はハーメリアの妄執だ。終わりにしてやれ」


 フェリアスも像に向き合うと、黒い塊を握りしめ目を伏せる。


「シャロン。始めるよ?」


 そして、禁術と呪術を無効化するための魔法式を組むために、詠唱を始めたのだった。

 フェリアスは、王族なだけあって、豊富な魔力量を持ってはいるが、得意属性が闇属性と水属性しかない。しかし、その2属性は磨き抜かれており、彼の天才的な頭脳とセンスで、新しい理論の魔法をいくつも開発している。

 禁術や呪術に対抗する魔法式も研究を重ねてはいるが、これほど禍々しい気配に果たして充分な効果があるか? 検証が出来ないまま魔法を発動することにリスクはあるが、この機会を失えば、どんな悪影響が出るのか予想も出来ない。リスクは、最悪自分の命を削ってでも回避させるつもりで、フェリアスは魔法式を構成し、発動する。


 金色の光を帯びた魔法式が、黒い像に向かって流れていき、渦を巻き、像に絡みついていく。

 ネレデイア神とハーメリアの頭から足元まで金色の光が覆ったところで、それは黒く澱んだ液状に溶け始めた。うねり、もがくように、激しく抵抗する。


「……っく」


 するとシャルロットが両腕に出来た傷を押さえて、膝をついた。隣りにいたヴィクトールが慌てて彼女を支え、ローブを捲り上げてシャルロットの状態を確認する。


「シャルロット?」


 シャルロットの傷を押さえた手の隙間から、その血が溢れフェリアスの術中にある黒い液体に引かれて行く。血液はシャルロットの魔力そのものだ。

 咄嗟にヴィクトールは、溢れた血液を凍りつかせて固定させ、傷を塞ぎ、同時にシャルロットの傷を癒やす治癒魔法をかける。しかし、ハーメリアの魔力を帯びた魔獣や、彼女の魔法につけられた傷は、疼くように抵抗しすぐには塞がらない。


「シャロン!?……うっ!」


 フェリアスがシャルロットを振り返り、彼女の姿を見て目を見開く。だが、すぐにその表情は苦痛に歪められた。


「フェリアス!大丈夫か?」


 シャウエンがフェリアスの背に手を掛け、顔を覗き込んだ。フェリアスは、像に掛けている魔法を維持しながら、手に持った塊を、拳が白くなるほど握り締めている。


「この塊が呪術を完成させようと、抵抗しているんだ!クソッ!封じが!」


「フェリアス!私が介入する」


 シャウエンがフェリアスの拳に手を伸ばし、封じの魔法を補強するように魔力を流す。同じ闇属性魔法でありながら、シャウエンの神力を帯びた魔力が、黒い塊に巻き付く金の蔦の魔法式を器用に補強した。繊細な魔力調整は、シャウエンの得意とするところだ。

 だが、その蔦はフェリアスの掌に一部が同化してしまっている。このまま黒い塊を消滅させようとすれば、フェリアスの右手も犠牲にしてしまう。

 シャウエンは躊躇して、フェリアスを見た。


「右手はどうでもいい。だけど、あっちをなんとかしないと。シャロンの魔力を取り込めば、呪術が発動してしまう」


 そう答えたフェリアスが、左手を伸ばし、黒い液体と化した像に手を伸ばす。

 フェリアスはもう一度シャルロットを振り返る。大丈夫、彼女の血は一滴もアレに取り込まれてはいない。彼はホッとしたように微笑んだ。

(シャロン、君が無事なら、それでいい)


「シャロン、もう、大丈夫だよ」


 そう言って、金色に光る魔力を黒い液体ごと左手に回収していく。


「フェル!!駄目!」「フェリアス!止めるんだ!」


 シャウエンとシャルロットが、フェリアスを制止しようと声を上げたが、止まることなく全てフェリアスに吸収されてしまった。


 フェリアスは、耐えきれないように膝をつく。左手で心臓の辺りの服をギュッと掴んで、苦しそうに顔を歪め、やがて彼の全身は黒ずんでいく。

 シャウエンが手を伸ばし、その腕の中にドサリとフェリアスが倒れこんできたのを支え、ゆっくりとその場に仰向けに寝かせた。


 シャルロットとヴィクトールが慌てて駆け寄る。フェリアスは意識を失っていた。


「シャウエン!一体何が?」


 尋ねたヴィクトールに軽く頷きを返すと、シャウエンは、フェリアスの側に膝をつき、右手をフェリアスに翳して、様子を探った。


「ハーメリアの魂をフェリアスの魔法式が縛って封じたから、禁術と呪術の為にこれまで溜め込んできた代償が行き場を無くしたんだ。それがシャルロットに向かい、呪術だけでも完成させようとしたから、フェリアスが無理矢理引き受けた。術が完成せず、代償になれなかったモノは、怨念となってフェリアスの中に入り込んでしまった」


