第13話
ヴィクトールは、その後、すぐに国王陛下と宰相に面会し、国境付近の問題について自ら得た情報として報告し、調査のためシャルロットと共にお忍びで視察に出る旨を報告した。
宰相からは、しつこく護衛を伴うよう進言されたが、シャルロットの魔力について知らされている国王のとりなしで、渋々二人での視察を認め、くれぐれも無理はせず安全に戻ってくるよう懇願された。
「あれは、侯爵殿へ報告したときに受けるプレッシャーを回避しようとしたな」
と、国王の執務室を出たヴィクトールは、苦笑しつつ宰相の苦労を思った。
「なんだかすみません。父がそこまで過保護だとは思わなかったです」
シャルロットが申し訳無さそうに眉を下げた。
先程ヴィクトールと話をして、いろいろ反省したのだ。
だって、これまでずっとシャルロットは、守る立場だった。
どの生でも、5歳の誕生日を迎えるとすべての記憶が蘇り、それとともに膨大な魔力が溢れ、自分の子孫であるセイレーン神国の国王の元へ転移する。代々の神国の国王とは、神具の1つである指輪を通して繋がっているのだ。
神国の国王は、聖女の誕生を感知するので、自分のところにやってくる聖女を迎え入れることが出来るのである。
そうやって、記憶を取り戻した聖女は、大陸一の魔法師となる。
だから、いつだって周囲の人々は彼女の庇護の対象で、心配はしてもされることには、うとかったのである。
初めの生で女王だったこともあるのだと思うが。
だが、ヴィクトールは、彼女を守る対象だと言った。一番に頼れとも。
子孫である神国の王族でも、家族でもなく、人生の伴侶として。
かつての神は、一方的に力を与え愛でるだけだった。それでもヒトではない彼は、彼なりに女王を愛してくれてはいたのだろうけど。伴侶では、結局なかったのだ。
シャルロットの魔法師としての力を察していながら、それでも守ると言って手を差し伸べてくれるヴィクトールに、シャルロットはその手を素直に取ってみようと、今は思う。
なんだか嬉しい気持ちとくすぐったい気持ちを感じながら。
一方ヴィクトールは、先程のやり取りから距離感が近くなった彼女を内心可愛く思いながらも、呆れたように彼女の髪をクシャっとかき混ぜて言った。
「お前は……家族にまで遠慮してるからな。落ち着いたら、いろいろバレて叱られてこい」
この事件が解決したら、もう少し彼女とちゃんと向き合って話をしようと、ヴィクトールは思った。
そして、セイレーン神国のシャルロットの部屋である。
シャルロットはヴィクトールを連れて転移してきていた。もちろん先触れは出してある。
ヴィクトールに話を出したのが正午過ぎ。現在は午後の3時すぎ。その間に必要なことを全て済ませて、二人はここにいた。
シャルロットは、ヴィクトールの素早い判断力と行動力に舌を巻く。有能な王太子の名は、伊達ではない。もちろん側近たちも非常に優秀だ。
そして、二人の前には、セイレーン神国の国王であるシャウエンが待っていた。
「伝言は受け取ったが……本当に連れてきたんだね」
シャウエンがいつもの調子でシャルロットに話しかけた。
「うん。突然ごめんなさい」
少々申し訳無さそうに、シャルロットが謝る。
「いや。驚いただけだよ、シャルロット。
改めまして、ヴィクトール王太子殿下、ようこそ我が神国へ」
そんな彼女にシャウエンは微笑んで首を振ったが、客人であるヴィクトールに向き合うと胸に手を当て礼を取る。
「こちらこそ。突然申し訳ない。神国国王陛下。
私のことはどうぞヴィクトールと。婚約者のシャルロットがいつも世話になっている」
ヴィクトールも同様に礼をすると、婚約者を心なしか強調して、シャウエンに返した。
そんなヴィクトールに、シャウエンは一瞬目を瞠ったが、すぐにいつも通り穏やかに笑って言った。
「ここは私的な場です、ヴィクトール。どうぞ私のこともシャウエンと。
この度のシャルロットとの婚約おめでとうございます。
私の想像よりも仲が良さそうで安心したよ。
シャルロット、よかったね」
後半はシャルロットに言われて、彼女もほっと息を吐いた。どうやら少し緊張していたらしい。
「ありがと。シャウエン、今日は相談があって来たの。あなたの力が必要なんだけど、執務の方に余裕はあるかしら?」
そして、さっそく本題に入る。
「うちは、父がまだ元気だからね。問題ないよ。そもそも君の願いを叶えるのは、私の仕事だからね」
ヴィクトールはそんな二人のやり取りを聞きながら、何時ぞやのシャルロットの言葉を思い出していた。
兄のような大切な人、ね……
なるほど、と少しほっとする。
二人の間には、色恋の様な雰囲気は感じない。家族のような親愛の情と気安さ、そして信頼関係が感じられる。
羨ましくもあるが、付き合いの長さが違うし、ヴィクトールがシャルロットから欲しいのは、コレではない。
シャウエンも大切な身内と言っていたか?まあ、そうなのだろう。
だが……
「ずいぶん甘やかされてるな、お前……まあ、いい。状況説明を」
つい、嫌味っぽく言ってしまったのは、許して欲しい。
ヴィクトールがシャルロットに促すと、彼女も頷いて真面目な顔でシャウエンに状況を説明したのだった。
「……なるほど。それで二人で来たと。わかった。調査に同行しつつ、皇国皇帝との謁見の約束を取り付けよう。
調査はとりあえずザイディーンの国境付近からだね?目立たないように変装は必要だが、今日中には現地に入れそうかな?
