第12話
ダイアンサス皇国内のザカリー自治州の州都。かつてのザカリー公国公主の城の敷地には、代々の公主が眠る墓がある。
敷地の奥には普段はあまり人が出入りすることは無いが、墓地は美しく手入れがされている。その4代前の公主の墓の前に、白百合を抱えた少女が現れた。
少女は手にした花を手向け、長い時間を墓石に手を添え懐かしんでいるようであった。が、不意に気配を感じ、ゆっくりと振り返る。
艷やかな黒髪が流れ、紫の瞳が、現れた男性を見つめる。振り返った少女の美しさに男性は一瞬息を呑むが、すぐに視線を下げ胸に手を当て頭を下げた。
「何か御用ですか?」
静かにシャルロットは問いかけた。
「お邪魔してしまい申し訳ありません。聖女様でいらっしゃいますか?」
男性はゆっくりと顔をあげる。その顔を見たシャルロットが懐かしむように目を細めた。
「……あなたは、ザイードの……」
シャルロットの言葉に男性が答えた。
「私の父の、さらに祖父がザイード様です。この国は3年ほど前、ダイアンサス皇国の前皇帝の侵略を受け、今では自治州となってしまいました。私は現当主のアイザック・ベルナンドでございます」
「そう。それでも現在の皇帝は、なんとか上手く治めているのではなくて?」
感情を乗せない声で、シャルロットは淡々と反応した。
「はい。しかし大国となった今、全てに手が回っていないのも事実です」
「……で、私に何を言いに来たのです?」
ここに現れた時点で、話があることは察せられた。
「何卒、お力をお貸しいただきたく、話を聞いてはいただけないでしょうか?」
しかし、あまり良い話では無さそうで、シャルロットは躊躇する。今の自分は以前ほど身軽に動けるわけではない。
「……力を貸せるかどうかはわかりませんが。サイードの子孫である貴方の話は、そうですね……聞きましょう」
「ありがとうございます。では、こちらへ」
アイザックに案内され、シャルロットにとって懐かしい城内へと足を進める。
彼の髪と瞳の色は、かつての弟を思わせる。
そして、城内を歩けば前世の家族やかわいい弟と過ごした幸せな時間が次々と脳裏に溢れてきて、胸が苦しくなった。感情が引きづられるのを必死に堪えながら、シャルロットは無表情を装って、アイザックに続いた。
ザイディーン王国の王太子ヴィクトールの執務室にやってきたシャルロットの教育担当者は、やや困惑気味にヴィクトールに話があると、面会を申し出ていた。
彼女が魔法師養成校を飛び級で卒業し、王宮に住まいを移してから約1ヶ月弱。
王太子の婚約者となったシャルロットへ、王族に必要な教育が始まって3週間が経ったところである。
何か問題でもあったのか?とヴィクトールは、先を促した。
「殿下。シャルロット様ですが、王太子妃教育は、ほぼ必要ないと思われます」
「ほう?」
意外な言葉にヴィクトールの片眉が上がる。傍に控えていたヴィクトールの側近の1人で、文官のヒューイットも思わず興味深げに顔を上げた。通常1年から2年かけて行われる教育である。3週間で終了宣言をされた王太子妃や王妃候補は、前代未聞である。
教育係は、続けた。
「お志しもご立派ですし、歴史、国際関係にも大変お詳しく、現在の他国の情勢も正しく把握されていらっしゃいます。礼儀作法所作も問題なく、語学にも堪能でいらっしゃる。国内の問題にも素晴らしい視点で意見を述べられました。
後は、ご結婚後に王妃陛下について学ばれればよろしいかと存じます。
殿下、素晴らしいご令嬢とのご婚約、心からお祝い申し上げます」
そう言って、絶賛し頭を下げた。
「そうか。ありがとう。ご苦労だった」
以上でシャルロットの教育期間は終了してしまったのである。
ヒューイットが退室していく教育係を見送りながら、
「時間が出来たのでしたら、シャルロット嬢に執務代行でもお願いしてみますか?」
と真剣な顔で、ヴィクトールに進言していた。
「……ということがあってな?褒めてたぞ」
そんな午前中の一連のやり取りを、シャルロットと共に昼食を取りながら、ヴィクトールは話して聞かせていた。
王宮に彼女が来てから、最低でも日に1度、時間があれば晩餐も、共に取るようにしている。これまで1度だけヴィクトールの家族、つまり王家の面々と晩餐を共にしたが、マリアンヌとルーファスのシャルロットへの傾倒ぶりが激しく、若干居た堪れなくなるので、以降ヴィクトールは何かと理由をつけて断っている。
