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69.国王崩御

タイトルがネタバレ。















 どうやら、リシャナは本当に真正面から城門を突破してきたらしい。今の市長を説得したのは、前市長。つまり、ルナ・エリウ開城戦の時の市長だそうだ。リシャナのいなくなった王都では、レギン王国の兵士が略奪や乱暴など、好き勝手に暴れていた。彼らに支配されるくらいなら、と市長たちはリシャナに自分の命運をゆだねることにしたようだ。城門の鍵を預かったリシャナは、すぐに同行していたヴェイナンツ伯爵に命じて、治安の回復を行った。それで、王都の住民たちの信用は得られたようだ。

 とりあえず見られる程度に身なりを整えたエリアンは、現在の状況を把握しようと補佐を呼びつけた。しかし、彼も停職となり自宅待機をしていたため、詳しいことはわからないそうだ。仕方がないので、リシャナと同じく下っ端役人を呼ぶ。


 だが、ここにもリシャナの指示は及んでいた。すでにその官僚はこれまでに起きたことを報告書にまとめていた。議会で報告するので、各長官にも通達するように、と言われたそうだ。


「……俺の仕事がなくなる……」

「殿下は有能ですね」


 宰相を解任されているオーヴェレーム公爵は、エリアンの元へ情報収集に来た。若いエリアンと違い、彼は牢生活が堪えたようで少しやつれている。

 エリアンもヘルブラントに頼まれ、リシャナが王になるための外堀を埋める作業をかなり行ったが、それらが不要だったのではないかと思うほど、リシャナは自分で道筋を作っている。初めてリシャナ・フルーネフェルトと言う人を認識したあの時と同じ、まなざしの強さ。見惚れるとともにすくんでしまう強さが秘められている。

 ともかく、エリアンはオーヴェレーム公爵に後を託して、ヘルブラントの寝室に向かった。リシャナは兄の元へ行くと言っていた。そこで合流できるはずだ。

 ヘルブラントの寝室まで行くと、女性の金切り声が聞こえた。王太后のカタリーナのものだ。部屋を守っている衛士がいやそうな顔をしている。目が合った、おそらくリシャナについてきたのだろうティモンが肩をすくめた。


 許可を得て部屋に入ると、王太后がリシャナに罵詈雑言をまくし立てていた。

「ヘルブラントが倒れたのはお前のせいよ! 顔も見たくありません!!」

「では、母上が部屋を出ればよろしいでしょう。兄上が寝ているのですから、静かになさってはいかがです。頭に響きます」

 元からリシャナは王太后に対して辛辣であったが、今日は一段と辛辣だ。言葉が、と言うより、声音がひんやりとしていて部屋の気温が下がった気がする。ヘルブラントの枕元に侍っているアイリとアーレントが真っ青だ。

「な……っ! 母親に向かって、そのような……!」

「私を生んでくれたという以外に、あなたを母親と思ったことはありません。いっそ、無視してくれればよかったのに」

 リシャナの反論一つ一つがぐっさりと王太后に刺さっている。エリアンが入れたくらいだから当然かもしれないが、室内にいるダーヴィドは「リシャナ様がそんな冷酷な方とは思いませんでした」とのたまう。


「冷酷? 私は自分がされたことを返しているだけのつもりだ。それに、何を勘違いしているかわからないが、今は私の方が上位者なのだから、お前たちに強制退室を言い渡すことも不可能ではないのだぞ」


 うぐう。開き直ったリシャナが強い。そして、本当にできるから反論もできない。成り行きを見守っていた医師が「よろしいでしょうか」とリシャナに視線を向ける。許可を求められたリシャナはうなずいた。

「脈を触れなくなって一刻が経過しました。目も濁っております」

 


 国王、崩御。



 老齢の医師が震える声で告げた言葉に、真っ先に王太后が泣き崩れた。リシャナを虐待していたが、ヘルブラントのことは可愛がっていたのだ。アイリとアーレントがぼろぼろと涙をこぼしている。リシャナを見ると、硬く目を閉じ、両手の指を組んだ手に力を込めていた。

「ということは、アーレントが国王に……」

 ダーヴィドが喜びを隠せない口調で言う。このしんみりした空気の中、浮いている。ヴェイニも「護国卿が必要ですね」と弾んだ声を上げる。場違いな彼らを、エリアンは手を挙げて止めた。


