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32.公爵と公爵














 朝になって、ヘルブラントは本当にカタリーナをリーフェ城から追い出したので驚いた。エリアンも言われていたので手配は進めていたが、本当に出て行かせるとは思わなかったのだ。


「こう言っては失礼ですが、思い切りましたね」

「どこかで区切りは必要だからな。正直に言うと、俺もリュークも、母のことは苦手でな」


 感情的でヒステリックなところのあるカタリーナを、この案外理性的な王と理知的な王弟が苦手に思うのは仕方のないことかもしれなかった。ちなみに、エリアンも苦手だ。


「しかも、母がいるとリシェをかばいに行かなければならないから面倒くさい」


 しかつめらしくヘルブラントが言うので、エリアンは思わず笑った。

「それでも、助けに行かれる」

「俺の妹だからな。これでも本当に可愛いと思っているんだ」

 そこら辺は疑っていない。リシャナに有用性があるのは事実だが、ヘルブラントがリシャナを妹として可愛がっているのも事実だと思う。

「さて。リシェの様子を見に行くが、お前も来るか?」

「行きます」

「お前、本当にぶれないな」

 エリアンは一人だとリシャナの寝室に入れてもらえない気がするが、ヘルブラントが一緒なら大丈夫な気がする。実際、リュークは朝、顔を見てきたらしい。ちなみに、リシャナは昨日に引き続き、簡易病室に入れられている。

 簡易と言っても、もともと客室に使われていたので立派なものだ。ヘルブラントについて部屋に入ると、フェールがベッドサイドにいた。


「陛下」

「面倒をかけるな。リシェは?」

「まだ眠っておられます」


 フェールによると、一度起きたらしいが薬が効いてまた眠ったらしい。起きたときに、エステルの診察も受けたようだ。

「このまま熱も下がっていくだろうと」

「そうか。いらぬ苦労を掛けてしまったからな。回復するのならよかった。そういえば、エステルの息子は大丈夫なのか?」

「ロビンですか? ええ。怪我は大したことはなかったようです」

「そうか。帰る前に、見舞いの品でも差し入れよう」

 ヘルブラントがそういうので、フェールが困ったようにエリアンを見たが、エリアンには「手配します」と答えるしかない。ロビンがリシャナの事情に巻き込まれたのは間違いない。

 フェールが場所を空けてくれたので、ヘルブラントと共にリシャナの顔を覗き込んだ。白皙の面はいつもより上気し、熱があることが分かる。それでも呼吸は安定しているようだし、エステルの言うように、大丈夫なのだろう。

「うん。熱いな」

 ベッドサイドに座り込んだヘルブラントが、妹の額に手を当てて言った。触れられたことで、リシャナがぼんやりと目を覚ました。


「兄上……」

「ああ。苦労をかけたな、リシェ」

「ご無事で、よかったです」


 なんとなく幼いような口調でそれだけ言うと、リシャナはまた目を閉じた。再び眠ったらしい。脈絡がなさ過ぎたが、何の話だったのだろう。

「『ルナ・エリウ開城戦』のときかなぁ」

「ふがいなくも陛下が捕虜になっていた時のやつですね」

「お前、きついよな。事実だけど。あの時もこいつ、熱だしてたなぁ」

 おかげで一番に礼を言えなかった、とヘルブラント。あの攻防戦の裏ではそんなことがあったのか。

「こいつが熱だしてたから、まあ、弟二人と俺で事後処理をしたんだよ。リッキー……ヘンドリックがあちこちでリシェのことを触れ回ってほめまくるから、こいつが回復した時には一躍英雄よ」

 それであんなに王都内でリシャナ信仰が蔓延したのか。なんだか納得した。ヘルブラントも、積極的に止めなかったのだろう。幼い妹姫に助けられたヘルブラントはちょっと間抜けかもしれないが、幼い妹姫が兄王を助けに行くのは美談だ。

