53.制圧
今回はご遺体が出てくるので注意です。
途中で各地の領主が供出した兵を接収しながら、リシャナはクラウシンハに到着した。リシャナが兄王の要請を受けてアールスデルスを出発してから、六日が経過していた。どうしても、軍が大きいと進軍速度が遅くなる。特に今回は、ほかの貴族たちから戦力を集めているわけだから、足並みがいまいちそろっていない。
「すでに落城しております。二日前に落ちたようですね」
斥候が戻ってきてそう報告してきた。エリアンなどもそうなのだが、後半の情報はどこから拾ってきたんだ。
「二日ですか……すでに戦闘配備が半ば終わっているでしょうね」
参謀代わりに連れてきたアントンの言葉にうなずく。しかも、城攻めは難しいので、敵兵力はかなり多いと思われた。勝とうと思うのなら、数に任せるのが一番ではある。
「海軍もいるな? 兵力はわかるか?」
調査した兵士によると、リシャナの率いてきた兵力の三倍はいると思われる。どこからそんなに兵士をかき集めてきた。
「大半が傭兵ですね。まあ、こちらも同じですが……」
この時代、常備軍という考え方はまだ珍しい。王の軍隊と北壁の軍隊は常備軍ではあるが、北壁はリル・フィオレ王国を守るための国の要塞だ。正確には、リシャナの軍隊ではない。つまり、リシャナ自身は常備軍を持っていないのだ。
そのため、戦争を行うときは、傭兵を雇ったり、平民を集めたりする。リュークの居城、フローレク城を落とし、今も港を占拠している敵兵は、北方のディナヴィア諸国連合から集められた連合軍のようだ。一国一国はリル・フィオレより小さな国であるが、それが数か国集まれば、総合的な国力としてリル・フィオレを上回る。
海からは兄が進軍してくる。その間、宮殿は空になる。ディナヴィア諸国連合を構成しているレギン王国の姫君である、兄の妻が脳裏をよぎった。よもや宮殿を支配されるかという考えが浮かんだが、すぐに否定する。現実的ではないとリシャナでもわかるようなことはしないだろう。
「ひとまず、フローレク城を包囲しますか?」
「いや、包囲するには兵力が足りない。正面に配置するだけだな」
「……逃げられませんか?」
「逃げたいのなら、逃げればいいだろう。逃げ出した時点で組織立っているとは思えない。城を占拠しているのは、どこの国の部隊だ?」
どうやら、三か国の兵たちが集結して守っているらしい。リシャナは一つうなずいた。
「不和を誘ってやろう。城内で互いに不信感を抱くように噂を流せ」
「御意」
避難が完了しているのか気になるところであるが、そのあたりはリュークを信じるしかない。特に、ニコールや子供たちは逃げ延びていてほしい。
さらに、フローレク城の内部を知る人間を連れてこさせる。戦力がほぼ互角……というか、少し負けているので、奇襲を行うことにしたのだ。リシャナはどちらかと言うと、正統派の戦術指揮官である。多少セオリーからはずれることはあるが、許容範囲内だ。要するに、奇策は得意ではない。考えるのは参謀の仕事だ。それを実行するか決めるのが、リシャナの仕事である。
「連合軍は結束が弱い。目的が同じために集まっているに過ぎない。同胞たちと共に戦う我らが負けるはずないだろう」
おう、と兵たちの声が上がる。自分でもよくこんなセリフが出てくるものだ、と感心するが、実は寄せ集めなのはこちらも一緒なのであった。
三日ほどで、噂がいきわたったようで城内が殺伐としているらしい。そして、海からヘルブラントが近づいてきているのもあり、右往左往しているのが城の外からでもわかる。この時点で、リシャナはフローレク城の正面に兵を展開してにらみ合いをしていた。
「指揮系統くらい、確立しておけ」
思わずツッコみを入れてしまった。連合軍の弱いところはここだと思う。指揮系統が一つではないのだ。各国からそれぞれ、指示が出ているのだろう。リシャナならまず、指揮系統の統一を試みるのだが。
まあ、敵がまとまっていないのなら、こちらには好都合だ。フローレク城に潜入した味方から合図が上がる。アントンが「閣下」と促す。同時進行で北壁も攻め込まれているようだが、あちらは防衛戦だ。こちらに兵力を割いているのだから、ラーズ王国の兵力も少ないだろう。ヤンを信じることにする。
「みな、用意はいいな? 私についてきてくれるのならば、勝利を約束する。我らの国に我が物顔で居座る侵略者どもを打ち払いに行くぞ」
おう! と低い声が響いた。リシャナの声は女性にしては低めだしよく通るが、こういう時、あまり迫力がないな、と思う。
内部からの反乱と、外からの容赦ない攻撃で、早晩フローレク城は再度落ちた。攻戦が苦手であることを自覚しているリシャナは、さらに難しい城攻めであることに内心緊張していたのだ。兵たちの前で啖呵を切ったのだ。うまくいってよかったとしか言いようがない。
「国旗と私の紋章旗を上げろ。リューク兄上は?」
どうやら、リュークは妻子を先に逃がしていたようだが、本人は城に残り、指揮を執っていただろう。無事に逃げられたとは思えないので、おそらく死んでいる可能性が高い。
ぐらりと足元がふらついた。自分で立て直したが、同行していたアントンが心配そうに「大丈夫ですか」と声をかけてきた。
「いや、大丈夫だ」
リシャナがフローレク城を手中に収めるべく指示を出している間に、リュークの遺体が見つかった。中庭に打ち捨てられていたらしい。死後二日は経っているらしいと言われた。つまり、リシャナがクラウシンハに到着した時点では、まだ生きていたのだ。
「公のせいではございませんよ」
リュークの臣下だった男は、沈痛な面持ちで何とか微笑んだ。リシャナは「そうだな」とうなずいた。むしろ、リュークはリシャナが到着したのを察して殺されに行った可能性すらある。リュークが生きて人質に取られれば、リシャナが総攻撃にためらうと思って。
城の礼拝堂に安置されたリュークの遺体は、ひどく損壊していた。首は切断されていた。かろうじて顔立ちはわかるが、彼の妻子に見せることはできないだろう。人生の半分以上を戦場で過ごしているリシャナですら、すぐに目を閉じた。
最も長く共にいる兄妹だった。自分で言うように頼りなかったかもしれないが、母からリシャナをかばってくれたのはいつだってリュークだった。リシャナを拾い上げたのはヘルブラントで、それに感謝はしているが、本当に困っていた時に助けてくれたのは、リュークなのだ。
優しい兄だったと思う。その優しい兄が永遠に失われたのだ。妻も子供も、まだ生まれていない赤子さえ残して。
久しぶりの喪失感にめまいがする。王位継承戦争中は失うのは当たり前だった。感覚がマヒしていたのかもしれない。だから、今の感覚が正しいのだと思う。
「キルストラ公。海に、陛下が到着されたようです」
「……物見棟に上がる」
声をかけられた途端にその反応が出てくるあたり、かなり軍事色に染まっているな、と自分でも思った。
物見棟からは海が見えた。リル・フィオレの旗を掲げた船が後方に控え、前面の艦隊が砲撃戦を開始している。長期戦になれば、補給線の短いこちらの方が有利だ。敵の指揮官が無能でない限り、ほどなく決着がつくだろう。名指揮官と言うのは引き際をわきまえているものだ。
「兄上が合流する。受け入れ準備を」
リシャナは指示を出しながら物見棟を出た。
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