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14.薬について













 果たして、エステルははるばる北からやってきた。そして、到着するなりいまだリュークも答えを得ていない答えを言ってのけた。

「ローデ・ユーの葉ですわね」

「ローデ・ユー? ハーブの一種ではないのか」

「そうですわね。薬用の印象が強いですけれども、用量を間違えば強い依存性を持ち、その体を死に至らしめます。酒につけて飲むのが流行っていますわね」

「流行ってますわね、って……」

 フェールが顔をしかめた。エステルは治療したリシャナの手首に包帯を巻きなおしながら妖艶に微笑む。

「私だってただやってきたりしませんわ。王都に赴く以上、閣下のお役に立たなければ」

「……」

 それで情報収集してきたらしい。要領がいい。


「まあ、これに関しては私が魔女であるからわかることでもありますわね」

「なんにせよ、助かる。ありがとう」

「閣下のためですもの」

「……」


 にっこりと笑むエステル。リシャナはため息をついた。


「慕ってくれるのはうれしいが、たまに不安になる。私は、お前たちの信頼に釣りあうものを返せているか?」

「少なくとも、安定した生活と心の平穏をいただいておりますわ」

「そうですね。お側においていただいて、とても感謝しております。同性婚が認められるなら、閣下に嫁ぎたいです」

 フェール、旦那はどうした。そして似たようなセリフを聞いたことがある気がする。言ったのはリシャナだが。

「……ならいいが」

 納得していなさそうな雰囲気に気づいたのだろう。エステルとフェールは顔を見合わせて笑った。反目することもあるが、基本的に仲の良い二人である。


「アールスデルスの様子はどうだ。何か変わったことはあったか?」


 もちろん、よほどの変事があればリシャナのものへ報告が来る。今聞いているのは、それ以外のちょっとした事件などを尋ねたわけだ。

「そうですわね。閣下がいらっしゃらないので、少々緩んでいるところはありますけれど、おおむねつつがなく」

「そうか……だがまだ帰れないな」

 ひとまず巻き込まれたこの件を解決するまで戻る気はない。こちらでしなければならないこともある。

「それで、ローデ・ユーの件は陛下にお伝えします?」

「私から話す。聞かれたらな」

 とは言ったが、リシャナ自身も動かないわけではない。わざわざ話さないのは、うわさが広がって犯人に雲隠れされないためだ。そう、この一件には宮殿にローデ・ユーを持ち込んだ犯人がいるはずだ。エステルが言うには、一般には出回るはずのないものなのだという。だが、育てやすいので比較的入手しやすい、というものなのだ。リシャナも育てられているものは見たことがある。


