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女王の戴冠式

一番上のお姉様、アルベルティナ視点です。















 アルベルティナは、二十年以上ぶりに生国であるリル・フィオレ王国の地を踏んだ。十七歳で隣国ヴァイセンブルクに嫁いで、もう二十年以上が経つのだ、と感慨深くなる。アルベルティナも、もう四十だ。

 隣同士とはいえ、これまでアルベルティナは故国に足を踏み入れる機会がなかった。内乱が続いていたり、アルベルティナ自身が妊娠していたりとタイミングが合わなかった。


 今回は王位を継いだばかりの夫の名代として、十六歳の娘を連れて末の妹の戴冠式に来ていた。


「クリスティン、せめてじっとしていないさい」

「はぁい」


 明るいブラウンの髪を軽く巻いたクリスティンは唇を尖らせて正面に向き直る。そういう顔をすると、まだまだ子供っぽいなと母親のアルベルティナはほっこりする。

 隣国の王妃と王女であるアルベルティナたちは、招待客の中でも前の方に座っている。そう。戴冠式の行われるウィリディス・シルワ宮殿の礼拝堂に彼女らはいた。

 戴冠するアルベルティナの末の妹が入場する音楽が鳴り響いた。後ろの扉から祭壇に向かって歩くことになるので、招待客から見て背中側から歩いてくることになる。祭壇が正面なので仕方がない。招待客らが座る椅子の中央に開けられたカーペットの敷かれた中央の通路を進んでくるのがわかる。アルベルティナたちの前に来るのは、もうちょっと先だ。


 アルベルティナの末の妹リシャナはおとなしい少女だった。アルベルティナがヴァイセンブルクに嫁いだ時、まだ七歳で、自分より若く美しい女性につらく当たる母の元へおいていくのが不安だったものだ。アルベルティナにはもう一人妹がいたが、彼女よりリシャナはより母につらく当たられていた。存在を認められていなかったという方が正しいだろうか。アルベルティナから見ても、リシャナは母を厳しく指導した父方の祖母によく似ていた。

 おとなしく、ほとんど自己主張などしない娘だった。それが戦場に立ち、当時王だったヘルブラントの代理を務めていると聞いてかなり驚いた。


 リル・フィオレの王位継承戦争が終了した、リシャナが十代後半のころ、彼女に会ったことがある。帝国の皇帝の戴冠式に参列するためだった。内戦終結直後で国を動けない国王ヘルブラントの名代として、リシャナがやってきたのだ。アルベルティナはアルベルティナで、ヴァイセンブルク王の名代だった夫に同行していた。

 あの時も、随分背が伸びていて驚いたものだ。キルストラ公爵として北方に封じられているというのも驚いた。ヘルブラントは随分、この妹を買っているのだな、と思った。


 だが、ヘルブラントの買い被りではなかったのだ、とこの戴冠式の招待状を手にしたときに気づいた。その能力が周囲によって押し込められていただけで、リシャナは王になれるだけの才覚があった。それをヘルブラントが引き出したのだ。自分の代理を務められる人間を探したのだろうが、結構危険な行為だと思う。リシャナに野心のかけらもなかったからよかったものの、下手をすれは王位の簒奪が起こっていたのではないだろうか。


 簒奪と言えば、そう。ヘルブラントがなくなり、レギン王国によるリル・フィオレの王位簒奪未遂を経て、リシャナは女王に即位したと情報が入っている。どこまで正しいかはわからないが、ある程度は真実なのだと思う。

 あの可愛いばかりだった妹が立派になってよかった、と言う気持ちと、残念に思う気持ちがせめぎあう。どうやら立派な策謀家に育ってしまったようだ。


 いや、それは夫の方だろうか。


 玉座の置かれた祭壇の側には、リシャナの夫であるルーベンス公爵が控えている。背の高い美男子で、リシャナより三つ年下だと聞いた。有能な官僚であるらしいから、こちらが主犯だろうか。


「はわ……」


 吐息が漏れるような声をクリスティンが出して、アルベルティナも思わずそばを通り過ぎたリシャナを見上げた。まっすぐに前を見つめて歩く姿は威厳をたたえ、女王だと侮らせないためか、軍装の正装だった。それに、赤いマントを翻している。長い黒髪はおろされたままだ。結い上げると軍装にそぐわなかったのかもしれない。

 司教に王冠をかぶせられ、レガリアを渡されたリシャナが玉座に腰掛けた。澄み切った瞳がまっすぐに招待客を見下ろしていた。













「女王陛下、かっこいい! 女王陛下ってだけでもはやかっこいい」

「何言ってるのよ、あなた」


 クリスティンが興奮したようにまくし立てる。戴冠式の後には宴が開かれたが、アルベルティナもクリスティンもリシャナにあいさつするだけで終わった。ほかにも挨拶に来る貴族や他国の王族が大勢いたのだ。リシャナがうんざりしていたように見えたのは気のせいではないと思う。

 戴冠式から一夜明け、アルベルティナは懐かしいウィリディス・シルワ宮殿を王の応接室に向かって歩いていた。なぜなら、女王陛下に招待されたので。クリスティンも同行できるとあって、この喜びようなのである。

 来訪を告げ、応接室の扉が開かれる。通常は身分の高いものが後から入ってくるのだが、今回はリシャナが招待主なので彼女は初めから部屋の中にいた。浮かれるクリスティンをつついてそろってカーテシーをとる。


