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37.予選















 妊娠しているのでアールスデルスに置いてきたフェールの代わりにリシャナが連れてきたのは、ヤンの妹のローシェだ。兄より明るいくすんだブロンドに、兄と同じグレーの瞳の美女だ。リシャナは兄と似ていない妹だが、ローシェは兄と似ている妹である。


「すまないな、急に引っ張ってきて」

「いいえ。リシェ様のためならいつでも駆け付けます」


 きりっとした顔で言うあたりが兄のヤンとそっくりだ。言うと嫌がるのだろうな、と思う。リシャナも嫌だったから。


「今日はどうなさいます? 陛下からは晩餐のお誘いを受けておりますけれど」


 にっこりと笑って言ったのはエステルだ。今回は二人連れてきている。というか、どうしてもついてくる、と言い張ったのだ。リシャナも初めから連れてくるつもりではあったが。

「御前試合の予選を見てくる」

「お供いたしましょうか?」

「いや、いい」

 リシャナは首を左右に振る。行先は軍の訓練場だ。この美しい人妻たちを連れて行くつもりはない。まあ、二人とも美女なので試合中の騎士たちの士気は上がりそうであるが。

「わかりました。こちらで準備しています」

 ローシェのこれを、リシャナは今日の晩餐の、という意味で受け取った。後から考えると、違ったわけだが。

「久しぶりに王都に来ましたが、相変わらずリシェ様は人気ですね」

「私たちの女王陛下ですもの」

「……」

 フェールがローシェに代わっても、こういうところはあまり変わらないな、と思う。ソファのひじ掛けに頬杖をつきながら、リシャナは連れてきた二人の侍女を眺める。我ながらすごいものを拾ってきたものだ。


「もう十二年も前の話だ。今の子供たちは、私のことなんて知らん。今だけだろうよ」

「ご謙遜ですわね」


 ふふっとエステルが笑う。だが事実だろう。すでに王位継承戦争終結からも八年経っているのだ。当時を覚えているのは、二十代以上の者だけだろう。

「本戦開始は、三日後でしたわね」

「ああ。リューク兄上もまだ到着していない。もう少しゆっくり来ればよかったな」

 慌てて出てきたわけではないが、準備が整ったので余裕を持って出てきたのだ。今日明日は御前試合の予選、一日休みをはさんで本戦が始まる。


 予定を確認していたエステルは、リシャナの発言を受けて面白そうな表情になる。

「ルーベンス公爵閣下も、今はいらっしゃらないようですものね」

「あ、その話、私も聞きたいです」

「……」

 リシャナにお茶と焼き菓子を出したローシェが目を輝かせて言った。

「アールスデルスにご滞在の時は遠くからお見かけしただけでしたし。リシェ様のそういう話って聞きませんし」

「そう? 私は初恋が身分違いの男で、王位継承戦争で戦死したって聞いたことがあるのだけど」

「え、エステル、それ何処情報?」

 まったくだ。どこからの情報だ。エステルの情報網も恐ろしいが、大きく間違っていないのがより恐ろしいのだが。

「いや、本当にどこから聞いたんだ」

「ということは事実なのですわね。陛下からお聞きしましたわ」

 まさかの兄だった。確かに、兄たちにしか話した記憶がない。というか、エステルは何故ヘルブラントと話をしているのだろうか。

「北方でのリシェ様のことを聞かれましたので、適当に答えておきましたわ」

「……それについては、ありがとう」

 探りを入れられている気がする。こういう何気ないところから、兄もエステルも情報を拾ってくるのだろうな、と思った。


「で、どうなんですか?」


 ローシェがわくわくした様子で尋ねてきた。彼女はリシャナがアールスデルスに封じられてすぐに助けた相手であるのだが、押しが強いと言うか、こういうところがある。フェールと近いものはあるが、フェールはやはり貴族階級出身なのでわきまえているのだな、と思う。

