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63.噂













 アーレントを立太子するように求められているらしい。リシャナは自分が宮廷を掌握したために、王子派はなりふり構わなくなってきたな、と思った。国王を脅迫するとは、どういう了見だろうか。


「王と言うより、あなたに悪評が立っているな。あなたが陛下をだまして宮廷を掌握したとか、北方の貴族ばかり優遇しているとか、実績がないくせに偉そうだとか」

「一つ目はともかく、後ろ二つは完全には否定できないな」


 エリアンの報告を受けたリシャナは苦笑して言った。リシャナの本拠地は最北部アールスデルスであるので、北方の貴族ばかり優遇しているように見えるのは仕方がない。また、政治から距離を置いていたために、実績がないように見えるのも事実だ。

 実際、リシャナは平時の君主としてはふさわしくないと思う。ヘルブラントの下で軍事権を握っているくらいでちょうどよいのだ。


「私の悪評と言ったが、お前もあちらの噂を流しているだろう。話せ」


 リシャナもある程度把握しているが、情報共有は大切だ。アーレントを傀儡としてレギン王国人がリル・フィオレを乗っ取ろうとしているとか、ヘルブラントが倒れたのは実は彼らが毒を盛ったからだとか、いろいろな噂を流している。前半はともかく、後半は事実ではないと思う。たぶん。

 とにかく、内政干渉されているのは確かなので、これは排除したいところだ。宮廷の役職もレギン王国寄りの人間に挿げ替えられていたわけだから、干渉があるのは確かなのだ。これについてはすでにリシャナが対応済みだが。

「私怨だが、ダーヴィドは許しがたい。あなたと思いを交わしたので、すぐにヘルブラント陛下の義理の弟になるのだと触れ回っている」

「……私の夫はお前だ」

 言い切る割には不安そうに見つめられ、リシャナはため息をつきながら言った。ダーヴィドはリシャナと同い年だという。すでにリル・フィオレ王の妹と言う権力を持っているリシャナを取り込めれば、確かに足場を確立できるだろう。


 もしかして、自分のせいだろうか、とも思う。エリアンとあまり仲良く見えていないのだろうか。


 だが、そういう問題でもないことはわかる。同じくレギン王国から派遣されてきた叔父と甥であるが、ダーヴィドとヴェイニは潜在的に敵同士なのだ。二人とも、レギン王国では王になれない。だから、リル・フィオレを支配しようとしている。ただ、外国人の自分たちが現地民に受け入れられないのもわかっている。だから、リル・フィオレの王族であるリシャナを取り込みたい……。

「これまでの私の行動を見てそんなことを言っているのなら、愚かしいにもほどがあるな。どう考えても対立する未来しか見えない」

「対立しても、勝てると思っているんじゃないか。前にも言ったが、俺より下の世代は、あなたのことをおとなしい人だと思っているからな」

「なるほど」

 みんな、何を見ているのだろうと思った。だが、リシャナ自身が思っているほどには周囲は彼女を短気だと見ていないようなので、そんなものなのだろうか。


 昔、まだ子供のころ、自分はロドルフに嫁ぐのだろうと思っていた時のことを思いだす。何もできなかったリシャナは、せめて兄の政略のために、言われるまま兄に反旗を翻したロドルフに嫁ぎ、その情報を得るなり、兄がロドルフを取り込む一助となるなりするのだと思っていた。


 それが、今では国を握る一歩手前まで来ている。世の中、何が起きるかわからないものだ。


「……北方諸国連合が軍備を整えているという。攻めてくるぞ」


 リシャナの弱点ははっきりしている。定期的に王都へやってくるリシャナが、一年ほど領地に引きこもっていたのだから、公表していなくてもリシャナが子供を産んだのは少し調べればわかる。リシャナとそれほどかかわっていない人たちは彼女をおとなしい田舎貴族だととらえているが、ラーズ王国の最前線で戦う者たちは違うだろう。リシャナの弱みを突こうと、アールスデルスを攻めてくる。

「ヤンに頑張ってもらうしかないな。早晩落ちることはないだろう」

 弱点は確かだが、リシャナだって対策をとっていないわけではない。そして、最悪の場合、切り捨てることも覚悟している。すべてを振り捨ててアールスデルスに駆けつけるには、彼女はまじめすぎた。

 立場上、大切なものを守るためには、自分が権力を握るしかないことをわかっている。それがどんなに気が進まなくても、だ。


「閣下、オーヴェレーム公爵が面会をもとめていますが」


 官僚がそういった後に、「あ、キルストラ公です」と付け加えた。閣下と呼ばれるとどちらかわかない。リシャナとエリアンは顔を見合わせて肩をすくめた。リシャナは入室を許可する。宮廷内にあるリシャナの執務室なのだ。取り次いだ官僚はリシャナの部下と言うことになる。