「ヘンドリック様、ご存命であれば仲良くできた気がします」

 真面目な表情でフェールが言った。そうだな。たぶん仲良くできるだろう。そして、エリアンとはリシャナをかけた戦争になりそうだ。


「……実際、英雄でした、リシェ……リシャナ王女は」


 エリアンも十二年前のことを思い出して言った。もう、そんなに経つのか。子供だったエリアンやリシャナは、もういい大人だ。

 それでも、いまだに思い出せる。鎧に身を包んだ華奢な背中。無造作に束ねられた黒髪。そして、射貫くような強さをたたえたアイスグリーンの瞳。

「そうか。お前もルナ・エリウ開城戦でリシェを見たんだったな。顔が好きだと言わないだけ評価が高いぞ。俺の中で」

「リシェの中の評価をあげたいのですが」

 ヘルブラントからの評価をどうでもいいとは言わないが、今はリシャナからの評価の方が大切だ。フェールもうんうんうなずいているが、彼女は普通に不敬罪なのでは。

「意外と評価は高いと思うぞ、お前。というか、普通に好かれてるだろ」

 あいつのあんな顔、初めて見たわ、とヘルブラントは笑う。エリアンを助けに駆けつけてきたときのことだろうか。初陣でも落ち着いていた彼女は、戦場でも冷静さを保っているのだろうか。

「納得できません……」

 不満げにフェールが言うので、ヘルブラントは「先にこっちと和解すべきじゃないか」などと言った。












 リシャナは翌日には普通に起きてきた。いや、過保護な侍女たちがベッドから出さなかったが、部屋で起きているのは確実だ。話し声が聞こえるし、何なら歌声も聞こえてきた。リシャナの声で、しかもうまい。甥や姪にせがまれて歌っているらしかったが、さすがに病み上がりなので止められていたが。

 結局、エリアンがリシャナと顔を合わせたのは、彼女が回復した翌日だった。

「世話をかけたようだな」

「構わんさ。あなたのためだ」

「そういうのはいい」

 病み上がりでもリシャナはすげなかった。エリアンも肩をすくめて「回復してよかった」と素直に言うことにした。

「ああ……自分でも驚いた。熱で倒れるなんて、ルナ・エリウ開城戦の時以来だ」

 ヘルブラントもその話はしていたな、と思い出す。当時のエリアンは、自分たちの英雄がそんなことになっていたなんて知らなかった。寝不足もたたったのだろうが、その時と同じくらいの緊張にさらされていたと言うことだ。


「母上を追い返したと聞いたが」


 それを言ったのはヘルブラントだな、と思った。

「陛下の指示で、送り出す準備をしただけだ。実際、その方があなたのためでもあるんじゃないか?」

 ベッドの上で上半身を起こしていたリシャナは、背中をクッションに預けて寄り掛かった。

「どうだろう。母があまり得意ではないのは確かだが」

「……さすがに寛容に過ぎると思うぞ」

「思考を放棄しているともいう」

 真面目腐った顔で言われたので、思わずエリアンは笑った。

「あなたが何もしないと言うのなら、俺も何もしない。……なんだ?」

 まじまじと見つめられたので首をかしげると、リシャナは眉をひそめて、「義姉上に『従順な相手を紹介しよう』と言われたのを思い出した」と言った。

「必ずしも俺はあなたに従順なわけではないが」

「わかっている。それでいい。そんなのは求めていない」

 リシャナは怒ると手が出るが、別に横暴なわけではない。意見が対立しても手打ちになったりはしない。

「ところで、二日後に王都に戻ることになった。陛下が、あまり俺たちが居座っては、あなたが休めるものも休めないだろうと」

「そんなことはないが……兄上にも迷惑をかけてしまった」

 今、実質リーフェ城を取り仕切っているのがヘルブラントなのだ。もう少しリシャナが回復すれば彼女が采配に戻るだろうが。


「しかし……そうか。みんな帰るんだな。寂しくなるな」


 リシャナが憂いを帯びた表情でそういうので、エリアンは驚いた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


急にデレる。

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