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67.開門要求















 せっかく父や兄たちが眠る教会にやってきたので、冥福を祈っておくことにした。この教会に眠っている中で、一番思い入れが深いのは二年前に戦死したリュークだろう。彼の妻と娘は、リシャナが引き取っている。ニコールは優秀なので、リーフェ城のことを丸投げしてきてしまったが、大丈夫だっただろうか。防いでいるが、先日、北壁にラーズ王国が攻めてきた報告が上がっている。

 ヘルブラントが自分の部下を割いてでもリシャナを鍛えた理由が今ならわかる。裏切らないとわかっているそこそこ優秀な奴が必要だったのだ。裏切らないとわかっている弟妹の中で、リシャナがその条件に一致した。エリアンではないが、そんな奴、そうそういない。


 考えが逸れたが、そこではない。


 ヘルブラントの思惑を知った以上、どう動くか考えなければならない。いや、兄はリシャナが思っているよりずっと優秀であったし、ここまで来たら考えるのはリシャナが生きるか死ぬかくらいの究極の二択だ。尤も、リシャナが死ぬ方を選べば、多くのものを巻き込むことになる。というか、現在進行形でエリアンやオーヴェレーム公爵を巻き込んでいる。


「……」


 ぎゅっと、組んだ指に力を込めた。眉間に力が入る。リシャナは目を開くと立ち上がった。


「いかがされました、公」


 とっさの時はまだ『姫様』と呼ばれるが、普段はティモンもリシャナを爵位で呼ぶ。この年で姫と呼ばれるのは気恥ずかしいものがあるので、その方がありがたい。


「王都へ戻る。……尤も、入れるかわからないが」


 リシャナの元へ報は届いていないが、ヘルブラントの容体が悪化して、ダーヴィドたちが権力を握っている可能性もある。ルナ・エリウには市長がいて、城門の鍵の管理は市長がしているが、宮廷からの圧力にあらがえるとは思えない。閉まっていた場合はリシャナからも圧力をかけに行くわけなのだが、頑張れ。


 神父の見送りを受け、リシャナ達は王都へ戻った。が、入れなかった。わかってはいたが。リシャナは城門を閉じられたルナ・エリウを見上げる。

「かつて公が守った城門を突破していかなければならないとは、なかなかの皮肉ですね」

「ロドルフもこんな気持ちで城壁を見ていたのだろうか」

「城壁の上からの公の演説、しびれましたな」

「子供のころの話だ。今となっては赤面ものなのだが」

 ロドルフを挑発するために言ったセリフを出され、リシャナは肩をすくめる。もう十六年前の話とはいえ、当時の戦いに参加したものはまだ多くが生きている。あの時とは逆の立場なわけだが、当時の思い出話に浸れるくらい余裕がある。

「まあ確かに、当時はこの小娘、と思いましたよ」

「お前、同い年ではなかったか」

「それが今や泣く子も黙る北壁の女王陛下ですからね」

「ついていけば何とかなる、と思った相手は閣下と陛下くらいですよ」

「……」

 ツッコみつかれたので城壁に視線を戻す。一応、開門してくれという要求書を出してあるが、無視される可能性が高い。しばらく城壁の見える近くの集落に滞在することになった。住民は、戦を恐れたのかすでに逃げ出していた。


 返事を待っている間にヴェイナンツ伯爵と合流した。議会が休会したので領地を見に行き、戻ってきたところだそうだ。

「入城できませんでしたので、驚きました」

「私が締め出されたせいだな。巻き込んだ」

「いえ。むしろ、閣下おひとりでなく安心しました」

 ヴェイナンツ伯爵は、外から城壁を攻め落とす気でいたらしい。彼はなんというか、エリアンに近い。リシャナよりいくらか年上で、リシャナの初陣だったルナ・エリウ開城戦が同じく初陣だった。

「かつて自らが守った城壁を閣下が破る。閣下の有能さを証明できます」

「……まあ、最強と言われる王都の守りを攻略することに興味はあるが、また今度だな」


 そんな機会はないと思うが。


 翌日になっても、城壁は開く気配がない。ロドルフも当時、リシャナが閉門を決定したのをこんな気持ちで受け取っていたのだろうか。

「ど、どうなさるのですか」

 護衛に連れてきた近衛騎士に言われ、リシャナはその青年を見上げた。

「お前、年はいくつだ」

「は? ……二十一になりますが」

「そうか。若いな」

「そういう公も、まだ三十にもならんでしょう。自分から見ればまだ小娘ですよ」

「ティモン様!」

 ティモンの指導を受けたことがあるのだろうか。青年が気さくにリシャナに話しかけるティモンに青くなる。リシャナは軽く手を振った。

「私を小娘扱いか。首をはねられても文句は言えんな」

「公はなさらないでしょう」

「さて。どうかな」

 まあ、今のところはするつもりがない。ティモンはそれを理解できるくらいの信頼関係があるが、理解できない青年騎士は真っ青だ。こういうところが恐ろしいと言われるのだろうな、と思う。


