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明日に続く道:前編

本編の裏側を、ヘルブラント視点で。

前編はほぼ説明文です。













 ヘルブラントがそのことに気が付いたのは、結構早い段階だった。


 自分には、子供ができない。試しに何人かの女性と浮名を流してみたが、誰も懐妊したものはなかった。


 ヘルブラントはヴィルベルト二世の王太子だ。普通に考えれば、ヘルブラントが父の跡を継いで王になる。だが、ヘルブラントには子ができない。どう考えても行き詰まる。だが、幸いと言うか、ヘルブラントには兄妹がたくさんいる。いざとなれば弟妹のだれかを育てて王にすればいい。それか、弟妹の子をヘルブラントが養子にもらってもいい。父もまだ元気で、時間はある。


 そう思っているうちに、ヴィルベルト二世は暗殺され、ヘルブラントは王に押し上げられ、王位継承戦争が勃発した。ヘルブラントの従兄弟にあたるバイエルスベルヘン公爵ロドルフが王位を請求し、反旗を翻したのである。


 この時、ヘルブラントには五人の兄弟がいた。姉のアルベルティナはすでに嫁いだところで、弟妹達は一番年上でも十二歳のタチアナだった。十七歳のヘルブラントが、王位継承戦争の矢面に立つしかない。


 それはともかくとして、やはりヘルブラントに子ができない以上、跡継ぎ問題になるし、切羽詰まった問題としてヘルブラント側の王族の指揮官が自分だけと言うのが結構きつい。せめて留守を預かれる人間が欲しかった。この点に関して、母は全く役に立たず、十二歳のタチアナの方がまだしっかりしていた。


 そのタチアナが十五歳で母の祖国に嫁いでしまい、同じころ、十四歳になったヘンドリックが初陣を飾った。彼は戦場指揮官としてはなかなか有能だった。だが、脊髄反射で生きているようなところがあって、完全に任せることができなかった。


 この時点で、王位継承戦争が始まってもう四年が経とうとしていた。ヘルブラントに味方した傍流王族や貴族も、ロドルフに味方したものも、その多くが戦死したりけがを負ったりで数を減らしていた。戦疲れ、と言うものも出てきている。


 いっそ、ロドルフと和平を結ぼうか。どちらにしろヘルブラントには子ができないので、ロドルフには一番下の妹リシャナを嫁にやって、この二人に生まれた子を次の王にすればいい。そうも考えた。


 だが、これにも問題がある。ロドルフは自分が王になりたいのであって、その子供が王になっても意味がない。また、先代王であるヴィルベルト二世の王女であるリシャナを娶ることには同意するだろうが、彼女との間に子供ができるかわからない。身体的な問題もあるが、単純に苛烈で自尊心が高く、権力欲の強いロドルフとおとなしいリシャナでは性格が合わないと思われた。お飾りの妻になる可能性が高く、実母に虐待されている今の状況とどちらがましだろう、と思った。


 だが、その考えに結論が出るより前に、状況が変わった。おとなしいばかりと思っていたリシャナが、軍略の才覚を見せたのだ。


 下手をうったヘルブラントはロドルフにとらえられ、交渉の材料に使われた。正直、これはもうだめだろうと思った。どう考えても、現状を改善できる人材が、ヘルブラントの味方にはいない。母が姦しく騒ぎ立て、リシャナがロドルフに嫁ぐことになり、男は全員幽閉、もしくは処刑されるのが最もましな未来だろうか。リュークとルーベンス公爵アルベルトがいれば、それくらいの提案は出てくる、と信じたい。


 それが、ふたを開けてみれば、ヘルブラントは助け出され、ロドルフは結局王都へ入城できずに引き上げていった。これらをすべて采配したのがリシャナだというのだから、世の中わからないものだ。実行レベルの作戦を立てたのは残っていた参謀たちのようだが、それにしても王都の内側と外側で、動きがよく迎合しできていたようだ。