ヴィクトールの話を聞いたシャルロットは、少し考えるように視線を伏せていたが、やがて顔を上げるとヴィクトールにニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。ではお約束どおり、私に自由に動ける時間を下さいね?」
確かに婚約の際、そんな約束を交わしていた。その時はこんなに早く教育が終わるとは、想像もしていなかったが。
だが約束は確かであるので、ヴィクトールは快く頷いた。シャルロットのやることにも興味がある。
「ああ、それは良いが。何するつもりなんだ?」
好奇心が勝って、思わず尋ねていた。シャルロットが頬に右手をあて、首を傾げる。その仕草が年齢相応に見えて、可愛らしい。
「う〜ん。言っても良いんですけど、止めないで下さいね?」
その言い方に、ヴィクトールは一気に不安になった。
「非常に嫌な予感がするんだが?……まあ、言ってみろ」
多分この直感は間違っていない。そう確信して、恐る恐る尋ねる。
「ちょっと人に頼まれまして。皇国に蔓延る地下組織の調査と、可能なら潰してこようかと。
しばらくここを不在にするので、兄とか父とか誤魔化しておいてもらっていいですか?
あ、一応、私の影役の人形は置いていきます。簡単な受け答えなら出来ますが、長く喋ると私じゃないと気づかれますので、気をつけてください。
それと私の身分や出身がバレるような下手は打たないので、ご安心を。」
「はあっっ⁉ ちょっと待て!問題しかないぞ!止めはしないから、詳しく話せ!あ、待て!まだだ。ニールとラルフ、ヒューも呼ぶ!」
一瞬何を言われたのか? ヴィクトールは、思わず立ち上がって、らしくなく狼狽えた。こんな失態、側近たちの前でも晒した事はない。
(この娘は何を言ってる? 駄目だ!一人で何をどうする気だ?)
ヴィクトール自身も慌てていることを自覚した。これは側近たちを呼んで冷静に対処すべき、ということは理解出来たので、慌てて伝達魔法を飛ばしたのだった。
しばらくして、ヴィクトールの側近たちがやってきたので、シャルロットは手づからお茶を入れて、彼らを迎えた。
ヴィクトールも落ち着いたので、側近たちにも椅子を勧め、シャルロットも腰掛ける。そして一息ついて、今回ザカリー自治州で聞いた、一連の事件について説明したのだった。
「……皇国の自治州ザカリーとうちの国境付近を中心に起こっている、誘拐事件や行方不明者多発の事件が、大規模な犯罪組織によるものかもしれない、と?」
ヴィクトールが足を組んで頬杖をつくという、若干砕けた格好で、シャルロットの話をまとめた。
ニールセンも顎に手をあて、考え込むように呟く。
「人身売買とか、そういう類でしょうか?」
「だが、皇国領となると……」
ランドルフは、脳内に国境周辺の地図と軍の配置を思い浮かべて、顔をしかめた。
その言葉を引き取って、ヒューイットが続ける。濃い茶色のストレートの髪をキチッと紐で結んで、眼鏡をかけた青年である。ヴィクトールの側近の一人である彼とシャルロットは、執務室で何度か会ったことがあり、挨拶は交わしていた。黒に近い大きめの瞳が印象的な、魔力は殆どないが有能な文官である。
「国際問題になる可能性がありますね。
確かに現在皇国は、新皇帝の中央の体制固めと、前皇帝がたっぷり残した負の遺産の精算に追われて、自治州まで充分に手は回っていないようですが……あの皇帝が、このような問題になりそうな案件を放置するとも思えませんし」
ヒューイットの見解は正しく現状を言い当てていた。ヴィクトールは、シャルロットに視線を合わせて、尋ねる。
「で、お前はもともと一人で、どう動くつもりだったんだ?」
どう考えても、16歳の少女が一人でどうこう出来る案件ではない。
だが、シャルロットは、何も問題がないという感じで淡々と答えた。
「シャウエンの伝手で、ゼルメル・ダイアンサス様にお会いしようと思っていました。」
ヴィクトールと側近たちは、一瞬絶句した。
何故、神国国王を名前呼び?とか、ゼルメルって皇国の皇帝のこと?とか、どんな伝手?とか、とにかく全てが突っ込みたくなる台詞だったが、ヴィクトールの機嫌が一気に悪くなったため、誰も口には出せない。
「……却下。お前には俺の婚約者という自覚が足りてないようだな……」
低い声でそう言うと、ヴィクトールは立ち上がり、シャルロットの手を引いて彼女のことも立ち上がらせた。
ランドルフが慌ててヴィクトールへ声をかける。
