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33.可愛い












 いや、リシャナが物憂げなのは元からだ。伏し目がちなことが多いから、眠そうとか、機嫌が悪そうなどともいわれるが、物憂げにも見える。


「……あなたも、そう思うんだな。倒れたりと、大変だったと思うのだが」


 思わず尋ねると、「そうだな」と肯定を得た。


「確かにいろいろあったが、楽しかった、と、思う」

「そう、か。人が多くてうるさかったんじゃないか?」

「たまにはにぎやかでもいいな」


 小さい子は可愛い、と相変わらず伏し目がちなリシャナ。アイリなども言っていたが、リシャナは割と子供好きだ。

 エリアンは手を伸ばしてリシャナの顔をこちらに向けた。不機嫌そうににらまれる。

「なんだ」

「いや……」

 横顔を眺めていたら、微笑んでいるように見えたので確認したくなったのだ。少し口角が上がっていたように見えた。


「キスしたいんだが」

「は?」


 低い声で聞き返された。心臓が強い自覚はあるが、さすがにへこむぞ。


「あなたにキスがしたいんだが」


 急にしてまた殴られてはかなわない。感情が高ぶると手が出てくるのだ。


「それは、構わないが」


 いいのか。嫌がっていると言うよりは、確かに戸惑っているだけに見える。親指で唇をなぞるとリシャナの肩がぴくっとはねた。それを見て、エリアンは手を放す。

「すまん。調子に乗りすぎたな」

「別にしてもいいと言っている」

「だが」

 怯えられているのに迫る趣味はない、と言おうとして、言えなかった。リシャナが身を乗り出してエリアンの襟をつかんだ。強引に引き寄せられ、唇が触れた。見開いた目に、目を閉じたリシャナの顔が大写しになっている。

 軽く触れるだけですぐに離れた。彼女はエリアンの顔を見てくすくす笑った。自分でもぽかんとした、間抜けな顔をしている自覚がある。


「そういえばお前は私より三つも年下だったな。可愛い」


 小さな彼女の甥や姪たちと同じように頭を撫でられようとしたところで、エリアンはその手首を掴んだ。鍛えているとはいえ女の細い手首だった。今度はエリアンがベッドに移動してリシャナに口づけた。もう一方の手で押し返してくるので、後頭部に手をやって抑え込んだ。

 突然のことでびっくりして、手が出る。だが、叩くにも予備動作がいる。なら、それができないようにしてやればいい。

「ちょ、ん」

 唇が離れた瞬間に何か言おうとするリシャナだが、その前に再び唇を重ねた。今度は無理やり舌を入れた。リシャナの抵抗が激しくなるが、体勢が悪い。そのままベッドに押し倒した。さすがに抵抗が弱くなる。


 にゃっ、と鳴き声がして、シャーっと威嚇された。ついでに手をかまれてエリアンは体を起こした。フシャーッとヤスメインが尻尾を逆立てていた。


「こら、レディ。もういい」

 一瞬殴られることも覚悟したエリアンだが、リシャナはヤスメインの方を気遣って抱き上げた。それはそれで傷つくのだが。

「最強の護衛だな」

 思わずヤスメインをにらむ。リシャナが呆れたように「お前が襲おうとするからだ」と言った。一応、わかってはいたらしい。

「殴られるのも覚悟したんだが」

「レディが代わりにやってくれたからな。それに」

 ヤスメインに向けられていた眼が、エリアンに向く。

「その、悪くは、なかった。できれば不調でないときにしてほしいが」

 エリアンは目を見開いた。思ったよりも受け入れられているのでは。まじまじとリシャナを見るが、特に表情の変化は見られなかった。読めない……。

「どうした。大丈夫か?」

 病床の身に心配されてしまった。エリアンは笑み崩れそうになって手で口元を覆った。

「いや……思ったより好かれているな、と」

「ああ……可愛いと思う」

「……」

 その評価は釈然としないのだが。年下なのはどうしようもないので。
















 王都への出立の日、リシャナはふらふらと見送りに出てきた。ふらふらと言っても、常に比べればで、足取りはしっかりしている方だと思う。


「何の……本当に何のお構いもできず」


 その上差配までしてもらって、とリシャナは恐縮したようにヘルブラントに言った。彼女らしからぬ態度ではあるが、自分の領域で手間をかけさせてしまった、という思いがあるのだろう。ヘルブラントは快活に笑った。


「いや、大したことはしていない。普段、北はお前に投げっぱなしだしな」


 確かに、ヘルブラントはリシャナがいるなら大丈夫だろう、とか思っているような節はある。

「というか、休んでいた方がいいんじゃない? まだ顔色、悪いわよ」

 アイリが心配そうに言う。アーレントの腕の中で、子猫がみゃあ、と鳴いた。アーレントに引き取られていく子だ。リューク夫妻にも一匹引き取られ、先に出発している。

「休みすぎて違和感が」

「お前はもう少し手を抜け」

「抜いています」

 ヘルブラントは人に仕事を振る天才だが、リシャナはそれに比べると多少不器用なところがある。自分の苦手なことをよくわかっていて、人の意見を聞けるタイプだ。

「アイリじゃないが、よく休んで御前試合には来てくれ。お前がいないと締まらんからな」

「それもどうなのでしょう」

 リシャナが冷静に返したが、これはヘルブラントの冗談がリシャナに通じなかっただけだ。ヘルブラントもアイリも苦笑している。

「世話になったな」

「いえ。にぎやかなのも、なかなか楽しかったです」

 そう言った彼女がめったにない柔らかな表情をしていたので。

「リシェ……何かあった?」

「何かとは?」

 アイリの問いに、やはり真面目に首をかしげるリシャナ。天然というよりは、真面目過ぎて冗談が通じないと言った風情だ。ヘルブラントとアイリは顔を見合わせ、アーレントは「叔母上は今日も素敵です!」と通常営業だ。

 無理はするなよ、とヘルブラントは念押しして馬車に乗り込む。王たちと共に王都に戻るエリアンは少し残り、顔色の悪いリシャナに向き直った。


「あなたと離れるとなると、寂しいな」

「そうか。お前は自分の領地も見て来い」

「まじめすぎやしないか? まあ」


 手を伸ばしてリシャナの頬に触れるが、抵抗されなかった。


「体調には気を付けてくれ。このままじゃ満足にキスもできない」

「馬鹿だな、お前」


 頬に当てた手を取られ、甘えるように頬を摺り寄せられて、いっそこのまま奪ってしまおうか、などと考えてが、出発の時間が近いので頬にキスするだけでとどめた。リシャナはこれくらいでは顔色一つ変えない。

「では、御前試合で会おう」

「……私が行くこと前提なんだな」

「来るだろう?」

「行くが」

 なんだかんだ真面目なのだ。リシャナから離れてエリアンも出発する。リシャナが見送ってくれるのは嬉しいが、やっぱり顔色が悪いな、とも思った。

 御前試合が、一月後に迫っている。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『北壁の女王』ですが、ここでいったん更新をお休みします。続きはあるのですが、きりがいいので…。もう少しストックを増やしたいので…。

残りはあと二章から三章といったところでしょうか。完結まで行けるようには頑張ります…。


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