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02.北壁の女王














 大陸上の北西部に位置するリル・フィオレ王国は、北の国境をラーズ王国と接している。もう少し正確に言えば、北の公国とも接しているが、これは今のところ関係がないので割愛しておく。このラーズ王国はディナヴィア諸国連合に所属する国家の一つだった。

 ディナヴィア諸国連合は、リル・フィオレ王国のさらに北方、ディナヴィア半島に位置する国々で構成されている。構成国は四つで、そのうち最北のレギン王国からは、姫君が嫁いできている。リシャナの兄王の王妃にあたる人だ。

 このディナヴィア諸国連合、一枚岩ではなかった。同盟の一種ではあるのだが、彼らは同盟国が友好国、この場合はリル・フィオレ王国のことだが、に攻め込むのを見て見ぬふりをする。ラーズ王国が取り決めを破って攻め込んでくるのは、これが初めてではない。


「防衛線を敷く。一応、義姉上にレギン王へとりなしを頼んではあるが、まあ、期待はできないだろうな」


 同じディナヴィア諸国連合の加盟国だ。とりなしてくれ、という依頼は、何度か王妃であるレギン王国の姫君を通じて、出したことがあった。しかし、それが取り合われたことはついぞない。


「北壁の女王を相手取るより、ここらで停戦しておいた方がいいと、彼らも思わないんですかね」


 そう言ったのは、昨晩遅くに到着したリシャナたちを出迎えてくれた、この城塞の副司令官ヤン・クラウスである。一言で言うとハンサムで、アッシュブロンドの髪を短髪にしていた。グレーの瞳が面白そうな色を映す。

「私は攻め込んでもいいと思うのですが」

「時期が悪いな。夏ならやっている」

 リシャナがきっぱりと言うと、ヤンは少し驚いた表情になった。そう返ってくるとは思わなかったようだ。

「堅実な北壁の女王が、珍しいお言葉だ」

「ここまで何度も国境を侵犯されているからな。一度くらい灸をすえてもばちは当たらないだろう。それと、その呼び方はやめてくれないか」

「わかりました。我が君」

 それもどうかと思ったが、『北壁の女王』よりはましなのでリシャナはため息をつくだけで終わらせた。


 『北壁の女王』。リシャナがこのアールスデルスを預かるようになり、ついた呼び名である。リシャナがアールスデルスの領主になって以降、北壁より先に侵攻できた者はいない。そこから、いつの間にか彼女は『北壁の女王』と呼ばれるようになった。

 話を戻すが、極寒期は過ぎたとはいえ、まだ冬だ。雪も降る。この時期に攻め込むのは、あまり得策ではない。せめて初冬であれば、考えないでもないのだが。

 だが、それはラーズ王国も同じはずで、どうしてこうも頻繁に攻めてくるのかわからない。

「……打つ手をたがえたな。年末に侵攻してきたときに、攻め込むべきだった」

「珍しく好戦的ですね」

 ヤンはそう言うが、むしろ嬉しそうだ。


「でも、その方がいい。彼らは、自分が誰と戦っているのか、そろそろ思い出すべきです。彼らのその行いが、あなたの慈悲の上に成り立っているんだと」

「……」


 ヤンだけではないが、たまに彼らの言葉を聞いていると形容しがたい気持ちになる。


 要するに、彼らはリシャナが戦えば、必ず勝つと信じているのだ。実際、負けたことはないと思う。だが、必ずしも勝ったか、と言うとそうでもない。戦術上で勝利しても、戦略上で負けていれば意味がない。

 その信頼に感じる暗い喜びと、肩にかかるその責任の重さ。リシャナはいつも、その双方を感じて戸惑うことになる。尤も、顔には出ないが。

「……国境を接している伯爵領を攻め落としてもいいが……制圧して、向こうに買い取らせるか?」

 リシャナは防衛戦の方が強い。まあ、ほとんどの人間はそうだろうが、ゆえに城攻めはあまり経験したことがない。だがまあ、できなくはないだろう。軍の練度が違う。

 リル・フィオレも含めてどちらも国王が動いていないとなると、停戦に持って行くのが難しい。国境をまたぐので、領主同士の約束事ではらちが明かない。リシャナは決断を下した。