「おい!ヴィクトール落ち着けって」
「落ち着いている……悪い、お前たち、ちょっとここで待っていてくれ。シャルロット、こっちだ」
そう言って、彼女の腰に手を回し、続き間の隣室へと移動した。
ドアを閉めると、ヴィクトールはシャルロットと向かい合う。シャルロットは訳がわからないというように、ヴィクトールをキョトンと見上げた。
そんな彼女にヴィクトールはしっかり視線を合わせて、言い聞かせるようにゆっくりと話し出す。
「……お前は、ザイディーンの国民で、王太子である俺の婚約者だ。
確かに条件をつけて囲い込んだことは認める。その年齢に見合わず、能力も魔力も高いことも認めよう。
だが、お前はもう俺が守るべき、身内の一人だ。
なのに、なぜ最初に俺を頼らない?なぜ、神国の国王なんだ?」
真剣に向かい合うヴィクトールに、シャルロットは瞳を瞬かせた。言われたことを口の中で小さく繰り返す。
「守るべき身内……私が?」
親でも、シャウエンでもない、このザイディーンの王太子が、シャルロットを守るという。彼女の胸の中に何か温かいものが灯った気がした。
「そうだ。婚約者っていうのは、将来の伴侶のことだと認識しろ。
わかっているとは思うが、俺は王太子として先は国王として、国のために尽くすと決めている。だが、私人の部分では、家族や友人を大切にしようと思っているぞ?
お前は?お前には王太子の婚約者という立場を背負わせてはしまったが、俺は未来の夫として不足か?」
ヴィクトールが将来の国王として、献身的に働いていることは、この1ヶ月で理解していた。だが、もちろん私的な部分もあるわけで、シャルロットが王宮に来てから、時間を見つけてヴィクトールがシャルロットと共に過ごしていることも、きっと婚約者として大事にしていてくれたから。それを今、シャルロットは理解した。
そんなヴィクトールに、シャルロットが持ってきた案件ではあるものの、勝手に彼女自身で解決しようとしてしまったことに、彼が怒ったのもわかった気がした。
長く生きていても、こういうところはきっと自分に足りていないところだ。恐らく、短命の生涯を繰り返してきたこれまでも、周囲の人をたくさん傷つけてしまったのだろう。
「家族として……将来の伴侶……ごめんなさい。今のことも、先の未来のことも、ちゃんと考えたことなかった。」
シャルロットは、素直に謝った。ヴィクトールはそんな彼女の頭に手を伸ばし、ぽんぽんっと、まるで子供にするように軽くたたく。
こうして素直にヴィクトールの話を聞いている彼女は、とても可愛らしい。
「占術の件か。だが今、お前はここで生きている。だから、ちゃんと考えろ。そして、俺のことを信じて、最初に頼れ。
俺はお前には、決して嘘はつかないと誓おう。裏切ることもない。その代わり辛い決断をさせることがあるかもしれないが……」
婚約に至った経緯はともかく、今ヴィクトールは、将来の伴侶としてシャルロットをきちんと大事に扱ってくれる。それを忘れないようにしようと、彼女は、思った。
辛い決断のことも、彼がシャルロットのことを対等に思ってくれるからなのだろう。
「ヴィクトール……私は……全てを話すことは出来ないけれど。でも、そうね。これからここにいる限り、一番最初にあなたを頼るわ」
今、彼女がヴィクトールに誓えるのは、これだけだけど。
でも、多分気持ちは伝わったのだと思う。
ヴィクトールは手を差し出すと、頷いた。
「ああ、今はそれでいい。じゃあ、戻るぞ。作戦会議だ」
「はい。あの……ありがとう」
シャルロットは、なんだか嬉しくなって、でもちょっと照れくさくて、16歳の少女らしく、はにかんだように笑って、ヴィクトールの手を取った。
そんな彼女に、ヴィクトールは思わず目を瞠る。
こんな年相応の顔で笑う彼女を、彼は初めて見た。
シャルロットは、いつも凛として、どこかで線を引いたように他人と接していた。見た目の美しさと相まって、気高さとか気品を感じさせ、王太子の婚約者として理想的な令嬢だと思われている。
だが、素で接してみれば、結構毒舌だし、外面は取り繕いながらも、やりたいことをやりたいようにやっている。それがヴィクトールの興味を引いて面白い。
しかし、こんな一面があったなんて、反則だ。
可愛いと、守ってやりたい、と思ってしまう。そして、もっといろんな彼女を知りたいと。
ヴィクトールはいつになく高揚感を感じながら、シャルロットと側近たちの待つ隣室へと戻ったのだった。
