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48.求婚

実はこの章最後の話です。













 ふと、エリアンの隣にいたリシャナが少し前に出てアーレントの前に片膝をついた。騎士が膝まづくような姿勢、と言えばいいだろうか。ヘルブラントと違い、彼女は膝をつけば、アーレントを見上げることになる。


「リシェ?」


 彼女の兄が困惑したように妹を見たが、リシャナは無視する。こういうところが似ている兄妹だと思う。


「アーレント、私はかつて、母の支配下にあった」

「えっ」


 エリアンくらいの世代だとよく知られた話だが、子供であるアーレントは驚いたように自分の叔母を見つめ返した。キルストラ公爵、北壁の女王たるリシャナ・フルーネフェルトしか知らなければ、確かに驚く事実だろう。


「その私が断言する。あの人の妄言は信じるに値しない。あの人の言うことは、ただの理不尽な言葉の暴力だ」

「……えっと」


 断言され、アーレントが戸惑い気味に自分の両親を見上げた。アイリもアーレントと似たような困惑の表情であるし、ヘルブラントは面白そうな表情で妹を眺めている。息子と視線が合うと、小さくうなずいた。聞け、と言うことのようだ。


「いいか、アーレント。お前はその理不尽な暴力に直面した時、私や兄上に訴えてよかったんだ。助けを求めてよかったんだ。こんな方法をとる必要はなかった。だって、お前には話せば聞いてくれる人がいるのだから」


 わかるな? と問われ、アーレントは「はい」と答えた。それを確認してから、改めてリシャナが尋ねた。

「では、母上に……王太后に何を言われた?」

 リシャナに尋ねられ、ついにアーレントの両目から涙がこぼれた。

「ち、父上が叔母上を「ちょうあい」するから、おじい様が怒ってよくないことをするって。僕はそんな間違ったことをしてはいけないって……。僕は父上のことも叔母上のことも尊敬してるのに……!」

 「ちょうあい」、は「寵愛」だろうか。あながち間違っていない気がするが、なんとなく語弊を感じる言いようだ。そして、こんな幼い子供に言うことではない。お前の父親は間違っているのだ、と。少なくともエリアンが見える範囲で、ヘルブラントが間違っているとは思えない。

 否定するのであれば、それなりの根拠が必要だ。それもなく尊敬する父親を否定され、アーレントはどれほどショックだっただろう。相手の心情をそれほど顧みないエリアンだが、さすがにこれはない、と思った。


「……謝るなよ、リシェ。お前のせいではない」

「僕も兄上に同意」


 兄二人から先んじて言われ、口を開こうとしていたリシャナは一度口を閉じた。少し間をおいてから口を開く。


「別に、自分のせいだと思っているわけではありません。ですが、対処は誤ったかもしれません」


 ヘルブラントは妹の言葉に肩をすくめた。

「どうだろうな。お前の言葉を借りるなら、母上はお前のことに関して『理不尽』だからな」

「……」

 妹の肩をたたき、ヘルブラントは息子の頭も乱暴に撫でた。


「話は分かった。お前のせいじゃないよ。もう少し詳しい話を聞きたい。甘いものでも食べながら話そう。な?」


 アイリも付き合ってくれ、と言って国王夫妻は息子を連れてその場を立ち去る。エリアンはリシャナを立たせると、尋ねた。

「大丈夫か?」

「ああ。と言うかお前、兄上についていかなくていいのか」

「……そうだな」

 ばれた。エリアンはリシャナの婚約者だが、ヘルブラントの配下である。リュークが「リシェは僕と一緒に戻ろう」と言うのを聞きつつ、エリアンはヘルブラントたちを追った。


 アーレントから詳しく聞いたところによると、離宮からこちらに移ってきた王太后は、たびたびアーレントに接触し、ヘルブラントに代わって王になり、リシャナを排除するようにそそのかしていたようだ。思いつめたアーレントは、幽霊が出る、と言う噂を思い出し、それがヴィルヘルム二世のものだ、と偽った。ヴィルヘルム二世が化けて出るようになったなら、その妻である王太后は行動を改めるのではないかと思って……。とのことだ。子供のやることだ。こんなものだろう。

