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The end of Reincarnation  作者: 桜野 華
第1章
34/45

第33話

話の進行上、一部残酷な表現が含まれます。

不快に感じられる方は、閲覧をご遠慮下さい。

「全員起きろ‼緊急事態だ!」


 宿に戻ったヴィクトールが、伝達魔法を宿中に飛ばしながら、大声で叫ぶ。同時にザイディーンに残るニールセンにも、この場所に転移してくるよう伝えた。


 各部屋から、慌てたように皆、飛び出してくる。護衛職は武器を抜き、手にしているのが流石だ。


「ヴィクトール?……なんだ!?何が起こった?」


 シャウエンが、怪訝そうにヴィクトールを呼んだ。次の瞬間のことだった。

 森の奥から、激しい魔力衝突を感じる。

 それは、甚大なエネルギー同士が激しくぶつかりあったような衝撃だった。魔力感知に長けた全員が、一瞬息が詰まるような感覚。

 状況が読めず、一同の視線がヴィクトールに注がれる。

 ヴィクトールが叫ぶように命令した。


「シャルロットから伝言だ。すぐにこの森と街一帯から全ての一般人を退去させろ!

 1人残らずだ!移動に使えるもの全部使え!急げ!ラルフ行け!」


「はっ!」


 ランドルフがすぐに理解して、転移で姿を消す。行き先はギルドだ。

 フェリアスも、アルバスを振り返った。


「アルバスも、ランドルフ殿と連携し、すぐに動け!事情を聞いたら僕から追って指示する」


「御意」


 こちらも、すぐに姿を消した。


「レン、リン、君達は、街中の者に声を掛けて誘導するんだ。非常事態だ。急ぎ全力で街を離れろ、と。おそらく今の衝撃でスタンピードが起こる」


「承知しました!」


 魔獣や動物は、自分達を脅かす大きな魔力に敏感だ。その力が森の奥でいきなり大きく膨らんでぶつかった。この広大な森に生息する魔獣や動物達が、魔力衝突の衝撃で一斉に暴走を始めたら?三方を山に囲まれているヤーミルの森で、スタンピードが押し寄せるのはこの街を中心とした南側だ。


「ヴィクトール!お待たせしました!」


 ニールセンがザイディーンから到着した。


「ニール!森の北側で激しい魔力衝突をがあった。スタンピードが来る!結界を!え???」


 ヴィクトールが、街を守るための結界をニールセンに頼もうと、森に意識を向けると、既に防御結界が張られていた。森を囲う山々の東西の端を結び、この街から数千デールのところを頂点にした逆三角形のようになっている。


「シャルロット嬢の防御結界ですね。さすがです!押し寄せた魔獣が広く散開しないよう張られています。頂点の部分に戦力を集中させれば、討伐も容易い。頂点部分を除いて、他を強化します」