では、準備を。カイリ頼んだよ。私も諸用を済ませてくる。2時間後にまた」
説明を聞いたシャウエンはあっさりと納得すると、控えていた侍女を呼び、二人の準備を整えるように命じ、退室しようとする。
その様子に拍子抜けしたヴィクトールが、思わずシャウエンを呼び止めた。
「ずいぶんと慣れた様子だな?」
「まあ、初めてではないからね。このお姫様は、いろいろと厄介事を拾って来るのが、特技なんだ」
そんなヴィクトールに、シャウエンは苦笑して答えた。ヴィクトールは、なんとなくこれまでのシャルロットの所業とシャウエンの苦労が伺い知れた、ような気がした。
「ひどい。シャウエン」
「事実だろう?そういう訳でヴィクトール、君も覚悟しておいた方がいいよ」
「くく……なるほど。肝に銘じておく」
膨れているシャルロットは、ザイディーン王宮内の側近たちのいる前では、まず見せない顔だ。ここではそれだけ気を許しているのだろう。
そして、シャウエン達もシャルロットをすっかり受け入れている。幼馴染同士にしては過剰で異常な関係だ。それがかなり気になるところだ。
だが、そこは後で詳しく聞くことにして、とりあえずヴィクトールもこの場に受け入れられたことを感じつつ、この事件が解決したら、この件も話し合い案件だな……と、準備に取り掛かるのだった。
サラは、少しばかり人より魔力が多くて、ザイディーン国の国境の街で、治癒師を目指し学校に通っていた。あと半年程で卒業を控え、実習を兼ねて街外れの治療院に時々手伝いに行っていた。
先日も同様に手伝いに出掛けて、その帰りに、見知らぬ男性に話しかけられて、それからの記憶が曖昧だ。
夢を見ているような、楽しい気分の時もあれば、体中が辛くて下腹部が激しく痛むときもある。でも、それもなんだか朧げで、はっきり覚えてはいないのだ。
いったい今はいつなのか?とか、学校はどうなったんだろう?とか、家族は帰りが遅くなって心配してるかな?とか、疑問に思ってもすぐに忘れてしまう。
時々気がつくと、サラの他にも部屋には何人かの女性がいて、でも、誰も話しかけもせず、声をかけようとするが、なんとなく後で、と思って忘れてしまう。
ただ、朝起きて食事をし、日中は洗濯とか掃除とか合間で軽食をとって、夕方また食事をして入浴をして寝る。そんな毎日を当たり前に送り、同じ毎日をただ繰り返すことに何の疑問も持たず、同室の女性と話すこともなく、淡々と日々が過ぎていく。過ぎていくことを自覚しないまま……
街外れの森に、目立たないように転移で現れた四人が、徒歩で街中に入ったのは夕刻7時前。
夕闇が訪れポツポツと明かりが灯りだした街の中心街を、喧騒に紛れ旅人を装って歩いていく。
「賑やかな国境の街……という感じだね」
ザイディーン風の旅人の様相で、髪を薄茶色に変えたシャウエンが、少し前を歩くヴィクトールに声をかけた。
「特に代わり映えしない感じだな。うちの国境付近はどこも似たようなものだ」
ヴィクトールが振り向いて答えた。
彼も、髪と瞳の色を焦げ茶色に変え、髪型をボサボサとした感じに崩している。
「治安も、まあ、良くも悪くもなく……という感じね」
ヴィクトールの隣を歩くシャルロットも答えた。
「それにしても、変装してもお前は目立つなあ。こう、もう少し抑えた感じとかにならないのか?」
シャルロットは今、銀髪蒼眼でフードを被った旅装だが、すれ違う人が時々思わず振り返ってしまう程度には美しい。
そこへシャウエンの傍らから、明るい声が響いた。シャウエンの側近である双子の片割れのリンである。
「ティナ様はどんな格好でもお美しいですから!」
彼女は、シャウエンとシャルロットの護衛の立場を、レンとの勝負で勝ち取ってきたらしい。外国にその存在が知られていない為、彼女だけが髪も瞳の色も変えてはいなかった。隠密業務もこなす為、所作も問題なしである。
この中では最年長だが、どう見てもシャルロットより少々上と言ったところか?
シャルロットを半ば崇拝しているリンは、常に彼女を褒め称えてしまう。
「リン、気持ちは嬉しいけど、この場では褒め言葉になってないから。そもそも目と髪の色をかえて、髪型をいじることくらいしか出来ないもの。」
シャルロットはため息をつきつつ、リンを諌めるが、効果はなかった。無邪気をよそおって、続けた。
「カイ様は、品の良さが滲み出ちゃいますよね。レイド様は、この街に馴染んでらっしゃって、ある意味ビックリです。さては、庶民に混じって遊んだりしてるんですか?常習犯ですね?」
この場でカイはシャウエン。レイドはヴィクトールである。それぞれ国王や王太子の為、セカンドネームを偽名に使っていた。ちなみにティナがシャルロットである。
リンは隣国の王太子であるヴィクトールに遠慮がない。
確かに事件解決までの調査中は、当然ながら不敬を許している。しかし、紹介されたときのリンの様子はシャウエンの側近として、弁えた態度だったはずなのだ。
あまりの言い様に、ヴィクトールは低い声でシャウエンを呼んだ。
「……カイ?」
「リン。その位にしておきなさい。すまないね。彼女はティナの信奉者でね」
「リン?どうしたの?貴女らしくないわよ?」
シャウエンは呆れてリンをなだめ、ヴィクトールに謝罪した。シャルロットも結構な言い様に首を傾げる。
ヴィクトールは、息をつくと一同を促した。
「まあ、いい。宿に向かって、一旦落ち着くぞ。調査は、拠点に着いてからだ」
なんというか、強ち外れてもいないリンの洞察力に、反論する気や怒る気も失せたのだった。




