第22話
ある休日の午後、王城の庭にあるガゼボでは、シャルロットと友人のリーゼロッテが、お茶会と称して、月に一度の逢瀬を楽しんでいた。
このガゼボは、城の中でも季節の花が絶えることが無いように庭師が丹精を込めて世話をしており、また植木も、見晴らしを考えて低木を形を整えて剪定してある。
ガゼボから少々離れていても警備がしやすいため、暖かく天気が良い日はここで客人を饗すことも多かった。
今は、シャルロットの計らいで、給仕は必要ないからと、使用人も下げている。離れた場所に警備の騎士が立っているだけだ。
リーゼロッテはシャルロットと2人になると、いつものように気軽な口調で話し出す。シャルロットにとっては、こんなお喋りの時間が愛おしい。
「本当に、久しぶりに会えて嬉しい!一月ぶりかしら?学校では毎日顔を見れていたのに寂しいわ」
「ごめんなさいね。本当は街中のカフェとかの方が、リーゼも来やすかったんでしょうけど。毎回、申し訳ないわ」
「そんなことない! 前回は初めての王城のお庭だったから緊張もしたけど、今回はもう大丈夫。天気もいいし、お花も綺麗だし、お茶やお菓子もとっても美味しくて、寧ろ来るのが楽しみよ! 何より、こんな素敵なところで、周りも気にせずシャロンとお喋り出来るんですもの。嬉しいわ」
「ふふっ……リーゼったら」
たまにしか会えなくなってもリーゼロッテは変わらない。いつも明るくて、賢くて、かわいい。シャルロットは彼女がこうして楽しそうにしているのが、好きだった。
そのリーゼロッテが、ちょっと心配そうにシャルロットを見つめた。
「ところで、ヴィクトール殿下とは、あれからどうなの?」
「どうって……婚約は続いてるし、お仕事の手伝いをちょっと始めた位かしら?」
リーゼロッテは、シャルロットとヴィクトールの電撃的な婚約後、こうやって城に留め置かれている彼女を心配していた。婚約は、愛情からではないと伝えてもあったので、不自由していないか手紙でも気にかけてくれる。あのまま学校に通い続けていれば余計なトラブルに巻き込まれ、実家に居ればいたで、面倒な社交や警備を増やす必要もあった。だから、こうしている事自体は、シャルロットにとっては助かっているのだ。
あとは、ヴィクトールとの関係も気になってはいるのだろう。たしかに2人の関係は日毎に変わってはきているけれど、シャルロットの気持ちが定まらない。
だから、何も変わっていない、とシャルロットは答えた。
「え〜じゃあ、ルーファス殿下とお会いすることは?」
いきなりここで彼の弟に話が飛んだことに、シャルロットは首を傾げる。
「ルーファス殿下? 彼とは貴女とのお茶会でご一緒する以外で、お会いする機会はほとんど無いわよ? 貴女からのお手紙を届けて下さる時くらいかしら? ああ、今日も後から顔を出すと仰ってたわね」
「う〜ん……」
週に一度程度、シャルロットとリーゼロッテの手紙の配達を、ルーファスが引き受けてくれている。といっても、以前は彼女の王太子妃教育の休憩時間だったり、最近は朝の出仕途中だったりと、すれ違って挨拶を交わす程度だ。リーゼロッテとの茶会にはぜひ行きたいと言っていたが、2人に気を遣って少々遅れて来るのだろう。
そういうところは、そつが無いと思う。
リーゼロッテは、ルーファスが気になっているのだろうか?