 この時、思ったのだ。リシャナを鍛えよう。これは、彼女にとって厳しく、つらい道であるだろう。だが、ヘルブラントは王としてその選択をした。何より、リシャナはヘルブラントより九歳年下だ。ヘルブラントより先に死ぬことはないだろう。いざと言うとき、後を任せられる存在は貴重だ。


 おとなしいばかりだった妹に教育係をつけ、戦場に追いやった。傷つき、泣き叫んだところを見たこともある。それでもリシャナは自分が選んだ道だと、くらいついてきた。


 多大な犠牲を出しながらロドルフを討って王位継承戦争が終了し、気づいたらヘルブラントの側にいる兄妹はリュークとリシャナの二人だけになっていた。この二人をそれぞれ公爵とし、領地に封じた。リュークは港湾都市、リシャナは北方の国境だ。


 そんなころ、北方のレギン王国から押し付けられた妻のアイリが子供を産んだ。あえて言うが、ヘルブラントの子ではない。なかなか跡継ぎが生まれないことを母にあてこすられていたようで、強硬策に出たことが分かった。わかったが、ヘルブラントは何も言わなかった。姦通罪でアイリを処分し、生まれた子をどこかの貴族へ養子に出すこともできたが、しなかった。それを実行するには、まだ国内が荒れすぎていた。


 後から思えば、この時、アイリともっとちゃんと話しておくなどの対応策をとれば、話はこじれなかったのだと思う。この時のヘルブラントにはその余裕がなかった。


 ヘルブラントの子ではない息子は、順調に成長していく。アイリに似たようで、ヘルブラントと似ていなくても周囲は「母親に似たのだな」と判断したようだ。


 子供は可愛い。だが、これはヘルブラントの子ではないのだ。子供を構っていると、アイリは不安そうな、おびえたような眼でヘルブラントを見てきた。基本的には肝の据わった王妃であるので、この瑕疵だけが残念だ。


 別に、ヘルブラントの跡を継ぐのはヘルブラントの子供でなくてもいい。もともと、弟妹の子を養子にとって跡継ぎにすればよい、と考えていたくらいだ。だが、ヘルブラントの弟妹の子を次の君主にするのと、このままアイリの子供に王位を継がせるのは決定的に違いがある。アイリの子供は、リル・フィオレ王家の血を引いていない。血統にこだわるつもりはないが、ほかに判断基準がない以上、とやかく言ってくる貴族は絶対にいる。


 尤も、アイリの子供はヘルブラントの子供と思われているのでこの辺の問題は最悪クリアできる。リュークのところに娘がいるので、この子供と結婚させるなどの対処法がある。同じことをいつぞやも考えたが。そういえば、二十歳を越えてずいぶん経つが、リシャナが結婚していなかった。北方にいて、王都にあまり出てこないから、気づかなかった。王位継承戦争が終わったころに一度、求婚されたことがあるはずだが、物言いが癇に障ったらしく、基本的におとなしくおおらかなリシャナが相手の子息をぶん殴っていた。それもあるからしばらく話をしていなかったのだが、今、あれはいくつだ?


 とにかく、アイリの子供が王位を継いだ場合に気になるのは、その外戚となるレギン王国だ。レギン王国はリル・フィオレと国土を接していないが、確実に干渉してくる。そのためにアイリを送り込んできたのだ。アイリが王妃となっても思ったほど干渉できないので、強硬策に出てくる可能性はあった。


 たぶん、リル・フィオレのことを考えるのなら、ヘルブラントはリシャナに譲位し、アイリの子供から王位継承権を取り上げるのが一番無難に進む。おそらく、リシャナは王都の住民や貴族からの後押しを受けて女王になれるだろう。しかも、実権を持った女王に。


 だが、女王になれても、女王業が務まるかは別問題だ。リシャナは軍略の才があるし、頭はいいが、政治的なことに関しては普通だ。基準を満たしているし、できないわけではない。戦をする際も、大局を見て戦術を立てることができるので、戦略眼がないわけではないと思う。ただ、国の政務に直接かかわっているわけではないので、どうしてもつたないところが出てくるはずだ。


