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45.関心













 リシャナもエリアンを見上げていた。切れ長気味の澄み切った瞳が、「お前は何をしたんだ」と訴えている。なぜエリアンがやらかしたこと前提なんだ。


「恐れながら、ルーベンス公! あなたは王妹殿下のご婚約者であられるのに、ほかの女性と……! 王妹殿下にもその女性にも失礼です!」


 敬語がおかしくないか。と、気にするところではないことが気になるエリアンである。リシャナは怪訝そうな表情で、マレインの言葉をかみ砕いて理解しようとしているようだ。エリアンも一瞬あっけにとられてしまったが。


「ふふっ」


 ついに状況を理解したらしいリシャナが軽やかな笑い声をあげ、口元を手で覆った。まだ笑っているのか肩が震えている。おそらく、好意を抱いている女性に急に笑われ、マレインは真っ赤になった。


「なんだなんだ。どうした?」


 楽しいことを見つけたような表情でヘルブラントが近寄ってきた。周囲が静まり返っていることに、今気が付いた。それもあって主催として駆け付けてきたのだろう。


「ん? どうしたお前たち。特にわが妹よ、どうした。大変麗しいが」

「えっ……」


 マレインが自分の勘違いに気が付いた横で、リシャナが半笑いの状態で「なんでもありません、兄上」と答えてマレインにとどめを刺している。喧嘩を吹っ掛けられたエリアンだが、マレインに同情してしまった。


 つまりマレインは、リシャナが『キルストラ公リシャナ』だとわからなかったのだ。まあ、気持ちはわからないではない。エリアンなどはリシャナを見慣れているので、装いが変わったくらいで見分けられなくなることはないが、普段のリシャナは男装している。これがまた颯爽として似合っているので、このドレス姿の美女が、普段のリシャナと結びつかなかったのだろう。思えば、叙任式の時もヘルブラントはリシャナを特に紹介していなかった気がする。ヘルブラントが剣を預け、マレインは「ユア ハイネス」と答えていたことから、王族に連なる女性だとは認識していたと思われるが。


「……っ! 申し訳ありませんでした! 自分の勘違いでした!!」


 膝をついたマレインが一息に言い切った。これは誰に向かって謝って居るのだろう。

「……とりあえず、決闘は撤回してもらえると助かる」

「はい……」

 エリアンの要求に素直に答えたマレインだが、リシャナは「撤回してしまうのか」と驚いたような口調で言ってのけた。当然だろう。

「代理で決闘というものをしてみたかったのだが」

「エリアンの代理でか。いいな、それ」

「決闘を申し込まれたことがないので」

「そうだな。俺もない」

「普通、王族の方に決闘を申し込んだりしないでしょう……」

 さすがにあきれてエリアンは言ったが、この二人がマレインの不調法を水に流そうとしているのはわかった。陽気なヘルブラントと陰鬱な印象のリシャナだが、根本的なところは似ているように、最近は思う。多分、これが王の器というやつなのだろう。リシャナにも王の風格が備わっているということだ。


 ひとまず、主賓のマレインを一度退席させる。本当はリシャナを連れ出したかったが、ここは下位の者を先に対処しなければならなかったのだ。どちらかというと、リシャナが笑っていることで混乱が起きている気がするが。

 そのリシャナはエリアンのきざなセリフ一つで真顔になった。自分のためにあなたを傷つけさせたくない、と言ったのだが、見事なまでに表情が抜け落ちた。

 泣く子も黙る戦女神、北壁の女王、王妹リシャナ。一瞬にしてそれが戻ってきた。王ではないが、リシャナは崇拝されすぎてその像が人間味を無くしている気がした。

「あなたも、本気で決闘をしたかったわけではないだろう」

「実力では私が負けるに決まっているから? そうだけど、興味がないわけではないな」

 最近ではすたれてきているが、決闘は一種の儀式だった。夫の仇に妻が決闘を申し込み、その妻の代理として騎士が仇と決闘する、というようなこともあった。先ほどはそれと逆のことが起きようとしていたわけで、身分的にも性別的にも、エリアンはリシャナにしてほしくない。

