第20話
「やあ、待っていたよ。昨日は、よく休めたかい?」
2人で神国のシャルロットの部屋にやってくると、にこやかなシャウエンに迎え入れられた。昨日は、彼に後処理を任せて帰国したのだが、シャウエンは疲れも無いようである。
シャルロットはホッとしたように微笑んで、彼に答えた。
「シャウエンこそ。後処理いろいろ任せちゃって、ごめんなさい。お陰様で、私はしっかり回復したわ」
「そう、よかった。ああ、そうだ。皇国の方々には、君が聖女であることは内密にと口止めはしておいたけど……よかったかい?」
シャウエンが、最後にヴィクトールに視線を流して尋ねた。
「助かる、シャウエン。礼を言う。うちでも、俺の側近と陛下にしか明かすつもりはないからな……あと、本も、ありがとう」
ヴィクトールは、シャウエンの細かい配慮に感謝する。直接知り合って間もないが、長年聖女をサポートしていただけに、彼の仕事にはまったく無駄がない、と感心する。
本当に、恋敵なんてものにならなくてよかった、とヴィクトールはホッとした。
今ならはっきりわかる。彼らは、家族だ。おそらく、代々のリー家が転生を繰り返す聖女の家族であり続け、支えになってきたのだろう。
シャウエンが、そんなヴィクトールをひたと見つめて、真剣な表情で問う。
「その分だと、君はシャルロットをちゃんと理解した上で、これからのことを決めたのかな?」
「まだ1/3しか読んではいないが、俺の方はな。あとはこいつの覚悟次第か?」
ヴィクトールは、シャウエンの言葉を視線ごと堂々と受け止めると、不敵に笑って答えた。
そして、シャルロットの肩を抱きよせる。
シャルロットは、視線を下げて、緩く首を振った。
「ヴィクトール、簡単には、決められないわ」
シャウエンは、シャルロットの様子を探るように見つめていたが、やがて一つため息をつくと、仕方無さそうに笑って言った。
「そうか。シャルロット、私は君が幸せに生きられることを願っているよ? まだ時間はある。よく考えて決めたらいい」
まるで年長者に宥められているみたいだ、とシャルロットは思う。出会った頃は、まだかわいい少年だったのに、いつの間にか彼女を甘やかす兄のようになってしまった。
「ありがとう、シャウエン……あと昨日の女性たちのことだけど」
シャルロットは、なんだかこの話題を続けたくなくなって、あからさまに話をそらした。
シャウエンもシャルロットの意図を汲んで、苦笑して答える。
「それなら、リンに話を聞くかい?今なら道場にいると思うけど。レンと鍛錬すると言っていたよ?」
「そう。じゃあ、ちょっと行ってくるわ!」
きっと、シャウエンとヴィクトールも2人で話したいことがあるのだろう。そう思ったシャルロットは、2人を残して部屋を出ていったのだった。
「察しがいいよな、二人共」
シャルロットの足音が聞こえなくなると、ヴィクトールが肩をすくめて言った。
「まあ、そこそこ長い付き合いだし、彼女も伊達に長く生きているわけじゃないしね。どうぞ座って?」
シャウエンが椅子を勧めながら、ヴィクトールの向かいに腰掛ける。
侍女がお茶の準備をして、ヴィクトールの前に緑茶が置かれた。一口飲んでみると、ザイディーンで出される茶とは、香りも色も味も異なるが、スッキリとして飲みやすい。茶を飲みながら、ふと外を眺めると、神国独特の造りの庭が目に入る。シャルロットにとってこの国の文化や風景は、長く共にあったものなのだろう。継承式のときに着ていた衣装もよく似合っていた。
そういえば……と、口を開く。
「あいつの精神年齢?というか、これまで合わせた年齢って、実際のところいくつなんだ?」
ヴィクトールからすれば、単純な疑問だったのだろうが、シャウエンは思わず笑ってしまう。
「ふふっ……記録を読んで足していけばいいんだろうけど、250歳前後だと思うよ? でも、シャルロットに年齢の話は禁句だからね? 気をつけた方がいい」
シャルロットは、他人から年齢を指摘されるのが嫌らしく、昔、レンが正面から彼女に尋ねて、ほっぺたを抓られていたことを、シャウエンは思い出す。
「? ああ、覚えておく」
ヴィクトールは、シャウエンが1人笑っているのを見て首を傾げたが、何も聞かずに素直に忠告に従うことにする。
そしてシャウエンは、笑いを納めると、ヴィクトールを見た。
「君は彼女が聖女であることを理解しても、変わらないんだね? 聖女は君の結婚相手としては向かないと思うけど?」
