第23話
夕方近くのヴィクトールの執務室には、シャルロットはじめ側近達が揃っていた。
ヴィクトールは、全員に応接用のソファセットに座るように指示すると、何やら持っている資料を手渡す。
ざっと目を通したシャルロットが顔を上げた。
「舞踏会?」
「ああ、来月の父上の誕生祝いだな。で、俺たちの婚約発表も併せて行う。今回は采配を任された。お前もいるしな」
ヴィクトールがそんなシャルロットに頷くと、そう答えた。
王室主催の定例の舞踏会は年に4度行われる。
シーズン始めとなる、貴族子女の成人を祝う会、国王陛下の誕生を祝う会、豊穣の恵みに感謝し国の安寧を願う会、新年を祝う会だ。別件があれば、どこかと一緒に祝われることもある。例えば、今回の王太子の婚約や、戦勝の祝賀と慰労など。
これまでは、国王と王妃が取り仕切っていた舞踏会だが、どうやら今回はヴィクトールとシャルロットに回ってきたらしい。
「そういえば殿下達の婚約発表って、まだだったんですね」
ニールセンが思い出したように言った。
「前回の王室主催の舞踏会で、事実上の発表はしたようなもんだけどな」
ヴィクトールがニヤリと笑って、シャルロットを見る。シャルロットは苦虫を噛み潰したような表情で首を振った。
気を失うなどという失態、これまででもほとんど記憶にない。あの一件は、それほどの脳内パニックだった。
「思い出したくないですね……それに、成人したての王太子の婚約者にいきなりハイレベルなお仕事ですね。招待はどの範囲でしょう?」
よく考えてみれば、シャルロットは学校を飛び級で卒業し、今年やっと社交界にデビューしたばかりの16歳の少女である。だが、ここいる面々と国王陛下はシャルロットが聖女であることを知っているので、全く気にしていない。傍から見れば結構な難題をふっかけてくる。
案の定、ヴィクトールはつらつらと答えた。
「お前なら問題ないだろ? 国内は、領地持ちの貴族が、当主と跡取りとその配偶者か婚約者、ただの爵位持ちは本人だけ。外国は、同盟国の国主夫妻と、ガイザール帝国女王と王配、テンザント公国公主と公妃なんだが、今回は俺達の婚約発表があるから、シャウエンとゼルメル殿もか?」
シャルロットは黙り込む。大陸中の主な大国の王族が全員集合だ。きっとこれもあってヴィクトールに采配が回ってきたに違いない。
その向かいで、ランドルフも一つため息をついて、こぼした。
「皇帝もなんですね」
「呼ばなかったら、煩そうだ」
シャウエンを招待して、ゼルメルをしなかったら、彼直筆の恨みつらみの書状が延々ヴィクトールのもとに届きそうだった。それはめんどくさい。
ヴィクトールがそんなふうに考えていると、ヒューイットの声がした。
「あ〜皇帝と言えば、手合わせの一件もありましたね〜」
先日の出来事が、全員の頭の中に浮かんだ。が、脱線しそうな流れをヴィクトールが早々に引き戻す。
「それは、早々に片付ける。とりあえず、舞踏会に関しては、例年の資料もつけてるから参考にしてくれ。警備計画はラルフに任せて、演出はニールだな。シャルロットは招待状の準備と当日の装飾案と料理の指示、ヒューはいつもの予算と会計、各部署の調整で頼む」
「かしこまりました」
ヴィクトールの的確な指示に、全員が頷いて立ち上がる。早速、それぞれの準備にと終業前の一仕事に取り掛かった。
そして、部屋を出ようとしたシャルロットをヴィクトールが呼び止める。
「あ、シャルロット」
「なんでしょう?」
「お前のドレスはこっちで準備しているから、最終調整にそのうち持って行くと思うぞ」
それは、シャルロット側の準備ではなかろうか?とも思ったが、ヴィクトールが楽しそうに言うので、シャルロットは笑ってしまった。頭の中で、母親に謝っておく。
「はい。ありがとうございます」
そう微笑んで礼を言ったシャルロットを一瞬眩しそうに見つめたヴィクトールは、閉じられたドアから視線を戻すと、自分も報告書作成の為、ペンを走らせたのだった。
