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The end of Reincarnation  作者: 桜野 華
第1章
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第26話

 執務室では、ヒューイットの他に、ランドルフとニールセンも待っていた。ヴィクトールが呼んでおいたのだ。どうやら、先程の一件についての情報共有をするつもりなのだろう。

 女王から得た、帝国同盟国イリスで起こったヴァレル歓楽街の事件の顛末と、その占術結果について話したところで、そういえば、と、ヴィクトールがシャルロットに「お前も占術で占ってみたら他のこともわかるんじゃないか?」と尋ねたところだ。


「占術を扱えない?」


 シャルロットがあっさり首を振って無理と言ったことに、ヴィクトールが思わず確認してしまう。全属性持ちのシャルロットに扱えない魔法がある事を意外に思ったのである。シャルロットは、あっさりそれを認めた。


「はい。そもそも占術って500年前位に確立したんですよ。私の女王時代には、無かったんです。それに、私には必要ではなかったので」


「なるほど」


 シャルロットからすれば、5代前位に新しく確立した理論と魔法構成だ。興味はあったものの、そもそも彼女の運命は決まっており、政治の中枢にいたわけでもない。未来予測なんてことは、自分自身のためには全く必要なかったし、そんなものがなくても大体のことは力技でなんとか出来てしまう程度の能力はあったのだ。


「一応理論は学んだのですが、貴方も以前言っていた通り、不確定要素が多いんです。しかも断片的で、アイリーン様のように系統立てて整理するの、大変なんですよ?」


 だから、わざわざ習得しようとまでは思わなかったという、シャルロットの言外の台詞までなんとなく把握したヴィクトールは、さっさと話を変えた。


「理解した。で、その女王の占術結果だが」


「紅い凶星、聖女、スタンピード、ですか」


 ニールセンが、もう一度含むように確認し、顎に手をあてて考え込む。


「因果律が動いていて、時期と場所が確定しないと言っていたな」


 ヴィクトールが情報を追加する。

 ランドルフも腕を組んで、難しそうな顔をした。


「つまり、大陸のどこで起こるかわからないってことか」


 それにシャルロットが、人差し指を顎に当て首を傾げながら答える。


「う〜ん。でもイリスか国境を接しているザイディーンの東部の可能性が高いかな?と思ってるんですけど」


「シャルロット嬢、根拠を聞いても?」


「ヴァレルの事件で失踪したのが、娼妓だからですかね。しかも売れっ子だった。当然転移が使える程魔力は無いですし、顔は売れているから各都市の転移網も使えない。自力で移動するにもかなり目立ってしまう。そして、アイリーン様はザイディーンの王家に警告した」


 各都市の転移網とは、商人や旅行者のために設置された転移陣のようなもので、大陸内の主な都市を結んでいる。大国なら5〜6都市に、小国でも2〜3都市に一か所ずつ設置されており、1日に最大でも100人程度までなら転移が可能である。人や馬での移動なら、大陸の東端〜西端まで、身体強化して何の障害もなくひたすら移動したとしても、3、4ヶ月はかかってしまう距離がある。途中は険しい山や、広大な湖や河、砂漠などもあるほか、魔獣に襲われることもあるのだ。転移網無くては、一般人が無事に行き来できる距離ではない。

 転移網設置場所には、布ではなく、馬車1つ分が乗る程の大理石に描かれた転移の魔法式が、だいたい3つほど置いてある。それは、近くの都市までが2つ程度と、隣国の一番近い都市までが1つで、対になる魔法式が置いてあるその都市まで、転移可能なのである。戦争や犯罪に簡単に利用できぬよう、利用者や荷物の確認は厳しく、1日の利用人数も制限されていたものの、物流や文化交流面において、おおいに役立っていた。転移が使える各国の数少ない魔法師の何人かが、この転移網の維持管理や時には修復等に当たっている。戦時には書き換えなどもやっていた。

 ただ、大陸ではただ1つセイレーン神国だけは、この転移網を置いてはいなかった。

 このような状況から、ヴァレルで顔が割れていて、事件の重要参考人として捜索対象者であるスイレンが、髪や瞳の色を変えられたとしても遠方まで自力移動するのは不可能だと思われた。

