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65.お願い












 半月ほどかけて、議会は一時休会となった。また一月後に開催される予定であるが、国中の土地から集まってきた有力者たちは、一時帰宅となった。遠すぎるものは残るものもいるが。リシャナも一度、北壁の様子を見に行きたいところだが、この分では向えないだろう。一時休会となったのは、いよいよヘルブラントの容体が思わしくなくなってきたからだ。

 前回は持ち直したが、さすがに今回は、と宮廷に残っている貴族たちはこそこそと噂をしている。つまり、誰につくか、だ。まだ十二歳だがヘルブラントの息子であるアーレントか。現状、国王を除いた最高権力者であるリシャナか。


 今、王位をスムーズに継承できるのはリシャナだ。その力も人望もある。如才なく王としての仕事を全うできるだろう。もともと、王の代理を任されていたこともあるのだ。その分、付け入るスキがない。

 対してアーレントが継承するには、ヘルブラントの息子であるという正統性以外すべてが不足している。ほぼすべての条件をクリアしているリシャナとは逆だ。支持基盤も決まっていない。ヘルブラントの支持基盤が、リシャナのものと重複しているためだ。

 その分、付け入るスキが大きいのだ。権力を欲している、今日の目を見ていない者たちはアーレントを推挙するだろう。レギン王国も外戚として権力をふるうためにアーレントを推すだろう。少なくも、ダーヴィドやヴェイニはそのつもりだ。

 そんなわけで、今、宮廷はパワーゲームの真っただ中なのだ。とても、リシャナがこの場を離れることはできない。勢力図が変わってしまう、と言うのもあるが、単純に政務が回らなくなる。ヘルブラントの容体がよろしくないので、最も裁量権を持っているのがリシャナなのだ。官僚たちだけでも政務をまわすことはできるが、やれることに圧倒的に差があるのだ。


 様々な要因が重なって、リシャナは執務室で仕事を片付けていた。できなくはないが、得意ではないので裁くのがそんなに早いわけではない。それでも、国の経営を停めるわけにはいかないのでやるしかない。

 面倒くさいのは、リシャナが現状の最高権力者であっても、実際の最高権力者ではないからだ。いっそ、リシャナが王になってしまえば解決する問題ではあるが、そんな不用意なことを言うことはできない。


「疲れてきたか?」


 声をかけられてリシャナはため息を吐いた。

「いや、集中力が切れた」

「疲れているんじゃないか」

 苦笑してエリアンが休憩しよう、と言った。応接用のソファのところにお茶が用意されている。

「お前たちに助けられてばかりだな」

「俺たちがあなたの権力に守られているからな。あなたが、すべての専門家である必要はない」

「わかっている」

 リシャナ自身がすべてのことに精通している必要はないのだ。もちろん、おおよそのことは理解できる必要があるが、深く考えることについては信用できる別のものに任せればいい。

「レギン王国の妨害が入る以上、それ以上の権力者が必要だからな。……それが陛下を除けばあなただけだ、というのが問題なような気もするが」

「王位継承戦争で私たちと同年代の者は、ほとんど死んでいるからな」

 ちょうど戦っていたのがこの世代なので仕方がないのだが、預ける先がないというのがこんなに不安になるものなのか。当時のヘルブラントの焦りが、今になって理解できた気がする。あの頃は、いくら弟たちよりも多少ましだからと言って、十三歳の妹に国と軍を任せるなんてとんでもない兄だ、と思っていたのだが、のっぴきならない事情だったのだな、と今となっては理解できる。できてしまう。


「……なぜお前は生まれながらの王族ではないのだろう」


 エリアンは王族であるが、それはリシャナに婿入りしたためである。たぶん、さかのぼればどこかで王族の血は入っているはずだが、傍系としても王族に数えられる身分ではなかった。だから、いかに王の妹の配偶者といえども、一人だと侮られるのだ。


「だいぶ思考が迷走している気がするが、陛下にとってのあなたのような人材は、そうそうお目にかかれないだろう」


 そうだろうか、そうなのかもしれない、と思ったところで、入室の許可を求める声があった。入れ、とリシャナは一言。ヘルブラントのところの従僕だった。

「陛下がキルストラ公をお呼びです」

「……」

 もともとそうだったが、特に最近、いろんな呼び方で呼ばれて少し混乱するな、と現実逃避気味に思った。













 やせた、というよりはやつれた、と言う方が正しいだろう。寝台に身を起こしたヘルブラントは、妹を見て微笑んだ。

「忙しいところ、呼びつけてすまないな」

「いえ……さすがにうんざりしてきたところなので」

「ははっ。お前は机に向かうのも苦ではないと思っていたが、さすがに限界はあるか」

 ヘルブラントにとっても、リシャナはおとなしく本を読んでいるような妹のようだった。北壁で結構暴れまわっていると思ったのだが、気のせいだったのかもしれないという気すらする。

 手を伸ばしたヘルブラントに近寄り、その手を取る。骨ばった手だった。この手で今まで、この国を支えていたのだ。リシャナも甘えていた部分がある。今、特にそう思う。ちなみに、部屋には今日もヴェイニがいた。

 くいと手を引っ張られるがリシャナが動かないため、ヘルブラントは苦笑して「座れ」と言った。言われた通り、兄の寝台に腰掛ける。


「お前、察しが悪いと言われないか?」

「言われたことがありませんね」

「そうか?」

 常識的に考えて、この年で兄と寝台に座って仲良くおしゃべりするなんて、誰が思うだろうか。そんな思いが顔に出たのか、「もう少しとりつくろえ」と言われた。

「任せっきりだが、執務の方はどうだ? と言うかお前、報告しに来い」

「エリアンが来ませんでしたか? オーヴェレーム公爵を使いにやったこともありますが」

「元宰相をお使いに出すのなんてお前くらいだぞ。それに、エリアンを過労死させる気か?」

「……まあ、エリアンが過労死する前に状況が片付けばいいな、とは思っています」

 本人が有能だからか若いからか、エリアンは今のところけろっとしているが、リシャナが国政に精通しているわけではない以上、彼に負担が行っているのは確かだ。元宰相もこき使っているが、妨害の方が大きいのである。サクッと始末してしまいたいが、そうすると外交問題になる。今、国外にかまっている暇はないのだ。


「リシェ、お使いに行ってくれないか」

「……王妹の公爵をお使いに出すのなんて、兄上くらいではありませんか?」

 先ほど言われた言葉をそのまま返すと、ヘルブラントは「お、言うな」と楽し気な顔をした。

「妹をお使いに出すことはよくあるだろう。そう遠い場所ではない」

 と言いながら、王都の外だった。わずかに顔をしかめて渋ったのに気づいたヘルブラントは「頼む」と真剣な表情で言った。

「お前に行ってほしい」

「……わかりました。行ってきましょう」

 押し負けた。ヘルブラントは笑って礼を言うと、リシャナを抱きしめた。

「気を付けて行ってこい。……後は頼んだ」

「……あまり不吉なことを言わないでください」

 細くなってしまった兄の背を抱きしめ返しながら言う。結局、これがリシャナが兄と交わした最後の会話となった。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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