その後、ヴィクトールは父国王の執務室を訪れていた。
「……以上が、舞踏会準備の報告なんですが、相談が一つ」
「どうしたんだい?」
ユージーンは報告書を置くと、ヴィクトールに視線を合わせた。
ヴィクトールも真剣な表情で、本題を切り出す。
「民の神への信仰心を出来るだけ無くしたい。もしくは神以外のものに置き換えたいとしたら、どういう政策を取りますか?」
ユージーンは目を見張ってヴィクトールを見ると、しばし逡巡し、答えた。
「ずいぶん唐突だねえ……うちは、魔法研究が発達しているし、学校教育でも宗教を関わらせてはいないから、そこまで神への信仰心が厚いものはいないと思うけど? ただ、宗教は人々の心の拠り所となっているし、なかなか根深い問題もあるから、教会を排除するわけにはいかないね」
「わかっています。だが……」
ヴィクトールの満足していない様子に、ユージーンが続ける。
「そうなると、信仰の対象を王家にするとかかな?あとは聖女とか。まあ、政治的にそういう手段も取るのが手っ取り早いかな?」
「やはりそうなるか……ありがとうございます」
ユージーンの話はヴィクトールの想定範囲のものだったのだろう。少し考えるように目を伏せた後、礼を言った。
何をするつもりなのか?
ユージーンは、首を傾げる。ヴィクトールのやることには信頼をおいているので、止めたりはしないが。
「いや。まあ、大きな政策を行うときは相談してくれ。
あと、1つ伝えておきたい。ルーファスが転移可能になった。あの子の闇属性を伸ばす為に、ガイザールにしばらく留学させたい。アイリーンが見てくれるそうだ」
ルーファスの話にヴィクトールは顔を上げると、純粋にルーファスの努力を称賛する。
「ルーファスが転移を?今15か?ずいぶん頑張ったんだな」
「君もそのくらいだっただろう?」
「まあ、そうなんですが」
ルーファスは闇属性を持っており魔力も多い。闇属性魔法では大陸一の遣い手である帝国の女王に師事出来るなら、更に力を伸ばせるだろう。
ヴィクトールは幼い頃から王家の長男として必死に努力し、大変優秀だと言われてはきたが、ルーファスも同様に懸命に頑張ってきたのだろう。頼もしい弟を想い、ヴィクトールの顔に笑みが浮かぶ。
「ルーファスは、剣の腕は君には及ばないが、なかなか社交性もあるし、属性上占術を伸ばしてやるのもいいと思っている。君を上手く補佐できるようになると思うよ」
ユージーンはそう言うと、ニッコリと笑った。年の離れた優秀な兄弟の将来を、王は楽しみにしているのだ。
ヴァレルの高級妓楼アシャでの事件は、イリスの社交界で結構な騒ぎになっていた。貴族の中にはスイレンを見知った者もそれなりにいたし、死体となって発見された伯爵の事業に出資していた者も多くいたのだ。何よりその彼の死体には、血液が一滴も残っていなかったと言うから、新聞や世間話の恰好なネタにもなっていた。
そして、真相を知るはずのスイレンの行方がさっぱりわからない。
艶やかな美貌で目立つ容姿の彼女が全く行方知れずというのも、人々の好奇心を掻き立てるのだろう。事件から10日は経っているが、噂は収まる気配がなかった。
そして、イリスの同盟国であるガイザール帝国の女王の寝室。
女王アイリーンと王配であるキースが、寝酒を片手に、就寝前のひとときに語らっていた。
話題は、イリスの不可解な事件についてだ。
「やはり、禁術でしょうか?」
「どうかしら?。可能性は高いとは思うけれど」
アイリーンがグラスに入った氷を回す。琥珀の液体が緩く波うった。
「目的が不明ですね」
「そうなのよ。犯人はスイレンなのでしょうけど、ああ、スイレンだったなにか、かもしれないわね」
アイリーンの言葉に、キースは彼女の手元にある水晶に目をやった。
「占術では、なんと?」
「紅い凶星、聖女、そしてスタンピード」
