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50.日常のこと
















 リシャナは自室の窓から外を眺めていた。リシャナの部屋から見えるその場所では、マースが少年に剣の稽古をつけていた。窓際に腰掛けてしばらく眺めていると、声がかけられた。


「何か興味深いことでも?」

「ノックくらいしたらどうだ」


 かみ合わない会話も、この二人には多い。リシャナの私室に無断で入ってきたエリアンは肩をすくめた。


「一応、俺はあなたの夫のつもりなんだが?」

「親しき中にも礼儀あり、とも言うが」


 妻であるはずの女性に睥睨されたエリアンは「なるほど」とうなずいてから一応の謝罪を口にした。リシャナとエリアンが婚姻関係を結んで、一年が経過している。リシャナは二十七歳になっていた。

 エリアンはリシャナ越しに窓の外を見ると、納得したようにうなずき、言った。


「あなたがロビンを騎士にするとは思わなかった」

「……本意ではないが、母親を説得できたら、と言ってあったからな」

「そこで意見を翻さないところがあなたらしいところだな」


 ため息をつくリシャナに、エリアンは微笑み、たらされた黒髪を手に取った。

「俺にはロビンがあなたに仕えたいと言う気持ちがわかる」

「そうか。まあ、好いてくれるのはありがたい話だが」

「……相変わらず子供には甘いな」

「最近は年下に甘いような気がするな」

 エリアンはリシャナより三つ年下なので、範囲に入っている。妻より年下であることを気にしていたエリアンだが、最近は開き直ってきたのか、「俺にもか、確かにな」とか言うようになった。フェールなどには「夫婦で似てきましたね」と言われて微妙な気持ちになった。自分はこんな感じなのか。


「リシェ、さすがにそろそろ城へ上がろう。議会に間に合わない」

「……そうだな」


 リシャナは一度目を閉じてから開くと、窓から離れて立ち上がった。彼女は今王都ルナ・エリウにいるが、王城ではなく自分の屋敷にいる。滅多に使わないが、一応、王都内に屋敷を持っているのである。

「マース、ロビン。城に上がる」

「わかりました。ロビン、行こう」

「はい」

 マースがロビンを指導しているのを見ると、時の流れを感じる。最初のころは、リシャナを見てびくびくしていたのに。

 十二歳のロビンはリシャナより小柄だ。リシャナがこの道を行くと決めたとき、彼女は十三歳だった。それを思えば決して早い決断ではないのだが、子供のころから知っているロビンを戦場に出すのは複雑な思いがある。


「そんなに気になるなら、命令してやめさせればいいのではないか」


 宮殿へ向かう馬車の中、エリアンが言った。ほとんど表情に出ていないはずだが、彼はリシャナがロビンを見て複雑そうにしているのを見分けられるらしい。

「ロビンの人生だ。ロビン自身が決めることで、私が口出しすることではないと思っている」

 彼はリシャナが条件づけた、母親の説得を成し遂げて騎士になることを選んだのだ。リシャナがそれ以上言うことはできないと思っている。

「……まあ、選択肢に影響を与えたかな、とは思っているが」

「大幅に与えているだろうな。あなたは俺たちにとってまぶしく映る」

「……」

 しれっとそんなことを言ったエリアンであるが、リシャナは彼にも影響を与えているのだ。その結果、彼はリシャナの夫などをしている。じとっと見つめられていることに気づき、エリアンは「どうした」と微笑んで見せた。

「いや……何でもない」

「そんな顔ではないが」

 エリアンが問い詰める前に、馬車が宮殿に到着した。先に降りたエリアンが手を差し出すが、それを手を振って断り、自分で馬車を下りる。どうせ彼女は今日も男装である。

「手を取ってくれてもいいと思うんだが」

「男装だからな」

 むしろ、男装でないことの方が少ないリシャナである。彼女の言葉は、裏を返せばドレスであればエスコートしてくれ、と言うことになるが、その機会が滅多にないわけだ。


「俺は気にしない」


 きりっとして言われたが、そうではない。


「私は気にするので、この話は終わりだな」


 ついでに議場も近くなってきている。

「最愛の夫の望みを聞いてくれてもいいんじゃないか」

「そのうちな」

 適当に流されたエリアンだが、肩をすくめただけだった。かなりすげなく断られたのに、彼がリシャナに向けるものに変わりはない。それが不思議なリシャナである。いつ見捨てられてもおかしくないと思うのだ。

 なら機嫌を取るようなことをすればいいのでは、と言う話になるが、それはそれで、エリアンが好まないだろうという確信がある。


「では、議会後に」


 エリアンはリシャナの夫だが、ルーベンス公爵でもある。そのため、リシャナとは議会中は別行動になる。

「エリアン」

 リシャナはエリアンの腕を引っ張ると、伸びあがってその頬に口づけた。

「……どうした?」

「別に」

 ふい、と顔をそらす。優しい視線と声音にさらされて、ちょっといたたまれなくなった。

「今から議会でなかったら、存分にかまい倒してやるんだが」

「やめろ」

 言い捨てて、逃げるように議場に入ってしまった。













 午前中の議会が終わると、リシャナは兄たちと昼食をとっていた。兄たち、と言うことはその妻も一緒であるが、リシャナは次兄のリュークに尋ねた。


「リューク兄上、ニコールはどうしました?」

「えっ? ああ……身ごもったみたいだから領地に置いてきたよ。ていうか、君たち本当に仲いいよね……」

「三人も子供を作っておいて何を言っているんですか。おめでとうございます」

「ありがと……」


 しょんぼりするリュークに突っ込みを入れつつ、お祝いを述べる。まだ無事に生まれるかも、生まれるとしても育つかわからない。途中、戦乱があったとはいえ、リシャナ達の兄妹がほどんど残っていないことを見てもそれは明らかだ。

「それはめでたいな。次は男児で頼む」

「そんなに都合よくいきませんよ。僕としては、騒乱の種にならないように女児がいいです」

「別に女だからと言って王になれないわけではないぞ。なあ、リシェ」

「はい……はい?」

 明らかに適当に返事をしたリシャナに苦笑し、こちらもリシャナの配偶者として昼食の席にいたエリアンが解釈を述べた。


「リル・フィオレの法律では、女性が王位、もしくは爵位を継承することを妨げませんからね」


 そうでなければリシャナがキルストラ公爵として君臨することもできない。少ないが、リシャナの前に爵位を持った女性も、女王になった人もいる。

「それでも、王は男性の方が望ましいでしょう」

 女性は妊娠・出産をするし、戦場で指揮を執れないことが多い。女王の場合は、王配が権力を持つことが多かった。まあ、自分で采配を振るった女王がいなかったわけではないのだが……。


「お前が言っても説得力がないぞ」


 ヘルブラントにしかつめらしく言われて、リシャナ以外の全員がうなずいた。解せぬ。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


前章から一年半くらい経過していますね。婚約した次の年の春に結婚して、そこから一年ほどたって次の春ごろ、と言ったところでしょうか。リシャナが27歳なので、エリアンは24歳です。


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