「お待ちください。アーレント殿下が王になるのならば、確かに護国卿は必要ですが、アーレント殿下は王太子ではありません。このまま王になることはできません」


 法の規定によれば、王の一番上の男児が王位継承権第一位になる。通常はこの第一位者を王太子としておくが、ヘルブラントはその手続きをとっていない。王太子となるにも、議会の承認が必要なのだ。

 王の男児、女児、そのあとに王の兄弟。継承順位としてはこうなる。ヘルブラントにアーレントしか子がいない以上、第二位はリシャナだ。だが。


「ルーベンス公はリシャナ様を王にするつもりか。配偶者として権力を握るおつもりか」


 人は自分の尺度でしか物事を測れないというが、これはひどい。

「まさか。それとこれとは別問題でしょう。リシェは俺ごときが操れる女ではありませんよ」

「……エリアン」

 咎めるようにエリアンの名を呼んだリシャナの声は震えていた。リュークが戦死し、泣き崩れたリシャナを思い出す。いや、エリアンはその現場にいたわけではなく、ヘルブラントから聞いた話であるし、あの時のリシャナは情緒不安定であったからまた話は違うだろうが、リシャナにとってもヘルブラントは兄だったのだ。悲しくないわけがない。


「どちらにしろ、アーレントを王に擁立するには王位を請求し、議会の承認を得ることが必要だ。議員たちは王都に集まってきている。審議会を開けばよかろう」


 冷静かつ尤もなリシャナの主張に、王太后がわめきだした。

「お前が王になろうというの!? わたくしの子供たちを殺した、お前が!」

「私は王位継承の審議会を開けばよいと言っただけです。今後の方針を決めるのに必要でしょう。成人している王族として、それほどおかしいことを言ったつもりはありませんが」

「兄が死んで悲しみもしないなんて、こんな非情な者に王など務まるわけが……!」

 いや、むしろ王とは時に非情な決断をしなければならないものだ、とツッコみたいが、その前にリシャナが口を開いた。

「先にやるべきことがあると言うだけです。悲しむことは後からでもできます。母上、これ以上言うなら王都からつまみ出しますよ」

「なんですって!? そんなことが許されると……!」


「私だって!」


 リシャナの大声が響いた。かっ、といつも半分閉じられている目が見開かれる。その澄んだ瞳に見据えられて、王太后はひるんだ。


「泣き叫んで解決するのなら、泣いている! だが、そうではない!」

「リシェ」


 先ほどとは逆にエリアンがリシャナを呼んでその肩に手を置く。辛辣に嫌味を言っても基本的に落ち着いた口調で話すリシャナの激情に、みんなが驚いた顔をしていた。

 一方のリシャナはエリアンに水を差されたことで落ち着いたらしく、軽く手を挙げた。


「すまない、取り乱した。とにかく、議会を開く必要がある。ここで私たちがどれだけ言い争おうと、不毛と言うものだ」

「緊急時ですよ。わざわざ議会など開かずとも、アーレントが即位すればいいでしょう」


 これはヴェイニだ。空気を読んでほしかった。びっくりするくらい精力的に活動しているリシャナは、それくらいで止まらない。

「有事こそ慣例を踏まえることは必要だ。急にやってきた他国の人間が、そう決まったから議会を開かない、と言って、ほかの貴族や有力者が納得すると思っているのか」

 バッサリと切られ、ヴェイニは唇をかんだ。十六歳の彼では、リシャナの相手にもならなかった。

 実を言うと、リシャナが命じたのなら、みな従うと思う。だがリシャナの言うように、緊急時こそ慣例を踏まえるということは大事だ。みんなに受け入れられやすい。また、大勢がいる場で決めることに意味があるのだろう。

「議会は二日後の午後に開く。議長には通達しておこう。これまでに王都に入れなかったものは議会へ参加することはできない。いいな」

「なぜあなたが決めるのです」

 むっとしたようにダーヴィドが言うが、リシャナが傲然と言い放った。


「私が現状の最高権力者だからだ」











ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


リシャナは守りたいもののために必死です。親しかった兄も頼りにしていた兄も亡くして泣き叫びたいのはリシャナも同じ。ただ、泣いても誰も助けてくれないことを知っています。


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