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55.合流













 妹が到着したと情報が入った。決断を迫られている。きっと、兄たる自分がいれば、妹は攻撃をためらってしまう。見かけより情が深いのだ、あの子は。


 だから。


                      バイエルスベルヘン公リューク・フルーネフェルト













 クラウシンハが攻撃されたと聞いてからのリシャナの動きは速かった。行軍準備を整え、連れて行く兵を選抜すると、エリアンに城代を押し付けて出陣していった。

 リュークの居城であるフローレク城を再制圧したと連絡がきたのは、十日ほど過ぎてからのことだった。仕事が早いと思ったが、どうやらリュークはすでに亡くなっていたようだ。見た目より情の深いリシャナが心配である。

 続いて、海軍を率いてきたヘルブラントが海上の敵を一掃した。ここまで約半月。仕事が早すぎる。この分野はエリアンには絶対まねできない。

 王位継承戦争で幾度となく共に戦ったヘルブラントとリシャナだから、こうして理想的な戦線を組めたのだろうと思う。同時に、彼らは決断力に富んでいる。ヘルブラントは自分の知識と経験によって決断を下すし、リシャナは周囲の意見を聞いて決断するという差異はあるが、二人とも剛毅即決と言っていい。戦時下では必要な能力だっただろう。

 この二人が呼応しあって、考えられる限り最速でことを片付けただろう。それでもリュークの救出には間に合わなかった。これは、彼が兄と妹とは能力の方向性が違ったからだろう。


 一方で、アールスデルスを任されたエリアンは、北方にも目を向けなければならない。北壁を越えてくるようであれば、即時対応が必要だ。エリアンはどちらかと言うとリュークよりの能力の持ち主であり、リシャナやヘルブラントほどの対応力は望めない。エリアンとリシャナは、お互いの不足をうまく補い合っていると言えた。

 北壁にはヤンが詰めているので、そこまで心配しなくても大丈夫だと思われる。いざというときの決定だけ、エリアンが下す必要があるが。


 これまでも、リシャナが不在のリーフェ城を預かることはあった。ルーベンス公爵であるエリアンは、別に所領を持っている。そちらにも定期的に訪れるが、基本的にはリシャナとともにアールスデルスに詰めていた。国の情勢的にこちらの方が大切であるからであって、リシャナとともにいたいからではない。

 幸いと言うか、戦力の分散を避けたのか、レギン王国が攻め込んでくる、と言うことはなかった。いや、攻め込んできているが、北壁に攻撃してくるということはなかった。

 もしかしたら、連合軍の一部と戦闘になるのでは、と懸念していたのだが。二方面から一気に攻め込むのではなく、一方面から攻略して拠点基地を置くつもりだったのだろう。


 問題がないか見渡しながら続報を待っていたエリアンにリシャナが倒れた、と報告が入ったのは、彼女とヘルブラントが合流したと連絡が入ったのと、ほぼ同時だった。


「閣下が倒れたとは、どういう状況ですか!?」


 留守番役のディディエが叫ぶ。エリアンも動揺している自覚があるが、それを出せる立場ではない。リシャナが倒れたのなら、その対応をしなければならない。


「陛下から俺もクラウシンハに入るように要請があった。こちらはお前とヤンに任せる。いいな?」

「かしこまりました」


 仕事の話をすれば、落ち着きを取り戻したディディエがうなずく。昔から城を預かっていたのだ。任せて問題ない。むしろ、戦が終わったばかりの現地へ向かう自分の心配をしなければならないエリアンである。しかも、リシャナが倒れたのなら、主治医を兼ねているエステルを連れていく必要があるだろう。

 エステルを呼んで話をすると、エステルは「わかりましたわ」と即答した。戸惑ってもいない。

「実は、ご出立の前、少し調子が悪いのではないかしら、と思うことがありましたから」

「それなのに止めなかったのか?」

 思わず尋ねると、エステルは肩をすくめた。

「止めるほどの確証がありませんでしたもの。それに、お止めしたところで、リシェ様は止まりませんわ」

「確かに」

 思わず納得し、エステルを同行者に加えた。フェールとローシェが志願してきたが、この二人はおいていくことにする。そして、戦闘力が心もとない二人なので、護衛も同行させる。リシャナが連れて行った兵力は、今はフローレク城にヘルブラントが到着しているので、ある程度任せても大丈夫だろう。


 リシャナは軍事行軍であったため強行軍だったが、エリアンたちは普通の馬車で少し時間をかけて到着した。一度占拠されたというフローレク城は、がれきなどの残骸はある程度片付けられていた。城内は少し、落ち着かない雰囲気がある。ヘルブラントが今執務室代わりに使っているという、元はリュークの書斎だった部屋に案内された。


