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The end of Reincarnation  作者: 桜野 華
第1章
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第1話

 

「はあ……またこんなところで寝てしまって……」


 ため息をこぼしながら、シャウエンは自身の腕を組んで壁にもたれた。


 サラリと流れた癖のないやや長めの黒髮、切れ長の蒼い瞳に理知的な色を宿し、整った顔立ちは今年23歳になる青年を落ち着いて見せる。シンプルな白いシャツに黒のズボンは、身体の線を隠しておらず、やや細身ながらも適度に鍛えられていることがわかる。


 里近くに現れた魔獣の討伐が終わって屋敷に戻る途中、シャルロットの魔力の気配を感じ急ぎ戻ってみれば、本人はソファに横になってすっかり眠り込んでおり、シャウエンは、若干気が抜けてしまったところだ。


 彼女がいつやってきてもいいようにと、用意されたこの部屋は、木造屋敷の他の部屋とは一線を画していている。

 畳の上に敷いた、毛足の長い真っ白なラグ。傍らにはオフホワイトの皮張りのソファ。そこには彼女のお気に入りのクッションが無造作に置いてあり、その1つに右頬を預けて、気持ちよさそうに眠っている少女。

 歳は16になったところだが、異性の前での振る舞いについては、全くなってないとの自覚はなさそうである。


「シャルロット、無防備にも程があるんじゃないかい?」


 シャウエンはそう言ってソファまで寄ると、彼女の肩に手を伸ばし軽く揺すってやる。

 すると、ゆっくりと瞼が上がり、長い睫毛に縁取られた大きな紫の瞳が現れた。

(相変わらず、綺麗だな……)

 いつもと同じ感想を持って、シャルロットを眺める。

 初めて出会ってから11年が経ち、こうして何度も顔を合わせているにも関わらず、毎度毎度その美貌に感嘆してしまう。

 出会った頃の造形そのままに、成長して更に美しさが際立ってきた。


「お帰りなさい。シャウエン」


 とろりと微笑んだ彼女に、シャウエンも破顔した。


「お姫様、うたた寝すると風邪をひくよ。

 待たせたみたいだね。お茶にしよう」


 そう言って彼女が身体を起こすのを手伝ってやり、いつも通り隣に腰を降ろした。


「……で、今日は代替わりの儀式について、相談に来たの」


 茶の準備は、シャルロットが魔法を使い一瞬で済ませてしまう。いろいろと高度な魔法を詠唱もせず使うのはいつものことだ。

 シャウエンも黙って手元に茶菓子を転移させると、美しく盛り付けられた皿を差し出した。


「さあ、どうぞお姫様」


 彼は時々そんなふうに彼女を呼ぶ。そんな彼に付き合って、優雅な所作で茶菓子を受け取りながら、だが内心でシャルロットは自嘲した。

(……ちっとも姫なんかじゃないのにね……)


 シャルロットは見た目こそ16歳の少女であるが、実際は11度の人生を生き、今生12度目となる、積み重ねた年齢だけを見れば大長老である。巷では聖女なんて呼ばれているが、もう千数百年の間、生まれて死んでを繰り返しているのだ。聖女と呼ばれるより、魔女のほうがよっぽどしっくりくる。

 もっとも、これまで25歳を超えて生きたことはなく、全ての生を合わせても250歳前後になるか?というところだが、目の前の人物にお姫様扱いされるのは、多分間違っていると思うのだ。


