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The end of Reincarnation  作者: 桜野 華
第1章
20/45

第19話

 執務室に戻ったヴィクトールは、ここ数日間の執務の報告を確認し、指示していた。

 ランドルフも戻り、護衛をしながら、今回の顛末を報告書に綴っている。

 そこへ、神国の国王からヴィクトール宛に荷物が届いたと報せがあり、大きい包みが執務室に運び込まれた。


「うわっ!結構重いですね!」


 ヒューイットが受け取り運ぼうとしたが、思ったより重量があったため、思わず大きな声が出た。

 ヴィクトールが置かれたものの包み紙を捲り、中を確認する。


「あ〜なるほど」


 そう言うと、一同を見回し荷物を持って、隣室へと向う。


「悪い、しばらく席を外す。ラルフはそれが書き終わったら、今日は帰っていいぞ。ヒューとニールも数日ご苦労だった。今日は早めに上がってくれ」


 ヴィクトールは、振り返り際にそう言い残すと、隣室へ篭もってしまったのだった。



 送られた荷物は、分厚い本が12冊。

 セイレーン神国創世記に始まり、11冊に渡る聖女の生涯についての記録だった。


「とりあえずは、これからだな……」


 ヴィクトールは創世記を手に取ると、ソファにだらりと腰掛けて、読み始めたのだった。


 創世記と、今代から3代前までの記録をざっと読み、ヴィクトールは息をつく。侍従に頼んで茶と軽食を用意させ、自身はソファに深く凭れかかった。

 窓からは夕陽が差し込んでくる。


 思い浮かぶのは、シャルロットとのこれまでだ。


 初めてダーマル山で出会ってから、2ヶ月弱。かなり強引に婚約を結び、学校も辞めさせて(卒業扱いにしたが)、王太子妃教育と称して城に呼び、毎日食事を共にした。そして今回は、彼女を説得してこの事件に介入し、彼女が聖女であることを知った。


 思えば、かなりの暴挙である。

 いつものヴィクトールなら考えられない所業に、家族や側近達もかなり驚いたことだろう。

 また、我が国が宗教とは距離を置いている王家とはいえ、彼女が聖女であることに、全く思い当たらなかったのも、神国の面々を驚かせたに違いない。


 最初は興味だった。かつて出会ったことのないほどの神国の強力な魔法師。だが、自身の国の侯爵令嬢であることを知ったら、どうしても手に入れたくなった。


 彼女と共にいると楽しくて、話をすれば興味深くて、16歳には見合わない話し方や、博識で知識の深さが伺い知れる会話に、時間を忘れるほどだった。

 とても美しい容姿を鼻に掛けることもなく、ヴィクトールの容姿にも惑わされることなく、なかなか流されてはくれないが、夜会では凛と立ち、にこやかに微笑むその横顔に何度となく見惚れた自分がいる。