ヴィクトールは、ただの王族ではない。ザイディーン王国の王太子で、将来国王となる男だ。王妃になるには、シャルロットの事情は決して歓迎できるものではない。
しかし、彼はこの先のことを決めたと言っていた。婚約を解消する素振りが無いということは、このまま結婚を考えているのだろう。
ヴィクトールは、現実主義で統治者としての意識も高い。
情に流された結婚という訳でもなさそうだが……と、シャウエンはヴィクトールの意図を探るように答えを待つ。
ヴィクトールは、そんなシャウエンを気にすることなく、当たり前のように答える。
「俺は、最初からシャルロット自身が欲しかったからな。聖女だと知ったところで、今更何も変わりはしないが、あいつが聖女をやめて、ザイディーンの王妃になってくれることを望んでいる。俺の子も産んで欲しいしな。で、ストーカーとの縁切りをどうするか? 貴方に相談にのって欲しい」
ヴィクトールの答えに、シャウエンはポカンとして口を開けた。
そして、段々と可笑しくなってきたのか、声を上げて笑う。
こいつ、こんなふうに笑ったりするんだなあ、とヴィクトールが感心して見ていると、ひとしきり笑って落ち着いたのか、目尻の涙を指で拭って、シャウエンが言った。
「君の口から聞くと、なんていうか……うん、悪くないね。次は私をザイディーンに招待してくれるかな?」
(聖女やめて王妃になるとか、ストーカーとの縁切りって、まあ、そうなんだけど……)
まるで神を信仰していない、現実主義のヴィクトールらしい表現に、シャウエンはシンプルだなあ、と感心する。
ああ、ヴィクトールなら大丈夫だ、とシャウエンは納得した。だから今度は、ザイディーンで話をしよう。
「もちろん、喜んで。ああ、これがうちの城の転移座標だ。来る前に声を掛けてくれればいい。あいつには内緒でいいんだろ?」
ヴィクトールもそのつもりだったのだろう。ザイディーン王国への転移座標を用意してくれていた。本当に、彼とシャルロットが出会えたことは、僥倖だ。
「君も話が早くて助かるよ。では、シャルロットが戻ってくるまで、彼女の身体がまだ小さくて、可愛かった頃の話でもどうだい?」
「ほお、興味深いな?」
そして、ヴィクトールをシャルロットとの思い出話に誘う。
ニヤリと笑って乗ってきたヴィクトールに、シャルロットには内緒だよと、唇に人指し指をあてて、シャウエンは話しだしたのだった。
道場にやってきたシャルロットは、鍛錬中の2人に誘われ、胴着に着替えて何試合か手合わせしたところだった。
部屋を出て、1時間ほどは経っただろうか?そろそろ戻ろうかと、リンとレンに声をかける。
「久しぶりにしっかり身体を動かした気がする。ありがとう二人共」
汗を拭きながら、シャルロットが言った。
ここ数日、ヴィクトールとの関係やこれからのことなど、選ぶべき答えはわかっているのに、未知の感情がたくさん入り込んで、ぐるぐると迷っている……そんなすっきりしない気持ちだったのが、鍛錬中は無心に身体を動かせた。よい気分転換になったと思う。
リンとレンも、なんとなく察していながら、何も聞かずに相手をしてくれた。
「こちらこそ〜シャルロット様と久しぶりに手合わせ出来て、楽しかったです〜」
「ああ、腕は落ちていないが、体力が落ちてるんじゃないか?もう少し鍛えといたほうがいいぞ?」
「レンったら〜シャルロット様は魔法でカバー出来るよ」
レンに言われた通り、最近運動不足だったかな?と、反省する。ヴィクトールにも体力不足を指摘されたっけ?と思い出した。リンも作戦中のことを言ったのだろう。
「ふふっ。そうね、少し体力はつけとかないとね。明日は筋肉痛になりそう。リン、女性達のこともありがとう」
「いえいえ。また何かあったら、ぜひ声をかけてくださいね?」
シャルロットはリンに礼を言うと、着替えて戻ろうかと道場を後にする。双子と久しぶりに魔法を使わずやり合ったが、しばらくぶりだったので、勘も鈍っている感じだった。
ヴィクトールかランドルフに頼んで、少し鍛えようかしら?と、令嬢らしくないことを考えながら、侍女に手伝ってもらい、身支度を整えたのだった。
ザイディーン城に戻ってきた2人は、シャルロットの滞在する客間に向って歩いていた。彼女は今日、実家に戻ると言う。
シャルロットはヴィクトールを見上げながら、尋ねた。
「シャウエンとはゆっくり話せた?」
「ああ。この先付き合いも長くなりそうだしな」
