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46.見える見えない














 その夜。深夜に近い時間に、エリアンはヘルブラントと顔を合わせていた。王族の私室がある空間と、政治を行う場を分けるあたりにある階段だ。階段を眺めて、うーん、とうなったヘルブラントは言った。


「リュークとリシェを連れてこい」


 リュークは実験中だとかで起きていたが、リシャナはすでに寝ていた。リーフェ城で共に過ごして気づいていたが、リシャナは寝起きが悪い。今も寝巻に大きめの上着を羽織って眠そうにしている。眠そうというか、あくびをしている。兄二人はしゃっきりしているのだが。いや、リュークの方は目の下にクマはあるが。


「リシェ、起きろ。リューク、お前は階段の数を数えるな」


 ヘルブラントが言うが、弟妹自由だな。エリアンですらそう思った。

「階段を数えているわけではないんですけど」

「いや、知らん。とにかく立て、お前は。リシェ」

「リシェ、大丈夫か?」

 エリアンもリシャナを揺さぶる。眠い、とつぶやかれた。それもそうだろう。でも、一応リシャナも目を覚ましたようだ。


「なんですか、夜中に。眠いんですけど」


 こういうことを言うのはリシャナの方だ。妹が目を覚ましたことに満足したのか、ヘルブラントはにやりと笑って言った。

「わが弟と妹よ。お前たち、幽霊は信じるか?」

「え……急に何ですか」

 さすがのリュークも引いた。何言ってるんだ、この兄は、みたいな顔をしている。

「いや、戦場とか、古い城とかにつきものだろ。リュークの居城ではないのか?」

「入城したときはありましたが……調べてデータ取ろうと思ったんですけど、僕はその手のものが見えなくて」

「ってことは、肯定派?」

「どうでしょう。自分に見えないので、証明ができません」

 とても研究者らしい反応が返ってきて、質問した側のヘルブラントが困っている。エリアンは最初から付き合っているので、この流れが、多少不自然であっても全く関係ないこともないと理解しているが、この王弟と王妹はそうではない。