 ニールセンが素早く結界の強度を確認すると、補強するために詠唱を始めた。

 フェリアスが、アルバス、ランドルフ、レン、リンに一般人の避難に目処がたったら、すぐに魔獣討伐の為に森に入るように、伝達魔法で指示をした。


 そうして、シャウエンとフェリアスが、ヴィクトールに向き合う。おそらく先程から続けて感じる魔力衝突は、シャルロットが原因だろうが、状況が全く読めない。


「で、何があった?シャルロットはどうした?」


 シャウエンが、ヴィクトールに尋ねた。


「シャウエン、ハーメリアを知っているか?遺跡に呼ばれて行ってみたら、例のスイレンという女が現れた。シャルロットは、ナディアと呼ばれていた。4代前か?」


 ヴィクトールが、先程の女とシャルロットの会話を思い出しながら、自身もこれまでの聖女の記録を振り返りつつ、シャウエンを見た。


「4代前?ハーメリア……」


 シャウエンは呟きながら、記憶を探る。と、横でフェリアスが声を上げた。


「魔女だ!シャウエン!ナディアによって消滅させられた」


「邪教の魔女か?まさか!何故?今になって?そんなはずは」


 シャウエンも思い当たったのか顔を上げたが、俄かには信じられない。

 ヴィクトールが情報を補足する。


「石の中で眠っていたと言っていた。理想の器に巡り合って、力も充分貯められたとも。女の首元に赤い石が嵌まり込んでいた」


「なんだって!?まずい!シャルロットが危ない!」


 それが事実なら、シャルロット1人で相対するのは危険だ。シャウエンの表情に焦りが浮かぶ。

 フェリアスも、真剣な表情で、ヴィクトールに言った。


「事情はなんとなく察した。ヴィクトール。僕をそこに連れて行ってくれ」


 だが、ヴィクトールは首を縦には振らない。2人を落ち着かせるように、意識して穏やかに声をかける。


「お前達、その前に説明しろ。シャルロットのことはもちろん助けに行く。だが厳しい戦いなら尚更、勝率を上げるための情報が欲しい」


 フェリアスが悔しそうに一瞬唇を噛んだが、すぐに顔を上げて、ヴィクトールを見た。そして、語りだす。


「約400年前、まだガイザール帝国建国前の戦国時代、邪神を信仰する一派がジェランダという国を興した。今のこの辺りを含む、イリスのヴァレル辺りからルディン侯爵領東端辺りまでだ。ハーメリアはジェランダの女王であり、教祖だ。ヴァレルに神殿を建て、首都にしていた。邪神信仰のために生贄と称し、人間はもちろん魔獣の命や魔力を犠牲にし、自身の糧にする禁術を使い、膨大な魔力を取り込んで、魔女と呼ばれていた。そして、当時の聖女だったナディアの魔力をも狙い、その頃彼女のいた、現在のガイザールの帝都辺りに戦争を仕掛けたんだ。彼女はまだ10歳だったが、神国も加勢し、なんとか魔女を退けた。しかし、その魔女の亡骸には、魔力の痕跡が全く残っていなかったという。死亡直後だったにも関わらず」


「何?」


 ヴィクトールが胡乱げな表情で尋ねる。通常人が死亡すると、しばらくは魔力の残滓が残り、徐々に薄れていくものだ。3日も経つと完全に消え、それから埋葬されるのが一般的な葬送だ。

 フェリアスは頷いて、続けた。


「魔女の魔力は膨大だったが、当時は、禁術の影響でそのようなことが起こったと推測された。でも違ったんだな。その石とやらに魂を移して癒やし、新たな依代を探していたってことか」


 おそらく神国にある聖女の記録に、詳細は残っていない。聖女が10歳の頃に、国を邪教の教祖に攻められ、神国国王と共に殺害したことは残っているだろうが。詳細の殆どは、帝国建国前の亡国の歴史書に書かれていた史実だ。ジェランダ教のその後について、復活の預言なんていう記載もあった。フェリアスの考察に、ヴィクトールが納得したように息をついた。


「紅い凶星っていうのは、このことだったか。だが、そんなことが可能なのか?」


 その問いには、シャウエンが答えた。


「禁術を使ったんだろう。今回退けても同じことを繰り返されたら……」


「僕に考えがある。魔法式さえ組めれば」


 シャウエンの懸念に、フェリアスが応える。

 ヴィクトールは、方針を決めた。メンバー全員に伝達魔法を飛ばす。


『「フェリアス、お前はここで魔法式を組んで、出来たら俺に伝達魔法を飛ばせ。タイミングを図って、アルバスに座標を送るから、一緒に転移してこい。ニール、お前はラルフに合流して、アルバスと交替だ。リンとレンと共に、スタンピードに対応しろ。シャウエンと俺はこれからシャルロットに加勢する。いいか?皆、落ち合うのはこの場所だ!死ぬなよ!」』


 全員から、諾の返事が来た。シャウエンとヴィクトールが並び、魔力を抑えつつ、森の遺跡へと転移の為に詠唱する。

 フェリアスが2人に言った。


「僕が行くまで、シャロンを頼む!」


「言われるまでもない」


 ニヤリと不敵に笑ったヴィクトールが、視界から消えた。





 遺跡のある開けた土地の手前、森が途切れる場所に、ヴィクトールとシャウエンは転移してきた。木の影に身を隠し、様子を伺う。


 石造りの建造物は崩れ落ち、地面も所々抉れている。

 身体強化を掛け、ヴィクトールは剣をシャウエンは槍を構える。

 数百デール先で、シャルロットが、巨大な狼型魔獣3頭とハーメリアを相手に激しい戦闘を繰り広げていた。

 右手に顕現させているのは細身の剣だが、鞭にも姿を変え、魔獣をかわしつつ、攻撃を加えている。左手には構成した魔法式があり、ハーメリアからの攻撃を防御していた。しかし、数に負け押されている。服も一部が裂け、腕や脚が傷つき出血の跡もあった。


