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62.覚悟













 宮廷を掌握したら、要職についている貴族や官僚たちに泣いて感謝された。比喩ではなく、文字通り泣いていて、リシャナはエリアンの関与を疑ってしまったが、彼は別に何もしていなかった。


「泣いて喜んでいるのはあなたより年上の人たちだな。昔を思い出したと言っていた。逆に、俺より年下のやつらはあなたが精力的に動いたことに驚いていた」

「ああ……なるほど」


 エリアンに説明されて、思わず納得した。今回、兄に早急に、と言われてかなり強引且つ高圧的に動いたのだが、リシャナより年上の人たちは、王位継承戦争時代を思い出したのだろう。あの頃のリシャナは、今と違って国の中心部で活動していたし、それなりの年齢だった彼らは、リシャナが暴れまわっていたところを見ているはずだ。

 逆に、エリアンより年下になってくると、リシャナが活動していた時期のことはよく知らないだろう。王位継承戦争が終わった時点で、リシャナは十七歳、エリアンは十四歳だった。直接かかわったわけではないことは、印象に残らない。

 戦争が終わってから宮廷に入った若い貴族や官僚にとって、王妹であるリシャナは、おとなしい田舎貴族のような印象だったらしい。


「結構好き勝手にやっていた気がするが」


 リシャナは自分が短気である自覚があるのだが、周囲から見るとそうでもないらしい。兄が破天荒なのと変人学者だったから目立たなかっただけではないだろうか。


「強権を振るうことはなかっただろう。あなたの主な活動場所は北壁だったのもあるだろうが。……ところで、抱きしめていいか?」

「やめろ」


 しょんぼりしたエリアンに少し罪悪感を覚えつつ、そんな場合でないのは確かだ。宮廷を掌握しなおしたとはいえ、まだダーヴィドやヴェイニを排除したわけではない。リシャナの頭ではうまい排除方法が思いつかない。


「……アーレント様が後を継げば、外戚として居座るだろうな」

「それがレギン王の命令なんだろう。レギンか……国土を接していないからな」

「逆に対処が難しいな」


 レギン王国とリル・フィオレは国土を接していない。間にラーズ王国が挟まっており、リシャナが戦っているのは主にこのラーズ王国だ。リュークが戦死した二年前の戦いでは、ラーズ王国だけではなくレギン王国も加担していたし、そうでなくても、ラーズ王国の後援をしているだろう。そうでなければ、ラーズ王国が何度も攻めてこられる理由がわからなくなる。戦とは金も物資も時間もかかるのだ。

「……リシェ」

「なんだ」

「もう答えは出ているんじゃないか」

「……」

 アーレントを排除してリシャナがヘルブラントの後を襲う。アーレントとアリアネを結婚させてリシャナがそちらから権力を握ることもできるが、結局、外戚同士の権力争いになる。

「……考慮はしておくが、まだ考えるには早いだろう」

 少なくともまだ、ヘルブラントは生きている。だが、彼はもう、それほど表舞台に出てこないような気もする。

「準備しておくに越したことはないだろう。……あなたに覚悟があるのなら」

 探るようなエリアンの視線に、リシャナは目を細めた。


「覚悟などとうにしている。自分が死ぬ覚悟も、兄の代わりに国を背負う覚悟も、いざと言うときお前たちを切り捨てる覚悟も、すべて」


 そうあれ、と言われたことだけではない。命じられるままに生きるには、リシャナにも大切なものが増えすぎた。

「あなたに不要だと言われるまで、俺はともに行こう」

「そんな日が来ないことを祈っておこう」

 リシャナが宮廷内を宰相府に向かって歩いていると、ダーヴィドと行き会った。昨日の時点で面識を得ていたが、リシャナが宮廷を掌握した後に会うのは初めてだ。お互いがお互いより自分が上位者だと思っているので、礼を執ることなどない。


「仕事がお早いようですね、姫君。それとも、ご夫君のおかげでしょうか」


 あからさまに下に見てくるダーヴィドにリシャナも彼を睥睨した。そのまま答えることなくすれ違う。

「っ! 逃げる気ですか!?」

「俺の姫君は忙しいのですよ、パーシヴィルタ侯爵」

 小馬鹿にしたような口調でエリアンが応じた。ダーヴィドはかっと頭に血が上ったようだが、言い返しては来なかった。賢明である。

「あまり煽るな、エリアン」

「少しくらいやり返しても罰は当たらんだろう」

 どうやら、リシャナが到着するまでにいろいろとやられたようだ。ヘルブラントもリシャナも不在であれば、エリアンがリル・フィオレ側の最上位者になるため、さもありなんと言ったところだ。