隣室では、暢気に茶を飲みながら側近たちが待っていた。
戻ってきた二人の表情を見て、ほっとしたような空気が流れる。最年長のランドルフが声をかけた。
「話はついたのか?」
若干ニヤついている顔が気に食わないが、ヴィクトールは無視して元の席に腰を下ろした。
「待たせたな。本題に入るぞ」
そして、質問の隙は与えず話を進める。一同は一気に真剣な顔になった。
「まずは、調査だな。シャルロット、情報はどこからのものだ?」
ここからは、シャルロットからの情報を頼りに方針を決めていくことになる。
「ザカリー自治州の現当主アイザック。知人のお墓参りに訪れたら、声をかけられました」
……だから、どんだけ外国の主要人物と知り合いなんですか?と、側近たちは思ったが口には出さない。
それにヴィクトールは、あまり驚いた様子もない。彼は、シャルロットならそれもありかも?と思うくらいには、彼女に慣れている。
「転移して行ったな?全く……向こうはお前のことを認識しているのか?」
呆れたようにため息をついただけだ。
「ザイディーンの侯爵令嬢としては無いと思います。ただ力のある魔法師としては認識されているのかと。
そのうち殿下の婚約者の絵姿が隣国まで出回れば、バレるのは時間の問題でしょうけど」
転移を安々と行える程度の魔法師として認識されているのなら、本人を狙って情報を掴ませれていることも考えるべきだが、とヴィクトールは思案する。
「で?お前の感覚としては、どうなんだ?その情報は事実か?それともお前を嵌める為の、大規模な詐欺か?」
ヴィクトールの考えに、シャルロットも同意する。シャルロット自身、過去に自分の力を手に入れようと様々なやり方で策略を巡らされたことがあるため、慎重にはなっている。だが、まだ22歳のヴィクトールがすぐにその可能性に思い至ったことに素直に感心した。
「流石ですね、ヴィクトール。もちろん全ての可能性を含めて、調べるつもりでしたわ。
ただ、感覚的なもので言わせてもらえれば、ただの犯罪とか人身売買とかでは無い気がします……もっと禍々しいなにか」
はっきりとした説明や証拠が出せないのは悔しいが、シャルロットの感知能力はなかなか鋭いと思う。シャウエンには及ばないが。
「禍々しい?」
ヴィクトールの疑問にシャルロットは頷いた。
「禁術、呪術、邪教、生贄……良くわからないけど、そんな淀んだ魔力を僅かに感じるんです。でも、辿れなくて。なんだかとても気になって」
だからまず調査、可能なら早急にそれを潰してしまいたい……と続けた。
「なんだか物騒だな、おい」
ランドルフが、腕と足を組んで考え込むように、唸った。
ニールセンも、視線を鋭くして思案する。
「シャルロット嬢ほどの能力者なら、その感知も間違いないでしょう。ただ辿れない、というのは気になりますね」
ヴィクトールもこの案件が、かなりシビアであると判断した。
「状況は芳しくなさそうだな。あまり時間はかけたくないか」
そう言って、ヴィクトールは頭の中で考えを巡らせていく。そこにシャルロットが情報を補足した。
「ええ。シャウエンはそういうのを辿るのが得意なんです。あとゼルメル様の協力も得られれば、動きやすいかと」
ヴィクトールの中で、方針が決まった。シャルロットの伝手も最大限利用する。
「……よし。調査は、俺とシャルロットの二人で行く。予定通り神国と皇国の二人にも協力を頼む。
で、お前達はここに残って、俺の執務代行と連絡係だな。ヒュー、お前の負担が増えそうだが、頼めるか?もちろん、ラルフとニールもサポートにつける」
「え⁉ちょっと待て!護衛なしで、危険だぞ!」
それを聞いて、近衛であるランドルフが声を上げる。
「問題ないだろ?三人とも魔力も戦闘力もおそらくそれぞれ国では一番だ。シャルロットもいる。単独行動ではないから、護衛は不要だな」
確かに、ヴィクトールの戦闘能力はランドルフよりも上だ。だが、王族として護衛無しは不味い気がする。
しかし、シャルロットの魔法師としての実力も見知ってはいるので、反論も出来ずにランドルフは黙り込んだ。
「なんだか、超豪華オールスターキャストみたいなメンバーですよね」
ニールセンがメンバーを想像して、思わず口に出した。各国のトップが、三人もこの調査に携わるのだ。本当なら近くでいろいろ学んでみたい。
だが、ヒューイットのサポートも必要である。
そのヒューイットは、感心したように前のめりになっている。
「そうなんですね、ニールさん!
