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38.声













 ふと目が覚めた。というか、自分の悲鳴で目が覚めた。バタバタとローシェとエステルが寝室に入ってきた。


「リシェ様、どうされました!?」


 ひどく慌てた様子でローシェが駆け寄ってくる。ベッドに身を起こしたリシャナは「いや」と首を左右に振った。

「自分の悲鳴で目が覚めた」

「その悲鳴の理由を聞いているのですわ」

 落ち着いた声でエステルが言い、リシャナの片腕を取った。脈を測られる。逆の手で顔を押さえたリシャナは、自分が泣いていることに気づいて乱暴に涙をぬぐった。

「夢を見ていたのだと思うが……」

 内容は思い出せない。リシャナが泣くほどのことなんて、王位継承戦争の時のことしかないが。あの時は、ほんの子供だった。


「まあ、無理に思い出す必要はありませんわね」


 エステルはリシャナの手を取ったままベッドに腰かけ、片手で器用にリシャナの肩にショールをかけた。

「少しおしゃべりをしませんか。それとも、すぐに眠られます?」

「……いや、無理だな。付き合ってもらう」

「そう来なくては」

「ローシェも来い」

「では、遠慮なく」

 少し離れて見守っていたローシェも、嬉しそうに、そして本当に遠慮なくリシャナの背中側に座ったエステルと反対の、足側に座った。


「一説によると、夢というのは日常に起こったことを整理しているのだそうですわ。リシェ様の夢も、きっとその一つですわね」


 多分エステルはリシャナが何の夢を見たと思ったのか察しているな、と思いつつ、リシャナもツッコまずに「そうなのか」と応じた。

「予知夢なんかもあるじゃない。あれは」

「それはわからないわね。私は魔女だけれど、そう言った異能は持っていないし」

「へえ」

 ローシェが感心したようにうなずいた。リシャナも魔女のくくりはよくわからないが、エステルは魔女であるし、リシャナも魔女の素養がある。フェールは魔術師であるので、この二人とフェールとの違いが、魔女と魔術師を分けているのだと思うが。エステルがリシャナの顔を覗き込む。

「リシェ様は異能の素養がありますわね。少し調べてみたい……というより、実験してみたいのですけれど」

「魔女だとは言われたことがあるが、それは初めて聞いた気がするな」

 尤も、リシャナは記憶力がいいわけではないので、もしかしたら思い出せないだけかもしれないが。

「少なくとも私は初めて言いましたわ。どこか、庭をお借りできませんかしら。できれば、あまり手の入っていない花壇などがあるといいのですけど」


「ここはリル・フィオレの王城ウィリディス・シルワ宮殿だぞ。そんな場所あるか」


 いや、探せばあるかもしれないが。庭の使用許可は、リシャナが頼めば断られないだろう。

「エステル、リシェ様に何をさせる気なの」

 胡乱げにローシェがエステルを見る。リシャナもちらりとエステルを見た。彼女は嫣然と微笑んでいる。

「大したことではありませんわ。演説……いえ、感情を込めるのなら、歌かしら」

「……意味が分からん」

 本気で意味が分からなかったが、気分は落ち着いてきたようで眠れそうだ。そう告げると、侍女役の二人はあっさりと引いた。

「リシェ様、無理にお起きにならずとも大丈夫ですわ。必要な時間にお越しに参りますので」

「では、頼む」

「はい」

 ローシェの言葉に甘えることにして、リシャナは目を閉じた。今度は夢を見なかった。と、思う。













 ローシェに起こされ、身支度をしているとき、エステルに「お庭の使用許可をお願いします」と言われ、リシャナは夜中の話は本気だったのだな、と思った。ちなみに許可はすぐに下りた。むしろ、あまりお願いなどしないリシャナが言ってきたので、ヘルブラントは少しうれしそうだった。