 紅い凶星が何であるかは不明だが、この事件での占術に暗示されたものならば、スイレンが大きく関わっていることは間違いない。とすると、ここに何らかの形で聖女が関わり、スタンピードのきっかけとなるのだろう。

 スタンピードとは、魔獣の大群が何らかのきっかけで同じ方向に暴走する現象で、その数や種によっては、農作物はもちろん建物や人にも壊滅的な被害をもたらす。都市部の近郊で起これば、何百何千の死傷者が出るだろう。魔獣は凶暴で魔力のある人間を好んで食するのだから。

 じゃあ、とヒューイットが、シャルロットに尋ねる。


「あとは、時期でしょうか?」


「そうですね。スタンピードが起きるのにはいくつか要因がありますけど」


 シャルロットが頷く。

 ニールセンが顔を上げて提案した。


「あの辺りの魔獣の生息地で、繁殖や個体数の変化に異常がないか、調査しましょうか?」


 確かに東側の魔獣の動向を知るのは参考になる。だが、


「無駄では無いと思うんですが、紅い凶星というのが、引っかかるんですよね」


 紅い凶星が禁術や何らかの邪教の象徴だったとしたら?通常では考えられない現象が起きるはず。シャルロットが懸念しているのは、それだった。


「やはり、その行方不明になった娼妓を追うしかないか」


 側近達の意見を聞いていたヴィクトールが、言った。


「そうですね。どうやら私も関連しているようですし」


「まあ、いざとなったら俺とお前と父上あたりで駆逐すればいいんじゃないか?あ、ゼルメルに声かけても良いか?」


 シャルロットの言葉に、ヴィクトールは何でもないと言うように、あっさりと言う。大丈夫だ、余計な気を遣って一人で行くなよ、と、シャルロットには聞こえた。


「それはともかく、とりあえず、シャウエンには知らせておいたほうがいいですね」


 だから、仕方なさそうに笑って、シャルロットもそう答えたのだった。


 と、そのとき、扉が叩かれた。


「失礼します。よろしいでしょうか?」


 ヴィクトールが防音結界を解き、入れ、と招き入れる。

 城に届けられた書状や部署間の連絡事項の書類を、各執務室や部署に配達しているメッセンジャーだった。

 ヴィクトールとヒューイット、そしてシャルロット宛のものが何通かずつあり、ヒューイットが受け取って、それぞれに手渡した。

 シャルロットはその中の一通の感覚に、首を傾げなから手に取る。


「珍しいですね。送り主が無記名で、わざわざ封印結界が使われてるわ」


「何?」


 封印結界とは、宛名以外の者が封書を開封できないようにかけられた魔法である。

 ヴィクトールがシャルロットの手元を見て。そして、彼が止める間もなく、シャルロットは、魔力を流して封印結界を解くと、指をすっと封書の上端に走らせて開封した。

 その瞬間、シャルロットの白く整えられた指先が赤く染まり鮮血が散る。そして感じる疼痛。


「!?」


 ヴィクトールが思わず腰を上げ、シャルロットの手から封書を取り上げた。側近達も驚きの表情で、シャルロットの指先を見る。

 シャルロットは小さく呟くと、その傷を綺麗に治癒させ、飛び散った血液の跡も、何も無かったかのように消してしまった。


「お前!少しは警戒しろ!」


 ヴィクトールは思わず、シャルロットに向かって大声で嗜めてしまう。彼女が対処可能と判断して開封したのは、ヴィクトールだってわかっている。だが、目の前で彼女が傷ついたことに、腹が立ち、動揺したのだ。

