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28.狩り














「お前、母上のところに来なかったな」


 森の中、馬を歩かせながらヘルブラントに言われ、リシャナは兄の方を見た。

「やはり、行った方がよかったでしょうか」

「いや、来なくてよかったぞ。お前が理不尽に責められるだけだからな」

「……」

 わずかに顔をしかめると、ヘルブラントは「お前は気が優しいな」と先ほどもどこかで聞いたようなことを言う。


「母上も、あれほどお前を嫌うことはないのにな」

「母上は自分より若くて美しい女が嫌いなんだよ。リシェは客観的に見て、とても美人だ」


 しれっとそう言ったのはリュークだ。少し離れているのだが、リシャナもヘルブラントも振り返って兄、もしくは弟を眺めた。

「えっ、何?」

「リューク……お前にそんな情緒があるんだな……」

「誉められたんですよね? ありがとうございます」

「兄上ひどい……リシェはそれはわざとなの?」

 自由な兄と妹に、リュークは珍しくツッコミのようなものを入れる。普段、リュークが自由すぎるので、リシャナたちも真似てみたのだが。ヘルブラントは素かもしれない。


「まあ、確かに、われらの妹は美人だ」


 くだらない会話をしながら、兄妹は森を進む。少し遅れてついてきているアイリやニコールがくすくすと笑った。ちなみに、護衛団はエリアンが指揮している。あまり得意ではないと言うことだが、それくらいの差配はできると言われた。


「そうですね。叔母上は美人です。麗しいです」


 八歳のくせに難しい言葉を使うのはアーレントだ。アイリそっくりの彼は、キラキラした目でリシャナを見つめてくる。

 森の中で一旦分かれようと言うことになった。一時間でこの場所に集合、という流れだ。護衛の数が少ないので、二手に分かれるだけだが。リシャナとリュークは同じ方に入り、ヘルブラントたちと分かれた。

「僕、狩りは得意じゃないんだけど……」

「実質、陛下とリシェの競争よね」

 と、バイエルスベルヘン公爵夫妻。リシャナもさすがに苦笑する。

「私も別にうまいわけではありません」

 ヘルブラントは生まれながらに訓練を受けた王であり騎士でもあるが、リシャナは違う。誰かも言っていたが、リシャナ自身が一騎当千の勇者であるわけではない。

 狩りには弓矢を使うが、リュークはこれが苦手だ。もっと手軽に扱えるものを模索中なのだと言う。


「出来たらリシェに貸し出すからね」

「軍事用に転化しろということですか」


 おおよその技術はいくらに転用できるので、不可能ではない。数をそろえなければならない、とういう難点があるが。

「データを取るには君に貸し出すのが一番だ」

「真面目な顔で何を言っているんですか」

 新兵器を使うのは、リシャナたちにもデメリットがある。本当に理論通りに作用するのかわからないのだ。まあ、これまでのリュークの開発したものは、おおむね計算通りの結果を出してはいる。

「せっかくの陛下の計らいよ。今はそういう話はやめましょうよ」

 ニコールにそう言われ、リシャナとリュークも異論がなかったのでうなずいた。一匹くらい、何かを狩った方がいいだろう。


 結局、リシャナが狐を射た。ヘルブラントたちは鹿を仕留めていて、アーレントが興奮していた。リシャナたちが仕留めた獲物を見て、ヘルブラントが苦笑した。

「リシェ。やはり調子がよくなかったな。無理に出てこなければよかった」

 事前にエリアンから言われていたらしい。城で事務的な采配を振るっているはずの仮婚約者を思い出して遠い目になる。アイリも「そういえば顔色がよくないわね」と言った。


「いつもこんな顔ですが」

「目が死んでるわよ」

「いつもこんな目です」

「さすがにそれは苦しいわよ」


 アイリが呆れて首を左右に振った。ニコールも心配そうに言う。

「もう。調子がよくないなら言いなさいよ」

「言われるほど調子が悪いわけではない」

「そうは言うけど」

「リシェは顔に出ないねぇ。自覚がないのが一番危ないと思うよ」

 リシャナとニコールは、同時に発言元であるリュークを見た。

「リューク兄上、どうしたんです」

「リュークがまともなことを言っているわ……」

 妹と妻にそんなことを言われ、リュークは半泣きである。いつもぶっ飛んでいるから、たまにまともなことを言うとこんな扱いなのである。ヘルブラントとアイリは笑っている。


「父上!」


 アーレントが鋭く父を呼んだ。ヘルブラントは「どうしたぁ?」と息子に尋ねる。ぐるる、とうなる声が聞こえた。

「おおかみ」

 ニコールがつぶやいて、リュークではなくリシャナの腕をつかんだ。ヘルブラントがすぐさま息子を回収する。アイリが弓に矢をつがえた。四匹の狼が、リシャナたちが仕留めた獲物を狙ってやってきたようだった。