「アニー、ここ数日で晴れる日はあるか? もしくは、霧の濃い日は?」


 リシャナからやや離れたところに座る、褐色の髪の品の良い顔立ちの男性が口を開いた。

「明日、明後日は晴れますが、寒いので霜が降りるでしょう。それ以降は雪になります」

「どれほどの雪だ」

「そうですね……吹雪くほどではありませんが、多少は積もるでしょう」

 と言っても、もう雪は積もっている。アニーことアントンは軍属魔術師だ。天気予報がよく当たるので、リシャナ?は重宝している。

「そうか。難しいところだな。では諸君。私についてくる気はあるか」

「愚問ですね」

「当然です」

 軍議に参加している全員が声を上げたと思う。ちょっと人を食ったような返答はヤンのものだ。リシャナは特段表情を崩さず、「そうか」とうなずいた。


「では、三日後の早朝、ラーズ王国の国境を超える。目指すは国境のペザン要塞。これを攻囲して攻略する。反対意見はあるか?」


 ありません、とこれは異口同音。たまに出てくることもあるが、稀だ。独裁になっていないか、たまに心配になる。

「では、これより作戦を詰める。また、こちらの進撃前にラーズ王国が略奪に来た場合、そのまま攻め入ることとする」

「御意」

 一応こちらから仕掛ける際は、慣習にのっとって相手方に宣戦布告くらいするつもりであるが、あちらから攻め込まれたときは、手続き関係は無視しよう。通常なら和平交渉などを行うこともあるが、今回はスピード重視で、これは省く。そもそも、あちらが攻めてきているのだから、和平交渉を申し出るのならあちらからだ。特段、こちらが不利と言うこともないし。


 作戦を詰め、決行日。早朝の空を見上げるリシャナに、アントンが言った。

「曇りですね。我が君は引きがお強い」

「こんなところで運を使いたくはないのだが」

 戦ではなく、もう少しまともなところに運を使いたい。リシャナの言い方が面白かったのか、アントンが笑う。リシャナがわずかに無表情をしかめたのが分かったのか、彼は口を開いた。

「申し訳ございません、我が君。あなた様の言いようが面白かったわけではなく、かつてなら『話が違う』とお叱りを受けていたと思いまして」

「……そうか」

 リシャナが八年前にこの地を治めるようになるまで、北方守備軍の魔術師は扱いが悪かったそうだ。魔術と言うのは、人の営みを少し助ける程度で、攻撃などの戦闘に向かないからだ。自分たちで戦えず、兵の補助しかできない……そうやって蔑まれていた。


 だが、リシャナは魔術師を重宝している。もともとリシャナは、ぜい弱な肉体を保護するために魔術を頼っているし、治療や情報収集などでもたびたび魔術を使用していた。魔術師は、確かに自ら戦うことは難しいが、補助としては優秀なのである。

 しかも、魔術師を取りまとめていたアントンは占いや予知がよく当たると言う。なので、今ではすっかり天気予報士である。尤も、リシャナは彼の占いや予知は観察と経験、それから状況分析によるものだな、と思っているが、超常的な力が働いているのは確からしく、よく当たるのは事実だ。だが、必ずではない。そこら辺は理解している。

「閣下。準備が整いました」

「ああ」

 リシャナはひらりと軍馬にまたがった。隣で話をしていたアントンも、兵の言葉に馬に乗る。彼も連れて行くのだ。

「では、前進。目指すは、ラーズ王国南端ペザン要塞」

 冷たい空気に、リシャナの落ち着き払った声が響いた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


2話目にしてタイトル回収。今日の投稿はこれまでです。


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