「なっ!それは我が国で?」
キースは、スタンピードという言葉に、慌てたようにアイリーンに尋ねる。その問いにアイリーンは首を振った。
「うちではないわね。帝国に凶兆は出ていないもの。紅い凶星と聖女の関係もよくわからない。ただ、因果律が激しく動いているわ。定まるまでもう少しかかりそう」
キースはもう一つのキーワードについて、アイリーンに問う。
「聖女は現出してるんですか?」
「そうねえ」
アイリーンは意味深に笑って、でもキースの問いには答えなかった。
数日後、ザイディーン王国のヴィクトールとシャルロット、ランドルフ、ニールセンが、ダイアンサス皇国にある指定座標に転移してきていた。
既に、ゼルメルとルードヴィッヒが、その場所で待っている。
今日がヴィクトールとゼルメルの手合わせの日だった。この場所は、人目につかず、結界が張りやすくて、片付けの必要がないという条件で、シャルロットが探してゼルメルに交渉した結果だ。
「砂漠ね……結構足を取られそうだな」
遮る物がない強い日差しがジリジリと肌を焼く。ひたすらに広がる赤茶の砂の海。皇国の砂漠地帯だった。
ヴィクトールが、足元を気にしながら呟いた。
おそらく魔法で自身の周囲の温度を調整しているのだろうシャルロットが、涼しい声で尋ねる。
「あら、初めて?」
「いや、魔獣退治なら経験はあるが」
ザイディーンにも一部砂漠はある。だが、もう少し岩場もありこの砂地よりも、踏み込みが効く。
すると面白そうなゼルメルの声が、挑戦的にヴィクトールに言った。
「ハンデいるか?」
「不要な心配だな。首洗っとけ。シャルロット頼む」
ヴィクトールがそう言うと、シャルロットが短く詠唱し、一帯に結界を張った。
途端に辺りの気温が快適な温度になり、結界外からは砂漠が続いて見えるようになり、結界内を視認することが出来なくなる。更に地面も、通常の土の上のような硬さになった。
そして、内部で発生した衝撃が、外に放出しないよう結界の壁に吸収されるように構成されている。
「これ」
「すごい結界ですね」
ニールセンとルードヴィッヒが、結界を構成する魔法式を見ながら、思わず感嘆の声を上げる。一体幾つの魔法式が組み合わさっているのだろう。しかも短い詠唱で一瞬で展開された結界だ。
ザカリーでの戦闘に同行しなかった2人は、シャルロットの魔法に驚きを隠せない。
シャルロットがヴィクトールとゼルメルの間に立ち、そしてすぐに回避出来るようフワリと浮遊した。
大きくは無いが、通る声で宣言する。
「では、お二方。死にさえしなければ、怪我は後ほど全て治しますわ。もちろん、戦闘中自身で治癒回復するのも結構。実戦同様、結界以外に干渉はいたしません。
お付きの皆様、貴方達の守りはご自身でお願いしますわね?」
シャルロットの言葉が終わったと同時に、ゼルメルとヴィクトールの剣が音を立てて交わる。
どうやら二人共剣に魔法付与はしていないようだ。純粋に剣術だけでの試合開始だった。
2人の剣のやり取りは、、ニールセンやルードヴィッヒの目には追えず、凄まじい速さで繰り広げられている。ランドルフだけが目を眇めて、その剣筋を追った。
攻めるゼルメルをヴィクトールは危なげなく受け流しながら、だが一瞬のスキにその攻防は交代し、態勢を崩したゼルメルの喉元に聢とヴィクトールの剣が突きつけられた。
「へえ……やるねえ」
その剣を、圧縮した結界魔法を破裂させることで弾き飛ばしたゼルメルが、嗤う。
「そっちこそ。流石、実戦経験が多いだけある」
ヴィクトールも口角を上げて言った。
それに応えるように、ゼルメルが、剣と全身に魔力を纏わせていく。
「だが、そろそろ本気でいくか?」
「悪くない」
ヴィクトールも剣に魔法付与し、自身を薄く覆う、物理と魔法攻撃耐性の結界魔法をかけた。シャルロットが以前かけてくれたものよりも効果が落ちるが、彼女の魔法式を模倣したものだ。
