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51.夢の中













 議会が終われば、リシャナはまっすぐに北部へと戻る。ラーズ王国を警戒したものではあるが、今は、どちらかと言うと南西部にあるリュークの領地のあたりが怪しい。海賊が頻出しているということで、リシャナよりも先に帰路に就いた。戦場指揮官としてリシャナより才能がない、とふるいにかけられた彼だが、全くできないわけではないのだ。海賊を追い払うくらいは問題ない……はず。

 リシャナは、リュークに何かあった場合の予備兵力だ。こういう扱いが多いが、もともと自分の予備兵力として、ヘルブラントはリシャナを鍛えた。その辺はわきまえているつもりである。


 リーフェ城へ戻ると、エステルがはらはらした様子で待っていた。とはいえ、彼女も仕事があるし、見習い騎士である息子のロビンもまた訓練がある。


「エステルったら、珍しくずーっとそわそわしておりましたよ」

「ローシェ、余計なことを言わないでほしいわ」


 王都にはフェールだけを連れて行ったので、ローシェとエステルはお留守番だった。エステルを連れて行かなかったのは、ロビンを母親と一度引き離してみるためだ。息子よりも、母親の方が不安で仕方がなかった様子だが。

「……もちろん、リシェ様が預かってくださるのですもの。大丈夫であることはわかっているのですが……」

 はあ、とため息をつくしぐさが妖艶で、絶対にまねできないな、と思いながら苦笑する。


「子を心配するのは普通のことだろう。預かった以上、ちゃんと面倒は見る。……正直、ロビンがエステルを説得できるとは思っていなかったんだが」

「……変に目の届かないところで暴走するよりは、リシェ様の監視下にある方が安全だと判断したのですわ……甘いのでしょうけど」


 確かに、子供と言うのはいつか独り立ちするもので、ロビンくらいの年のころにはすでに親元を離れている子供も多い。


「心配できるうちは、心配しておけばいいんじゃないか。私もつい目で追ってしまう」


 何しろ、赤子のころから知っているのだ。気にかけてしまうし、気にしてしまう。


 だが、それがひいきだ、とリシャナ自身だけではなく、ロビンにもその矛先が向かうことを知っている。だから、気を付けなければならない。

「もう、親が私の女医だから、とひがみを言われているはずだ。それをどう払しょくできるかは、ロビン次第だな。私はそこまで面倒を見るつもりはない。実力が足りなくて死ぬのは、結局、彼らなのだから」

 ぐっ、とエステルが息をのむようなしぐさをした。それから微笑む。


「リシェ様は甘いのか厳しいのか、わかりませんね」


 どちらかと言うと甘いのだと思う。弱い者の味方なのだ、と言われたこともあるが、兄王ほど割り切れないのは事実だ。


 城代から留守中の報告を受けるが、エリアンが来てから明らかに城内の秩序がとれている。リシャナが無能だったわけではないが、能力が全く違うのである。エリアンは執務能力が高いということだ。

「統率能力はあなたの方が上だな」

「一つくらいお前を上回って居なければ困る」

 ため息をついてリシャナはエリアンに書類を返した。どう考えても実務能力で勝てる気がしない。

「あなたは自分が有能な実務能力者である必要は、必ずしもないからな」

 もちろん、わかっている必要はあるが、とエリアン。彼の言う通りだ。リシャナが勇猛果敢な騎士である必要が必ずしもないように、有能な実務能力者である必要も、必ずしもないのだ。


 以前、エリアンは取り立てられるために勉強に身が入るようになった、と教えてくれた。彼自身の言葉と、十年以上前に彼の父親から聞いた話を総合すると、どうもリシャナの視界に入るために実務能力を磨いたらしい。そもそも頭がよかったのもあるだろうが、彼は天才ではなく努力家であった。

「俺としては、あなたの組織能力に驚くんだが」

「自分にできないことを割り振っただけだ」

 そう考えると、ヘルブラントは万能だった。ほぼ独力ですべての采配を振るっていたヘルブラントは、そうしなければならなかったとはいえ、有能である。


「予定通り、明日には北壁へ行ってくる。城のことは頼んだ」

「頼まれた」


 正直、とても助かっている。













 その夜、リシャナは肩を揺さぶられて目を覚ました。ランプの明かりをつけたエリアンがこちらをのぞき込んでいた。


「大丈夫か? うなされている……わけではないが、泣いていたぞ」


 ぼんやりと自分を見上げるリシャナの目元に指を這わせ、エリアンが涙をぬぐった。それで本当に泣いていたことに気が付いて、リシャナは目をしばたたかせて身を起こした。

「リシェ」

 心配するように声音に、リシャナは頭を押さえた。

「変、な夢を見たような気がする」

「変な夢?」

 リシャナは見た夢を覚えていないことの方が多い。というか、はっきり覚えている人の方が少ないらしい。


 玉座に向かう背中。なびく赤いマントと長い黒髪。頭には王冠。


 これだけ王位を示しているのに、その後ろ姿は兄のものではなかった。兄より華奢に見えた。


「……エリアン、今、王位を請求できる人間が何人いるか知ってる?」

「……それほど多くないな。十年前の王位継承戦争で、かなり減ったからな」


 それはリシャナもわかっている。問題なく王位を継承できるとしたら、ヘルブラントの子供にリュークとリュークの子供、リシャナだけだ。他国に嫁いでいるアルベルティナもいるが、彼女はリル・フィオレにいる三人に何かあった際にしかあった場合にしか王位が回ってこない。


「……その中で女性と十五歳以下の子供って、何人くらいだろう」

「ほとんどいないだろう。最上位はあなただ。正直、今陛下に何かあれば、あなたが玉座に押し上げられる可能性が一番高いと思う」

「……そうだな」


 わかっていたことだ。リュークの方が頭はいいが、より政治に参加しているのはリシャナの方だ。

「どうした? 王になりたいのなら協力するが」

「……そんな面倒くさいものになりたくはないな。お前は反逆罪に問われないように気を付けてくれ」

 リシャナの質問もかなり怪しいものだったが、ここでだけのものだ。エリアンの肩に額を押し付けると、エリアンは背中の中ほどまで伸びたリシャナの黒髪を手ですくように撫でた。


 フェールたちが切るのを嫌がったため伸ばしたままだったが、あと一年もこのまま伸ばし続ければ、夢の中と同じほどの長さになるだろうか。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


短めですが、きりがよいので。


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