「……私は、呪われた魔女だわ」


 そう呟いた彼女に、シャウエンは片眉を上げた。


「祝福された聖女様だろう?」


 シャウエンの言葉に、シャルロットは目を伏せる。

 なんだろう? 今日はいつもの軽口にやけに心が乱れる。うたた寝していたときに、遥か昔の幸せだった頃の夢をみたからだろうか。


「祝福なんかじゃないわ。まるで呪いだもの」


 小さな……しかし、暗さが滲んだ声。ネガティブな思考の淀みにシャルロットの心が沈んでいく。


 そんな彼女に気がついたシャウエンは、深く息をつくと彼女の頭をそっと撫でた。


「ごめん……君を傷つけるつもりじゃなかった」


 シャルロットは俯いたまま首をふる。

 やがて、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。


「……だってどんなに繰り返しても、彼にはもう巡り会えない……

 ただ同じ運命を繰り返すだけ。

 ずっと、ずっと。

 終わりのないまま……

 何度もその時の家族やあなたのご先祖様たちを泣かせたわ。

 でもとても大切だったから、いつだって守りたかった。

次に生まれてきたときには、もう誰もいないのに。

 彼にも、もうきっと会えないのに。

 ……昔、神を愛した罰なのかな……

 それとも、いつかは許される日がくるのかしら」


 彼女に触れていない方のシャウエンの手に、力が籠もる。知らず拳を強く握りしめていた。

 シャルロットの過去を思うと、胸が痛かった。シャウエンにとって、彼女は愛すべき妹分であり、家族だ。

 いつだって幸せに笑っていて欲しい。


 だが今は、彼女の声にはならない内なる慟哭に寄り添うことしか出来ない。


 この世界でたった一人、転生を繰り返してきた彼女の想いは、誰にも理解することは出来ないのだから。


「……彼を今も、愛してる?」


 シャウエンはそっと尋ねてみる。ずっと聞きたかった、彼女の神への想いを。

 シャルロットはしばらく逡巡すると、儚げに微笑んだ。

 その横顔は、シャウエンの知らぬ遠い過去を想うもの。


「……もう、わからないわ。

 彼と過ごした時間は、とても遠くなってしまった……

 あのひとときを、夢に見ることもあるけれど。

 ……でも、これだけは言える。

 もし、彼にもう一度会うことがあったら、

 私はきっと、終わりを願う」


 繰り返す生が、少しずつ彼女を蝕んできた。それはシャウエンにとって、いつしか許しがたいことになっていた。

 セイレーン神国の王位を継ぐ身としては、それは正しいことでは無いのかもしれない。

 そう、神に対し、怒りや否定の感情を持つなど。

 だが、それを隠すことなくシャウエンは続ける。


「神と人間とじゃ、時間の感覚も感情の概念も随分と違うからね……

 ただこう思うよ。

 神は君が愛しくて、何度でも君を眺めていたいんだ。

 私からしたら、いい加減子供じみた執着と独占欲なんて、相手を不幸にするだけだから捨ててしまえ!と怒鳴ってやりたいところだけど」


 シャルロットは、そんなシャウエンを諌めるように、ゆるく微笑んだ。


「あら、あなた方一族は、唯一神の血を引いていて、神からの干渉を許されている一族よ。

 そんな神の気に障ることを言えば、神罰が下ってしまうわ」


 神力は、女子には殆ど引き継がれないため、この国では代々直系男子のみが王位継承権をもつ。

 この国の王族は、正しく神の子の血を継いできたゆえ、神力の一部が使え、そして神が唯一干渉できる人間であった。


「このくらいではなんともないさ。今は君がいるしね。

 それにしても、その髪色と瞳の色。自分の色でずっと君を飾っているなんて、私達人間からしたらかなり引くレベルだよ。

 ましてや、君は2度目以降の人生で、結婚もしたことはないのだろう?」


 シャウエンは、シャルロットの艷やかな黒髪の一筋を手に取って、指を滑らせた。


 最初の生のシャルロットは、容姿こそ今と変わらないが、髪色は銀、瞳の色はシャウエンと同じ蒼色だった。

 今の色になったのは、2度目の生まれ変わりからだ。

 どの国の、どの家に生まれても、それは同じ。


「20数年で死ぬとわかっていて、結婚なんか考えられないわよ。しかも、何度生まれようがこの色に同じ容姿だもの。忘れるなと言われているみたい。いろいろ複雑だわ」


 そう言ってため息をつくと、シャルロットは続けた。


「それに……心を動かされることも、もう、あまりないの……

 今は、こうやって我が子孫達の成長を喜ぶのが、幸せかな」


 シャルロットがシャウエンをじっと見て微笑んだ。まるで子供扱いをされたシャウエンは何ともいえない表情で、彼女を見下ろした。


「君の子じゃないよ、私は」


「ふふ……そうね」


 そう言いながらも彼は、いつも大切な家族にするようにシャルロットを甘やかす。流石に子供扱いは不本意だろうが。

 彼女はそんな彼に、確かに救われているのだ。


 彼女の今生の家族は、ザイディーン国の高位貴族であり、家族仲もその立場にしては、とても良いと言える。