 そして、今回の事件をきっかけに、聖女として生きてきた彼女を知った。

 これまでどことなく、上に立つものとしての矜持や、考え方をするものだと感じていたが、冷静に非情な判断を下しつつ、指示していく彼女を見て、支えてやりたいと思った。

 ヴィクトールが甘やかせば、自身の前だけでは素の表情を覗かせるシャルロットを、可愛いと思った。

 今のシャルロットを形成するものが、この本にあるような長い歴史を生きてきた末にあるのなら、その全てを受け入れて、守りたいと思う。


 そして、神が産み出す大災害に、短い命を散らしてきた彼女を救ってやりたい。


 生きることを諦めて寂しく笑い、どこか一線を引いて、一人で逝くことを覚悟しているなんて、許さない。


「ああ、どうしようもなく好きなんだな……」


 ストンとヴィクトールは納得した。とっくに恋に落ちていた。

 だから、彼女の隣で、彼女を守る役割は、誰にも譲りたくない。これまで聖女を支えてきた神国の王族だろうが、その役割を譲る気は無いのだ。


 そして願わくば、シャルロットと共に、ずっと生きていきたい。


 ヴィクトールはその望みを叶えるべく、とりあえず自分の父である国王陛下に、私的な面会を申し込んだのだった。



 その日の夜9時頃、国王陛下の書斎にヴィクトールはやってきた。


「父上、お時間をとっていただき、ありがとうございます」


 夕食を終え、就寝前に時間を取ってくれたのだろう。くつろいだ様子の父親に迎え入れられた。


「いや。問題ない。皇国での顛末は、報告を聞いたよ。よくやった。後で詳細を提出して欲しい。

 だがまあ、今は座りなさい。何か飲むかね?」


「いえ……」


「そうか。では私は勝手にやらせてもらおう……さて、話とは聖女殿の運命や使命のことかな?」


 ローテーブルを挟み、対面でそれぞれがソファに座り、国王であるユージーンは、グラスに氷を作り、蒸留酒を注ぐ。フワッとスモーキーな香りが漂った。

 が、ユージーンの言葉に、ヴィクトールは思わず目を見開く。


「!?……ご存知だったんですね」


 息をついて肩の力を抜いたヴィクトールが、背もたれに深く寄りかかった。

 そんな息子を見ながら、ユージーンは穏やかに続ける。


「そうだね。アイリーンの占術で君達が出会うであろうことは、予想はしていたよ。君を神国継承式の代表者にしたのもそのためだ。まさか、いきなり婚約したいと言い出すとは思わなかったが。君達の婚約の後、シャルロット嬢とも話す機会があったしね」


「シャルロットと?」


 父親と婚約者が、いつの間に話していたのか?ヴィクトールは訝しげに首を傾げた。


「彼女が聖女であることを知ったら、君は婚約解消を考えるんじゃないかと、シャルロット嬢は言っていた。短命であることは変えられない。自分では王妃になることは出来ないから、と」


「そんな……そんなことは、許さない!」


 ヴィクトールは思わず声を上げていた。そんな息子に父親は淡々と言った。


「まだ君は若い。シャルロット嬢との婚約期間を短くし、すぐにでも結婚して、彼女が亡くなったあと、再婚することも可能だが」


「シャルロットは死なせません!」


 常になく熱くなり、ユージーンを睨みあげて来る息子に、内心驚きながら彼は正した。


「君らしくないね。ヴィクトール?」


「……」


 ヴィクトールは黙り込む。


「繰り返しの歴史で、彼女は国の存続を揺るがす程の大災害から人々を守ってきた。1人の力で成されるその救済は、我々の手に負えるものではない。彼女は国を救うまさしく聖女だ。聖女の力で民や我々が救われるなら、この犠牲は国王として受け入れるべきではないかな?ヴィクトール」


「良くわかっています。でも俺は……シャルロットを死なせたくないんだ」


「そうだね」


 息子の気持ちはわかる。しかし、王としての判断としては、間違いだろう。


「父上、俺は……いや私は、足掻きたいと思います。彼女の運命を変えてやりたい。どうか許して欲しい」


 ヴィクトールが頭を下げて懇願する。

 王太子である彼が、初めて王に心から願ったことが、シャルロットのことだった。

 苦しい恋を選んだものだ……と、息子に同情の気持ちもある。

 ユージーンはため息をつくと、ヴィクトールに言った。


「そうか……では婚約期間に限り、それを許そう。あと4年、君なりに足掻いてみなさい。だが、期限はそこまでだ。君が27歳になる前には王位を譲る。そのときに聖女殿か新しい婚約者を迎えるのか、君達で決めなさい」


「ありがとうございます!」


 顔を上げたヴィクトールに、ユージーンはもう一人の息子を思い浮かべた。


「そうか……君はシャルロット嬢をちゃんと想っているんだね。ルーファスには可哀想なことをした」


「え?」


 ヴィクトールの顔をみると、全く知らなかったようである。ルーファスにしてみれば、想い人を横からかっ攫われたようなものだ。ヴィクトールが政略だけでシャルロットを婚約者にしたと思っているルーファスは、多分彼女を諦めていない。