「どうしてそんな無茶を!」


 思わず叫んだシャルロットに、フェリアスが君をとても大切に想っているからだよ、とは答えずに、シャウエンは続ける。


「今、それはフェリアスの魂を喰おうとしている。そうなれば、黒の塊を縛っている魔法が解けて、フェリアスがハーメリアの依代にされてしまう」


「シャウエン、じゃあ今、フェルの体内にいるのは怨念なのね?」


 シャルロットはシャウエンをひたと見つめ、確認する。


「そうだ。禁術と呪術が完成されなかったから代償になれず、殺された人達の怨念になってしまった」


「わかった。じゃあ、浄化するわ!」


 そう言ってシャルロットは、意識を無くしたフェリアスの横に膝をついて座り込むと、頭の下に手を回し、戸惑うこと無く、そのまま口付けた。


「シャルロット!」


 ヴィクトールが思わずシャルロットに向かって手を伸ばす。その手首を掴んだのは、シャウエンだった。


「余裕がない、ヴィクトール。あれがフェリアスを救う最善なんだ。代償じゃなく、怨念ならば、彼女の浄化の力が効く。浄化魔法が口移しなのは、一番効率が良いからだ」


 治療行為だ、わきまえろと、シャウエンはヴィクトールを諭す。


「わかった」


 ヴィクトールは素直に一歩引き、伸ばした手を降ろした。だが、その手は強く握り締められ、2人を凝視している。


 ヴィクトールは、考える。

 理性では、わかっている。これは必要なことで、ヴィクトールの個人的感情が、優先されるべき時ではない。

 だが、今、目の前でシャルロットが口付けているこの光景を、感情が許さない。フェリアスは駄目だ!と、シャルロットを引き剥がしたくなる。

 多分、相手がシャウエンやラルフとかなら、多少は腹立たしくは思うが、感情が乱されることは無かっただろう。


 しかし、フェリアスだけは、許せなかった。


 過去に、フェリアスに掛けられた呪術を解呪したというシャルロット。2人の出会いはその時だったことは、知っている。その後、つい先日まで2人が再会することは無かったと聞いているが、フェリアスはおそらくずっとシャルロットを愛し、彼女と結ばれるために動いてきた。

 聖女である彼女のために、王位継承者に名乗りを上げることもせず、こうやって容易く自分の命さえ投げうって見せる。

 ヴィクトールには、それが許されていない。立場が、生き方が、そして何よりその矜持が、彼を縛り付け、だが、それを放り出そうなんてことは、欠片も思わないのだから。

 シャルロットを一番には出来ない。

 シャルロットにそれは告げているし、彼女もそういうヴィクトールだからこそ、受け入れてくれている。

 そして、シャルロットもヴィクトールに好意を持ってくれていることも、ちゃんとわかっている。

 シャルロットにとってのフェリアスは、友人として、そして今は同じ敵に向かう同志としての、情しかないことも。


 でも、いつかフェリアスは彼女をヴィクトールから奪い去って行ってしまうのではないか?