 ただ、シャルロットが生まれ変わりの聖女であることも、強大な魔力を持つことも、家族は知らないだけだ。


 もう間もなく社交界へデビューする彼女に、侯爵令嬢としての充分な教育を与えてきた。その家族に愛され、甘やかされているのも知っている。

 結婚が女性の幸せだと思っている母親は、数多くの見合い話を持ち込んでくるのだろう。

 今後の煩わしさを思うと憂鬱になる。


 こうやって彼女がリー家を訪れているとき、彼女の部屋には、読書や刺繍をしている影を残してきている。

 単純な受け答えは出来るから、今まではバレずに家を空けていられたが、デビュー後は流石に影に社交行事をさせるわけにはいかない。

 この暖かい場所へ頻繁に訪れることができるのも、あともう少し。それを少し寂しく思いながら、シャルロットは話を変えた。


「それはそうと、儀式のことよ。

 各国の王が集まるのでしょう?私は幻影魔法を使っての参加かな」


 神の血筋の王位継承式だ。聖女が存在している以上参加しないわけにはいかないが、義務というより家族として、シャルロットはシャウエンを祝福したかった。


「申し訳ないけどそうなる。私の一族の姫ということにしておくから、認識阻害位でなんとかなるかな?うちは他国とそう交流が多くはないからね」


 このセイレーン神国は、周囲を高い山脈に囲まれた大陸北部の地。転移魔法を使える魔法師でなければ、簡単に行き来ができる場所ではなかった。


 さらに転移魔法は、魔法式も複雑で、目標の座標を定められ、大きな魔力がなければ使えない。

 この継承式の為、各国の参加者に伝えられた指定座標に転移して来ることが可能なのは、国の君主とその側近を含め各国に10名〜20名いる程度だろうか。


 そのためか周辺国には、セイレーン神国が実在するのか疑う民もいるほどだし、その独特の文化に関しては、全く未知のものであった。

 また、神国の生まれの民は、国外の民よりも転移魔法を使える者が若干多いが、その半数は国外での諜報活動に出ているため、シャルロットが顔を合わせたことはなかった。



「衣装はこちらで用意するから、身一つで来てくれればいいよ。支度もね、こちらで整える。

 今カイリを呼んだから、彼女と打ち合わせしておいて?」


 シャルロットの侍女カイリに伝達魔法を飛ばしつつ、シャウエンはそう言って、彼女と目を合わせて微笑んだ。


「ん、わかった。カイリなら、安心。

 あと気になるのは、ザイディーンからも何人か来ることよね。

 転移が使える魔法師なんて、限られてはいるけど。

 身元がバレると面倒そうだわ。儀式中のことはよろしくね?」


 面倒事を避けたいのは、シャウエンも同じ。式の段取りは、これから王や側近達と相談予定だ。

 魔法で変装が出来れば一番手っ取り早いのだろうが、髪や瞳の色を変える程度はともかく、顔や体型の造作を変えることは禁忌とされており、また仮にやったとしても、魔力使用の効率が悪すぎて現実的ではない。幻術を使い相手からの見え方を誤魔化す方法が一般的だが、神国王の継承式に聖女の出席は喜ばしい為、彼女を知るものにはその姿を現しておきたい、という事情もあった。

 

 シャウエンはいろいろと考えを巡らせていたが、顔を上げると、引き戸の扉に視線をやりながら立ち上がった。


「ああ、カイリが来たようだよ。いいよ。入っておいで。

 ……じゃあ、私はそろそろ行くよ。一応これでも忙しい身の上なんだ」


 スッと音もなく扉が開くと、深緑のお仕着せのワンピースを着た20歳前後の女性が入室してくる。焦げ茶色の髪を顎のラインで切り揃え、ヘーゼルの切れ長の瞳を持つ細身の女性だ。

 女性は軽く頭を下げると、扉の横に控えた。シャウエンもそれを見て、シャルロットの頭をもう一度撫でると、扉に向かって歩き出す。


 だが、シャウエンが部屋を出ようとしたとき、ふと、今日彼とした会話を思い出し、シャルロットは思わず声をかけた。


「……あの、シャウエン?」


「なんだい?」


 シャウエンが肩越しに顔だけ振り返る。


「なにか……私に話すこと、ない?」


 今日はやけに感情を吐き出せ……と促された気がするのだ。

 多分、成り行きではなく意図的に。

 それがなんとなく気になった。


 だが、彼はいつもと同じ笑顔で答える。


「なにも。やっと王になれる日がきたな、と思って。

 ほら、君に仕える身としてはさ、この立場じゃ微妙だったから」


 きっと、今は聞くときではなかったのだろう。

 だから彼女はそのまま流してしまった。


「そうかしら?むしろ今の立場の方が、自由がききそう」


「ふふ、じゃあ、もう行くよ。当日にまた会おう。

 カイリ頼んだよ」


 そう言って、彼は部屋を出ていった。


「かしこまりました、殿下」


 シャウエンに一礼したカイリが、シャルロットの側にやってくる。

 シャルロットも気持ちを切り替えて、彼女を迎えた。

 なんとなく心の片隅で違和感を感じながら。









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