「リーゼ?……あら?噂をすれば、だわ」
王城の方から、ルーファスが歩いてくる。侍従や近衛にガゼボから距離があるところで待つように言っているようだ。
最近背も少し伸びて、表情にも大人っぽさが混じるようになった。金髪碧眼と兄と同じ色を持ち、華やかで整った顔立ちだ。
ルーファスはガゼボまでやってくると、上品に微笑んで、声をかける。
「こんにちは、先輩方。お邪魔してもいいかな?」
「ルーファス殿下、もちろんですわ。いつもシャロンにお手紙を届けて下さりありがとうございます」
「こんにちは、殿下。どうぞお掛けくださいな。何をお飲みになります?」
シャルロットとリーゼロッテも立ち上がり礼をすると、ルーファスに椅子を勧めた。そしてリーゼロッテも再び腰掛ける。シャルロットはそのまま茶の準備を始めた。
その手元を見ながら、ルーファスが嬉しそうに目を輝かせる。
「シャロン先輩が淹れてくれるの?嬉しいな。じゃあ、貴女のお勧めを」
「はい。殿下のお口に合うとよろしいのですけど」
シャルロットはルーファスにそう答えると、ハーブティーを準備する。お代わりも出来るようにポットには、湯を充分に入れた。
適温で、ルーファスのカップに茶を注ぎ、彼の前に置いた。
ルーファスは香りを楽しんで、一口飲む。
すると驚いたように顔を上げ、シャルロットに言った。
「!?美味しいよ!本当に」
「ふふっ……でも殿下?最近お疲れなのでは?」
ルーファスの目の下には薄っすら隈が出来ている。恐らく彼には、光属性の適性がなく治癒や回復が出来ないのかもしれない。
シャルロットはルーファスの顔を見て、ハーブティーに疲労回復の魔法式を付与させたのだ。茶を飲むくらいではたいした効果はないが、少しはマシになるだろう。
リーゼロッテが、そういえば、と続けた。
「先週は学校でのテスト期間でしたし、その後昨日まで、殿下の学年は魔獣討伐訓練だったんじゃないかしら?」
それは疲れも出るだろう。茶会になど、顔を出している場合ではない。
「まあ!では、無理せず今日はお休みになったほうが……」
「いや。大丈夫だよ。寧ろ貴女……方と、こうやって話が出来ると癒やされる」
シャルロットの言葉を、ルーファスは慌てて否定した。
彼がシャルロットとゆっくり話せる機会は、この茶会以外には皆無なのだ。兄は、婚約者をなかなか家族の前には連れてこない。だからといってルーファスからの過剰な接触により、兄の婚約者であるシャルロットを貶めるような、些細な噂が立つのも避けたかった。
だから、今はルーファスの出来る限りの努力をして、いつか機会が巡ってきたら、彼女に選んでもらえるように、自分を高めたかった。
でも、偶には、こうやって茶会で彼女と会って、彼女と話し心を躍らせ、一方でその顔に兄に対する恋慕が見られないことを確認しては、ホッとする。
リーゼロッテは、ルーファスの気持ちを知っていて、こうやってシャルロットと会う機会を、彼にも分けてくれるのだ。
「シャロン、ルーファス殿下はそのテストでも学年首席でしたわ! それに魔獣討伐訓練でもご活躍だったと、昨日の放課後は女生徒達が噂していましたわよ」
でも、そこまでの援護射撃は必要ないかも?とルーファスは思う。だって、まだまだだ。
「いや。昔の兄上やシャロン先輩には及ばないけど」
「それに転移魔法もとうとう取得されたとか?」
リーゼロッテは、感嘆するように続けた。ルーファスの魔力も、王族なだけに強大だ。空間の属性持ちなら、可能だろう。
「日頃からとても努力されていますものね。素晴らしいです。将来はヴィクトール殿下を支えて、お二人でこの国を立派に治めていかれるのでしょうね」
シャルロットは、王族として国のために努力しているルーファスを、素直に称賛する。ヴィクトールもルーファスも、善良で、王族として国を統治するのに相応しい後継となるだろう。
何も憂うことはない。シャルロットは、この国を守るだけだ。
国の未来を共に見ることは、自分には出来ないだろうけど。
「シャロン先輩?」
なんだかまるで彼女がいなくなるみたいだ、とルーファスは思った。彼女の表情も。まるで将来そこに彼女自身は存在しないような、そんな言い方だった。
「シャロン?どうしたの? なんだか他人事みたいだわ?」
リーゼロッテも、シャルロットの表情に何をみたのか?心配そうに声をかける。だが、シャルロットは笑って首を振った。
「そんなことないわよ、リーゼ。それより貴女の話も聞きたいわ!」
そうして、話上手なリーゼロッテの近況話を強請ったのだった。
茶会が終わり、リーゼロッテを送って全員で馬車止めまで来ていた。
リーゼロッテが馬車に乗り込み、窓から手を振る。
「じゃあね、シャロン。また来月ね!ルーファス殿下も、また学校でお会いしましょう」
「ええ、またね」
