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05.王都ルナ・エリウ
















 リル・フィオレ王国の王都は、ルナ・エリウという。国の中心から見てやや東南に位置するため、リシャナが賜っている北の大地からはそれなりに時間がかかる。あくまで、それなり、だが。

 馬なら多少早くなるのだが、今回はゆっくり馬車での移動だった。兄から催促の手紙は来ていたが、急ぐことでもないと判断した。もちろん、今国境を侵されれば馬で戻る所存である。だが、無事に王都ルナ・エリウに到着した。


 現在のリル・フィオレ王国国王ヘルブラントが王宮として使用している城は、ウィリディス・シルワ宮殿である。先々代の御代に宮廷を移し、以降、王宮として使用されている。

 その宮殿の荘厳な姿を馬車窓から確認し、リシャナはカーテンを閉めた。顔が見えると、いろいろ面倒くさいのだ。もちろん、馬車には彼女の紋章が描かれているから、意味はないけれど。

「フェール、実家の方には顔を出すか?」

「出しませんわ。お気遣いなく」

 ツンとして同乗しているフェールは言った。馬車には、リシャナとフェールの二人だけが乗っていた。ほかの供は後続の荷馬車と馬でついてきている。リシャナはフェールの返答を聞いて、腕を組んだ。

「お前の結婚式にも顔を出さなかったな」

「私は来なくてほっとしましたけれど。まあ、閣下に私の親役をさせてしまったのは申し訳ないことですが、いい思い出だと思っておきます」

「私も珍しい経験をさせてもらった」

「お子ができれば、また機会はありますわ」

 フェールの返答に、リシャナは肩をすくめた。そんな機会はあるだろうか。


 それにしても、フェールの実家嫌いは根深い。リシャナもあまり母とそりが合わないので人のことは言えないが、フェールは実家で虐待同然だったものを、リシャナが拾ってきたのだ。実家が伯爵家で教養があったため、今はリシャナの侍女をしている。

 そうしている間にも、馬車はウィリディス・シルワ宮殿に乗り込んだ。馬車が停まり、外からドアが開かれる。リシャナが立ち上がると、外から手が差し出された。

「どうぞ」

「……」

 いや、一応リシャナは王のであるので、対応としては間違っていないが、どこのどいつだ。リシャナが男装していると知らない新参者か。

「いや、いい」

 リシャナは短く言うと、手を借りずに馬車を降りた。顔を拝んでやろうと視線を向けると、知っている顔だった。

「ルーベンス。私にこういった出迎えは必要ない」

 公爵名で呼ぶと、リシャナよりいくらか年下の彼は笑った。

「と、仰られましても。閣下が姫君のお姿であれば、出迎えなければ失礼に当たってしまいます」

 そんな不遜に言うことだろうか、と思ったが、リシャナはフェールを馬車から降ろしながら言った。

「まあ、意気込みは買ってやる」

 リシャナはそう言うとさっさと歩き始めた。何しろ、生まれ育った場所である。内部は熟知していた。

「キルストラ公。陛下がお待ちです」

「支度をしたらすぐに行くと伝えてくれ」

 ルーベンス公爵に軽く手をあげてそう言うと、リシャナはフェールを連れていつもあてがわれる宮殿内の部屋に向かった。一応、城下に邸宅は持っているが、もっぱら宮殿での寝泊まりが多かった。


 部屋で旅装を解くと、男物の正装に着替えた。兄とは言え王の元へ行くので、正装の必要があった。少なくとも公的な場であるので。

 リシャナが王の間に入る廊下に立つと、王の間を守る衛兵たちは彼女の顔を見て扉を開けた。まっすぐ進んだ先に、王がいた。


「リシェ、久しいな! 無事な顔が見られて安心したぞ」


 今回もよくやった、とねぎらい、リシャナの肩を叩いてくる王は、美しい男だった。黒に近いダークブラウンの髪、生気のあふれる濃い碧眼。名をヘルブラントと言った。年は、リシャナより九つばかり年上だ。ちなみに、兄妹だがあまり似ていない。