「そう。よかったわ」
「ああそうだ。明日から時間が空くだろ?執務室に来ないか?ヒューイットがお前に手伝ってほしいことがあるらしいぞ?」
ヴィクトールが、王太子妃教育が終わってしまったシャルロットを誘う。執務能力も高そうな彼女に、頼めることも多そうだ。仕事が捌ければいろいろと時間も取れそうだし、シャルロットと共にいる時間も増える。一石三鳥でヴィクトールに都合がいい。
「そうね。お邪魔じゃなければ、側近に加えていただけれると……今は学生でもないし、無職ですしね」
シャルロットも少し考えて、了承した。ヴィクトールを手伝いたいと思っていたところだ。
「お前に来てもらえれば助かる。あともう一つ頼まれてくれ。今日実家に戻ると言っていただろう? 帰宅前に、侯爵を引き取ってくれないか?」
え?とシャルロットが首を傾げる。申し訳無さそうな、困ったような目でヴィクトールが、シャルロットを見ていた。
ああ……となんとなく事情を察する。過保護な父が執務室に押し掛ける予定でもあるのだろう。
「まあ……父がいつもごめんなさい?」
と、シャルロットは実家に戻る前に、ヴィクトールの執務室に寄ることを約束した。
そして、夕方。
ヴィクトールの執務室に、宰相補佐であるシャルロットの父ディアモンド侯爵が訪れていた。
丁寧に礼をし、口火を切る。
「ご無沙汰しております、殿下。視察からのご無事のお帰り何よりです。今日も娘とお出掛けだったとか?」
(視察を共もつけずに2人で出かけて、その上今日も娘と一緒に居たのは、どういうことだ?)と心の声が響いてくるようだ。
ヴィクトールは美しい顔に心を読ませぬ微笑を浮かべて、丁寧に答えた。
「ディアモンド侯爵、お久しぶりです。シャルロット嬢は何事もなく戻りましたよ。今日はセイレーン神国との交流会でして、語学堪能なシャルロット嬢には、助けられています。本日は侯爵家に帰ると言っておりましたが」
「そうですか。それは今から帰宅が楽しみですな。ところで、殿下。娘の王太子妃としての教育は終了したと伺いまして、もうこちらに滞在する必要もないのでは?と」
「ああ、そのことですが侯爵。彼女には今後、私の側で執務を手伝ってもらうことになっておりまして。時間も不規則ですし、ぜひこのまま城に滞在して貰えれば、と考えております。もちろん、侯爵家に時々帰る際は、これまで通り、レオンを護衛につけますので」
ヴィクトールはディアモンド侯爵の台詞をサラリと流し、この先も王城に住まわせて、時々実家に帰らせる、と言う。
侯爵は、思わず本音で呟いた。
「まだ嫁に出したつもりはないんだがな……」
それを聞いたヴィクトールが、ニッコリと笑って言った。
「婚約者として、節度あるお付き合いをしておりますよ?未来の義父上?」
「当たり前だ!それに義父と呼ぶな!」
「お父様?もうお仕事は終わりましたの? 廊下まで声が聞こえておりましたわよ」
思わず大声で叫んだ侯爵の後ろから、涼やかで落ち着いた声が響いた。
小さく開いた扉から、シャルロットが顔を出す。
ディアモンド侯爵が振り返り、打って変わって笑顔になった。
「シャロン!ああ、無事に戻ってきたんだね!怪我などしていないかい?」
侯爵は、ヴィクトールのことなど忘れたように、扉近くのシャルロットに駆け寄り、抱きしめてから、全身を確かめるようにさっと視線を走らす。
そんな父の様子に苦笑して、シャルロットは侯爵の腕を取った。
「殿下と視察をご一緒しただけですもの、何もありませんわ。ここにいてもお邪魔になりますので、もう一緒に帰りましょう?」
「ああそうだな!エカテリーナも待っているからな。では、私はこれで失礼する」
最後にそう言い捨てて、ディアモンド侯爵は退室していった。
ヴィクトールの執務室になんとも言えない空気が漂う。
壁や家具と化していた側近たちが疲れたように息をついて、現実に戻ってきた。
ヒューイットが、感心したようにシャルロットを褒める。
「はぁ〜。シャルロット嬢鮮やかだね〜」
「先月の反省を踏まえて、手を回しておいた」
ヴィクトールがため息をつき、肩を回しながらそれに答えた。
「ヴィクトールも、煽らなければ良いのに。まあ、強引に婚約成立させましたからね」
ニールセンが呆れたように言う。
「月一回程度嫌味を言われるくらいは、甘んじて受け入れるさ」
「明日戻って来られるかねえ、嬢ちゃん」
「あいつなら、上手く言いくるめて戻ってくるさ」
