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66.教会













「このくそ忙しい時に、王都を出て教会に向かわれると」


 難色をしめしたのはオーヴェレーム公爵だった。生真面目な中年貴族の言葉が乱れてきている。それくらい、忙しいのだ。

「なら、公爵が兄上から撤回を引き出してくれ。私にはできなかった」

「殿下にできないことを、私にできるわけがないでしょう」

 そうだ。リシャナが断り切れなかった時点で、彼女は行くしかないのだ。この状況の王都を出て。

「今王都を出たら、入れなくなるぞ」

「わかっている。十六年前の再現だな。立場が逆だが」

 皮肉気に笑って言うと、エリアンは顔をゆがめた。彼は、リシャナがこの城壁を守った戦いで、初めて彼女を見たと言っていたか。

「……いいのか?」

「……さて」

 試すように、しかし、探るようにエリアンはリシャナに問う。正直、ヘルブラントと共にここまで企んでおきながら、何を今さら、とも思う。


「……正直なところ」


 リシャナは、この部屋の保護結界が機能していることを確認してから、言った。


「このまま膠着状態でいるよりは、一つ、行動を起こした方がいいのではないかと思う」


 膠着状態で妨害も多く、国政がまともに回らない状態なのだ。別にこの状態がもうしばらく続いてもいきなり崩壊することはないが、うんざりはしてくる。こういうところが、短気だな、と思うところなのだが、不思議なことに誰にも同意を得られない。剛毅ではある、と真顔でオーヴェレーム公爵に言われた。解せぬ。

 レギン王国は、リシャナが王都の宮廷にいれば、彼女の活動を妨害しなければならない。国王が動けない以上、リシャナがほとんどの権力を握っているからだ。

 だが、彼女が宮廷を出れば、彼らの行動に選択肢が生まれる。リシャナに代わって宮廷を掌握するか、王都の外でリシャナを始末するか。大まかに分けてこの二つだ。多分、どちらかにしか彼らは手を出せない。それほど人数がいないし、ここは彼らの土地ではない。


 そして、リシャナの持つ軍事力を考えると、リシャナを始末することは、案外難しい。だとすれば、宮廷を掌握するほうを選ぶだろう。リシャナでもそうする。さすがに、彼女のように一両日で掌握しきれるとは思えないが……。

「むしろ、おいていくことになるお前たちは大丈夫か? 特にエリアン」

 前々から示唆されてはいるが、レギン王国の王族であるダーヴィドとヴェイニには、レギン王国の姫君であるアイリの息子、アーレントの外戚となる以外にもこの国の権力を握る方法はある。リシャナと結婚すればよい。リシャナが女で、彼らが男である以上、それが可能だ。年齢の関係でヴェイニはそこまで考えていないだろうが、ダーヴィドは考慮に入れているだろうことを、オーヴェレーム公爵に指摘されている。


 そう考えると、リシャナは思っているほど身の危険はないのではないかとも思える。むしろ、リシャナの現在の配偶者であるエリアンの方が危ない。この国では重婚は禁止なのだから、リシャナがダーヴィドらと結婚しようと思ったら、エリアンと離婚する必要がある。仮にも軍人であるリシャナを始末するより、文官であるエリアンを始末するほうが簡単だ。

 その点を指摘すると、エリアンは返答に詰まったが、「大丈夫なんじゃないか」と応じた。

「まあ、高位貴族であるルーベンス公をいきなり処分することはできませんね」

 オーヴェレーム公爵も請け負ってくれたので、大丈夫だと思っておく。どちらにしろ、王都を離れるリシャナも危険には違いないので、エリアンのことばかりを気にしてはいられないのだ。

 ヘルブラントから依頼を受けて二日後、リシャナは数人の共をつけてリュークや父、祖父母が眠る教会へと向かった。


「つけられていますね」


 そうささやいてきたのはティモンだ。今回リシャナが連れている護衛の一人である。壮年の彼は、リシャナが王位継承戦争に参戦していた時に付き従ってくれた部下でもある

「何もしてこないなら放っておけ」

 かまっている時間が惜しい。そう言うと、ティモンは「相変わらず、見かけによらず豪胆な方ですね」と苦笑した。別に王都に報告が行っても問題はない。リシャナが教会に向かうのはヘルブラントの頼みを受けてのことだからだ。

 教会はさほど遠くない。ここ数代の国王はこの教会で眠っており、リシャナの父、祖父、曽祖父はここに葬られていた。と言っても、リシャナは父すらほとんど覚えていないのだが。


「お待ちしておりました、キルストラ公爵」


 神父がリシャナを見て丁寧に礼をとった。微笑んだまま、言う。

「陛下からお預かりしたものがございます」

「……」

 そう言われてまじまじとその神父の顔を見ると、知っている顔だった。年は取っているが、昔、ヘルブラントの副官をしていた男だ。

 護衛に指示を出してティモンともう一人だけ連れて行く。後は待機だ。奥の部屋に案内され、本ほどの大きさの箱を渡された。装飾のない簡素な箱だが、鍵穴がある。鍵など預かっていない。

「鍵は?」

「キルストラ公がお持ちだと聞いておりますが」

「は?」

 神父が聞いた、と言うからには、ヘルブラントがそう言ったのだろう。だが、リシャナは鍵を持っていない。……いや。


「……エリアンだな」


 エリアンからなら預かっているものがある。リシャナは今回、世話をする侍女も女官も連れていないが、身支度を整えるものは持っている。その中を探すと、鍵が出てきた。

「姫様……残念だ、と言われませんか」

 ちょっと引いたようにティモンに言われたが、三十近くなって姫様と呼ばれたことにリシャナは引いた。

 ちょっと主従関係にひびが入りそうだったが、鍵は鍵穴に合った。かちりと鍵が開く。さて、あの兄はこの中に何を入れたのだろうか。

「……停戦条項案」

 少し古びた羊皮紙にはそう書かれていた。読んでいくと、どうやら兄が王位継承戦争をおさめるためにロドルフとの停戦を考えていた時に考えられた停戦への約定らしく、その中にリシャナをロドルフの嫁に出すという条項があって複雑な気分になった。リシャナがエリアンと結婚していることからわかる通り、この停戦案は成立していない。

 さすがにこれだけだったら病床の兄を殴りに行かなければならない、と思い、箱の底の二重底を外した。明らかに外から見た高さと実際の内容量があっていなかったので、二重底であることはわかっていた。


 そして、その下から出てきた羊皮紙に目を通し、リシャナは頭を抱えた。


 やられた、と思った。とんでもないものをつかまされてしまった。


 リシャナには、今までのことはすべて、兄の掌の上だったのではないかと思えた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リシャナ、アイテムを入手。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こ、ここで引きとは……! 不覚にもノーーーと叫んでしまいました。続きを心待ちにしています。 [一言] 一気に読んでしまいました。 リュークの場面では心をつきました。そうか、彼女が女王となる…
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