71.王位の請求
議会が始まるまでにダーヴィドたちはかなり奔走したようだが、どこまで手を回せただろうか。そもそも、ヘルブラントの王妃アイリや王子アーレントが非協力的だったようであるし。
やる気のないアーレントを押し上げるのは難しいように思う。それくらいの方が、操る側としては都合がいいのかもしれないが、それ以前の問題のような気がした。そもそも、十二歳の子供にいきなり国を背負え、と言われてもその子供は恐ろしいだろう。
「ずっと兄上の容体が悪かったのだから、それはいいわけだな。それに、私は十三歳で初陣を果たしているのだから、決して早すぎるとは言えないし、私がやる気があるわけではない」
リシャナに全部否定されつつ、議会が再開された。気の弱い議長は今から行われる全面戦争にびくびくしている。議題はアーレントの王位継承請求であるが、十二歳のアーレントを王にするのなら、慣例上護国卿が必要になるので、その話し合いも行われる。すでに議場はリシャナ派とレギン王国派に分かれている状況だ。
いつもはおとなしい、と言うか、あまり主張しないリシャナが応戦する気満々なのでびくついているのだ。一定の年齢以上の者に対して、リシャナは恐ろしくもあるのだろう。正直、エリアンも少しびくっとした。
「私どもの甥です。私どもが援けましょう。もちろん、レギンからの支援もありますから」
ほかの国からの支援も必要だろう、とダーヴィドは言う。どうしても、若いヴェイニではこうした交渉は難しく、リシャナはダーヴィドと対立することになる。
「私の甥でもあるのだが。それに、レギンからの支援と言うのなら、ディナヴィア諸国連合を構成する一国として、ラーズ王国のリル・フィオレへの侵攻を止めてほしいものだが」
北壁の女王としての言葉だ。最前線にいるから、リシャナの言葉は重い。ダーヴィドは「それは私どもの関与するところではありませんね」とさらりと流した。リシャナも本気で望んでいたわけではないだろう。特に引っ張らなかった。
「異国人であるあなた方が、この国のかじ取りをできるとは思えないが」
「アーレント様はこの国の王子です。後見人が女性である方が不都合があるのでは?」
むしろ、この国でリシャナに真正面から立ち向かおうとする人間がいたら、驚く。最終的に、王都の城門が彼女のために開けられたのを忘れたわけではない。
「リシャナ様が私と婚姻を結んでくれる、と言うのなら別ですが」
だからそれは、真正面から刺しあう未来しか見えないのだが。
「寝言は寝てから言え。エリアンを手放すつもりはない。私はもう十五年以上、この国に根を張って活動している。突然現れたあなたたちよりはうまく立ち回れる自信がある」
エリアンはちらっと参列しているアーレントとその母アイリを見た。二人とも青ざめてリシャナとダーヴィドの応酬を見ている。議長は胃のあたりを押さえていた。ほかの議員たちは発言しない。どちらに傾くか、様子を見ている。
「……確かにリシャナ様はこの国で支持を集めているでしょう。護国卿としてアーレントを後見するふりをして、その権力を乗っ取るつもりなのでは?」
「同じ言葉をお返ししてやろう。私が権力を欲しているのなら、とっくの昔に行動に移している。あなたたちは、この国の信用を得られなければ、己のしていることが内政干渉にあたると理解しているのか? 今現在、権力者である私に疎まれているんだぞ」
びしっと事実を突きつけにいった。さすがのエリアンも緊張して心臓が早鐘を打っている。背中に嫌な汗が流れた。
「もういいです」
小さな声が聞こえた。発生源を探す前に、もう一度声が上がった。
「もういいです! やめてください!」
「アーレント」
王族の席にいたアーレントだ。たしなめるように名を呼んだのはアイリ。立ち上がったアーレントは周囲の視線を集めながら言った。
「僕は、王にはなりません。なれません……!」
「何を言っているんだ、アーレント!」
ヴェイニが慌てたようにアーレントの肩をつかんだが、アーレントは止まらなかった。