ランドルフの心配したような声に、問題ないとヴィクトールは笑う。
そして、表情を改めると一同を見回し、防音結界を張った。側近達も軽口をやめて、ヴィクトールに向き直る。
「さて、ここで共有しておきたいことがある。ここにいるお前達と陛下のみで留めておいてくれ」
「承知しました」
ヴィクトールの真剣な声に、側近達が、頭を下げて了承の意を伝えた。
「ラルフには前もって伝えたが、シャルロットは今生12度目の聖女だ」
「……やはり」
ニールセンが呟いた。
「聖女って、あの聖女ですか? 何度も生まれ変わっているという、短命の?」
ヒューイットが、記憶を探りながらヴィクトールに確認する。
「そうだ」
頷くヴィクトールに、ニールセンが尋ねる。
「殿下、婚約は……」
「継続だ。父上にも了承を得ている。しかし、彼女が聖女だと知られれば、いろいろと騒がしい。このことは内密に頼む」
「承知しました」
側近達の声にヴィクトールはもう一度頷くと、一同をゆっくり見回して、はっきりと言った。
「その上で、俺はあいつの運命を変えたい」
「え?」「は?」
側近達の戸惑いと困惑が、返ってくる。それに答えるように、ヴィクトールは続けた。
「神国国王の力を借りて、生まれ変わりの運命から開放してやりたいと思っている」
「恐れながら、側近として賛成致しかねます」
ニールセンが、グッと歯をかみ締め眉間にシワを寄せると、ヴィクトールに言った。
神話に理解がある彼は、聖女の運命を変えるという行為が、国の危機を引き起こすことを懸念したのだ。
臣下として、ヴィクトールの言動を見逃す訳にはいかない。
「だろうな……だが、誤解のないように言っておく。
まず、シャルロットは今のところ、それを望んではいない。そして俺は、その方法をギリギリまで模索するが、聖女以外の国民を犠牲にすることは、絶対にしないと誓う。」
ヴィクトールの言葉で彼らは理解する。
シャルロットは、おそらく婚約解消を願い出て、運命に殉じることを覚悟している。
だが、私人としてのヴィクトールが引き止めたのだ。運命が変えられなければ、王族として、彼女を犠牲にする決断をしなければならないこともわかっていながら。
だが、彼はもう決めてしまった。
だったら、2人を応援してやろうとランドルフは思う。
「……俺は良いと思うぜ」
「ラルフ?」
「今回作戦に同行して、嬢ちゃんがこの大陸の民をどれだけ救ってきたのか、理解したつもりだ。だから俺も、嬢ちゃんの助けになるなら、喜んで俺に出来ることをしたい。俺は、ヴィクトールと嬢ちゃんを敬愛する主君として、守りたいと思うよ」
ヒューイットも、ヴィクトールを最近見ていて思う。
公人として国のために尽くし、私人としては他人に興味を持ったり、あまり心を動かしたりすることもなく生きていたヴィクトールが、シャルロットに対して見せる表情や感情が、人間らしくてほっとする。辛い恋になるかもしれないが、ヴィクトールは自分をきちんと律することも出来る人だ。そして、それはシャルロットも同様だろう。
だから、ヒューイットは、ヴィクトールの判断を大事にしたいと思う。
「僕もです。シャルロット嬢は、ヴィクトールの初恋ですからね。好きな女の子のために足掻くのは、惚れた男の特権じゃないですか?」
「……おい」
ヴィクトールが複雑な表情で、ヒューイットを眺めた。
その側で、ニールセンが大きくため息をつく。
「嫌ですね。私1人が悪者みたいじゃないですか。もちろん私も、ヴィクトールが王太子としての立場を忘れないのであれば、応援しますよ」
ニールセンも2人の婚約に反対しているわけではない。むしろ本当に運命が変えられるのなら、自分も喜んで手を貸したいと思う。
「そうか。皆、礼を言う」
ヴィクトールは、ホッとしたように笑った。側近たちの力が借りられるなら、こんなに心強いことはない。
これから運命の日まで、シャウエンや側近たちの協力を得て、シャルロットを生まれ変わりの繰り返しから、解放してやる。そして、彼女が心から幸せそうに笑うその隣で、一生を共に在りたい。
そんな希望を持ったところで、ヒューイットが言った。
「ところで、ヴィクトール?シャルロット嬢に告白して了承してもらえたんですか?」
「……うるさい」
膨れたように目を逸らして答えたヴィクトールに、側近たちの生温い視線が集まった。
(あ〜、最近いい雰囲気なんだけどねえ……)




