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40.御前試合














 翌日、朝食の席に家族が勢ぞろいしていた。……家族でいいんだよな? ヘルブラントから朝食の招きを受けたのである。一応エリアンも一緒だ。


「リシェは声を張ると魔法が顕現するよね」

「は?」


 朝食の席で低い声が出た。向かい側のリュークから投げられた言葉だった。リシャナの手元でパンがちぎれる。彼女はおもむろにそれを口に入れた。


「だってそうでしょ。今観測しても、君の声から魔法の揺らぎは感じられないし。歌うとき、少し声が高くなるよね。演説するときも声を張ると、君の声はよく通るよね。地声はそっちなのかなぁ。普段、君の声って落ち着いてるからわからないよね」

「……」


 立て板に水で話すので、リシャナは放っておいたが、ニコールはちょっと引き気味だ。

「ええ……あなた、妹の普段の声を記録してるの?」

「比較対象がないと、比較しようがない!」

 それはそうだけど。

「リシェも何か言いなさいよ」

 テーブルの辺は違うが、角をはさんでリシャナの隣に座っているアイリがささやいてくる。リシャナは果実水をゆっくり飲み込むと言った。

「言って聞くなら、ニコールがあんなに苦労してません」

「あなたもあなたでマイペースよね」

 これは斜め向かいのニコールの言だ。ちなみに、ヘルブラントは先ほどから笑っているし、エリアンは口をはさみたそうにしているが、リシャナを気にして口を開かない。声のデータが欲しいとか言われたら、さすがのリシャナも引く。いや、もう何度か引いているが。

「リューク、いい加減にしておけ。お前じゃリシェには勝てんからな」

「そりゃそうですけど」

「納得しないでください」

「で、贈り物は届いたか、リシェ」

「何の話ですか」

 本気で分からなくてヘルブラントに聞き返す。テーブルの下でアイリがヘルブラントのわき腹を肘打ちするのが見えた。

「ああ、まだなのか。すまん、忘れてくれ」

「……はあ」

 眉をひそめてひとまずうなずく。ヘルブラントはこれで口が堅いので、尋ねても教えてくれないだろう。どうやらアイリが絡んでいるようだが。


「三歩進んで二歩下がっていたのが、一歩進んだ感じだな」


 どこかで聞いたような言葉をヘルブラントが言うので、リシャナは兄の方を見た。

「私ですか」

「お前だな」

「まあ、同じようなことは言われましたね」

 ティモンから言われたのだ。数少ない、王位継承戦争時代のリシャナを知っている相手。それには、ここにいるエリアン以外の全員が当てはまるけれど。なんとなく気まずくなってグラスを手に取って飲んだら、ワインだった。リシャナはあまり朝からワインを飲まないのだが、一応供されてはいた。うっかりそちらを飲んでしまったリシャナは、酒類の思わぬ襲撃を受けて咳き込む。

「リシェ」

「あらあら。ほら、こっち」

 エリアンが背中をさすり、アイリが水を手渡してくれる。それを飲んで何とか落ち着いたリシャナは涙目だった。

「大丈夫かぁ?」

「リシェって酒が飲めなかったっけ」

 兄たちがそれぞれリシャナをうかがう。リュークの疑問にリシャナは首を左右に振る。

「いえ……軍で飲んで、最後まで意識を保っていた一人だったことがあります」

「強いな、お前……」

 ヘルブラントがちょっと引いたように言った。そんなリシャナもエステルには勝てないので、彼女の内臓はどうなっているのだろうか。


「ま、今日はよろしく頼む、リューク、リシェ」

「御意」


 御前試合の本戦が開幕する日だった。












「よくお似合いです。さすがリシェ様」

「意味が分からない」

「本当にお似合いですわ。凛々しいリシェ様も素敵ですわね」

「私の言葉は聞こえているか?」


 リシャナは行動を制限するマントを後ろに払った。そのしぐさに、「おお」と侍女たちが声を上げる。

「マントを外しては駄目か」

「それで正装ですわ」

 まあそうなのだが。誰だ、この正装を考えた奴は。

 正確に言うと、軍装に正装の決まりはない。リシャナは王族なので、式典用の軍装は白ぞろえだ。マントも白い。裏地だけ赤だが。黒いものもあるが、白の方が見栄えがいいらしい。それは理解できないではないが。


