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39.発露














「何がしたいんですか、兄上」

「珍しく怒っているな、お前」

「今怒らずしていつ怒れと? 言う必要ありましたか」

「いや、気になって」

「……別に私が作詞したわけではありません。そもそも私に芸術的才能は有りません」

 これは事実だ。地図を描いたら読めないと言われたレベルである。作詞もポエムもかけない。演説はできるが。

 ヘルブラントとリュークがあの場で言うので、リシャナの初恋の人は戦死したらしいという話が急速に広まっている。宮殿は噂が広まるのが早い。

「悪かったよ。そんなに怒ってくれるな。許してくれ」

「では、ヘルブラント兄上の女性遍歴を義姉上に話します」

「うっ」

「リューク兄上がニコールの大切にしている宝箱を壊した犯人だと密告しておきます」

「なんで知ってるの!?」

 顔をゆがめた兄たちに、リシャナはくすくす笑った。

「冗談です。でも次があれば、顔を殴らせていただきます」

「……笑顔が可愛いが、言ってることは物騒だな。肝に銘じよう」

「同じく」

 兄二人がしかつめらしくうなずいたので、この話はこれで終わらせておく。忘れないが。


「アイリたちが表情が柔らかくなったと言っていたが、本当だなぁ」

「そうだね」

「……」


 それはいつの話だ。春先の話ではないだろうか。もう秋なのだが。

 唐突にはヘルブラントがリシャナの耳元の髪をかき上げた。両方の耳を見て自分の顎に指をあてた。

「最近、お前が耳飾りをしているのを見たことがない気がするな。持っていないのか?」

「何ですか、唐突に……持っていないわけではありませんが、真冬につけると凍傷になるので、普段からつけていません」

「それもそうだな」

「目の色に合わせるならエメラルドとかかな」

 リュークも乗ってくるので意味が分からない。

「何の話ですか」

「いや、ちょっとな。よかったらまた歌を聞かせてくれ」

 遠くから官僚が呼んでいるのを聞いて、ヘルブラントがそちらへ向かっていく。手を振るので手を振り返した。

「次があるときは僕も呼んでほしいな。観測するから」

「観測してどうするんです?」

「データが取れる!」

「……そうですね」

 そういうのでもデータが欲しいのだろうか、と思いながらリュークとも別れた。それから王城内の自室に戻り、リシャナはエステルから歌の結果を聞いた。


「先ほども申しましたけれど、リシェ様の歌には物質自体に作用する力はありませんわね」

「つまり、物の形を変えたりはできないと言うことか」

「ええ。もしかしたら、草花を成長させたり、などの作用もあるかと思いましたけれど、そういったものも見られませんでしたわ」

 だからそのうらびれた中庭を会場に選んだのか。確かに、リシャナが覚えている限り、草花に影響はなかったと思う。

「魔法が強力になる、逆に減衰する、という作用も見られませんでしたわ。つまり、リシェ様のお力は人の心に作用するのでしょう」

「洗脳ってこと?」

「洗脳と言うほど強くもありませんわね。多少、他人の意思を左右できるかもしれませんけれど」

 身もふたもないローシェの問いにはそう応えられた。つまり、リシャナが他人に決定を押し付けた可能性もあると言うことか。

「ですから、そこまで強くはありませんわ。多少、意思に干渉する程度です。そうですわね……強いカリスマ、と言うのがかなり近いと思いますわよ」

「ああ、なんか納得!」

「私は納得できないんだが」

 ぽん、と手を打ち合わせて納得したローシェに対し、リシャナは納得できない。むしろ、洗脳だ、と言われたほうが納得がいく。ヤンなどはどう説明すればいいのだ。その、強いカリスマ、つまり人を強く引き付ける個性、とエリアンあたりに説明させると言うのだが、それだけでどうしてああなるのだ。