「お気をつけて、リーゼ先輩」
2人もリーゼロッテに手を振り見送る。彼女の馬車が視界から消えると、王城内のプライベートスペースまで、一緒に戻ってきた。
客間に向う廊下のスペースで、シャルロットが立ち止まり、ルーファスに向き合う。
「今日はありがとうございました、殿下。あ、ちょっといいですか?」
シャルロットが、一言断ってルーファスの胸元にそっと手を伸ばす。掌をルーファスに向けると、ルーファスの胸の辺りが暖かくなる。
そして身体中に、まるで染み渡るように温もりが広がった。同時にこれまで感じていた疲労感や倦怠感がスッキリと消え、良く眠れた朝を迎えたときのような活力に満たされている。
ルーファスは目を見張って、シャルロットを見た。
「え?これは」
シャルロットはいたずらっぽく笑って、人差し指を一本唇に当て、少し離れて付いてきている侍従や護衛には聞こえないよう、小声で囁いた。
「ちょっとした疲労回復の魔法です。無理は禁物ですよ?」
「……うん。ありがとう」
ルーファスは、そんなシャルロットの仕草に頬を染め、嬉しそうに微笑んで礼を言った。
シャルロットは一歩離れて、きれいな礼を取る。
「では、失礼します」
「ああ、また」
部屋に向って歩いていく近衛とシャルロットの姿を目で追いながら、ルーファスは長い息をついた。
こうやって、毎度些細な彼女の気遣いに落とされていく。
そういえば彼女のこの魔法は無詠唱だった。こんな速効性があって調整が必要な魔法を、詠唱無しでサラリと使うシャルロットには、まだまだ敵わないなあ、と軽く頭を振って、自室へと歩き出した。
一方シャルロット達の茶会と同じ頃、王城の外れにある転移可能な賓客を饗す部屋で、ヴィクトールとシャウエンが2人で向かい合っていた。
ヴィクトールが父親から使用許可を得た部屋である。
人払いをして、ヴィクトールに断り、シャウエンが防音効果もある少々特殊な結界を張った。
そして、ソファに腰掛けるとゆっくりと見回す。
「へえ、いい部屋だね」
「父が帝国や公国の友人達を招いてる部屋だからな。適当に寛いでくれ」
ヴィクトールはそう言いながら、ポットに用意された茶をそれぞれのカップに注いだ。
「ありがとう」
カップを受け取ったシャウエンが、にこやかに礼を言う。
サラリとした黒髪に、穏やかな表情を浮かべる整った顔立ちの青年だ。澄んだ蒼色の瞳が、時々相手の心を見透かすような感じがする。
なんとなく浮き世離れした雰囲気の男だよなあ、とヴィクトールは思った。
とりあえず気になる話題から、彼に持ちかけてみる。
「そういえば、この間皇国の皇帝が訪ねてきて、手合わせを申し込まれたんだが……」
「それはまた」
シャウエンは意外なことを聞いたというように、目を見張った。
「どうも、読めないヤツだよな、あの皇帝。シャルロットはあまり好きじゃなさそうだ」
「う〜ん。そういえば、シャルロットが言ってたな……この間の作戦のときに位置投影魔法を使っただろう? あれに更に伝達魔法を乗せているから、意識を繋げた状態で、シャルロットに向けて考えたことは伝わってしまうんだけど……」
少し考えながら答えたシャウエンの言葉に、ヴィクトールはなんとなくわかった気がした。
「まさか」
「まあ、やらかしたのかもね」
「納得した。自業自得だな」
きっと彼女を不快にさせる思考を、気が付かずにシャルロットに向けてしまったのだろう。それをシャルロットが受け取ってしまったと。
内容までは知らないが、戦闘中に余裕のあることだ。
シャルロットのゼルメルへの扱いが雑だったり、当たりが強かったりは、甘んじて受け入れてもらおうと、ヴィクトールは決めた。
そこまで考えたところで、シャウエンが話題を変えた。
「ところで、ストーカー案件なんだけど」
「なんか貴方から言われると、違和感があるな」
複雑な表情でヴィクトールがシャウエンを見る。自分が言い出したことだが、神国国王に言われると、違和感が半端ない。
だが、今日の本題はこれだ。
シャウエンは、気にせず続けていく。
「そうかな? 神国では制約があって、そのことについて話し辛いんだけど、ここは君たち王家が教会と距離を置いているというか、そこまで信心深くないから、わりと安全だと思う。
神の力と信仰心は、密接に繋がっているんだ。神国は、神を身近な存在として信仰しているし、先祖に神の血が入っているから、神気も多い。私達直系王族は、魔力の他に神力も使えるのだけれど、神力を通じて、神の意思を感じることが出来るんだ。
例えば、聖女が生まれ変わったときや、神が大いなるものを生み出したとき。あとは、誰かが神の許しがたいことを行っているとき……」
「禁術や呪術の類か?」
「そう。厳密に言うと呪術は全てでは無いのだけれど。あと、邪神と言われる神以外の悪辣なモノを信仰することもかな?