「リシャナ女王陛下。この度はお招きありがとうございます。素晴らしい戴冠式でしたわ」


 丁寧に告げると、リシャナは少しいやそうな顔をした。


「やめてください、お姉様。どうぞ、座ってください」


 勧められたのでありがたく座る。興奮して挙動不審なクリスティンも座らせて、初対面なので紹介する。

「リシェ、娘のクリスティンよ」

「初めまして、女王陛下!」

 はきはきと挨拶をされて、面食らったようにリシャナは瞬いた。少し首をかしげて「よろしく」と答える。

「リシャナ・フルーネフェルトだ。君の母君の妹にあたる」

「はい! お母様の娘でよかったです」

「……そう」

 勢いがよすぎてリシャナが困っている。どちらかと言うと、おとなしい、と言う性格はあまり変わっていないようだ。


「あなたがかっこいいんですって」


 アルベルティナが言うと、リシャナは「そうですか」と複雑そうだ。確かにこの妹は、可愛いとか言うよりはかっこいいだろう。怜悧な美貌に無表情だと冷たい印象を与える。


「戴冠したばかりで忙しいでしょうに、私たちとお茶なんてしていていいの?」

「むしろ、準備の邪魔だからと追い出されたのですが……」


 城での戴冠式は終わったので、今日は城下に向けてのお披露目の日である。その準備を彼女の周囲は行っているわけだが、お披露目される本人がうろうろしていては邪魔だ、と追い出されたのだそうだ。そんなわけで、今日の彼女はお披露目用のドレス姿だ。黒髪なので色をのせたのだろう。青のすっきりしたデザインのドレスは、リシャナによく似合っていた。


「今日はドレスなのね。背が高いと、そういうドレスが似合うのね……」

「かっこいいです!」

「クリスティンはそれしか言えないの?」


 少しあきれたようにリシャナがクリスティンに突っ込みを入れた。昔は年の割には小柄だったリシャナだが、こんなにすらりとするとは。


「昨日の軍装も素敵でした。視線が力強くて、ああ、女王陛下なんだって」


 昨日の戴冠式の感想をとうとうと述べるクリスティンに、リシャナは苦笑を浮かべた。確かに昨日の射るような視線は思わずすくんでしまうようだったが、今はどちらかと言うと穏やかだ。


「……夫も似たようなことを言っていた」


 どうやらリシャナの夫ルーベンス公爵は、まだ子供だった頃、リシャナの初陣に立ち会わせ、その凛とした姿に一目ぼれし、猛勉強した結果現在の地位をつかみ取ったらしい。なんといえばいいのだろう。恋は盲目の良いパターンと言うか、もう少し詳しく話を聞いてみたいというか。


「その旦那様は?」

「私の代わりにお披露目の指揮を執っていますね」


 リシャナは本当に文字通り追い出されたらしい。戦の指揮なら負けないのですが、と言っていることが結構物騒だ。アルベルティナにとってはおとなしく自己主張の少ない妹だったが、国境を守る指揮官であったし、自分を害した母を幽閉する強硬策に出ている。まあ、母が幽閉されたのは、それだけが理由ではなく、むしろ政治的判断だったようだが。


「そういえば、リシェの戴冠式の王冠、覚えているのと違う気がしたのだけど……」


 アルベルティナが覚えている父王が被っていた王冠は、豪奢できらきらしかった。金の冠にいくつもの宝石がついていたように思う。しかし、昨日リシャナがかぶせられた王冠は優美なデザインで、怜悧な美貌の女王に似合っていた。もしかして、新しく作らせたのだろうか。


「そうですね。一応、父や兄と同じものをつけてはみたのですが、大きくて頭に乗らなくて」


 当たり前だが男女で頭の大きさが違い、女性のリシャナの頭にはうまく乗せられなかったらしい。予想外に面白い理由に噴出した母娘だが、ダメ押しにリシャナは言った。


「それに、うまく乗せられたとしても、私の首が重量に耐えられません」

「そっ、それは大変ね……!」


 女王が戴冠式で、王冠の重量に耐えかねて首を折った、などとなれば、ただでは済まない。リシャナもだが、それを止めなかった周囲もだ。


「なので、私の治世の間は観賞用です」

「あら、ルーベンス公爵にあたえるわけではないのね」


 これまでの数少ない女王はそうしてきた。中継ぎであったり、共同統治者であったりして、実質的な権力は夫の方が握っていたからだと思うが。


「まさか」


 リシャナは首を左右に振って否定した。その口元に挑発的な笑みが浮かぶ。


「過去の女王たちとは違い、私はリル・フィオレのすべてを掌握した女王です。エリアンは私の配偶者にすぎません。王族ではありますが、王権を与えることは絶対にありません」


 自分が女王なのだ、と宣言するリシャナは確かに見惚れるほど魅力的だった。あの小さかった妹が、と感傷的な気分になる。

「陛下、そろそろ身支度の方を」

 侍女が近づいてきてリシャナにささやいた。アルベルティナはクリスティンを促して立ち上がる。


「この度はお時間をいただき、ありがとうございました」

「こちらこそ、久しぶりに話ができて楽しかったです」


 名残惜しみながら挨拶をかわし、退室する。かっこよかった! と騒ぐクリスティンを受けながらしながら、アルベルティナは、これが女王なのだ、と思った。












ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


戴冠式に出席しに来たアルベルティナとその娘でした。婚約した時にお祝いに布地を贈ってきたお姉様ですね。

国内に残って居たら、リシャナではなくアルベルティナが女王になっていたかもしれません。


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