「あなたは一騎当千の勇者ではないし、そうである必要はないからな」

「わかっている」

「そして、あなたのかわいらしいところは、俺だけが知っていればいいと思う」

「……」

 睥睨された。自分がマゾヒストだと思ったことはないが、リシャナのことの力のある視線が好きだった。


 王位継承戦争の折のルナ・エリウ開城戦でリシャナを見た。凛とした態度にひかれた。だが、それはリシャナの一面にすぎず、十三歳のリシャナは、あくまでも少女だった。当時は見られなかった面を見られるという事実に、エリアンは喜びをかみしめているが、この状況はどうすればいいのだろうか。リシャナの側に行くためだけに勉学をおさめ、優秀と言っていい頭脳を持つエリアンはさすがに困惑した。宴の会場を出たところで、王太后カタリーナとご対面してしまったのである。


「……失礼します」


 一応母親相手なので、リシャナの方が頭を下げた。ヘルブラントから重きを置かれているのはリシャナの方で、寵愛は妹の方に向いている。だから母親の方も本来なら、娘にそれなりの敬意を払うべきだ。たとえ、娘が気に入らないのだとしても。

 リシャナの意図を察して、彼女の手を取っているエリアンはリシャナをエスコートしたまま王太后とすれ違おうとする。最初よりはましだが、リシャナは慣れないドレスにまだ足元をふらつかせているので、エリアンが送ることにしたのだ。

 エリアンも頭を下げてすれ違おうとしたのだが、その前に王太后が声を上げた。

「男をたぶらかして回って、いっそ娼婦にでもなればいいのよ」

 自分の娘に言うにしては残酷すぎる言葉だ。リシャナが人たらしなのは事実で、軍を率いている以上、たぶらかされる相手に男性が多いのも事実だ。エリアン自身もその一人なので否定はできない。だが、そのあとがひどすぎる。

 思わず王太后相手だということも忘れて口を開こうとしたエリアンを、リシャナの手が押しとどめた。

「用はそれだけですか? それなら、失礼させていただきます。エリアン、行こう」

「あ、ああ」

 珍しくうろたえてしまった。リシャナが歩き出そうとするのでエリアンは慌てて彼女を支えた。一歩踏み出そうとしただけで、すでに転びそうになっている。肩に手をまわして支えながら、無事に王太后の隣を通り過ぎる。背後から王太后の怒声が届いた。


「お前は私をみじめにして憐れんで、そんなに楽しいか!」


 リシャナが足を止めたので、エリアンも足を止める。振り返ったリシャナは言い放った。


「私は母上に何かしたことはありませんが」


 怒鳴ったことも、嫌味を言ったことも手を出したこともない。非常識なことに口をはさんだり、言い返したりはしたが、リシャナ自身からは何もしてない。そこにあるのは、限りなく無関心なのだと、エリアンは思う。

「行こう」

 絶句している王太后を置いて、リシャナがエリアンに声をかける。エリアンはリシャナを支えながら尋ねた。

「いいのか?」

「いい。相手にするだけ時間の無駄だと悟った」

「あなたが傷つかないならその方がいいとは思うが」

 いつか、とんでもないことをしでかしてきそうで怖い。そういうと、リシャナは鼻で笑った。

「ルーベンス公ともあろうものが何を言っているんだ。まあ、そうした戦略面は私の管轄外だ。お前に任せる」

 リシャナは有能な指揮官であって、一騎当千の勇者ではないし、知略に優れた戦術家でもない。どちらかというと戦略家の部類になると思うが、それも専門ではない。彼女はあくまで、とりまとめ、調停に優れた主君だ。

「……承知した」

 ゆっくりと返したエリアンに向かってリシャナが微笑んだ。優しい彼女が、ずっとこのままでいてくれればいいのに。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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