「チッ!行くぞ!」


 ヴィクトールが飛び出し、シャルロットの後方から飛び掛かろうとしていた魔獣の首を狙う。

 ガキッッ!とあり得ない音と手応えがした。ヴィクトールは咄嗟に剣を魔法で強化する。

 シャルロットが目線だけ振り返った。


「ヴィクトール!剣に魔法付与して!超高温なら……っく!」


 ハーメリアが、鋭い氷の矢を数十本、2人に向けて放つ。と、同時に黒い影に呪術を混ぜてシャルロットに放った。

 シャルロットは結界で二人を覆ったが、黒い影に効果はない。シャルロットの脚に影が絡みつこうと伸びてきたそのとき、シャウエンの神力を帯びた槍が、影に突き刺ささった。槍から出た力が、影を焼いていく。

 同時にヴィクトールも、超高熱の火属性魔法を付与させた剣で、魔獣の頭を一つ落とした。


「貴様、神国国王か!?」


 魔女の問いには答えず、シャウエンは冷たく笑った。ヴィクトールとシャウエンが魔力を開放する。

 2人は、シャルロットを挟んで両脇に並び立った。


「フン!そっちも王族か」


 ヴィクトールの魔力量に、ハーメリアが吐き捨てるように言った。


 ハーメリア側は、彼女と魔獣2体。対するこちらは、聖女と神国国王、ザイディーンの王太子である。

 戦局は一気にこちらに有利になった。


「まだ行けるか?シャルロット」


 ヴィクトールが敵から目を離さずに問う。


「ええ。ヴィクトール、魔獣2体任せてもいいかしら?シャウエンと私で魔女を叩くわ」


 シャルロットが淡々と言った。ヴィクトールは軽く頷く。血臭が漂ってきたが、今怪我を治してやる余裕はない。

 ヴィクトールは更に伝達魔法で続けた。


『フェリアスに対魔女の秘策があるらしい。今魔法式を組んでる』


「ふふっ。ハーメリア。今度こそお前の息の根を止めてやらなければね?」


 そう言うシャルロットの状態は、酷いものだ。

 激しい戦闘で服は裂け、おそらく腹部にあった大きな傷は治癒させたのだろうが、出血の跡は残り、血がベッタリと服に染み込み腹に張り付いているし、手足の傷はそのままである。どこを見てもボロボロの状態であるのに、まっすぐ凛と立ち、瞳に宿る光は、全く失われていない。

 シャルロットが凄絶な表情で笑う。彼女の美貌と相まって、それは酷く残酷に見えた。


「馬鹿な!こちらにこんなに戦力を割いても良いのかしら?結界は張ったようだけど、この森の魔獣には、私の力も分けてあげたのよ?」


 ハーメリアの苦し紛れのような台詞を、シャルロットは一蹴する。


「ええ。知っているわ。でもお前に心配されることでは無いわね」


 シャルロットはそう言って、右手に持つ、魔力で顕現させた鞭を振る。

 それが合図になった。


 ヴィクトールは、黒銀に輝き普通より3倍程大きな魔獣に向かい、魔法付与した剣を突き出す。2頭は、素早く躱しながらも、連携を取って、ヴィクトールに向かってきた。

 だが、遅れを取るヴィクトールではない。確実に2頭を追い込んでいく。


 そして、魔女ハーメリアは、シャルロットとシャウエンの攻撃を、結界や攻撃魔法をぶつけて躱す。シャルロットとハーメリアの魔力が激しくぶつかり合い、空気が揺れた。だが、シャウエンの魔法付与した槍で来る物理攻撃は防ぎきれず、徐々に追い込まれていく。


 ヴィクトールが魔獣2頭を屑ったのと、シャウエンの槍がハーメリアの腹を突き刺し、地面に縫い止めたのは同時だった。

 ヴィクトールが、アルバスに伝達魔法を飛ばす。


「残念だわ。もうちょっとだったのだけれど……タイミングが悪かったわね」


 地面に縫い付けられながらも、ハーメリアの表情に焦りはない。笑ってさえ見える美しい顔には、余裕がある。声にもゆらぎはなかった。

 シャルロットは、そんな彼女を無言で見下ろす。


「もう10年早ければ、まだ成長していないお前を取り込めたのに」


 ハーメリアは、続けてたいして残念そうでもないように言うと、右手を上げる。すると、白く美しい指先が、ドロッと黒く染まりその形を変えていく。


「この次こそ、お前の聖女の力をいただくわ」


 そう言って、ハーメリアは美しく微笑んで目を閉じた。

 そして、変化は続く。まるで黒い炎のようにメラメラと揺れて、肘から肩へ、そして胸部へと。


「無理だよ。お前はここで消滅するのだから」


 穏やかな声で告げられたその言葉と同時に、黒い炎に絡みついたのは、金色の蔦のような魔力。黒い炎に変化するスイレンを追いかけるように、金色の蔦が絡みついていく。


「フェル」


 シャルロットが振り返る。そこには、アルバスと並び、魔法を行使したフェリアスが立っていた。彼はシャルロットの傷つき服が裂けた姿を見ると、クシャリと顔を歪めて駆け寄り、自分が着ていたローブを彼女に被せた。