禁術や呪術の一部は、何かを犠牲にして術を現出させる、つまり発動に魔力以外の対価がいるんだ。神はそれを嫌がる。」
ヴィクトールが先日の一件を思い浮かべて、尋ねる。
「この間の禁術もか?」
「ああ。成長促進の禁術の対価は、生まれてきたキメラの寿命だったよ。あれは皆10年弱しか生きられなかった。魔獣と人間の掛け合わせには、女性達の血と魔獣の血だね」
「そうか……」
「ただ、禁術の類は、この前のようにある程度距離が近くないと、感知は難しい。そうだな、だいたい5000デール位迄かな? あとは術として現出していないと無理だね」
「俺たちが王族や上級魔法師レベルの魔力を感知できるのが、おおよそ2000デール位だから、倍くらいか」
「そうなる」
ヴィクトールは、初めて聞く知識を整理しながら頭に叩き込んでいく。これから神とやらに対抗していかなければならないのだ。シャウエンの存在はありがたいし、その話は貴重だ。
おそらく簡単には明かせない事情も、シャルロットの為に伝えてくれている。
一言も漏らさず、覚えておこうと、ヴィクトールは思った。
「あと、神の力と信仰の強さの関係っていうのは?」
「神の力の源は、人々の信仰心。つまり神を信じて祈りを捧げることだ。信仰心が大きいと神の力は強くなり、逆に神を信じる者が少なかったり、祈ったりすることが無くなれば、神の力は弱まってしまい、出来ることも少なくなる」
「なるほど。!? おい!シャウエン?大丈夫か?」
ヴィクトールが頷いてシャウエンを見ると、彼は頭を押さえて苦悶の表情を浮かべ、膝の上に蹲るところだった。
ヴィクトールが慌ててシャウエンに駆け寄り、治癒魔法を掛けようかと、詠唱を始めたが、片手を上げてシャウエンがそれを制した。
ヴィクトールがしばらく様子を窺っていると、やがて顔を上げたシャウエンが皮肉げに笑いながら続ける。
「すまない。大丈夫だ。私達直系王族は、神に仇なす行為をすると、神罰が下るんだ。この情報は秘匿情報なんだろう。頭痛位で済んだのは、ここがザイディーンで、かつ情報も一部分だけだったからかな?神から受けた警告のようなものだ」
ヴィクトールも事情を察すると、素直に謝罪した。
「そうか、すまない。尋ねすぎたようだ」
シャウエンは首を振って否定する。
「いや……君には知っていて欲しかった。ところで、君の剣は魔道具かい?」
そして、ヴィクトールの獲物に目を向けた。基本的にヴィクトールは、寝るとき以外は帯剣している。
「ああ、これか? 父がテンザントの公主に頼んで、立太子の記念に贈ってくれたんだ。魔力が乗りやすくて、使いやすい。相当丈夫らしいしな」
「見せてもらっても?」
「もちろん」
そう言って、ヴィクトールは鞘ごとシャウエンに差し出した。
シャウエンは丁寧に剣を検めていく。鞘から抜き、その刃にも指を走らせた。
そして、鞘に戻し、ヴィクトールに返すと、遠慮がちに申し出た。彼の大切な獲物に魔法付与を行なうことを、ヴィクトールが納得してくれるだろうかと気にしながら。
「今度、この剣に付与させて欲しい魔法式がある。剣の性能に変わりが無いことは保証するよ」
「!?……わかった。本当に大丈夫か?」
一瞬シャウエンの表情に苦痛の影が現れたが、顔色は悪いものの先程よりは良さそうだ。心配になったが、これを見る限り剣への付与は、神に対抗するために必要なのだろう。ヴィクトールは了承するが、シャウエンの状態が気にかかる。
無理をさせたくはなかった。
そんなヴィクトールの想いに気がついたのか、シャウエンは申し訳無さそうに笑った。
「ああ、ありがとう。今日はここまでかな?」
「顔色が悪い。少し休め。後で俺が送ってやる」
そう言って、シャウエンにソファに横になるように勧めると、掛け物を取ってきて掛けてやる。
この分では自国までの転移も辛いだろう。落ち着いたらシャウエンを連れて、自分が転移すればいい。
「助かるよ……ヴィクトール」
シャウエンも素直に横になった。が目を閉じようとして、ヴィクトールを呼ぶ。
「なんだ?」
「シャルロットを幸せにしてやって欲しい」
「もちろん、そのつもりだ」
その言葉に安心したようにシャウエンは目を閉じる。
ヴィクトールはそっと回復魔法をかけてやった。シャウエンの表情が和らいで、静かな寝息が聞こえてくる。
シャウエンは家族として、心からシャルロットの幸福を願っている。その為に神国国王としての立場を危ういものにしても、だ。
国主としての在り方が、ザイディーンとは異なる神国だが、シャウエンを間違っていると断じることは、ヴィクトールには出来ないし、神国の国民に影響が出ない範囲に留めていることも、よくわかっている。
だが、シャルロットがこの状態のシャウエンを知ったら、きっと神に抗おうとすることをやめてしまう。
だから、言えない。シャウエンのこの想いも無駄にしてしまう。
ヴィクトールは、シャウエンから借りた本を読み進めながら、「さて、どうするかな……」と考えを巡らせるのだった。




