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12.異変














 私に語り掛ける言葉が気障だった。今から思えば、それをためらいなく口にできる潔さを、その時の私は新鮮に感じ、気に入ったのかもしれない。

                     キルストラ公爵リシャナ・フルーネフェルト












 晩餐が盛り上がっている。リシャナ以外が。とりあえず、アイリがエリアンと会話して一番に、「従順なのがいいわけではないのね」と言って、エリアンを苦笑させたのはさすがだと思った。

 晩餐は子供たち抜きである。リュークとニコールの娘たちは幼すぎるし、ヘルブラントとアイリの王子は八歳だが、この中に子供が一人放り込まれてもかわいそうだ。

「急に決めてくるし、打算的だなと思ったけど、そうでもないのかな」

 リュークがまじまじと向かい側のリシャナとエリアンを眺めて言った。リシャナは表情が変わらないし、エリアンも微笑んでいるが読めない。

「そうでもないと思いますわよ。少なくとも、リシェの表情が柔らかくなった気がするわ。いいことね」

 ニコールがさらりと言った。アイリも「それは私も思ったわ」と同意を示しているが、まだ急遽婚約することを決めてから、五日ほどしかたっていない。また、まだ婚約手続きは済んでいない。エリアン側は彼が公爵なので、彼が許可を出せばいいが、リシャナの方で面倒なことになっている。彼女の身分もそうだが、どうも裏で母が絡んでいるような気がした。

「……そうか? 変わらんと思うが」

「ええ? 結構違いますわよ」

 アイリが夫に苦言するが、これはわかるアイリとニコールの方がすごい気がする。試しに隣のエリアンに聞いてみて。

「表情が柔らかくなっているか?」

「いや……よく表情が変わるようになったな、とは思うが」

 そう言うものか。エリアンにも分からないらしかった。彼はリシャナの耳元に唇を寄せ、ささやく。


「その目でもっとにらんでくれても構わんが」


 お望み通り、にらんでやる。エリアンは真顔で「そうではない」などと言うが。だったらどうなのだ。

「ずいぶんと仲が良くなっていて安心した。リシェ、オレンジは食べるか」

「いただきます」

 先ほどまでからかわれていたはずなのに、いつの間にかとりなされている気がする。リシャナは兄からオレンジを受け取った。


「なかなか婚約手続きが進まなくてな。すまん」

「母上が文句つけてるって聞いたけど」

「リュークの耳にも入っているとは、母上はなかなか派手に暴れているようだな」

「むしろ、当事者の耳には入っていないのですが」


 兄二人が勝手に会話を進めてくれているが、ここにいる当事者のリシャナには話が来ていない。まあ、どうせそうなのだろうなとは思っていたが。

「俺が口止めしていたからな!」

「そうなのだろうなと思っていました」

 兄が口止めしていることも、母が妨害工作をしていることも。そう言うと、「お前、そう言うところだぞ」とヘルブラントにあきれられた。ヘルブラントが王なのだから、彼が「応」と言ってしまえばそれで済む話のような気もするが、そうもいかないのが伝統と格式と身分の面倒くさいところである。