リシャナははっとすると、ニコールの手を外させて、自分が仕留めた狐を狼に向かって投げた。

「リシェ!?」

「え、超合理的……」

 驚きの声を上げたヘルブラントに対し、リュークは別の意味で驚いたようだった。確かに今のは、こちらが四匹を射るよりも餌を与えて引き離した方が早いと思ったゆえの行動だ。リシャナの思惑通り、狼たちは狐にくらいついている。

「今のうちに、森を出ましょう」

「お、おお……」

 動揺してはいるが、ヘルブラントの動きは素早かった。てきぱきとついてきていた兵士たちにも指示をだし、森から撤退する。狐に夢中な狼たちは追って来ておらず、全員ほっとした。

「……リシェ。冷静な判断だった。ありがとう」

「いえ……もとはと言えば、私の管轄の森ですから。監督が足らず、申し訳ありません」

「森での狩りだったんだ。多少の危険は覚悟してしかるべきだ。謝られるほどではない。真面目な奴だなぁ」

 ヘルブラントは笑って下げられた妹の頭をぐしゃりと撫でた。この長兄にとって、年の離れた弟妹であるリュークとリシャナはいつまでも子供なのかもしれない。

「叔母上、かっこよかったです」

「え? ……ありがとう」

 アーレントに熱っぽく言われたが、どのあたりが格好良かったのかわからない。ただ、自分が仕留めた狐を投げただけだ。

 城門ではヤンが待ち構えていた。先ぶれを受け取っていたのだろう。優雅に主人たちを迎えた彼は、少し困ったようにリシャナたちの背後に視線を投げた。


「お帰りなさいませ。ご無事で何よりでございますが……あれはいかがいたしましょう」


 ヤンの視線を追うと、先ほどの狼たちが距離を置いてついてきていた。一斉に衛兵たちが武器を構えるが、待ったをかけたのは意外にもリュークだった。

「待って! 襲うならとっくに襲われてるよ。……餌をくれたリシェをボスだって認識してるんじゃないの」

「……」


 兄妹で目を見合わせた。


 結果だけ言うと、リュークの主張は正しかった。狼たちはリシャナをボスだと認識したようだった。とりあえず、庭に解放してやることにした。さすがに使用人たちが引くので、囲いを作ることにする。

「お前、何にでも好かれるな……」

「母親には好かれていませんが」

 体をきれいに洗われてもふもふになった狼の毛を撫でながらリシャナは言った。ヘルブラントは近くにいるが、見ているだけだ。手を出したらかまれそうになったので。

「でも、ヤスメインもこんな感じで拾ってきましたよね。野良猫を可愛がってたらなつかれた、みたいな」

「そうだな」

 こちらも、側に控えているが見ているだけのフェール。リュークだけが興味津々に狼にアタックしている。かまれそうになったら助けよう。

「ははは。お前は拾いものが好きだなぁ」

「……」

 豪快に笑うヘルブラントに、リシャナは目を細めた。彼女に、城の使用人が駆け寄ってくる。


「公、あの、王太后様が部屋に猫を入れるなと」


 ヤスメインのことだ。子猫たちはまだ城の中を出歩けないだろう。ヤスメインはリシャナに敵意を持っているカタリーナに対して威嚇して見せたのだ。それが気に食わなかったのだろう。

「ロビンに猫部屋のある区画から出さないように言っておけ。それでもだめなら、母上に離宮に移ってもらう」

「今、狼がいるぞ」

 ヘルブラントに突っ込まれて、確かに、と思った。

「では、その時は猫たちを私の部屋に入れてくれ」

 そうであれば母も近づかないだろう。一石二鳥だ。ともあれ、住環境を変えるのは子猫にとって良くないような気がするので、最初の提案で対処できればいい。リシャナの部屋は、人の出入りが多い。

「ヤスメインならリシェ様の護衛をしてくれそうですわね」

「感心な猫だなぁ」

 フェールとヘルブラントがそんなことを言うのを丸っと無視した。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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