59.急変
あけましておめでとうございます。
久々の再開です。このまま一気に完結まで突っ走りたいですが、どうなるでしょうか…。
その時私は、すべて兄の掌の上だったと知った。
第二十七代リル・フィオレ王国 女王リシャナ・フルーネフェルト
にぎやかな泣き声が響き、リシャナはさすがに顔を上げた。執務室から顔をのぞかせると、女官たちが慌てたように部屋に出入りしているのが見えた。
「どうした?」
「まあ、閣下。申し訳ありません。姫君たちが……」
「……」
今、リーフェ城には姫君と呼ばれる女の子が四人いる。姪にあたるリュークとニコールの娘、ヒルダ(八歳)、モニク(五歳)、カリン(一歳五か月)の三人と、リシャナの娘のアリアネ(一歳二か月)の四人である。下の二人が号泣、ヒルダはおさめようとおろおろし、モニクは我関せずだ。性格が出ている。
リシャナは膝をつくとアリアネとカリンの肩に手を置いた。
「今度はどうした? 何で喧嘩したんだ」
理由を聞くが、さすがに一歳児には難しかった。びゃっと泣かれて、リシャナもぎょっとなる。豪快に泣き叫ぶアリアネを抱き上げて、背中をなでた。カリンが自分も抱っこしろ、とばかりに足にしがみついてくる。二人抱き上げられる気もするが、危ないのでやめた。
「ヒルダ、モニク、何があった?」
「えっとね、おそとにでたかったの」
モニクがたどたどしく説明してくれたところによると、外に出たいアリアネとカリンがぶつかって転んで泣き始めたそうだ。ヒルダは現場を見ておらず、気づいたらこうなっていたらしい。乳母がはらはらしている。
話を聞いたリシャナはアリアネを下すと、カリンを抱き上げた。カリンはご満悦だが、今度はアリアネが泣き始めた。難しい。
「あら、リシェ」
席を外していたニコールが戻ってきた。カリンを受け取ったので、リシャナはアリアネを抱えなおす。
「執務はいいの?」
「いい。私の集中が切れたんだろう」
集中していれば、子供が泣いていようが気づかなかったと思う。実際、何度かあった。気分転換である。単純に、子供の顔を見たかったのもある。
「一緒に暮らすようになって実感したけど、あなたって有能よね。領地の執務をして、国境も守っていて、余裕があるもの」
「余裕はないが」
勘違いしてもらっては困る。ついでに領政に関してはエリアンにだいぶ助けてもらっている。むしろ、丸投げと言ってもいいレベルだ。ただ、今彼は王都にいる。去年の夏ごろからずっと滞在しており、年が明けた今も国政を担っている状態だ。有能、というのはああいうのを言うのだ。
「いや、有能の方向性が違うわ」
ニコールに真顔で否定される。彼女を引き取ってもう二年近くになるが、だんだんフェールやローシェに毒されてきている気がした。そのフェールは二人目が生まれたところ、ローシェは三人目の子がある程度大きくなり、侍女に復帰したところだ。
泣き疲れて眠ったアリアネとカリンを乳母に預け、リシャナとニコールはお茶にすることにした。ヒルダとモニクも一緒だ。モニクが嬉しそうに菓子をほおばっているのを眺め、少しほっこりする。
「王宮にレギンの貴族が出入りしてるんですって?」
おもむろにニコールが話を振ってきた。リシャナは「らしいな」としか答えられない。王都には夏に一度顔を出したきりで、しばらく滞在していない。エリアンが王都にとどめ置かれているのは、このあたりに理由があると思われた。
「ルーベンス公はレギンに対する抑止力なのね」
「それもあるだろうな」
レギン王国は、王妃アイリの出身地だ。このままいけば、彼女の息子のアーレントが次の王になる。今のうちに影響力を強めたいのだろうと思われた。リュークがなくなり、リシャナが出産で引きこもっていたので、今のうちだと考えても不思議ではない。
ただ、目的はそれだけではないと思う。兄がレギン王国からの干渉を排除したいのは確かだ。だが、それだけではなく、ヘルブラントはエリアンを通して、リシャナが玉座に手をかける下地を整えようとしているように見えた。諸外国の干渉を排除したいのなら、配偶者がリル・フィオレ国内の貴族であるリシャナが王位につけばよいのだ。
「……何かあれば、私はあなたを支持するわ」
ニコールがリシャナをのぞき込むようにして言った。リシャナは目を伏せると首を左右に振る。
「そんなことが起こらないように祈っておこう」
ヒルダとモニクの今日の報告を聞きながらお茶を飲んでいると、エステルがやってきた。珍しい女性の医者であるエステルは、女性を診るために出かけることがある。
「まあ、リシェ様。こちらでお休みでしたの? ディーデが探しておりましたわ」
にっこりと笑って言われ、リシャナはティーカップを置くと立ち上がった。ヒルダが残念そうな顔をする。
「もう行ってしまうのですか」
もっとおしゃべりしたかったです、と頬を膨らませるヒルダの頭を軽くたたき、「また今度だな」となだめる。
「リシェ様、顔色がよくありませんわよ」
エステルが心配げについてくるが、いつも通りだと思う。これに関してはリシャナは周囲からの信用がないのだが。
執務室に戻ると、ディーデが「閣下!」とかみつくように話しかけてきた。慌てた様子に「何か問題でもあったのか」と尋ねると、手紙が差し出された。エリアンからのもので、厳重に封がしてある。
「速達で届きました。お急ぎのようです」
「そのようだな」
ペーパーナイフで手ずから封を開くと、リシャナは中の手紙に目を通した。エリアンの神経質そうな文字が崩れて一言だけ書かれていた。
『王が倒れた。』
日付を見ると、書かれたのは三日前だ。王都からこの国境までの距離を考えれば、そんなものだろう。ヘルブラントが倒れたのが実際に三日前かはわからないが、箝口令が敷かれたはずだ。
リシャナに知らせるべきだ、というものと知らせないべきだ、というものに分かれただろう。そのあたりの塩梅はエリアンに丸投げすることにして、リシャナは自分の今後の方針を決める必要がある。ひとまず一度、王都に行くべきだろう。兄に会わなければならない。
レギン王国に寄っている臣下たちはリシャナを排除したいだろう。せっかく、彼女が王都の外に出ているのだから、排除したまま話を進めようとするだろう。
とはいっても、今すぐに向かえるものではない。魔法による手紙は届いても、人が行き来できるとは限らない。なぜなら、今は冬の真っただ中。この前リシャナの誕生日が過ぎて彼女は二十九歳になったところだが、彼女は真冬の生まれだ。その年の一番寒い日に生まれたのだ、と母は言っていた。事実かはともかく、一年で最も寒い日と言われるのは確かだ。
つまり、簡単に往来できない。事実、今日も吹雪いているし、よく当たる天気予知のアントンもしばらく天候不良が続くだろうと言っていた。
ここは兄が復帰することと、エリアンの手腕に期待するしかない。リシャナはあっさりと投げた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