「それは兄さんの個性では?」

「そうですわね。ルーベンス公と同じですわ。リシェ様がものすごーく好きなのですわね」

「ローシェは兄がそれでいいのか?」

「リシェ様の愛人を目指しているらしいですわね」

「だから、それでいいのか?」

 貴族ではないが、クラウス家はアールスデルス地方の名士だぞ。一応長男がそれでいいのだろうか。と、長兄が王であるリシャナは思ってしまうのだが。

「兄さんがいいのなら、いいのではありませんか? どちらにしろ、リシェ様が助けてくださらなければなかった命です」

「さすがにそこまではいかないだろう」

 当時アールスデルスを治めていたヘリツェン伯も、そこまではしなかったと思う。たぶん、だが。


 あの頃はリシャナも一番荒れていた時期なのでぶん殴ってしまったが……いや、別に荒れていなくても殴っているか。

「リシェ様はいつも、女性や子供や、立場の弱い人の味方ですわね」

 エステルが優雅にティーカップを傾けつつ言った。一人が家のソファに腰かけているリシャナは、足を組んでひじ掛けに頬杖をついた。

「昔、似たようなことを言われたことがあるな」

「もしかして初恋の人ですか?」

 ローシェがわくわくした様子で尋ねるが、違う。

「いや、エリアンの父だ。先代ルーベンス公だな」

 明らかにローシェががっかりした。リシャナは苦笑する。

「お前、私に何を求めているんだ」

「女の子らしい恋のお話でしょうか。身分差とかロマンス小説では王道ですけど、実際にあると笑えませんね……」

「ルーベンス公爵の話を聞けばいいのではないかしら」

「あ、そういえばキスされて殴ったって本当ですか?」

 その話、どこまで出回っているのだろう。女性の情報網は怖いな。













 リュークが到着した日の午後、エリアンも王城に入ったらしいが、リシャナが彼と顔を合わせたのは夜になってからだった。顔を合わせたエリアンはなぜか不機嫌だった。


「どうした、お前」

「……城中、あなたの話で持ち切りだ」


 そう言われて、ああ、となった。ローシェとエステルがどこからか情報収集してきて、リシャナの歌が素敵だったと言う話と、初恋が身分差で相手が戦死したらしい、という話で持ち切りだと教えてくれた。みな、リシャナの初恋の相手探しをしているようだが、八年前に戦死しているので見つけられないだろう。

「ああ、らしいな」

「俺はあなたの歌声を聞いたことがないんだが」

「特段、聞かせるようなこともないだろう。子守歌くらいなら歌ってやるが」

 リシャナなりの冗談だったのだが、間髪入れずに「聞きたい」と真面目に言われてさすがに戸惑った。

「子守歌でもなんでも、あなたの歌を聞きたい。……あなたの初恋の話も聞いた」

「ああ、まあ、終わった話だ」

「正直、気になるんだが」

 すねたような口調に、リシャナは苦笑する。

「子供のころの話だ。お前だってあるだろう」

「俺の初恋はあなただ」

「は?」

「リシェが初恋だ」

 さしものリシャナも目を見開いた。それから軽やかな笑い声をあげた。

「そうか。お前、すごいな。初恋は実らないと言うが」

「……どこに笑う要素があるんだ」

 リシャナは立ち上がると不貞腐れたようなエリアンの頭を両手でなでた。


「いや、可愛いなと」


 昔、年上の幕僚たちがリシャナをやたらと可愛がった気持ちが今になって分かった気がする。

「子ども扱いするな」

「残念ながら、一生埋められない差だな」

 というセリフは最後まで言えなかった。エリアンがリシャナを抱きしめながらキスをしてきたからだ。さすがにもう、拘束しなくても殴ったりはしないが。噛みつくようなキスにやはり子供っぽいな、と思ってしまう。

「……今はあなたの子守歌が聞きたい」

 唇を離してエリアンにささやかれるように言われ、リシャナは暴露した。

「実は、子守唄を知らん」

「では、普通の歌でいい」

 何としても聞きたいらしい。

「俺のためにだけに歌ってほしい」

「エリアン……」

 リシャナは軽く首を傾けた。

「お前、そういうところが年下っぽいんだ」

 歌は歌った。そのせいかはわからないが、起きたら同じベッドで寝ていた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


人には話さないが、いろんな人がリシャナに話していくので、彼女は意外といろんなことを知っている。


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