「リシェは? やっぱり見える?」

 リュークが困ったように妹に話を振った。起きているのか怪しいリシャナは何度か瞬きしてから言った。


「……初めて北壁に入った時」


 おもむろに話し始めたので、男どもはその玲瓏な声に耳を傾ける。

「実体のないものが胸壁の歩廊を守っていました」

「……」

 男三人は沈黙した。付き合わされていた近衛の兵士もぎょっとした顔をする。

「お前、思いっきり見えてるな。やっぱり魔女だからか?」

 何とか口を開いたのはヘルブラントだった。リシャナは「どうでしょうか」と首をかしげる。

「どうでしょう。私は魔女というよりは、魔法使いに近いのだそうですよ。それに、魔力があることと見えざるものが見えることは、基本的に関係がないそうです」

「そうなのか? 誰に聞いたんだ?」

「王位継承戦争の時に聞きました。もう死んでます」

 さらりと言われたが、そうか。リシャナは王位継承戦争で多くの仲間を失っているのだ。


「それに、見えているものが私の幻覚である可能性は否定できません」

「あっ、そうだよね。そういうのって結局主観になっちゃうから、調べようがないもんね」


 リュークが納得したようにうなずいた。話がそれまくっている。ので、ヘルブラントが尋ねた。

「結局お前、幽霊を信じているか?」

「いるかもしれない、程度ですね。というか、なんですか?」

 首をかしげてリシャナがヘルブラントを見上げる。表情を引き締めた王は言った。


「アーレントが、ここで幽霊を見たらしい」

「はい?」


 リュークとリシャナの声が被った。エリアンも同じ反応をしたので気持ちはわかる。この三人が話しているときは、口を挟まないようにしているので黙っているが。


「しかも父上……ヴィルベルト二世の霊だそうだ」


 にやりと笑ったヘルブラントに、リュークは「えっ」と声を上げた。

「なんで今更? 兄上、何かしました?」

「心当たりがないんだよなぁ」

「それ、アーレントが言ったのですか」

 悩まし気な兄に、リシャナが考え込むような調子で尋ねた。

「何がだ?」

「霊がヴィルベルト二世だったと言ったのはアーレントですか?」

「ああ。少なくとも俺はあれから直接聞いた。それがどうかしたか?」

「……父上は十七年前に亡くなっていますよね」

 リシャナの言葉にヘルブラントもリュークも、エリアンも怪訝な表情になった。

「あたりまえだろう」

「ですよね。ヘルブラント兄上は父上と似ていますけど、本人ではありません。つまり、アーレントはヴィルベルト二世の顔を知らないはずです」

 あ、と声を上げたのは誰だろう。エリアンかもしれないし、ほかの二人かもしれないし、全員かもしれない。かまわずにリシャナは言葉をつづけた。


「直接知らない相手の顔を、それと認識するのは難しいことです。少なくとも、私にはできません。なのになぜ、アーレントはその霊がヴィルベルト二世である、と判断できたのでしょうか」

「そういえばそうだ……肖像画で見慣れているとしても、限界があるよね」


 リュークが納得したようにうなずいた。ヘルブラントも難しい表情になる。

「つまり、誰かがアーレントに吹き込んだ、と言いたいのか」

「と、私は愚考します、という話ですね」

 至極冷静にリシャナは言った。

「少なくとも、私は自分が生まれる前に死んだ人間を、肖像画だけで認識できません。私の認識能力の問題かもしれませんが」

「……いや、至極尤もだ」

 ヘルブラントが眉をひそめてリシャナの言葉を肯定した。しかし、そうなると問題がある。

「では……誰がそんなことを」

「さあ……私は違和を指摘しただけで、犯人がわかるわけではありませんし」

「……」

 リシャナとは、そういう人だった。自分の限界をわかっている、というか。

「えっと、その時アーレントと一緒にいた人じゃないの?」

「一緒にいたのは、近衛の少年騎士だ。二人。どっちも父上を知っているとは思えんな」

「兄上も、在位期間が長いですもんねぇ」

 リュークはそういいながら真剣に考えているようだ。リシャナは側にいるエリアンを振り返った。

「幽霊を見たっていうのは、階段?」

「あ、ああ。下から上がってくるときに、踊り場から見たそうだ」

「アーレントの方を見てたってこと?」

「こう、廊下を通り過ぎようとして、ふと見下ろした感じらしい」

「へえ」

 基本的に霊現象など信じないエリアンにとっては見間違いかその程度の印象なのだが、魔女であるリシャナはどのような判断を下すのだろう。

 興味深げに眺めるエリアンの前で、リシャナは階段を下りて行った。当時のことを再現するつもりらしい。下から登ってきたリシャナと、上階にいた男どもの目が合う。


「……やはり、動いたとなると見間違いではないのでしょうか」


 踊り場で腕を組み、リシャナが首を傾げた。全員薬物を使用していたり、集団催眠にかかっていた可能性もあるが、アーレントと近衛だ。限りなく低いだろう。

「視線の高さの違いもあるんじゃない?」

 検証に興味を示したリュークが言う。確かに、リシャナとアーレントでは顔一つ分以上の身長差がある。

「けど、近衛兵は私より背が高いのでは?」

 リシャナは女性にしては長身であるが、せいぜい小柄な成人男性程度だ。近衛は見目のいい青年を任命する傾向があるので、アーレントの護衛の近衛はリシャナより背が高いだろう。

「あっ、そっか……同じものを見てるんだもんね」

「まあ……三人がそれを『同じように見えている』とは限らないと思いますけど」

「あっ、そうか……幽霊の話じゃないけど、どう見えているか個人差があるだろうし、証明できないもんね」

「……言いたいことはわかるが、そういうもんなのか?」

 ヘルブラントが弟妹を見て尋ねた。リシャナが首をかしげて応じる。

「どうやらそのようです。簡単なところで行くと、男女では色彩の認識が異なるそうです。実際、海の色の認識が私とほかの軍人たちとで違いましたから」

「そうなのか……いやいや、そうではなくて」

 ヘルブラントが逸れそうになる話の修正を試みる。

「結局、どう思う?」

 リシャナとリューク、そしてエリアンは顔を見合わせた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


自由すぎる弟妹。そして、リシャナは見える人です。


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