 もう一日待って、王都に入れない貴族は増えたが返事は来ない。なんとなくみんな、リシャナの元へ集まってくる。

「どうなさるのですか。やはり、城壁を突破しますか」

「何故みんな城壁を突破しようとするんだ。壊したら、再建するのが大変だろう」

 なんとなく本末転倒なことを言いながらリシャナは「開かないのなら、開けてもらえばいいだろう」とこともなげに言った。

 兄の状態も入ってこなくなったし、エリアンやオーヴェレーム公爵も気にかかる。特にエリアン。無事ならいいのだが。なので、早めに決着をつけたい。


「取り囲みますか」


 好戦的にヴェイナンツ伯爵は言ったが、リシャナは首を左右に振った。


「いや。全員、西の正面門に集めろ」


 かつて、リシャナがロドルフと戦った城門の場所だ。城壁を守る兵士がこちらを覗いているのが見える。リシャナを見て彼らはぎょっとしたようだ。

「公?」

「キルストラ公だ」

「王妹殿下」

 つぶやきがさざめくように広がる。リシャナは傲然と言い放った。


「私、キルストラ公爵リシャナの要請に基づき、開門せよ」


 どよ、と城壁上が動揺するのがわかった。どうやらリシャナの開城要求は城壁を守る兵士にまで届いていないようだ。

「兄王の頼みを受け城外から戻ってきた。お前たちが何を言われているか知らないが、兄の頼みごとの結果を兄に伝えに来た。城門を開けよ」

 城壁の上、やはり動揺する。下っ端の兵士だと、王の妹の顔を知らないものも多いが、それなりの年齢の者はリシャナを見知っているだろう。リシャナは軍権を掌握しているし、かつてこの城壁で彼らとともに戦ったのだ。

 見知らぬ異国人より、見知った自国の王妹の方が従いやすかろう。だが、リシャナは今、城壁の外だ。彼らは城壁の内側。閉じろ、という命令に背いてリシャナを城壁内に入れたときにおこる報復が恐ろしいのだろう。それでも、城門を開けてもらう必要がある。別に侵入してもいいのだが。


「私は兄に会いに来ただけだ。それを、お前たちは姿も見せない異国人の言葉に従って排除するのか」

「……キルストラ公爵閣下の言い分は、理解いたします。あなた様が決して無体なことをなさらない方で、本当に陛下との面会にいらっしゃっただけだと、理解します。しかし、今はお引き取り願います! ……しばらくたてば、次の機会もありましょう」


 壮年の責任者らしき兵士が応えた。しばらく、とはいつのことだろうか。兄が死んで、ダーヴィドかヴェイニのどちらかが権力を握った時だろうか。十二歳のアーレントが、この二人を押しのけられるとは思えない。


「次の機会? そんなもの、あるものか。私の命運は今、二つに一つしかない。宮廷に戻り、兄に面会するか、城壁内に入れず、命果てるか」


 事実だ。ここで引いてしまえば、レギン王国に乗っ取られてしまう。そうなれば、リシャナにできることは少ない。臣民の支持を多く得るヘルブラントの妹、王位を継げるリシャナは彼らにとって邪魔な存在だ。さすがのリシャナも、国全体を相手にして勝てるとは思えない。

 ダーヴィドが権勢を手に入れれば、リシャナをめとろうとするかもしれない。それでリシャナが助かるとしても、エリアンは? 娘のアリアネはどうなる。そして、それで自分だけが助かる道を選べるほど、リシャナの自尊心は弱くない。最終的に、真正面から刺しあう結果になる。それでリシャナが再度宮廷を掌握したとしても、それまでに失うものが多すぎる。

 だから今、リシャナが城壁を越えられなければ、彼女は死ぬしかないのだ。その自尊心に殉じるしかないのだ。失うことがわかっている世界で生きられるほど、リシャナは図太くない。


「城には私の夫もいるのだぞ。さあ! 城門を開けなさい!」











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この展開がやりたいがためにここまで引っ張りました。かつて自分が守った城壁を自分が破る。(戦ってはいない)

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