「……なんでしょうか」


 思わずじっと書類を持ってきた公爵を眺めてしまって、顔をしかめたられた。若いのに有能な男だ。十代後半のころに爵位を継いだはずだが、ヘルブラントは彼よりも彼の父の方がなじみ深かった。


「いや、考え事をしていた」


 自分を補佐してくれているルーベンス公爵エリアンを見て、ヘルブラントはそれだけ答えたが、それ以上は聞かれなかった。そういえば昔、息子がリシャナに傾倒していて困っている、とエリアンの父に言われたことがあった。それがこの公爵か。


 リシャナ自身ができないのなら、できる配偶者をあてがえばいい。例えば、このエリアンのような。リシャナ自身も政務について理解はできているのだから、判断を下すことはできるはずだ。詳細を詰める人間がいればよい。


 そう思って早速リシャナに話を振るが、あまり彼女は真剣に受け止めていないようだった。リュークは結婚して娘が二人いるが、リシャナが独身だと困るのだ。こちらの都合だけど! 愛人でもいるのかと思ったが、そうでもなかった。


 それに、候補者を考えていて気が付いたのだが、リシャナの身分が高すぎる。彼女は今、リル・フィオレで最も身分の高い未婚の貴婦人なのだ。釣り合う男はそういない。国内の事情に精通しており、国防のかなめでもある彼女を国外に出すつもりはないので、選択肢は狭まる。実は、諸外国から婿の申し入れもあるが、正直、権力欲にまみれた他国の男などあてがったら、リシャナと真正面から刺しあう未来しか見えない。


 国内の高位貴族でよいのだ。どうしてもリシャナの身分を考えると、公爵以上でなければならないが、有爵者であったとしても、王族と爵位を両立することはできる。公爵以上の身分の独身で国政に精通するという条件でさらに選択肢は狭まるが、三人くらいはヘルブラントにだって思い当たった。


 ヘルブラントの思惑が通じたのか、エリアンがリシャナを口説き落としたそうだ。彼がリシャナを見る眼から、おそらく好ましく思っているだろうと思っていたのだが、間違いではなかったようだ。


 輸入品の中に精神にも作用する薬があることが発覚し、戦になる際、海戦になるということでリシャナに代理を頼んでリュークを連れて行った。リュークの治めるクラウシンハが、この港の隣の領地だったのだ。王族の所有する土地の隣で、堂々としたものである。たぶん、ヘルブラントやリシャナが近隣にいるのなら、こんなことをしなかっただろうが。


 リシャナを国王の代理を頼んだのは、彼女が海戦が苦手だからだ。……と言うのは建前で、彼女を代理に置き、エリアンを補佐につけて、どれくらい政務が回るか確認したかったからだ。リシャナの名誉のために言うのであれば、彼女は決して海戦ができないわけではない。船に酔うだけだ。


 戦の方は戦力差があるのであっさりと勝利し、事後処理までして戻ってくると、北壁が気になるリシャナが怒っていた。いつもどこか不機嫌そうな表情が、今日は本当に不機嫌そうだ。課題に出した男爵領のことも処理してくれたらしい。しかし、王であるヘルブラントではなく、王妹のリシャナが言う方が効果があるというのは、やはり釈然としない。


「差し出がましいことはわかっておりますが、王太后様を王都から引き離した方がよいのではありませんか」


 リシャナも領地に戻った後、エリアンからそう提案された。なんでも、ヘルブラントの不在時に、国王の代わりを担っているのが気に入らぬと文句を言いに来たらしい。昔からリシャナにあたりの強い母で、しかも立場と言うものをわきまえていないことはわかっている。