 とにかく、マントが煩わしい。


「大丈夫です。どこからどう見てもかっこいいので、安心して行ってきてください」

「どこに安心する要素があるんだ」

 ローシェに突っ込みつつ、確かに時間なので現場に向かう。部屋の外ではエリアンが待ち構えていた。こちらも一応正装だ。

「何というか……男前だな」

「一応礼を言っておこう。ありがとう」

 褒められているのであろうことはわかった。そういえば最近、エリアンから歯の浮くような気障なセリフがあまり出てこないような気がする。いや、聞きたいわけではないが。不意に気づいただけだ。


 会場は外だ。ご婦人方は日傘をさしている。リシャナは屋根のある少し高くなった席に入った。長方形にフィールドが設定され、それを囲むように観覧席がある。その一方の長辺の真ん中に王族の席があった。

「リシェ。見事な麗人ぶりだな」

 そう言って笑ったのはヘルブラントだ。言いたいことは、なんとなくわかる。かっこいいだの男前だの言われ、中性的な面差しでも、リシャナは美青年というよりは美人なのだ。もしくは、男装の麗人。

「兄上も正装がお似合いですね。色男です」

「適当感があるが、ありがとう。リュークよりはましだな」

 隣の席を示されたので、そちらに座った。ヘルブラントの斜め後ろに座るアイリと目が合うと、彼女は肩をすくめた。ヘルブラントをはさんだ反対側には、リュークが座っている。


「そういえば、リシェ。狩りの時に拾ってきた狼ってどうなったのかしら」

 ふと尋ねてきたのはニコールだ。まだ開始までに時間があるので、暇なのだ。ここの王族、集合が早い。進行係の官僚が慌てている。

「警備犬に混じって、リーフェ城の警備をしている。それと、別に拾ってきたわけではない」

「確かに見た目犬っぽいけどさ……種類としては親戚だしね」

 リュークが妹の言いようにツッコミを入れた。自分の研究がかかわっていなければ、割と常識的なリュークである。

「いいんじゃないか。麗しい俺たちの妹を守ってもらわねば」

「……」

 両側から弟妹がヘルブラントを変なものを見る眼で見た。ヘルブラントにやたらと可愛がられている自覚のあるリシャナだが、たまに兄の表現についていけない時がある。今も、口を開く前に御前試合の開会の合図があった。


「陛下」

「ああ」


 エリアンからささやかれ、ヘルブラントが手をあげると、ラッパが鳴った。この音がちょっと間抜けだな、と思う。吹き手によるのだが、この吹き手はあまりうまくない。


「えー、では、御前試合開幕とする。みな、その力を十分に発揮してくれ」


 命じることに慣れたヘルブラントの声はよく通る。リシャナもリュークから、声を張るとよく通ると言われたが、ヘルブラントのは根っからの王者の器だな、と思う。

 そのヘルブラントが、くるりとリシャナたちを振り返った。

「リューク、リシェ。何かあるか」

「リシェ、呼ばれてるよ」

「……」

 リュークからささやかれた。いや、リシャナも、おそらくヘルブラントがリシャナの言葉を期待しているのはわかっている。リュークにも声をかけたのは、彼を省くのは体裁が悪いからである。ちょい、とアイリにも肩を押されたので立ち上がった。リシャナが前に出ると、ざわめいた。わずかに眉を顰める。

 こういう時、気の利いたことが言えない。一度目を閉じたリシャナは生きも吐いてから、目を開いた。


「気の利いたことを言えなくて申し訳ないが……みな、日々鍛錬し、兄上や国を護ってくれている。そんなみなだからこそ、迫力ある、しかし、礼儀を欠かない戦いを見せてくれるものと思う。以上」


 リシャナが下がるとき、ヘルブラントから「いいぞ」と声がかかり、ウィンクが投げられた。思わず睥睨してしまった。兄であり王である相手にする行為ではないが。

「気ぃ強いな、お前」

「いいな。しびれるような目だ」

「……」

 ヘルブラントはともかく、エリアンは駄目だな、と思った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リュークとエリアンは方向性の違う変態だと思って書いている。


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