ヴィクトール、僕は大丈夫ですよ。もちろんしっかり手当は請求しますけど。
シャルロット嬢は、すごいですね!これ放っといたら、後で絶対!面倒な案件になりそうなヤツですよね。騎士とか軍とか動かすと予算もかかりますし、無料でそれだけの能力者が動いてくれるなら、すごいお得ですよ!それに素晴らしい伝手をお持ちです!」
この台詞に若干引いているのは、ランドルフだ。
「相変わらずだな、ヒュー。俺はお前の守銭奴ぶりが恐いわ! 各国の国王達をタダ働きさせるとか」
ヒューイットは、ランドルフに人差し指を立てて振って見せる。
「やだなあ、ラルフさん。タダ働きさせてるのは、シャルロット嬢ですよ~いやあ、本当にすごいです!」
そして、シャルロットも引いていた。
「なんていうか、こういう褒められ方は、初めてね。ところで、ヴィクトール、なんであなただけ敬称なしなんですか?」
ヒューイットのヴィクトールへの遠慮のなさも気になって尋ねる。
「あいつは俺と同じ歳だからな。歳上の二人には敬意をはらってるんだと?」
ヴィクトールはどうでもいいように答えた。
しかし、ヒューイットは心外だと反論する。
「僕は、王太子らしくしているヴィクトールには、敬意をはらっていますよ?そして、シャルロット嬢には最上級の尊敬を!」
ヴィクトールは、相手にしていられない、と強引に話を終了させることにした。
「じゃあ、そういうことでいいか?」
そうして、席から立ち上がる。一同もそれぞれ立ち上がり、部屋を出ていく。が、ニールセンが突然振り返り、そして、シャルロットに向き合った。
「あ!1つだけ良いですか?この件が落ち着いたら、シャルロット嬢、私と手合せをお願いしたいのですが」
「手合せ?ですか?」
「はい!ぜひ!」
シャルロットは、意図が分からず首を傾げる。そしてそのままヴィクトールに視線を投げた。
「あ〜、シャルロット、悪いがちょっと相手してやってくれ。ニールがもうしつこくてな」
ヴィクトールは面倒そうにニールセンを眺めると、シャルロットに片手を立てて頼んだ。
「はあ。ではこの問題が片付きましたら、お相手しますわ」
良くわからないが、まあ問題は無さそうなので、シャルロットは承諾した。
すると横から、ランドルフも便乗する。
「それ、俺も混ぜてもらっていい?」
「ラルフ様も?」
「そ。ダメかな?」
「わかりました。では、今回皆様、こちらでお仕事頑張ってくださいね?」
ヴィクトールをしっかり巻き込んだのだ。ここで彼の代わりに執務を回してくれたら、まあちょっと対戦するくらい問題は無いだろう。
ヴィクトールはヤレヤレと息をつくと、表情を改めて一同に向かって声をかけた。
「じゃ、決まりだな。陛下や宰相補佐殿には、二人で視察に行くと伝えておく。後は頼んだぞ!」
側近たちは今度こそ頭を下げて、声を揃えた。
「おまかせください。殿下」