 そんな予感がするから、ヴィクトールの感情がこんなにも乱される。

 シャルロットを想うその愛情に、怒りと悔しさと不安と、そんな感情が入り乱れて、ヴィクトールは唇を噛んだ。


 どのくらいシャルロットはフェリアスの浄化をしていたのだろう。

 フェリアスの右手から、黒い塊がポロリと落ちた。シャウエンがハッとして彼の右手を掴み、その手が変わりのないことを確かめる。そして、塊を拾い上げた。

 それはもう、意志を持たない、ただの塊になっていた。


 そして、フェリアスがうっすらと目を開ける。

 彼の唇が小さく動いたのを感じて、シャルロットも顔を上げた。


「シャルロット……」


 掠れた小さな声が、シャルロットを呼んだ。シャルロットは、フェリアスの琥珀色の瞳がちゃんと彼の意志を持って、シャルロットを見ていることに安堵する。

 彼の中で暴れていた怨念は、ちゃんと浄化され、フェリアスは少しも損なわれていなかった。


「良かった」


 そう言って、ホッとしたように微笑んだシャルロットに、フェリアスはしばし見惚れた。ただもう、身体と脳は限界だった。


「……ありがとう。でも、ちょっと疲れたかな?」


 フェリアスはそれだけやっと言うと、再び目を閉じる。シャウエンは、そんなフェリアスを一通り診察すると、


「もう、大丈夫だよ。眠っているだけだ」


 と、シャルロットの腕から、フェリアスを受け取った。

 シャルロットがそれに安心して、立ち上がろうと腕をついて足に力を入れる。だが、思うように力が入らず、立ち上がることが出来ない。スッと彼女の腹にヴィクトールの右腕が回り、左腕にシャルロットの背を凭れかけさせると、膝の下に右腕を回し抱き上げた。


「ありがとう。ヴィクトール」


 抱きかかえられたシャルロットが、ヴィクトールを見上げて、礼を言う。だが、彼と目が合わない。


「シャウエン、フェリアスは運べそうか?一旦宿に戻って、スタンピードの状況を確認したい」


「ああ、問題ない。ここから宿に直接転移しよう」


 シャウエンもフェリアスを担ぎ上げて、立ち上がる。

 降りてきた階段の突き当りの壁には、陽の光が差し込んでいた。夜が明けたらしい。スタンピードに対応している者たちも心配だった。

 シャルロットは一つ息をつくと、


「ごめんなさい。もう転移するほどの魔力が残っていなくて」


 と、目を伏せた。ヴィクトールはそんな彼女を一瞬力を入れて抱きしめたが、何も答えずにそのまま宿に転移したのだった。





 宿のラウンジに戻ってきたシャウエンとヴィクトールは、とりあえず長椅子にフェリアスを寝かせ、シャルロットを一人掛けのソファに座らせた。

 そして、伝達魔法を飛ばす。


『こっちは片付いた。シャルロットもフェリアスも、今は動けないが無事だ。そっちはどうだ?』


『こちらは、まだです!だいぶ始末はしましたが、数が多くて。今のところ全員無事ですが……』


 ヴィクトールに答えたのは、レンだった。


『わかった。アルバスはシャウエンと、そして、リンは俺と交替しろ。それぞれの座標を送れ。2人は、こっちに戻って、フェリアスとシャルロットを診てやってくれ』


『了解です!』


 森の中にいる全員から返事が来た。


「ヴィクトール、私は大丈夫よ?」


 シャルロットがそう言ってヴィクトールを見るが、彼はジロリとシャルロットを睨みつけ、冷たく告げた。


「魔力が尽きかけて、傷もまだ完全には癒えていない。血もかなり失っている。お前はリンにしっかりと診てもらえ」


 そして、さっさと転移して行ってしまった。


 先程からのヴィクトールの様子に、シャルロットも彼が怒っていることを察してはいる。だが、どうしていいかわからずに戸惑っているのだ。うつむいたシャルロットにシャウエンは、困ったように声をかけた。


「大丈夫だよ、シャルロット。君はしっかり休んで、落ち着いたら彼と話したらいい」


「ん。ありがとうシャウエン」


 シャルロットはシャウエンの言葉に困ったように微笑んだ。正直、どう振る舞えばいいのか、わからないのだ。

 だが、そんな思いも、転移してきたリンによって、掻き消された。


「シャルロット様!こんなになって!大変!!すぐにお部屋で手当します!」


 シャルロットの姿を見るなり、大袈裟なくらい慌てたリンが、シャルロットを部屋に促す。リンも大概消耗していたが、それどころではなかった。


「リン、君も落ち着いたらしっかり休むんだよ?」


 シャウエンは、リンにもそう声をかけて見送った。そして、同時に転移してきていたアルバスに向き合う。フェリアスに目をやって、彼の状態を説明した。


「かなり無理をして、敵の本体を解呪したんだ。一瞬その怨念を身体に受けたが、シャルロットが浄化した。今は眠っている。」


 アルバスはシャウエンに頷くと頭を下げた。


「礼を言う。神国国王」


 短く言って、アルバスがフェリアスを抱き上げ部屋に向かった。

 それを見送ったシャウエンもまた、転移して姿を消した。



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