 というか、リシャナが指摘しなければこの事実に誰も気づかなかったのではないか、ということが怖い。

 やり方はうまくなかったが、アーレントは父や叔母を守ろうとしたわけで、みだりに責められない。そのため、怒るのではなくお説教になった。まあ、子供にしたら似たようなものだろうが。


 ということを、一応リシャナにも伝えようと思ったのだが。

「いない?」

「はい……私もエステルも不在の間に、フラッと出て行ってしまったようで」

 リシャナが滞在中の部屋で待機していたローシェが困惑気味に言った。むしろ、知らないか、と尋ねられるが、エリアンも知らない。エステルは今探しに行っているようだ。すれ違うとまずいので、ローシェは部屋で待機なわけだ。

「あの人のことだから、何事もないとは思うが」

「と、思いますけど……」

 王都でリシャナを襲おうとするやつは滅多にいないだろう。彼女は王都に信奉者が多いのだ。

「ローシェ! ……あら、ルーベンス閣下も。ごきげんよう」

 いつも泰然としているエステルも少し焦った顔をしている。一応、こちらにあいさつはしてくれたが。どうやら宮殿の衛兵たちに話を聞きに行っていた彼女は、しっかりリシャナを探し当てていた。

「やっぱり宮殿から出たみたいだわ。正面門で見かけたって」

「じゃあやっぱり王都の街にいるのね……」

 下っ端の門番程度では、王妹リシャナの容貌を知らない可能性はあるが、彼女は目立つ。しかも、エステルがしてきた調査によると、「お疲れ様」とか言って本当に普通に出て行ったらしい。……歩いて。まあ、しょせん、城壁に囲まれた王都なので、そんなに広くはないが……。


 エステルとローシェには部屋で待っているように言って、エリアンが外に出ることにした。どちらにしろ、侍女の二人では主人、つまりリシャナの許可がなければ宮殿を出ることは難しい。

 正面門から出て順に尋ねると、やはり目撃情報は多かった。背の高い黒髪の男装の麗人が通らなかったか、と聞けば大体答えが返ってくる。それに帯剣している、とつけば絶対にリシャナだ。

 どうやら市場の中心を突っ切っていたらしい。今は夕方なので、朝よりも店は少ないが、それでもかなりの人数がリシャナを目撃していた。

「お兄さん、逃げられたの? がんばれよぉ」

 などと励まされた。ある意味間違っていないのが腹立たしい。そして、リシャナの顔を知らないのなら当たり前だが、彼らはルーベンス公爵の顔も知らなった。


 どうやらリシャナの目的地は城壁だったらしく、近づくにつれて歌声が聞こえてきた。宮廷楽師などもいるが、リシャナの方が歌がうまい気がする。彼女は楽器をまともに弾けないそうだが、これだけ歌えれば十分だ。そして、最近気が付いたが、リシャナはおそらく耳がいい。

 城壁に上がろうとすると、微妙な表情の兵士たちに敬礼された。おそらく、リシャナも同じところから上がったのだろう。そして、「かまうな、仕事を続けてくれ」とでも言われたに違いない。そういわれて、王族を放っておくわけにはいかない。この兵士たちもリシャナを知らないかもしれないが、彼女が身分の高い人間であることはわかっただろう。