「殿下、急に申し訳ありません」

「いや。何かあったか」

 オーヴェレーム公爵は、少し前まで宰相を務めていた。ヘルブラントが倒れた際、その後の混乱を収めることができず、責任を取って職を辞した、ことになっているが、実際はダーヴィドがレギン王国寄りの宰相を任命するために解任した、とのことだ。その後の人事を思えば、リシャナも全く見当違いではないのだろうな、と思う。有能であるがゆえに遠ざけられ、背後にリシャナがいるのなら、とエリアンに使われることを了承したそうだ。年は五十ほどだったと思う。少なくとも、王位継承戦争の時すでに大人だった。


「王都内の治安が急激に悪化しております。衛兵だけでは手が回らないと訴えが出てきています」


 まじめな顔と口調で言われ、リシャナはその陳情を受け取った。治安維持はリシャナの職分である。

「よそ者が入ってきているからな。ある程度は仕方がないが……」

 主に、レギン王国から同行してきている者たちの態度が悪いのだと思う。身分が高くなると横柄になる傾向はあるが、普通、他国に来ていると思ったら多少行動を慎むものではないか? リシャナは国を出たことがないが。

「軍から人を割いてやれ。この状況であまり城の守りを弱めたくないんだが」

「同感です」

 オーヴェレーム公爵は頭が痛そうにうなずいた。だが、ほかに対処法が思いつかないのだから仕方がない。

「あなたと陛下の許可証を発行すべきではないか? 後から文句をつけられても困る」

「それはいいですね、ルーベンス公」

「では、兄上に話を通しておこう」

「パーシヴィルタ侯爵らはどうなさいます?」

 オーヴェレーム公爵に問われ、リシャナは軽く眉を吊り上げた。

「何を言う必要がある? 苦情くらいは入れるが、彼らにリル・フィオレのことに関して口をはさむ権利はない」

「さすが殿下ですね」

 オーヴェレーム公爵は嬉しそうに微笑むと、「ではそのように」と請け負った。


「それと、これは老婆心なのですが、殿下は一人で行動なさらない方がよいでしょう。パーシヴィルタ侯爵らが機会をうかがっております」

「手段を択ばずに来る、と言うことですか?」


 身分的にはエリアンの方が上だが、かなり年上の相手なのでエリアンはオーヴェレーム公爵に丁寧に尋ねた。

「お二人にはご不快でしょうが。……殴ってはいけませんよ、殿下」

「それくらいの分別はあるし、兄上にも言われている」

 そこまで短気ではないと思う。たぶん。

 ヘルブラントの元へ行くと、相変わらずヴェイニが侍っていた。監視なのだろう。共通の敵、つまりリシャナを見出して、レギン王国の二人は仲良く協力しているようだ。

 いや、そうでもないのか。表面上は協力しているように見えても、最終的な思惑が違うので完全には協力できないはずだ。最終的には敵対関係になる。


 となると、完全に意思疎通ができているわけではないのか、とも思う。


「どうした、リシェ。久々に顔を見た気がするな」

「二日前にお会いしましたが」

 さすがのヘルブラントも復帰しているので、リシャナは王の執務室に来ていた。ヴェイニに張り付かれているヘルブラントだが、さすがに内政干渉を許す気はないらしく、隅に追いやっている。

「王都内の治安維持のために、軍を動員しようと思うので、許可証をください」

「そのあたりはお前の管轄だからな。わかった。良きに計らってくれ」

 ヴェイニが口をはさむ前にヘルブラントが許可を出した。ついでに許可証を作るように部下に指示を出してくれる。

「キルストラ公、お手伝いいたしましょうか」

「お客様である君たちの力を借りないと治安維持もできないと? 甘く見られたものだな」

「リシェ」

 親切ごかして介入してこようとするヴェイニに対しての煽るような言いように、ヘルブラントがたしなめるように首を左右に振った。あまり刺激するな、と言うことらしい。

「気遣いはありがたいが、今回は遠慮しておこう」

「他国の人間がいると、指揮系統が混乱しますからね」

 ヘルブラントに便乗するように言うと、あまりごり押ししてもよくないと思ったのだろう。ヴェイニはそれ以上言ってこなかった。だが、別の方法で手を出してくるかもしれない。許可証をもらって退出しようとするリシャナに、ヘルブラントが「気をつけろ」と声をかけた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


泣いても笑っても、ヘルブラントは『国王』です。


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