 ヴィクトールに知らせておけば、上手く采配するだろう、とユージーンは敢えてヴィクトールに伝えることにする。

 兄弟揃って、聖女殿を好きになるとは……と再びため息がこぼれた。


「ルーファスは君達が出会う1年も前から、聖女殿を想っていたんだよ。彼女に堂々と想いを伝えられるようになるために、健気に頑張っていたんだ。だから、この婚約が解消されたら、ルーファスにもチャンスをあげようと思っていた。もちろん、聖女殿次第だったがね」


 ヴィクトールは少し考えるように目を伏せたが、すぐに視線を上げはっきりと告げた。


「……婚約解消はありませんよ、父上。

 一つ頼みがあります。宮殿外れの要人の客間を時々貸してはいただけないでしょうか?」


「ああ、もちろん構わないよ。使いたい時は声をかけてくれ」


「ありがとうございます」


 礼を言って立ち上がると、ヴィクトールは部屋を後にしたのだった。




 翌日の正午前、ヴィクトールは早目の昼食を用意するよう指示し、庭園の花壇の側に建つガゼボに、シャルロットを伴いやってきていた。

 天気もよく、気持ち良い風が吹き抜けていく。花壇の花も美しく咲き誇り、シャルロットは表情を綻ばせた。

 この後セイレーン神国を訪ねるため、外出用のドレスを着て、髪をハーフアップにした彼女は、変わらず美しい。

 ヴィクトールは、リラックスしたシャルロットの様子に一瞬息を詰め見惚れたが、彼女の手を持ち上げて口づけを落とすと、椅子を引いて彼女を座らせた。

 向かい側にヴィクトールも腰掛ける。


「よく休めたか?」


「ええ。ありがとう。ヴィクトールは?あの後も忙しかったんでしょう?」


「昨晩はしっかり休んだからな。問題ないさ。あ、あとはこっちでやる。下がっていい」


 昼食を運んで来た給仕が、テーブルに皿を並べ終わると、ヴィクトールは彼らに下がるように言った。

 そして、シャルロットを促し、2人で昼食を取る。

 その間簡単に、事件の報告書を国王と宰相に提出し労われたこと、皇国からも感謝の手紙が届いたことを、シャルロットに話して聞かせた。

 食事が終わると、シャルロットがお茶を入れる。

 ジャスミンの香りが、ほのかに香った。


 ヴィクトールは、テーブルに両肘をついて手を組み、その上に顎を乗せて、シャルロットを見た。


「さて、何から話したものか……」


 そう言って言い淀んだヴィクトールに、シャルロットが彼をじっと見つめて、口を開いた。


「聖女と婚約のことね?」


「そうだな……昨日は日中1日かけて神国創世記と聖女の記録を読み返す羽目になったぞ? 全ては無理だったから、ここ3代前位までか?」


「そう……」


 シャルロットの表情が心なしか曇り、視線が下がる。おそらくヴィクトールとの婚約解消になると思っているのだろう。曇った表情が、ヴィクトールとの婚約を解消したくない、と言っているようで、彼は少し安堵する。


