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The end of Reincarnation  作者: 桜野 華
第1章
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第25話

「デビューしたての小娘が、生意気な!」


 王都の中心街近くに建つ豪奢な屋敷の一室で、ヒステリックな女性の声が響き渡った。部屋の主は、この事態を予測していたのか、室内には防音結界が張られている。

 王太子婚約発表の記事が載せられた新聞を、グシャリと握りつぶしたのは、ザイディーン王国の東端に領地を持つ、ルディン侯爵家の今年21歳になる長女レジーナだった。

 緩く波打つ濃い金髪を持ち、ややつり気味ながらぱっちりとした緑色の瞳の美しい女性で、大きな胸、細いウエストを強調するドレスを好む、色気のある女性である。

 苛烈な性格ながら優秀で、社交界での支持者も多く、魔力も豊富な高位貴族の令嬢であるため、ヴィクトールの婚約者候補として、その名が上がっていた。

 また、父親であるルディン侯爵も野心家で、なんとか国の中枢に権力を持とうと、娘とヴィクトールの婚約を後押ししていたのである。


「落ち着きなさい、レジーナ。あの娘とはまだ出会って3ヶ月ほどと聞く。 お前とヴィクトール殿下はもう5年の付き合いだ。殿下がやっと婚約する気になったのなら、お前にもチャンスはある。あとは、どう上手く始末してしまうかだ」


 ルディン侯爵からは物騒な言葉が飛び出す。


「ただ、ディアモンド家の娘というのが厄介だな」


「でも、あの娘は、大した魔力は無いという噂だわ」


 レジーナも、成人祝いの舞踏会での一件を聞いて、シャルロットについて調べてはいた。魔法師養成学校を飛び級の上卒業したが、高位貴族ながら、魔力はそこまで突出していないこと。社交界にデビューしたばかりで、王太子妃教育のため王城に留め置かれており、たいした社交もしていないこと。成績と語学力は優秀だが、家に引き篭もりがちの本好きで、面白みもない少女であること。

 要するに、美しいが、レジーナの脅威になるような存在では無いということだ。

 そもそも王太子の婚約者というだけで、何の肩書も持たない少女だ。王城に上級魔法師として出仕しているレジーナと比べれば、国への貢献度も無いに等しい。

 それに、顔はたしかに美しいが、華奢で色気もない。今は良くても、あの完璧な王太子のことだ。直に飽きるだろう。


「本人はたかだか16の小娘だ。だが、その他の家族が、現王家と近しい位置にいる。事を仕掛けるなら、慎重にならなければな。まあ、婚約期間は3年以上あるらしいじゃないか。早々に退場してもらって、お前が成り代わればいい」