 城壁上に上がれば、リシャナはすぐに見つけられた。鎧をまとった兵士たちの間で、軽装の彼女はよく目立った。上質な赤いコートがひるがえっている。

「やはりいい声だな」

 歩廊に上がり、声をかけるとリシャナがこちらを向いた。矢狭間に腰掛けるようにもたれ、腕を組んでいる。歌は止んでしまったが、拒否はされなかったので歩み寄る。

「エステルとローシェが探していたぞ。勝手に出てきただろう」

「誰も私の顔など知らんのだから、何も起こらないさ。まあ、あの二人に心配をかけたのは申し訳ないが」

「俺も心配したのだが」

「迎えに来てくれたんだろう。ありがとう」

 かみあうような、かみ合わないような不思議な会話をして、リシャナは狭間から外を眺めた。エリアンも隣に立つ。


「十二年前、ここで初めて戦場に立った」

「知っている。見ていたからな」


 エリアンが実際にリシャナを見たのは、不安になった住民が押し掛けてきた時だ。その時のエリアンは住民側だったが、住民たちを説得する小柄な少女がまぶしく見えた。


「そうだったな。お前も、運が悪かったな」


 領地に置いておくよりは安全だろう、と父が連れてきたのだが、裏目に出てしまったわけだ。

「おかげで、俺はあなたに出会えた。感謝している」

「お前が見ていたのは、作られた英雄だ。偶像にすぎん」

 リシャナはよくそう言う。門を開けずに戦いを選んだのだって、高尚な理由があったわけではない。ただ、みんなが死んでしまうと思ったのだ、と。それが、彼女の優しさを裏付けているようでにやけてしまう。


「この半年、共に過ごしてわかっただろう。私は英雄ではないし、女王だのというのは虚名にすぎない。幻滅したか?」


 うなずけ、と言っているようであるのに、否定してほしそうな、そんなこわねだった。もちろん否定しようとして、だが、エリアンから出た言葉は全く違うものだった。


「結婚してくれないか」

「は?」

「……結婚してほしいのだが」

「……はい?」


 リシャナの見開かれた目を見て我に返ったエリアンだが、畳みかけるように同じ言葉を言った。リシャナの手を取り、指に口づける。


「幻滅したかと言ったな。そんなわけあるか。むしろ、自分の見る目の正しさに驚いたくらいだ」

「熱い自画自賛だな」

「どうとでも言え。今、どう言えばあなたにうなずいてもらえるか考えている」

「いつもの智謀策謀はどうした」


 笑ってエリアンの手を握り返しながらリシャナは言った。ふと、真剣な表情になる。


「私は王の妹だ。政戦に巻き込まれるかもしれない」

「私もルーベンス公爵だ。覚悟はしている」

「お前も王族に組み込まれるんだぞ。今まで通りにはいかなくなる」

「だろうな。だが、俺の意思を確認してくれるあなたは優しい人だ、としか俺には言いようがない」

「……私は面倒くさい性格をしていると思うのだが」

「俺の方が面倒くさくないか?」

「自分で言うな。……何より、兄上が絡んでくるぞ」

「承知の上だ」


 リシャナの疑問に一つ一つ答えながら、エリアンはまっすぐにリシャナを見た。澄み切ったグリーンの瞳が瞼の後ろに隠された。その唇からため息が一つ漏れる。

「……自分が結婚することになるなど、思ってもみなかった」

「……リシェ」

 驚いて彼女を見つめると、目を開いたリシャナは「なんで驚くんだ」と苦笑した。


「正直、拒否できるほどの理由が思いつかない。立場が許すのならお前と一緒にいたいのだろう」


 この物言いは、確かに面倒くさいかもしれない。共にいる方法が結婚だというだけなのだろう。彼女にとっては。

「ありがとう。愛している、リシェ」

「そうか。良かったな」

 頬の上の方にキスを送ると、リシャナはくすぐったそうに身をすくめた。城壁の外に日が落ち、リシャナの髪と同じ色の時間が来る。

「……戻るぞ。さすがにあなたの不在が知れ渡っているだろう」

「別に私がいなくなったところで心配などしないだろう」

 エリアンに手を引かれながらリシャナは真顔でそう言ったが、すぐに「いや……」と眉根を寄せた。


「そうでもないか」


 振り返ったエリアンが見たのは、うれしそうなリシャナの笑顔で、目を見開いたエリアンは危うく階段から落ちそうになった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

もう少し続くのですが、お話のストックが…! 今回は割と深刻に執筆が進んでいません。なので、またまたしばらく投稿をお休みします…。できるだけ早くできるように頑張りますので、よろしくお願いします…。


なんだかきりがいいですが、ここで終わりではありません。一話で盛大にネタバレしている、リシャナが女王になるフラグを回収せねばなりません…!


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