07.朝食
全員そろったので、祈りをささげてから朝食をとる。朝からワインが提供されたが、リシャナは好まないので果実水を出させた。行軍中は、こうした水類の方が貴重であったりする。
「リシェは朝からワインは飲めないたちだったかしら」
そう尋ねたのは王妃だった。ディナヴィア諸国連合の最北端レギン王国から嫁いできた姫君で、アイリという。昨日の宴で話した時、彼女の父王がリシャナの求めに応じて動かなかったことを申し訳ないと言っていた。別に彼女のせいではないし、これまでもレギン王が動いたためしがないので、初めから期待していなかった。
そのこともあって、アイリはリシャナを気にしているようだ。朝食の用意の手配をしたのが彼女だからかもしれないけど。
「いえ。ただ、行軍中はずっとワインでしたし、貴重品だった水を飲みたくなったのかもしれません」
気分だ、ということを回りくどく伝える。アイリが「そうなのね……」とうなずく。彼女も北方の出身なので、アルコール類にはなじみがあるはずだ。
「戦の帰りだからな。城を奪っても、敵地では井戸水も飲みにくいな」
「いえ、それは飲んでいましたが」
「お前は神経質なのか図太いのかどちらかにしてくれ」
ヘルブラントとリシャナのやり取りに、アイリとニコールがくすくすと笑う。笑いを提供したつもりはないが、申し訳なさそうにされるよりはずっといい。
アイリは美しい女性だった。豊かなプラチナブロンドにサファイアの瞳。涼やかな美貌の持ち主だった。美男子であるヘルブラントと並ぶととても絵になる。実際、国王夫妻を描いた画家が気合を入れて描いた肖像画は、見た者にため息をつかせている、らしい。
取り寄せられたライチを手にし、口に入れる。南の方から運ばせた果実だ。こうした果物を食べられるのが、公爵の地位のいいところだな、と思う。なお、公爵でなくてもリシャナは王妹である。
いちごに手を伸ばしたところでヘルブラントに声をかけられた。
「相変わらず、果実はよく食べるな」
ついでに飲んでいるのも果実水である。
「そうですね。好きなのだと思います」
考えたことはないが、たぶんそうなのだと思う。ヘルブラントは「他人事だな」と笑う。
「お前の好きなものを聞いたことがなかったな。小さな生き物が好きなのは知っているが」
「急にどうされたのです、陛下」
リシャナが引き気味に尋ねると、ヘルブラントは「ああ」と小首を傾けて妹を見た。
「お前、いい相手などはいるか? 昨日の宴でもあまり興味がなさそうだったが」
「……」
「お前、そんな目で見るな」
「もともとこんな目ですが……」
リシャナとしては特段表情を変えたつもりはないが、何言ってんだ、とは思った。
「いや、お前も二十四だろう。好いた相手の一人や二人いるのかと思ってな。端的に言えば、結婚する気はあるか?」
ぶっと噴出したのはリュークだ。ニコールが慌てて給仕係にナプキンを用意させている。アイリも夫を見て少し驚いた表情になった。
「命令なら、します。あと、私は二十五です」
「そうだったか?」
ヘルブラントが首をかしげる。リシャナはヘルブラントより九歳年下なので、二十五歳であっている。
「ま、麗しいお前を独り身のまま終わらせるのは、兄としては避けたいわけだ」
ついでにリシャナの機嫌も損ねたくないので、お前、好きなの選べということか。昨日、やたらと若い貴族に話しかけられた理由が分かった。ヘルブラントが根回ししていたのだろう。
「ねえリシェ。なら、私の姪なんかどうかしら。あなたほどではないけれど、美人なのよ。少し年は離れているけど」
「あ、では、私のいとこは? 美人というほどではないけれど、頭はいい子なの」
アイリとニコールだ。二人の発言からして、どうやら二人は勘違いしている。
「まあ、同性婚でも構わないというのなら、構いませんが」
一瞬、静かになった。
「ああ、うん。リシェは女の子だもんね……」
復活したリュークに言われ、リシャナは「そうですね」と同意する。
「あら……そういえば、そうだったわね……」
リル・フィオレの貴族であるニコールはどうやら思い出してくれたらしい。外から嫁いできたアイリはまじまじとリシャナを眺めた。
「とてもきれいな顔をしているなと思っていたのだけど、納得したわ。でも、あなた、リシャルトと紹介された気がするのだけど」
「母上が紹介したからでしょう。特段訂正しなかった私も、よくなかったですが」
国王兄妹の間に重い空気が流れる。思い返しても、アイリにリシャナとリュークを紹介したのは母だった。母は、リシャナを認めていない。必要があるときは、幼いころに病死したリシャナの双子の兄リシャルトの名で呼ぶのだ。
「……とりあえず、私の初恋を返してほしいわ……」
この空気を何とかしようと試みたニコールがぽつりと言った。リュークが「ニコール、リシェが初恋なんだね」とショックを受けていた。残念ながら、リシャナとリュークは似ていなかった。
「アイリもそれほど気にするな。これはどうも自分のことに無頓着だからな」
ことさら明るく言うヘルブラントの声が浮いている。アイリもリシャナの性格を思い出したか、切り替えていった。
「なら、私の弟はどうかしら」
「……」
アイリはあきらめていなかったらしい。まあ、確かにリシャナがディナヴィア諸国連合の王族と婚姻を結べば、攻め込まれなく……ならないだろうな。
「変なことを聞くが、お前のそう言う対象は男でいいんだよな?」
「陛下」
さすがにそれは、という発言をした自分の夫を、アイリがたしなめるように呼んだ。身内しかいないからいいようなものの、朝食の場にはふさわしくない内容な気がした。
「……そうですね。初恋が男だったので、男なんじゃないでしょうか」
「えっ。好きな相手がいるの?」
真っ先に声を上げたのはリュークだった。リシャナはさらりと答える。
「いましたが、戦死しました」
尤も、生きていたとて結婚はできなかっただろう。相手が妻帯者だったとかではなく、身分が違いすぎた。なれてリシャナの愛人が精いっぱいだ。そう思うと、リシャナの身分が高すぎるのも問題な気がする。
「というか、私は求婚相手に暴力を振るった前科があるのですが」
「あれは相手が悪い」
これは異口同音に兄たちが答えた。リシャナが短気であるせいもあるのだが、兄たちは妹の肩を持ってくれるらしい。
「お前は今、リル・フィオレで最も高貴な未婚女性だぞ。選ぶ権利はお前にある。キルストラ公爵でもあるしな」
真剣にヘルブラントは言うが、たぶん、この兄もリシャナが女だと頭から抜けていたと思われる。妹、と呼んでいる割には『妹』が女であると意識していないようだった。
「……従順なほうがいいのかしら……」
それはリシャナにあてがう配偶者の話だろうか。アイリもどうやらあきらめていないようだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
性別:リシャナ。初期設定では男装の麗人だったのですが、現行設定では男装しているわけではありません。格好と振る舞いが男らしいだけです。ちなみに、アイリはおかしいな、と思いつつもリシャナを男なのだろうか、と半信半疑な感じでした。