 別にリシャナが宮廷を掌握するために、ダーヴィドと真正面から対決する必要はないのだ。彼はレギン王国の人間だし、ヘルブラントから命令が出ているのはリシャナなのだ。権力を争う相手だと扱わない方がよい、と言うのがエリアンの言い分だった。リシャナも一理あると思ったのだ。決して、面倒くさかったわけではない。


 正式な手順を踏んでくれば無視するほどではないが、それ以外では上位者としてふるまう。これを基本方針とした。

 また、アイリとアーレントに面会しようとしたが、ことごとく阻止されている。それはそれで仕方がない気がするが、そうこうしているうちに軟禁状態だったはずの王太后と顔を合わせることになった。後で確認してみると、ヘルブラントは母親の軟禁を解除していなかった。つまり母は、勝手に出てきたということだ。

「いい気なものですね。国はあなたのおもちゃではないのよ。恥を知りなさい」

「母上こそ、我が身を振り返ってはいかがです。リル・フィオレの王太后でありながら他国の思惑に乗せられるなど」

「未来の国王、アーレントの親族です。母親が自分の親族に助けを求めて、何がおかしいというの」

 王太后は生国から援助を得られなかった王妃でもある。そう思うと気の毒なのかもしれないが、これは王太后が生国の思うような成果を出せなかったせいでもある。そして、彼女の主張を受け入れるならば、ヘルブラントがリシャナに助けを求めることは正当な行為になる。こうした矛盾が気になるから、リシャナは母親と合わないのだと思う。まあ、一つの要因である、と言うことだが。

 結局のところ、王太后もリル・フィオレの人間ではないのだ。だから、リシャナ達ではなく、アイリに寄った意見になる。リシャナが気に食わず、反駁したいのだとしても極端に思えるのだ。


「そうですか。母上がそう思うのであれば、好きにすればよろしいでしょう」


 ヘルブラント国王の母であるという地位はあるが、実権のない王太后だ。何を言おうと、リシャナの権力を上回ることはないだろう。民意をあおられると困るが、少なくとも、この王太后にリシャナほどの弁舌の才能はないだろう。


 リシャナは宮廷内の自分の執務室に戻ると、エリアンに「一人で出歩くな」と苦情を言われた。過保護と言うか、リシャナよりよほどぴりぴりしている。

「あなたが排除されれば、こちらに打つ手はなくなるんだぞ」

 リシャナは大事な旗頭なのだ。リシャナは肩をすくめると、「そうだな」とうなずいた。

「本当にわかっているのか?」

「理解はしている、と言うのが一番正しかろう」

 リシャナは権力争いに興味があるわけではない。権力がなければ守れないものがあるから、レギンからの干渉を排除しようとしているに過ぎないのだ。ヘルブラントを除いた状況で最も権力を掌握しているのがリシャナであるから、彼女がリル・フィオレ側の旗頭になりえることは理解できる。だが、理解できるだけで、そこにリシャナの思いが考慮されているわけではないのだ。


 と言うわけで、『理解はしている』という表現になる。


「……理解してくれているのなら、身辺に気を付けてくれ。あなたは守りたいものがあると言ったが、俺はあなたを失う気はないからな」

 まっすぐに言われて、さすがに面はゆい気持ちになる。だが、ここで仲良くしている場合ではない。

「そこで母上に会ったんだが、いつの間に離宮から出てきたんだ?」

 どうもレギン王国と連絡を取り合っているらしい、とわかったところで、ヘルブラントは母親を離宮に軟禁することに決めた。閉じ込めた王の許可なしに外に出られないはずなのだ。

「陛下が倒れられたことを聞いて、見舞いに行きたいと強硬に主張して拒否しきれなかった。許可を出したのは内宮長官だ」

「そういえばお前は司法長官だったな。法律上は問題はないからな……」

 王太后は法に抵触する何かを起こしたわけではない。起こす危険性があるので、国王権限で閉じ込めただけなのだ。

「まあ、王太后様のことはいいんじゃないか? あの人に何らかの権力があるわけではない。非常にうっとうしいし、あなたの精神衛生のことを考えると、引き離すべきではあるが」

「むしろ、私が煽れば情報を話してくれそうな気がする」

 リシャナが煽れば、王太后はカッとなってぺらぺらと話してくれそうな気がする。彼女は情報を管理するものには向かないのだ。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リシャナは普通に偉そうなやつですが、意識してふるまっている面もある。


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