「陛下、到着いたしました」

「ああ、ご苦労。急がせて悪かったな」


 ヘルブラントは来訪を告げたエリアンと控えているエステルを見て苦笑を浮かべた。

「ここに来るまでひどいものだったろう。これでもかなり早く対処したつもりなんだが」

 ちょっと自嘲気味に笑った。後始末の手が足りていないのだろう。


「よろしければお手伝いいたします」


 そういうのはエリアンの得意分野である。ヘルブラントは「そうだな」とうなずきかけ、しかしうなずかずに言った。


「いや、お前はできだけ早くリシェを連れて後方へ下がってくれ。エステル」

「はい」


 王に話しかけられたエステルだが、落ち着いた声で一歩前に出た。

「リシェを見てやってくれ。一応、軍医に見せたんだが、妊娠しているかもしれないとのことだ」

「……わかりました。では、お先に失礼いたします」

 エステルは驚きに目を見開いたが、すぐに許可を得て部屋を出て行った。先に診察してしまうのだろう。エリアンはと言うと、言われたことを理解するのに時間がかかっていた。


「おい、エリアン。話してもいいか?」

「……すみません。大丈夫です」


 何とか復活し、ヘルブラントの指示を仰ぐ。リシャナの元へ駆け付けたい気もするが、エステルの診察中は入れない。リシャナではなく、診察するエステルの方が厳しいのだ。なら、ヘルブラントの話を聞いてからでも大して変わらない。


「リシェのことは、このまま後方の城に送る。軍の方はおいて行ってもらうことになるので、代わりの指揮官を一人任命してくれ。お前はリシェとともに、下がってくれ。コーレイン城にニコールが避難しているから、そちらに入って彼女もついでに保護しろ」


 どうやら、リュークは無事に妻子を逃がすことに成功していたらしい。コーレイン城はクラウシンハの小城の一つだ。ほとんど使われていない郊外の城だったと記憶している。逃げるにはうってつけだったのだろう。

「承知いたしました。今リシェの軍にいる中で選出するのなら、ヴェイナンツ伯爵でしょうか。アントンを副官につければ問題ないと思いますが」

 いつもの仕事が降りかかってくると、頭は正常に働き始めた。リシャナが連れて行った人員を思い出し、選出する。


「リシェに確認を取り、任命してくれ。……言っておくが、今あれはかなり感情的だ」

「短気を起こしているのは何度か見ましたが」


 自分で短気だという割にはおとなしい性格のリシャナだが、少々気の強い面があるので短気を起こすことはままある。それはそれで親しい間柄と言う証拠ではあるが。だが、ヘルブラントは首を左右に振った。

「違う。情緒不安定と言うことだ。俺は号泣された」

「そ、そうですか」

 ちなみに夫たるエリアンは、妻の泣き顔を見たことがない。

 面食らったエリアンに対し、ヘルブラントは真剣な表情で言った。


「いいか、エリアン。お前はこれから、リシェの精神的安定に全力を注げ。無事にあれに、子を産ませろ。もちろん、母親の方も健康にだ」

「それはもちろんですが……」


 いつも飄々としている王の真剣な言葉に、エリアンは思わず探るような眼をしてしまう。リシャナに王位を継承できる人数を聞かれたのは、割と最近の話だ。思えばあのころにはすでに、リシャナの腹に子がいたのだろう。本当に身ごもっているのなら、の話だが。


「……あれの産んだ子なら、必ず王家の子だからな」


 エリアンが婿入りしたため、リシャナの王女としての地位はそのままになっている。王族が少ないため、ヘルブラントが婿入りしか認めなかったのだ。リシャナが北壁を預かっている状況から見ても、彼女が王族の立場を保持している方が都合がよかったのもある。


 王族の子は王位継承権がある。このため、ヘルブラントはロドルフと戦うことになったのだが、この王は何を考えているのだろう。思わず探るような視線を向けてしまった。それをとがめることなく、ヘルブラントはニヤッと笑う。

「俺の思惑が気になるか」

「……正直に申し上げれば」

 そんなことはない、と否定するのは簡単だが、エリアンはあえてうなずいた。これくらいでヘルブラントが自分を処分しないという自信があるし、リシャナにかかわることは、夫である自分にもかかわってくる。それどころか、この国の進退にもかかわってくるのだ。


「そうだな……俺に何かあったら、リシェに後を頼むつもりでいる」

「……それは、リシェに護国卿となってもらう、と言うことでしょうか」


 リュークが生きているときから、万が一ヘルブラントがなくなり、王位がアーレントのものになることがあったら、その後見人はリシャナが務めることになるだろうと思われていた。それどころか、リシャナ自身が王位に押し上げられるのではないか、とエリアンは考えていた。その予測を、ヘルブラントが考えていないとは思えない。

 そのうえで、なぜそんなことを言うのだろうか。エリアンは「リシャナをアーレントの後見とするのか」と尋ねたが、取りようによってはリシャナに女王になれ、と言っているようにも聞こえる。


 ヘルブラントの後を襲うのは、息子のアーレントのはずだ。みんなそう思っているし、エリアンもそう思っていた。おそらく、リシャナも。


 ……いや、リシャナはわからない。彼女は、兄王に関して何かつかんでいる可能性はある。知っていたとしても、言わない。リシャナはそういう女だ。

 エリアンは、リシャナはヘルブラントを排して女王になることは、今の段階でも可能だと思っている。ただ、リシャナがそれを望まないために政権交代が起こっていないだけだ。正直、人望、という面ではリシャナはヘルブラントにそう劣らない。

 リシャナは、自分が女王になる気はないから、ヘルブラントについて沈黙を守っている。その可能性は、ある。


「そうだな……そうなってもいいし、ならなくてもいいと思っている」


 これまた意味深な返答だった。エリアンはこれ以上ヘルブラントから探るのをあきらめて、「そうですか」とうなずくにとどめる。

「そうなった暁には、尽力いたします」

「頼む」

 ヘルブラントは笑ってエリアンに行け、と手を振った。今エリアンがしなければならないのは、リシャナの代わりに軍を整えることだ。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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