 シャルロットは、すみませんと謝って、続けた。


「舞踏会後、ここ数日、時々些細な嫌がらせに出会うんですよ。これも、そうだったんですね」


 淡々と答えたシャルロットに、ランドルフとヒューイットが驚いたようにシャルロットの顔を見た。彼女の表情には、怒りも動揺も苦痛も浮かんではいなかった。

 ニールセンが眉間に皺を寄せ、ヴィクトールに手を伸ばす。


「見せて貰っても?」


 ヴィクトールは封書をニールセンに渡すと、不服そうにシャルロットに言った。


「聞いてないぞ?」


「些細事だったので」


 目を伏せたシャルロットに、ヴィクトールの表情が消えた。側近達は何も言わずに2人を窺う。

 ヴィクトールとシャルロットの婚約に不満を持つ者の仕業であることは、予想がついた。

 だが、ヴィクトールに対しては当然ながら何もない。矛先は全てシャルロットに向ったのだ。

 公にはなっていないが、彼女は聖女だ。隠してはいるが、強大な魔力を持ち、力も揮える。その記憶を持ち生きてきた時間が長く、精神的にも成熟している。

 が、今のように、傷つかない訳では無いのだ。身体もそして時には心も、確かに傷を負っている。

 今はまだ、彼女は本当にたいしたことがない、と流しているのかもしれないが。

 ヴィクトールは歯噛みした。

 これまで、ヴィクトールの立場や容姿に惹かれ言い寄ってきた女性達、そして利権を狙う貴族達が、いきなり婚約者となったシャルロットを排除しようと、動き出したのだろう。当然予測出来たことだったのに、彼女に注意を促すことを怠り、その対策に人手も割いていなかった。彼女の心に少し近づけた、と浮かれていた自分に腹が立つ。

 だが、幸いなことにまだこの程度だ。直接命が脅かされたり、社交界で大きく評判を落としたわけでもない。まだ間に合う。


「ラルフ、ニール、ヒュー」


 ヴィクトールの声が静かな怒りを抑えて、3人の名を呼んだ。


「お前達はこちらの対応を頼む。心当たりのある者全てリストアップして持って来い。そして、これ以上シャルロットを傷つけるな。ヴァレルの調査は、俺とシャルロットでやる」


「かしこまりました、殿下」


 3人が頭を下げた。

 シャルロットがそんな主従を見て、ため息をつく。

 いつの時代もどこでにでも、権力者の周囲には同じような輩が集まるものだ。しかもヴィクトールは容姿も優れ、魔力も多く、力もある。

 ちょっとした嫌がらせ程度は気にはならないが、増長されるのも面倒だ。


「私が、本当に16の少女だったら。そろそろ実家に泣き帰ってもいい頃かしら?」


 だから、シャルロットは少々炙り出しに協力することにした。


「ヴィクトール。明日あたり実家にしばらく帰ります」


 警備の薄くなる実家への帰り道。あるいは、当主夫妻が不在となった実家での滞在。少ない護衛を伴っての外出。

 隙を少し作ってみる。


「まったく。俺はお前を、僅かにも傷つけたくはないんだがな?」


 ヴィクトールがシャルロットの意図を汲み取って、困ったように言った。


「大丈夫ですよ。皆さん優秀ですもの。それに、増長する者が増えないうちに、さっさと片付けてしまいたいですしね。ただ、かわいいイタズラ程度のお嬢様方は、お目溢ししてあげてくださいね?」


「すまない、シャルロット」


 シャルロットに囮役をやらせるのは、心苦しい。だが、確かに効率的だった。上手く解決し、周囲にヴィクトールのシャルロットへの寵愛を示せれば、表立って事を起こすものもいなくなるだろう。

 だだ、同年代の女性のやっかみ程度は見逃してやれ、とシャルロットに諭され、ヴィクトールは少々複雑な気持ちになったのだった。








 その日の夕刻、ヴィクトールとシャルロットは、セイレーン神国のシャウエンを訪ねていた。


「なるほどね。ヴァレルの件は聞いていたが、どうやらただの事件で済みそうに無いね」


 一通り話を聞いたシャウエンが、しばらく考え込んだ後、2人に言った。

 シャルロットがその言葉を引き取って続ける。


「ヴァレルの話、セイレーンでも引っかかっていたということ?」


「確証はないけど、状況的に禁術の可能性もあったからね」


「実際はどうなんだ?」


 シャウエンの能力を知っているヴィクトールが尋ねた。


「詳細を調査してみないとなんとも。娼妓スイレンの行方を追えば、紅い凶星の手掛かりも掴めるかもしれないが」


「そうなるわね。どちらにしろ、一度ヴァレルに行ってみましょうか?」


 現地での調査が必要そうだった。

 だが、ヴィクトールとシャルロットはしばらくザイディーンから動けない。事情を知ったシャウエンがそれなら、と、セイレーン神国から調査に数名向かわせてくれるとのことだった。ある程度調査報告が出揃ったところで、その後の方針を決めることになった一同は、全貌が見えて来ない状況にどこかザワつく感覚を感じながらも、1週間後に再会を約束して別れたのだった。







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