「母上はお前を国外に出したいらしいな」

「今更ですか。遅いですね」

「リシェ、辛辣……まあ、確かに国外に出すなら、リシェが武勲をたてる前にすべきだったよねぇ。それに、今となってはちょっととうが立っているし」

 余計なお世話である。リュークもニコールに足を踏まれたか、「痛っ」と声を上げたが、誰もフォローしなかった。まあ、リシャナが二十代半ばなのは事実だ。

「言いようはともかく、リュークの言う通り、お前を国外に出すわけにはいかんからな。ぜひこのまま国境を守っていてほしい」

「陛下の仰せのままに」

 リシャナが恭しく首を垂れると、ヘルブラントはにこりと笑った。


「さしあたっては、既成事実を作ってしまう、というのはどうだろうか」


 不覚にも動揺した。一国の国王が晩餐の場で言う言葉ではない。ほら、アイリも「ヘル!」と怒っている。せき込んだリシャナの背中をエリアンがさすった。


「リシェ、大丈夫か? 呼吸はできているか?」


 心配そうに尋ねられる。食べていたオレンジの果汁が変なところに入った。器官が痛い。

「いやいや、すまん! そんなに動揺するとは!」

「兄上、さすがにリシェが気の毒だよ……」

弟にも呆れられる国王ヘルブラント。エリアンはリシャナを立たせながら言った。

「申し訳ありませんが、少し席を外します」

「ああ、よく見てやってくれ。そのまま戻ってこなくてもいいぞ」

「ヘルブラント!」

 アイリの叱責の声が飛ぶ。リシャナは咳が収まってきていたが、一度食堂を出た。のどが痛い。

「大丈夫か? 誰か、水をくれ」

 出窓に腰かけたリシャナを気遣いながら、エリアンが給仕係に言った。給仕係の少年は慌ててグラスに水を汲んで持ってくる。リシャナはそれをゆっくりと飲んだ。

「何か他に御用はございますか?」

「いや、ない。すまないな。職務に戻ってくれ」

「はい!」

 はきはきと少年は答え、給仕に戻って行く。エリアンはその少年の背中を見ながら言った。


「リシェ……陛下ではないが、そう言うところだと思うぞ」

「……兄上といいお前といい、さっきから何なんだ……」


 顔には出ていないが、本気で訝しんでリシャナは眉をひそめた。そんな二人の耳に、かすかに騒ぎの音が届いた。

「待ち……待ちなさい!」

「なんなんだ、君は! その先は今……」

 男の悲鳴が聞こえ、リシャナとエリアンは顔を見合わせて立ち上がった。廊下の声のする方を見る。誰かが近づいてきているようだ。

「邪魔をするな!」

 手にした剣を振り回し、男が一人近づいてくる。衛兵が前に出たが、その後ろでリシャナも剣を鞘から抜いた。やみくもに振り回される剣に、衛兵たちは手出しをためらう。


「キルストラ公!」


 下がれ、ということなのだろう。衛兵が叫んだ。だが、リシャナは暴れている男に向かって足を踏み込んだ。男の剣が跳ね上げられる。間髪入れずに腹を突き刺し、剣を引き抜く。

「あまり動くと死ぬぞ。今――」

「リシェ!」

 間一髪でよけたが、エリアンが焦るくらいにはぎりぎりだった。もう動けないだろうと思った男が、立ち上がって剣を突き出してきた。リシャナもさすがに驚く。


「落ち着け! その出血では……」


 つばぜり合いになれば力負けする。リシャナは剣を持つ手を手首で受け止めた。頬に赤い線が走る。受け止めた右手首をしたたかに打ち付けた。痛い。そのまま男の手首をつかみ、反動をつけて蹴倒した。剣を振り上げようとして取り落としたので、そのまま顔面を蹴りつけた。

「やりすぎじゃないか!?」

 ツッコみを入れてきたのはエリアンだった。巻き込まれないように離れて見ていたのを、衛兵に声をかけて連れてくる。食堂にいたヘルブラントたちも、騒ぎを聞きつけて廊下に出てきていた。

「どうした?」

「制圧したところです。リューク兄上、こいつなんですが」

 と、リシャナが制圧したばかりの男の肩をつま先で軽く蹴ると、「遠慮がないよね」とリュークがツッコみながら駆け寄ってきた。しゃがみこまずにリシャナの隣に立ち。

「……薬かなぁ。少なくとも、正気ではなかったんじゃない?」

「だと思います。この怪我で、私に襲い掛かりましたから。おい、医者を呼んで来い。まだ聞きたいことがあるからな」

 衛兵がリシャナの言葉を受けて駆け出す。医者を連れてくるのだ。


「どうやってここまで入ってきたんだ」


 そう言いながらエリアンがリシャナが落とした剣を差し出してくる。リシャナは左手で受け取った。

「下級役人の徽章だな。不審すぎて、逆に止められなかったのか……?」

 リシャナはそう言いながら剣を鞘に戻そうとして、上手くいかずに顔をしかめた。エリアンに剣を差し出す。

「収めてくれ」

「ああ……というか、右手は大丈夫か?」

 エリアンが先ほどからまったく動かないリシャナの右手を見て言った。剣が鞘に納められる。リシャナは肘のあたりを左手で持った。

「……痛いな」

「それ、折れてるんじゃない?」

 リュークにも言われ、そうかも、と思った。少なくとも赤くはれてきていた。

「花のかんばせにも傷がついてしまったな……」

 切られた頬のあたりをハンカチで押さえながらエリアンは残念そうだ。これくらいはすぐに治ると、リシャナ本人は気にしていない。

「無茶しないようにね、リシェ。兄上は君の顔が好きだからね」

 リュークにもそんなことを言われた。ヘルブラントは確かに、妹の顔に頓着があるようで、顔を怪我した日には大騒ぎだった。

「大丈夫だ。傷くらいであなたの価値は下がらない」

 エリアンに大真面目に言われ、さしものリシャナも何と答えるべきか迷った。というか。

「……痛い」

 右手首が、痛い。駆け付けた医師によると、粉砕骨折していた。エステルを呼ぼう、と思った。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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