「僕は、父上……ヘルブラント陛下の息子ではありません。王には、叔母上がふさわしいと思います」
しん、と議場が静まり返った。突然の告白に、貴族たちだけではなくダーヴィドたちも混乱しているようだ。エリアンはため息をついてリシャナを見た。彼女も落ち着いていて、じっとアーレントを見ていた。
「アーレント。私は統治者としてふさわしいのなら、その血筋がどうであろうと関係ないと思っている。私はお前が王になっても構わない。リューク兄上か私の娘を王妃にするのが条件だ」
妥当な提案だと思った。そして、リシャナを護国卿とするなら問題なく、国は治まるだろう。
アーレントは、ヘルブラントの子ではない。エリアンはかねてより、ヘルブラントから知らされていた。もちろん、リシャナの夫になった後の話だ。一度もそんな話をしたことがなかったが、リシャナは気づいていた。兄の素行を調べて疑問を持ち、アーレントとヘルブラントを見比べて確信を得たのだそうだ。尤も、エステルに助言を求めたようだが。
ごめんなさい、とアイリが顔を覆うのが見えた。ヘルブラントの子ではないが、アイリの子ではある。この国の貴族たちは烈火のごとく怒り出した。
「陛下の子ではない!? だましていたのか!」
「不義の子」
「我らの陛下を夫にいただきながらその仕打ち……!」
こうして聞いていると、ヘルブラントが慕われていたのだな、とわかる。ダーヴィドが「黙れ!」と怒鳴り散らすが効果はない。だが、リシャナが軽く手を挙げただけで声はおさまった。
「その問題は私が出した条件で解消可能だ。王位継承の規範によると、リル・フィオレ王にはリル・フィオレの王族の血が流れていなければ、なることはできない。だが、方法はないわけではない。どうする?」
すべてリシャナが護国卿につくことが条件だが、確かにできなくはない。過去には、リル・フィオレの王女と結婚した他国の王子が権勢をふるった礼もある。この時は共同統治者として夫婦ともに王・女王として戴冠している。リシャナが言ったように、王族であったリュークかリシャナの娘と結婚するのなら、アーレントの即位も可能なのである。
だが、アーレントは首を左右に振った。
「僕には父上……ヘルブラント陛下の子ではないとそしられながら、この国を統治する覚悟はありません」
そんな! とこれはヴェイニの声だろうか。陰謀だ! と叫んだのはダーヴィドである。
「ダーヴィド、やめて! アーレントの言っていることは事実です!」
事実なのです、とアイリが繰り返した。彼女が認めたので、警備をしていた近衛が動く。密通は姦通罪だ。乱暴にアイリを連れて行こうとするのを見て、リシャナが「手荒な真似はするな」と静かに言った。
「やめろ! 触るな!」
おとなしく連れていかれたアイリとアーレントとは違い、ダーヴィドとヴェイニは暴れた。当然だ。リシャナが王になれば、どんな処分が待っているかわからない。
「そちらは手荒にして構わん。外交問題になるので、閉じ込めるだけだ」
「恐れながら、キルストラ公。すでに外交問題です」
エリアンが思わずツッコみを入れると、リシャナはわかっている、と軽く手を振った。
「だからと言って、こちらが必要以上に手ひどく扱えば、苦情が来るだろう」
なれないことをするのだから、不安材料と交渉の手札は残しておきたい、と言い切るリシャナに、議員たちはなるほど、とうなずいている。
四人が議場から出されてから、リシャナが手を挙げて議長に向かって宣言した。
「議長、ヴィルベルト二世が第五王女、キルストラ公爵リシャナが、王位を請求いたします」
この請求に関しては、すんなりと通った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ついにここまで来ました…。ちょいちょいそれっぽい話は出していたのですが、今回で確定です。
リシャナが入手したアイテムは、リシャナが提出しようとしたところでアイリが話し始めてしまったので、不発です。タイミング悪い。