「シャロン、遅くなってごめん」


「私は大丈夫よ。でも、ありがとう」


 シャルロットは眉を下げて笑う。


「おい」


 ヴィクトールがそんな2人に不機嫌に呼びかけて、顎で魔女が倒れていた場所を指した。


 そこには、拳半分程になった黒い塊が、金の蔦でグルグルと絡め取られ、ハーメリアの首元にあった紅い石に戻れずに、コロンと転がっていた。


「その、紅い石を、壊して欲しい」


 フェリアスが、ヴィクトールを見て言った。

 ヴィクトールは目だけで頷くと、鞘に入れたままの剣に結界魔法を付与し、そのまま真上から石に向けて振り下ろす。石はガツッと鈍い音をたてて、砕け散った。


「じゃあ、次は本体を叩きに行かないとね?」


 シャウエンがそう言って、皆を促す。フェリアスは黒い塊を拾うと、右手に握った。そして、アルバスを振り返る。


「アルバス。こっちは大丈夫だよ?シャロンもシャウエンもヴィクトールもいるから。お前は、スタンピードの抑えを手伝って」


「しかし……」


 珍しく言い淀んだアルバスに、シャルロットが言った。


「フェルはちゃんと守りますよ?」


「承知しました。聖女殿、よろしくお願いします」


 アルバスはそう言って丁寧に頭を下げると、転移していった。



 4人は揃って、崩れた建築物に向かって歩く。

 西に傾いた満月が明るく地面を照らす。夏の朝は早いが、夜が明ける気配はまだなかった。


「この地下に、かなり大きな禁術と呪術の塊があるね」


 シャウエンが指し示した場所には、建物が崩壊した後の石が、積み重なっていた。当然入口らしきものは、見当たらない。

 シャルロットは詠唱すると、右手を払った。

 瓦礫の山が消えている。


「どこに?……ああ」


 ヴィクトールが、視線をずらして納得した。瓦礫を転移で別の場所に飛ばしたのだ。そのままの形で、すこし離れた場所に山積みになっていた。

 ぽっかりと空いた空間に、足を進めると、下に向かう階段が現れる。

 4人は何も言わずに顔を見合わせ、頷きあった。

 ヴィクトールとシャルロットが魔法で明かりを灯し、それぞれの足元に光球を先導させる。そして、シャウエンを先頭に、シャルロット、フェリアス、ヴィクトールと続き、階段を降りていく。長い階段だった。やがて、壁が現れると手前は小さな踊り場になっており、そこを先に進もうと反転すると、大きな空間が広がっていた。

 シャルロットが光球の輝度を上げ、4つとも天井近くまで上げる。照らされたのは、どうやら大きな広間のようだった。

 フェリアスが手に持つ塊が、ブルブルと震えて反応する。引っ張られるような感覚に、フェリアスはしっかりと塊を握り直し、その先に視線を向けた。


「あれは……」


 それは、部屋の中央に置かれ、1デール程の高さの台座の上に設置された、黒い石で造られた2体の像だった。おそらく等身大で、男女が寄り添うように建てられている。


「これが、ハーメリアか?」


 女性像の顔は、かつて魔女と呼ばれた女のものか?と、ヴィクトールは、シャルロットに尋ねようと、彼女を見た。


「シャルロット?どうした?」


 シャルロットは目を見開いて、驚愕の表情を浮かべている。胸元のローブを握るその手先は細かく震えていた。その横で、シャウエンもまた、驚きのあまり硬直している。

 ヴィクトールは2人に近付き、そして、シャルロットの頬に手を伸ばし、自分の方に強引に顔を向けさせた。


「大丈夫か?話せるか?」


 フェリアスも2人の様子に、どうしたのか?と訝しげな様子だ。


「ネレデイア」


 絞り出すような声で、シャルロットがやっと言葉にする。


「ああ……私達セイレーン神国の始祖。ネレデイア神だ」


 シャウエンが、ゆっくりと、しかし、はっきりとそう言った。



















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