「そうですわね、お父様。」


 どうやら父親が、あの邪魔な娘を上手く排除してくれるらしい。

 ならば自分は、あの美しくて気高いヴィクトール殿下を、優しく慰めて取り入れば良いだろう。


「楽しみにしていますわ。お父様」






 ルーファスが留学する日、直々にザイディーンを訪れた帝国女王は、シャルロットと話がしたいと、国王経由で彼女を呼び出した。

 ヴィクトールの執務室でその伝言を受け取ったシャルロットは、一緒に行くと言ったヴィクトールと共に、王宮外れの賓客をもてなす部屋へと向かっている。

 途中ヴィクトールから、その部屋は、国王が友人を招くために、直接転移可能な場所に造られている事を知らされた。今日女王は、直接そちらに転移してきたらしい。


 部屋に入ると、女王アイリーンと国王のユージーンが、談笑しながら茶を飲んでいた。

 非公式の場なので、ヴィクトールとシャルロットは簡単に二人に挨拶をすると、並んで腰掛ける。そして、ユージーンが防音結界を張った。

 アイリーンがコロコロと笑いながら、シャルロットに声をかける。


「あら?お二人でいらっしゃいましたの?シャロン」


 愛称呼びに、ヴィクトールが思わずシャルロットを見るが、彼女は少し困ったように笑って、女王をその名で呼び、答えた。


「アイリーン様、申し訳ありません。ヴィクトールがぜひ一緒にお話しを聞かせて欲しい、と」


 舞踏会の日のやり取りを聞いて、ヴィクトールは二人が初対面ではないことを察してはいたが、どうやらそこそこ親しい間柄のようだ。

 そもそも今回シャルロットを指名して呼んだのも、どう考えても彼女が聖女と知っていての用事だろう。

 ならば、彼女を守ると決めているヴィクトールが、その内容を知るのは当然のことだ。


「女王陛下。シャルロットに関することは、全て知っておきたいので」


 だから、ヴィクトールはアイリーンにそう答えた。なのに……


「ふふっはははっ!ユージーンなんだか面白いことになってるじゃない?」


「そうだねえ。私もまさかヴィクトールがこんなふうになるとは、驚いているんだが」


 アイリーンがたまらないと言うように大笑いし、ユージーンも何とも言えない目でヴィクトールを見た。

 ヴィクトールは何故こんな反応をされているのかわかっていないようだが、先程の彼の発言は、シャルロットに対する独占欲の表れのような台詞だ。


「父上?」


 ヴィクトールがユージーンに尋ねるが、完全に無意識での発言だったのだろう。シャルロットも良くわからずに首を傾げている。

 だったら敢えて指摘する必要もない。ユージーンは何も言わずに首を振った。


 ヴィクトールは、もともと王家の長男として自身を律し、懸命に努力をする子供だった。成人し立太子し、少しは遊びも覚えたようだが、それを仕事に持ち込むことは欠片もせず、常に国のために考え行動し、勤めを果たしてきた。だが、婚約者選びだけは、のらりくらりと躱し、どんな魅力的な女性達に言い寄られてもまるで関心を示さなかった。その息子が、今シャルロットには、こんなにも必死だ。

 それでも、公人としては全く問題はないし、本人も弁えている。シャルロットも聖女として、かつての女王として、ヴィクトールをよく支えていると思う。

 だから、野暮な事は言うまい。そもそも聖女は、自分よりもずっと長く生きている。色恋には疎いようだが、ヴィクトールに道を外させるような事は、決してさせないだろう。


 そう考えるユージーンを察したのだろう、アイリーンは笑いを納めると、気を取り直して本題に入った。


「まあ、いいですわ。では手短に。約1ヶ月半前にイリスのヴァレルで起こった事件はご存知?」


 一同の表情が真剣なものになる。


「ヴァレルでの事件? いえ」


 が、ザイディーンの者にイリスの事件を知るものは無かった。当然シャルロットも首を振る。


「イリスのとある伯爵が、高級妓館の売れっ子娼妓の部屋で、死体で発見されたの」


「高級妓館っていうのは引っかかるが、事件自体は、そう珍しくもないとは思うが」


 ヴァレルといえば大陸有数の歓楽街だ。決して珍しいトラブルでは無いと、ヴィクトールはアイリーンを見た。


「その死体には、目立つ傷が無いのに血液が一滴も残っていなくて、その売れっ子娼妓は、まるで煙のように消えてしまった。その後の目撃情報も一切無し」


 シャルロットは黙り込み、ヴィクトールも難しい顔している。ユージーンも、確かに、と続ける。


「それは不可解な事件だね」


 アイリーンは頷いて、3人を見回した。


「そして、その事件に関しての占術で視えたのは、紅い凶星、聖女、スタンピード」


「!?」


 3人の驚愕の視線が、アイリーンに集中する。


「アイリーン様。場所と時期はわかりますか?」


 やがて、シャルロットが静かに尋ねた。


「それが視えなくて。因果律が激しく動いているの」


 アイリーンの答えに、シャルロットの脳は、これまでの知識や経験から、目まぐるしいスピードで必要な情報を拾い上げていく。

 だが、紅い凶星に聞き覚えは無いし、通常の魔獣のスタンピードあれば、


「まだ、時間があるのか?でも、私が関わることになるのですね?」


 因果律が激しく動いているなら、情勢は刻々と変わり、シャルロットの行動如何によっては、その被害の大きさや発生時期も変わってくるだろう。


「おそらくは」


 アイリーンも同様の考えに行き着いたらしい。


「そうですか」


 シャルロットは大きく息を吐いた。これ以上は、シャウエンも加えて考えたほうが良さそうだ。

 見守っていたヴィクトールが、シャルロットの手をそっと握る。

 それを見たアイリーンが、声の調子を変えて言った。


「あと、ヴィクトール殿下は、聖女と大陸に変革をもたらす」


「え?」


 ヴィクトールとシャルロットが揃って顔を上げ、アイリーンを見た。


「婚約祝いにあなた達を占ってみたの」


 アイリーンは、にこやかに笑って片目をつぶってみせた。


「吉兆であれば良いけど、凶兆だったら」


 だが、シャルロットの顔は浮かない。不安そうに呟いた。


「それも視えないのよね。つまり、これからのあなた達次第なんでしょう」


 そんなシャルロットに、アイリーンは優しく告げる。

 ヴィクトールは、思う。自分がシャルロットに変革を与えるなら、それは決して凶兆ではない。この想いは、きっと二人の未来に繋がっているはずだ。

 ヴィクトールはシャルロットを握る手に力をこめる。


「ありがとうございます。アイリーン様、イリス周辺の東側の動きに気をつけておきますわ」


 シャルロットは、少し笑って頷くと、アイリーンに礼を言った。

 アイリーンも安心したように頷くと、今度はユージーンに向かって言った。


「じゃあ、私はこれで。今日はルーファス殿下をお連れするから、転移の間からね?」


「私達も彼を見送りに行くよ。皆で案内しようか」


 そう言って、立ち上がる。残った3人もそれに続き、歩き出す。ユージーンは、ヴィクトールにこの一件を任せるようだ。軽く打ち合わせながら並んで歩いている。

 シャルロットは、自然にアイリーンと並び、2人について行く。

 すると、アイリーンがシャルロットの耳許に顔を寄せ、そっと囁いた。


「シャロン。身辺に気をつけてね」


「!? わかりました。ありがとうございます」


 おそらくは、シャルロットの身の回りにも危険があるのだろう。彼女にだけそう伝えるということは、ヴィクトールを巻き込むわけでは無さそうだ。

 シャルロットはそのことに少し安堵すると、心配そうに窺うアイリーンに微笑んでみせた。





 転移の間には、ルーファスの他に王妃とマリアンヌも待っていた。既に互いの挨拶は済ませたのだろう。ユージーンとヴィクトールが、ルーファスに声をかけると、今度は皆でアイリーンと話を始めた。