「何をするんだ?」

「実験です」

「……突然、リュークみたいなこと言い出したな」


 いや、新兵器の実験などなら、リシャナだってするが。だが、研究開発系は確かに、リュークが掌握しているものがほとんどではある。

 さすがに王城なので、手入れのされていない庭などない。しかし、あまり使われていない政庁側の庭を使うことにした。オルガンも外に出す。

「音楽室に鉢植えを置くのでもいいんじゃないか」

 今更だが突っ込むと、エステルは「そうですわね」と微笑んだ。

「でも、外の方が気持ちいいではありませんか」

「そうですよ。さて、何の曲がいいですか」

「……」

 ローシェにリクエストを聞かれ、やっぱり本気なのだな、と思った。演説でもいいのだが、リシャナは日常で演説などできない。有事の際にはあれだけ言葉が出てくるのに、不思議なものだ。

 なら歌でもいいのだ、とエステルは言った。


「おそらく、リシェ様は声に力があるのだと思いますわ」


 というのが、彼女の主張だ。実は自覚がないわけではない。そうなのではないかな、と思うことはある。その実験で歌を歌おうと言うことになった。楽器は不得手だが、普通に歌は歌える。たぶん、リシャナは上手い方だ。戦場では娯楽が少ないので、必然的にうまくなったと言うか。

「じゃあ」

 オルガン担当のローシェに曲名を伝え、前奏を聞いてリシャナは歌を紡ぐ。

 歌うことは嫌いではないが、別に必要がないのでエステルたちの前で歌ったことはなかった。彼女らはお気に召したようでたまに「歌わないんですか」と聞いてくる。遠慮がなくなってきている。たまに怒ったほうがいいのだろうか。

 ハープを教えてくれたのも、歌を教えてくれたのも例のリニだった。リシャナの人格は、あの戦争中に形作られたと言っても過言ではない。

 余韻を残して歌い終えると、思ったより多くの拍手が聞こえて背後を振り返ると、仕事をしていただろう官僚や貴族どころか使用人たちもこちらを見て拍手をしていた。


「お前、上手いなぁ。知らなかったが」

 拍手をしながらヘルブラントが近づいてきた。

「これが実験か?」

「ええ」

 うなずきながらエステルを振り返る。彼女はひらひらと手を振った。

「ばっちりですわ。でも、物質自体には反応しませんのねぇ」

「意味が分からないんだけど」

 リシャナが眉をひそめていると、リシャナたちを囲んでいた人垣がざわめいた。誰かが駆け寄ってくる。


「リシェ、もう一回!」


 挨拶もなしに駆け込んできたのは、今日到着すると聞いていた兄のリュークだった。リシャナは思わずヘルブラントを見上げる。リュークは機材を抱えていて、明らかにリシャナの歌を観測する気だ。

「僕も叔母上の歌をもっと聞きたいです」

 乳母に連れられたアーレントがキラキラした目で訴えてきた。子供に弱い自覚のあるリシャナは、眉を顰める。

「わかりました。しかし兄上、このギャラリーを何とかしてほしいのですが」

「お前、軍勢の前でいつも演説かましてるだろう。それに比べたら大した人数ではない。次はもっと明るい曲で頼む。さっきのは悲恋歌か?」

「聞いた通りですが」

 悲恋歌ではなかったと思うが、もの悲しい曲調だったのは確かだ。陽気な歌がリシャナの声質になじまないのでどうしてもこういう曲になる。

「何でもいいよ!」

 これはリュークだ。ヘルブラントに「情緒がないぞ」と言われる。リシャナは肩をすくめてローシェと相談した。


 次の曲は、確かに先ほどの曲よりは明るい曲調ではあったが。

「よくよく歌詞を聞いたら、死に分かれていないか?」

「えっ。身分差のある恋じゃないの?」

「……」

 周囲は苦笑いだ。兄たちよ、もっと言うことはあるのではないだろうか。

「あれだな。お前の初恋」

「あっ、例の戦死した」

 公爵の初恋、と周囲がざわざわする。ローシェとエステルは半笑いだ。リシャナは兄二人を見上げた。

「さすがに……殴ってもいいですか」

 情緒というより、人間性に問題がある気がする。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


実は初期設定の段階から、リシャナは歌がうまい。多分魔法ではないけど、1/fゆらぎの持ち主。


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