剣術も素晴らしいが、魔法のセンスも良い男だ、とシャルロットは感心する。
そして、今度は剣と魔法を取り混ぜた攻防戦が繰り広げられる。
「凄まじいですね」
ニールセンが喉を鳴らして言った。その声にランドルフも頷く。
「ま、現実の戦争では起こらないからこそ、こうして暢気に見物してられる」
2人の会話に、ルードヴィッヒが苦笑した。
「ザイディーンの王太子殿下が、これ程とは。兄上はとても楽しそうです」
「皇帝の娯楽に巻き込まれたわけね、俺達」
ランドルフは溜息をついて、疲れたように肩を落とした。
そんな側近達の会話が聞こえるわけも無く、ヴィクトールとゼルメルは全力でやり合いながら、この戦いを楽しんでいた。
魔力の消耗は激しいし、所々に傷も負っている。治癒する暇もなく、次々と繰り出される攻撃。
ゼルメルの魔力はヴィクトールを少々上回るが、わりと荒削りな面があり、高火力で広範囲の攻撃には向いているが、個人戦でやや分が悪い。それを剣に付与した魔法で補っている感じだ。
一方、ヴィクトールは、付与魔法の他にも、コントロール良く効率的な魔力調整でゼルメルに対して魔法攻撃も加えてくる。
その差が、時間経過と共にジワジワとゼルメルを追い詰めた。
「ここまでですね」
シャルロットが冷静に告げた。
その言葉が終わらないうちに、ゼルメルは膝を付き、そして仰向けに砂上に寝転がった。苦しい息を必死で整える。
ヴィクトールが、そんなゼルメルに近寄って上から覗き込み、息が落ち着いたところで、手を伸ばしてゼルメルの腕を掴み、引き上げてやった。
「無事か?」
「ああ、無傷ではないがな。完敗だ」
ゼルメルが、スッキリとしたように笑って言った。
「こんなに思いっきり力を出し尽くして戦ったのは、初めてだ。楽しかった」
ヴィクトールはそう言うと、ゼルメルの腕から手を離し、今度は握手を求めて手を差し出した。
その手は、ゼルメルにしっかりと握り返される。
「俺もだ。課題も見えたしな。次は魔法のコントロール力を上げて、再戦を申し込もう」
ゼルメルがヴィクトールに答えたところで、2人に治癒と回復魔法がかけられる。心地良い風が吹き抜けていくような感覚の後、2人の傷は癒え、痛みも無くなり、疲れもすっかり消えていた。
絶妙なコントロールで使われた魔法に、ゼルメルが感嘆して言った。
「感謝する。聖女殿。相変わらず素晴らしい魔法だな。結界も助かった」
サクサクと砂を踏む音がして、シャルロットがやってきた。
ゼルメルの素直な感謝の言葉に、シャルロットが小さく笑う。
「いいえ、礼には及びませんわ。ゼルメル様の手の内もしっかりと見せてもらいましたもの」
ゼルメルは一瞬キョトンとしてシャルロットを見つめたが、次の瞬間吹き出した。
「ははっ!本当に貴女は怖い人だ!」
「そうか?結構かわいいぞ?」
ヴィクトールはそんなゼルメルを見て、心外だというように言った。シャルロットの腰に手を伸ばし、自然な様子で引き寄せる。シャルロットもそんなヴィクトールに当たり前のように寄り添った。
そんな2人にゼルメルは笑みを深める。
「ヴィクトール、お前達はきっと似合いの夫婦になるな。今回の手合わせの手間と礼に、お前達の求める時に、このゼルメルいつでも力を貸そう!」
その言葉に、ヴィクトールとシャルロットは驚いたように目を瞠り息を詰めたが、すぐに、ヴィクトールも笑って答える。
「随分と大盤振る舞いだな。だが、心強い。ありがとう」
そうして、ゼルメルとルードヴィッヒは、皇国の皇城に帰っていった。
残されたザイディーン国の側近達に、シャルロットは
「そう言えば、手合わせをご希望でしたね?ついでに、ここでやっていきます?」
と声をかけたが、ランドルフとニールセンは揃って首を振り、無かったことにして欲しい、と丁寧にお断りしたのだった。
そして、ヴィクトールはその様子にクツクツと笑いながら、シャルロットを連れてサッサと王城に転移したのだった。