 そんな中、シャルロットは遠慮がちにルーファスに声をかける。ルーファスが気がついて、そっと話の輪から抜け出し、シャルロットに向かい合った。


「ルーファス殿下。あまり無理はせず、お気をつけて。こちらをお持ち下さい」


 そう言って、シャルロットは、小さい布袋と一緒にコイン程度の大きさの乳白色の石を差し出した。


「これは」


 ルーファスが少し驚いたように目を瞠って、受け取った。


「魔力を通してみてくれます?」


「?」


 シャルロットに促され、ルーファスは石を握ると魔力をそれに流し込む。するとほんのり温かくなった石を通して、じんわりと癒やされていくような感じがした。

 なんだろう、これ?と思わずシャルロットを見る。

 すると、2人のやり取りに気がついたアイリーンが、ルーファスの手元を覗き込み、目を見開いた。


「まあ、殿下、いいものを贈ってもらいましたね。身に着けておくと良いですよ」


 ルーファスは、その言葉に困ったように首を傾げる。


「一体この石は?」


 シャルロットは、その石が何なのかを答えなかったが、大したことではない、と笑った。


「いろいろとお世話になったお礼です。お護りみたいなものですよ」


 光属性を持たないルーファスは、疲れを溜めても自身で回復するのは難しい。それにこの努力家の王子様は、結構無理をしながらも、他にはわからないように隠してしまう。だから、シャルロットは少しだけでも助けになれば、と回復を助ける魔法式を相性の良い石に付与してルーファスに贈ったのだ。ルーファスの魔力でも治癒や回復が使えるように。

 あと、帝国留学中に、万が一命の危険にあっても、ルーファスの身を守ってくれる魔法式も付与してある。効果は一度きりで石は割れてしまうが、シャルロットが感知できるので、命を落とす前には駆けつけられるだろう。だが、ルーファスが知る必要はない。何も無ければそれに越したことはないのだ。


「そうか。ありがとう。大切にする」


 ルーファスは、一瞬切なげに表情を歪めたが、すぐに笑ってシャルロットに感謝すると、小袋ごとその石を大事そうに握りしめた。




 アイリーンがルーファスを連れて帝国に転移し、ヴィクトールも家族と別れ、シャルロットと執務室に戻ろうと転移の間を出て、並んで廊下を歩く。

 だが、ヴィクトールの機嫌がよろしく無い。側近達だけのときや私的な場ならともかく、公式の場ではほとんど感情を表に出すことをしないヴィクトールだが、明らかに機嫌が悪いのがわかるのだ。

 シャルロットは、ヴィクトールの顔を見上げると素直に尋ねてみる。


「どうしたんですか?」


 ヴィクトールは、前を向いたままムスッとした様子で、足も止めない。


「お前は、ルーファスに甘い」


 低い声で、そう返したヴィクトールに、シャルロットは、いきなり何を言い出したのか?と、思わず立ち止まる。ヴィクトールも気がついて、足を止めたが、視線は合わない。

 シャルロットはその意図がわからなかったので、そのまま考えていることを答えた。


「そうですか?ルーファス殿下には、いろいろと良くしてもらったんです。それに、かわいいじゃないですか。弟が出来たみたいで、つい」


 シャルロットの言葉に、ヴィクトールは思わず彼女を見つめ、その表情に嘘がないことを理解する。と、その瞬間に今まで感じていたモヤモヤは、綺麗に消えてしまった。

 俺はお前から何も貰ったことがないとか、男に身に着ける物を贈るんじゃないとか、いろいろと文句を言ってやりたかったが、むしろ今は、ルーファスに同情の気持ちを覚えてしまう。


「それ、絶対ルーファスに言ってやるなよ。まったく」


 ヴィクトールはため息をつくと、シャルロットの頭に手を伸ばし、髪をクシャリとかき混ぜる。そのついでに引き寄せて、軽く唇に口づけを落とした。

 すると、後ろを歩いていた近衛が動揺して、思わず大きな声を上げた。


「殿下!」


「レオン、許せ」


 ヴィクトールがすっと視線を流して、制した。レオンハルトは、奥歯を噛んで黙り込む。

 これは、父も兄も後から煩そうである。シャルロットもまた、一つため息をついて言った。


「人前では、控えて下さいね?」


「善処する」


 そう答えつつも、シャルロットに拒否はされなかったことにすっかり機嫌を良くしたヴィクトールは、彼女の手を引いて執務室に向かったのだった。




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