「どう、とは」

 漠然としすぎていてわからない。何を聞かれているんだ。

「初恋の話も興味はありますけど、まずはルーベンス公ですかね。どんな方ですか?」

「生意気」

「端的!」

 後押しが強い。まっすぐに向けられる好意にほだされている自覚はある。ここに至って、リシャナは気が付いた。

「もしかして、私は押しに弱いか?」

「あら、ついに気が付きました?」

「お人よしすぎるとは思いますね」

 エステルどころかローシェにも言われて、リシャナはさすがに難しい表情で黙り込んだ。















 宣言通り、リシャナは御前試合の予選を見学に来ていた。所詮宮殿の敷地内なので、一人だ。訓練場での予選を眺めていると、予選を統括している壮年の騎士に声をかけられた。

「これは姫様。何やらお久しぶりですな」

「久しいな、ティモン。邪魔をしている。それと、姫と呼ぶな」

 白髪の目立つその騎士はからりと笑って、「女王陛下でしたな、今は」と応じる。リシャナは眉をひそめた。


「兄上は咎めないが、普通に不敬なんだがな、それ」


 この国の王はヘルブラントだけだ。愛称が『女王陛下』なのだとしても、それは不敬だ。反逆罪にはならない、とは思うが。

「仕方がありませんな。みなにとって、あなた様は『女王陛下』なのでしょう。私どもにとって、あなたが『姫様』であるように」

「お前たちにはまだ、私が十三の小娘に見えているようだな」

「まあ、否定はできませんね。予選を見にいらしたのですか? 参加されていきますか」

「いや、やめておこう。私は剣はそこそこだからな」

 リシャナはそれなりに有能な指揮官ではあるが、本人が一騎当千の勇者であるわけではない。戦闘能力はある程度あったほうがいいが、実のところ、リシャナにはそこまでの武力は必要ないのだ。

「そうですか。それは残念です」

「お前の息子は?」

「あそこです」

 ティモンが示す方を見ると、ちょうど彼の息子が負けたところだった。まあ親が優秀な剣士だからと言って、その子もそうとは限らない。


「……まあ、今は戦時下ではないからな」


 御前試合も、見せる剣技が多い気がする。


「……三歩進んで二歩下がっていたのが、また一歩進んだと言うところですかな」

「結局一歩戻ってないか?」

 だが、ティモンの言うことはわかる気がした。戦場に出るようになって前に進んだのが、戦争終結とともに二歩戻った。

「ルーベンス公爵閣下に感謝ですな。先代とは似ておられないが」

「どうだろうな。あまり、身分などにとらわれないところが先代の息子だな、と思う」

「……そうですか」

 ティモンも微笑む。彼も、リシャナも、エリアンの父・先代ルーベンス公爵と共に、この王都で戦っている。幼いと言える年齢のリシャナの話を聞き、籠城戦の準備を整えてくれたのは、実質彼だ。息子と同じく、父の方も戦はさほど強くなかったが、それに付随する後方支援は完璧だった。


「しかし、愛は人を変える、というのは本当ですなぁ。笑っておられる方が麗しいですぞ」

「我ながら単純だとは思う」


 美しい、ではなく麗しい、と評する人が多いな、とリシャナは思う。言っていることと考えていることが違う。

「あなたは自分に向けられた感情を相手に返す方です。それでいて、おおよそ憎しみとは無縁であるから、王太后様には無関心であられる」

「いや、母上については理解できないだけだ」

 ここは譲れない。ティモンは苦笑しつつ、「とにかく」と言葉をつづけた。

「まっすぐに愛情を向けられて、無視できる方ではありませんから、当然と言えば当然の結果でしょう。我らの時もそうだったでしょう。あれだけ警戒しておられたのに」

「思考回路が単純なものでな」

「おかげで私どもは姫様にメロメロです」

「……メロメロ」

 五十のおっさんの口から聞く言葉ではない気がした。

 しばらく予選を見学し、戻る前に一つ尋ねた。

「先ほどの私が向けられた感情を返すと言うやつだが」

「はい」

「言っていたのはリニか?」

 ティモンはちょっと驚いた表情になった。

「よくわかりましたね」

「まあな」

 こうしてみると、みな、リシャナの周りで当時の話題を避けていたことが分かる。彼の言う通りだ。三歩進んで二歩下がっていた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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