「薬とかが蔓延しやすいと言えば軍隊ですけど、そういえば北壁では見ませんよね」


 夫がリシャナの騎士であるフェールは、夫の周りを思い出してそう言った。エステルがこともなげに言う。


「だって、閣下がそう言うことに厳しいですもの」


 リシャナは薬が蔓延しないように気を付けている。実際に検査をしているのはエステルたち医師だが。

「さすがに、専属医になるために正式な資格を取れ、って言われたときは、この小娘って思ったけれど」

 そんなことを考えていたのか。確かに、エステルを拾ったとき、リシャナは小娘だったが。

「ちょっとわかるわ。私も貴族の身分は持っていて損はない、とか言われたもの」

「……悪口か?」

 フェールも便乗するのでそう言うと、「違いますよ」と二人。まあ、この二人が悪口を言うとは思わないが。リシャナは手をあげる。

「すまない。わかっている。卑怯な言い方だった」

「そうですね。そうやって試さなくても、私たちは閣下を敬愛申し上げています。平たく言えば、大好きです」

 だから、フェールはそう言うことを真面目な顔で言うから面白いのだ。

「閣下の言われたことは、自分の武器になるものを一つでも多く持っておけ、ということですよね。私にとっては、それが『貴族』という身分だった」

「私の場合もそうですわね。ただの魔女、薬師というより、国の認可のある医師の方が通りがいいですもの。そのおかげで今、私が閣下のけがの治療をできるわけですし」

 にこにこにこ。当時のリシャナがそこまで考えていたかと言うと、自分でも謎であるが、似たようなことは考えていた、と思う。

「あまり褒められると、調子に乗りそうなんだが」

「大丈夫ですわ。その時は殴ってでも止めますもの。フェールが」

「私っ!?」

 エステルが笑ってフェールを指名した。魔法を上乗せされたら痛そうだな、と思いつつ、少し思い出したことがある。

「そういえば、少し聞きたいのだが」

「えっ、何ですか」

 フェールもエステルもリシャナの方へ身を乗り出す。そんなに面白い話ではないのだが。


「さすがに調子に乗るなと婚約者を殴るのは駄目だと思うか?」


 一度それで破談になっているわけで。いや、話がなかったことになった、というだけだが。

「……普通は駄目だと思いますけれど、それより、閣下の婚約者になったという幸運な殿方を教えてほしいですわ」

 そういえば、エステルはこちらに到着したばかりで、エリアンと顔を合わせていないのだった。















 呼び出すと、仕事の合間を縫ってエリアンはやってきた。待ち構えていたエステルを見てなんとなく引き気味だ。

「なんだ?」

「大した用ではない。顔が見たくなっただけだ」

 リシャナがしれっとそう言うと、エリアンは唇をわずかに釣り上げた。

「では、なるべく顔を見せに来るとしよう」

「そうだな」

 正直、ただの言い訳だったのだが、それでもかまわないかな、と思うくらいにはリシャナもエリアンを気に入っているのだと思う。


「そういえば、先ほどバイエルスベルヘン公が外で火薬の実験をしていたぞ。調べる気あるのか、あの人」

「リューク兄上は移り気だからな……そもそも専門じゃないだろう」


 多分。人体については多少知識があるはずだが、薬草に関してはエステルの方が詳しい。

「心配しなくても交易ルートから調べられるだろう。どれだけ中毒者がいるか問題だが」

 リシャナが言うと、エリアンは肩をすくめた。実際に交易ルートから調べているのだろう。

「宮廷内に関しては調査を進めているが。案外多いな。誰かが意図的に広めているとしか思えないが」

「では、誰かが広めているのだろう。頑張って調べてくれ」

 リシャナがあっさりというのでエリアンは「他力本願か」と苦笑するが、ここはリシャナの城ではないので当然の話ではある。目星はついているので、そう難しい話ではないはずだ。

「外見はいいですわね」

「まあ、よい方なのだろうな」

 エリアンは仕事を抜けてきたため、釈然としなさそうな様子のまま仕事に戻って行った。それを見送った後の、エステルの言葉である。

「閣下がルーベンス公の外見に惹かれたとも思いませんけれど。フェールが静観しているということは、少なくとも、閣下に害なす存在ではないのでしょう?」

「……」

 二人とも、気にするのはそこなのだな、と思った。リシャナはため息をつく。

「むしろ気遣ってくれている方だと思うがな。こちらが王の妹で年上だからかもしれないが」

「まあ、それはない、とは言えませんけれど。でも、それだけではないと思いますわよ」

 エステルの意見にフェールも「私もそう思いました」というので、そうなのだろうがリシャナは考えるのを放棄した。


「まあ、どちらでもいい。利害が一致した関係だからな」


 少なくとも今は。エリアンとリシャナの関係は毒にも薬にもならない。たとえこのまま結婚しても、リシャナが国外に出て行く心配がなくなって、ヘルブラントが安心するだけである。

「もし結婚することになれば、先に教えてくださいませ」

 エステルに友人同士のようなことを言われ、リシャナは目をしばたたかせた。

「突然結婚したりはしないぞ」


 多分。















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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