「まあ、これまできちんと読んでいなかったせいもあるが……最初に言っておく。婚約解消は無いからな」


「え?でも」


 シャルロットが驚いたように顔を上げ、目を瞠ってヴィクトールを見た。その視線を受け止めて、ヴィクトールが不敵に笑う。


「そして、お前のその繰り返しの運命を変えるべく、俺は足掻くことにした」


「私の?運命を変える?」


 よく理解できなくて、シャルロットが反芻する。


「創造神だかなんだか知らないが、俺はお前とこれからもずっと共に在りたいと思う。だから、その方法を探そうと思う」


 シャルロットが一瞬泣き出しそうに顔を歪めた。

 そんなことは受け入れられない。望んではいけないことだ。

 彼女は首を振り、無理に笑って見せる。


「ヴィクトール。私は充分よ。今こうして、ここに在ることに満足してる。だから……」


 そんなシャルロットに、ヴィクトールは胸が痛くなった。シャルロットにこんな顔をさせるなんて、神なんて、糞食らえだ。

 ヴィクトールは手を伸ばし、シャルロットの手をそっと握る。そして、尋ねた。


「最初のお前の夫、神を今も愛しているのか?」


 シャルロットは、ヴィクトールの問いに目を見開いたが、やがて首を振り、ゆっくりと目を伏せる。


「……もう1000年以上昔の話よ。私はもう、よくわからないわ。だけどね、家族や友人、そしてあなた達のことは、ちゃんと好きよ。だから、いいの」


 そして、諦めたように笑う。

 ヴィクトールが見たいのはそんな笑顔ではないのだ。そんな胸がジリジリとして、苦しくなるような笑顔ではなく、もっと幸せそうに笑って欲しい。

 だから、握った手に力を込め、シャルロットに語りかける。


「良くないな。シャルロット、俺を選べ。神ではなく、俺を好きに……いや愛してみろ」


「ヴィクトール、いったい何を?」


 シャルロットがヴィクトールを見つめている。ヴィクトールも視線を逸らさず、彼女を見つめた。


「すぐじゃなくてもいい。これから俺の側で過ごして、お前がこの場所で生きていきたいとそう願ってくれるなら、俺はお前を守ってやる。神からだって、お前を奪ってやる。だから、俺を愛して、俺に執着しろ。俺の側で生きていくことに執着しろ」


「いや……だって、そんなこと許されない。私は、あなたも家族もシャウエンや友人達も、誰も失いたくない」


 シャルロットが首を振って否定する。


「じゃあ!俺やシャウエンからお前を奪うのは許されるのか?お前の家族がお前を犠牲にすることを許すと思うのか?」


「それは……」


 シャルロットがはっとして、言い淀んだ。

 ああ、また人の気持ちを蔑ろにしてしまった。

 シャルロットは、小さく震えた。心の中がぐちゃぐちゃで、良くわからなかった。

 ヴィクトールは、彼女を落ち着けるようにそっと手を撫でる。


「お前は今、女王でも何でもない。王太子の婚約者だ。民を守る責任は俺のほうが大きい。そしてお前は、俺の守るべき民であり大事な婚約者だ。大災害その時まで、俺は可能な限りお前も民も守る為に動く。だから、お前も俺とともに足掻け」


「あなたと一緒に、足掻く?」


「私人としての俺の全てで、お前を愛するから……シャルロット、お前のことを可愛いと思う。守りたいと思う。お前のことが好きだ。だから、俺を選べ」


 ヴィクトールの言葉に、シャルロットの心が引き上げられる。真っ直ぐな気持ちが嬉しくて、シャルロットの胸が暖かくなって、心の中の傷が癒やされていくようだった。

 このまま、ヴィクトールの手を取れたなら、どんなに幸せだろう。

 でも……と背筋が一瞬寒くなる。神は、それを許すだろうか?

 この強くて優しい人を、傷つけたりしないだろうか?


「ごめんなさい、ヴィクトール。私はあなたやこの国の為なら、喜んでこの運命を受け入れようと思ってる。だから、今は、その気持ちには答えられない」


 シャルロットは、怖かった。ヴィクトールを失うことになるかもしれないことが、怖くなったのだ。

 ヴィクトールはシャルロットをじっと見つめていたが、大きく息をつくと声の調子を変えて、微笑んだ。


「そうか……だが、すぐじゃなくても良いと言ったろ?いつか、お前が俺を選ぶなら、それでいい。まあ、そんなに先のことじゃないと思うぞ?」


「ふふっ……自信家ね」


 シャルロットも切り替えて、ヴィクトールに答えた。


「そうだな。お前のことはよく見てるからな……さあ、じゃあそろそろ、シャウエンのところに行くか?」


「そうね」


 シャルロットは、ヴィクトールに手を取られて立ち上がると、転移用の部屋に向って歩き出した。


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