「お前には苦労ばかり掛けるな。お前がうまくやるから、どうしても甘えてしまう」

 ヘルブラントは妹の肩に手を置いたまま言った。リシャナは「いえ」と首を左右に振る。

「兄上の采配が的確であったゆえです。ラーズ王国と話をつけてくださり、ありがとうございました」

「いや、戦地に行かないのだからそれくらいはなぁ」

 笑ってリシャナの肩を再度叩いたヘルブラントだが、その表情がふいに真剣になった。

「ところで」

「はい」

 するっとリシャナの髪を結んでいた髪ひもがほどかれた。ぱさりと黒髪が肩に落ちる。少し前まで肩に触れないほどだったので、伸びた方だ。


「髪はどうした」


 妹の短くなった黒髪を手櫛で梳きながら、ヘルブラントが問う。リシャナはさらりと言った。

「切りました」

「だろうな! 見ればわかる! なぜだ!?」

「冬場の行軍で、髪が乾きにくかったので」

腰まである髪は、冬場の行軍には向かなかったのだ……という理由は、一応髪を切った理由の一つではある。


「尤もらしい理由だが、違うな。長い髪がうっとおしくなったんだろう。乾かすだけなら、魔術師にでもやらせればいい」

「……」


 その通りである。特権階級の考え方ではあるが、前王の姫君で公爵でもあるリシャナならできることだ。ヘルブラントはため息をついて妹の髪をもてあそぶ。

「私は長い方が好きだったのだがな。いや、短いのも似合っているが」

 フェールと似たようなことを言うので、ちょっとおかしかった。

「また伸ばしてくれ。その暁には私がお前の髪を編んでやろう」

「……それは遠慮しておきます」

 さすがに王に髪を編まれるのはどうかと思った。













 そのまま宴に突入した。いや、そのままではないが、一応戦勝祝いだ。王のヘルブラントは一番上の兄だが、すぐ上の兄バイエルスベルヘン公爵リュークも姿を見せていた。

「リシェ、さすがだね。おめでとうと言うのも変かな」

「お久しぶりです、リューク兄上。まあ、そうですね。よくやった、と言われる方が多いでしょうか」

「君も相変わらずだね……」

 淡々とした口調の妹に、リュークは苦笑を浮かべた。それからふと真顔になって言う。

「ところで、髪はどうしたの?」

「……」

 会う人全員に聞かれている気がする。まあ、腰まであった髪が肩までにバッサリ切られていれば、見る者は驚く。

「……切りました」

「まあそうだよね……僕は長い方が好きだけど、短くても似合ってるね」

「……」

 みんな似たようなことを言うな。

「リシェの髪だもんね。好きなようにすればいいと思うよ」

 リュークは上の兄と違い、そう言って笑った。こだわらないたちなのだ。こだわるのは、自分の研究内容だけである。彼は栗毛にブルーの瞳をした細身の青年で、研究に熱中しすぎて常に目の下にクマがある。常に顔色が悪いと言われるリシャナに言えたことではないが。


「あっ。そういえば王都の街がにぎやかだったよ。君が入城してきたからだね」


 柔らかい口調で笑って言う。リシャナは眉をひそめた。いつも不機嫌そう、気難しそうと言われるリシャナなので、その変化はわずかだったが。

「ルナ・エリウの人は、みんな君に感謝してる」

「それは……どうなのでしょう」

 うなずかない妹に、リュークは「しているよ」と顔半分ほど背の低いリシャナの顔を覗き込んだ。

「十二年前、事実上王都を守ったのはリシェだ。僕も感謝してる。きっと、兄上もね」

「ずいぶんと前の話です。私は出しゃばったにすぎません」

 そして、今もその延長線上にいる。見ていられなくて手を出した結果が、今だ。

「だとしても、君がしたことは変わらないんだよ」

 リュークはそう言って妹の背中を叩き、グラスの中のワインを飲み干した。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


作者なのに、宮殿名が覚えられない…。

リシャナはもともと黒髪長髪。


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