「離れたところにやって、情報漏洩されるよりは、俺の監視下に置く方がいいと思っている。お前も注意してくれ」

「……承知いたしました」

「まあ、そのことで母上からにらまれるかもしれんが」

「いえ、リシェと婚約したことで、すでににらまれています」


 しれっと言われた。母のリシャナへの敵意も何とかならないだろうか。……ならないだろうな。長年凝り固まった思い込みだ。そう簡単には解消されないだろう。


 リシャナは、父方の祖母であるフェリシアに似ている。きりりとした面差しの女性で、それにたがわぬ気丈な女性だった。病弱だった祖父王を補佐するために選ばれた王妃だったと聞いている。


 帝国の構成国の一つから嫁いできた母は、この祖母に厳しく当たられた……と思い込んでいる。どうも聞く限り、祖母は母がこの国で困らないように教えようとしただけのような気がするが、母にとってはそうではなかったようだ。祖母はすでに亡くなっているが、自分が嫁いびりを受けたと思っている母は、祖母に似ているリシャナにことさらつらく当たったのだ。まあ、姉のアルベルティナ曰く、母は『自分より若く美しい娘が嫌い』だそうだが。


 そんなリシャナと婚約したエリアンがにらまれるのは納得できる話だ。リシャナの本質は物静かで思慮深かった父に近いのだと思う。母は自分の夫に似た性質の子を拒否していることに気づいていないようだ。


 北壁の視察を兼ねてリシャナの領地を訪ねる際、受け入れ準備のためにエリアンを先に行かせた。案外、この二人はうまくやっているようだ。矢や押しの強いエリアンと、懐の広いリシャナは波長が合うのだろう。


「洗礼を受けました」


 と、リシャナの居城リーフェ城で合流したエリアンは、報告を求めたヘルブラントに言った。どうやら、アールスデルスの民に、リシャナは痛く慕われているようだ。王都でも慕われているので、わかっていたことでもある。ヘルブラントよりも人望があるくらいだ。


 母が乱入してきたり、城内でひと騒動あったりしたアールスデルス滞在を終えると、ヘルブラントたちは王都へ戻ってきた。そして、戻ってくるなり母が執務室に突撃してきた。周囲の迷惑を全く顧みない母であるが、何しろ国王の母と言うことで身分だけは高いので誰にも突撃を止められなかったらしい。


「あの女は降嫁してルーベンス公爵夫人になるのではないのですか。降嫁すると思ったから、婚約を許可したのですよ」


 挨拶もそこそこにそんなことを言ってきた母に、ヘルブラントはため息をついた。


「あの女とはリシェのことですか? 現時点であれを王族から外すことはできません。今、王族が驚くほど少ないことは母上も承知していますよね」

「それはそうだけど……」


 でも、とか、そんな、とか約束が違う、などと言い募られるが、何も約束した覚えなどない。母は最後までリシャナの婚約を渋っていたが、最終的に納得したのは、リシャナが公爵夫人になれば明らかに立場が自分より下になる、と思ったからなのだろう。それをわかっていながら、勘違いするように話を進めたのはヘルブラントではあるが。


 王位継承戦争を経て、王族が驚くほど少ないのは事実なのだ。あんなにいたヘルブラントの兄弟も、国内に生きているのはリュークとリシャナの二人だけ。ヘルブラントとリュークの妻も王族には数えられるし、母もそうだ。その子供もいる。傍流王族も入れれば、十五人くらいはいるだろうか。それでも、王位継承戦争が始まったころには五十人はいたことを考えると、かなり少ない。


 その中でリシャナは重要な役割を担っている。降嫁させて王族から外すなどとんでもない。もちろん、ヘルブラントの思惑はそれだけではないのだが。


「リシェの婚姻は、婿取りしか認めない。そう言ったのは俺です。あれは国防を担っているのですよ。ほかにだれか代わりを担える人間がいますか? いるなら連れてきてほしいんですが」


 たとえいたとしても、ヘルブラントはリシャナの降嫁を認めるわけがないのだが。














ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


飄々としてちょっとシスコンっぽかったヘルブラントですが、腹は黒いです。リシャナの場合は、こういった部分はエリアンが担っているのだと思います。

次の後編で完結です。


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