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10.締結













 エリアン・ファン・リンデンだ、と名乗ると、リシャナは「エリアンだな」とうなずいた。


「父君には世話になったが」

「ああ……父から、あなたの話をよく聞いたものだ」


 正確には、せがんだのだが。エリアンと、二つ年上の兄にとっては、年の近いリシャナは英雄だった。王都の住民たちが、彼女を女神のように崇拝する気持ちが分からなくはない。


「気持ちの良い、優しい人だった。年端も行かぬ私の指示に従って、助けてくれた。亡くなったのは残念だった」


 エリアンの父がリシャナの下で戦ったのは、実は『ルナ・エリウ開城戦』だけではない。その後の戦闘でも、父は何度かリシャナと同行している。小さな姫君の指示に従うような貴族は珍しかったのだろう。

 父が亡くなったのは、エリアンが十六の時だ。六年前になる。病気であっけなく亡くなった父を悼む弔文が、リシャナから届いていたと思う。その後、兄が爵位を継いだので、エリアンは宮廷に上がって役人の仕事をするようになった。なのに、一年もたたないうちに、兄もはやり病で亡くなり、次男だったエリアンに爵位が回ってきた。兄に妻子はなかった。

 だから、エリアンに縁談を勧める親族は、それも気にしているのだと思う。兄は妻子なく亡くなり、ルーベンス公爵の相続権はエリアンと妹にしかなかった。エリアンがこのまま死ねば、妹のものになる。目の前にキルストラ公の実例があるように、この国で女性の爵位は認められているが、女性が下手に高位の爵位を手にすると、面倒でもある。


「俺は、あなたの側で戦える父がうらやましかった」


 王位継承戦争に決着がついたとき、エリアンは十四歳で、結局戦うことはなかった。その後、反乱などに派遣された際に初陣はすませたが、その時すでに北方に封じられていたリシャナの下につくことはなかった。

「当時は子供だっただろう。子供が無理に戦う必要はない」

「あなたは『ルナ・エリウ開城戦』の時、十三歳だったはずだ」

 リシャナはエリアンより三歳年上なので、そのはずだ。戦場に出て兵を率いるのは高貴なものの務めではあるが、さすがに若すぎる。


「庇護者がいるのなら、その庇護下にいてしかるべきという話だ」


 さくっとリシャナは言った。微妙な言い方であるが、護ってくれる父親がいたのだから、無理に戦う必要はなかったのだ、ということだろう。リシャナは自分で自分の身を守らねばならなかった。それが彼女の根幹をなしており、エリアンが惹かれたところでもある。


「お前も兄上たちも、私に感謝しているのだと言う。だが私は、王族の務めを果たすとか、そんな高尚な理由であの時、城門を閉じて戦ったわけではない……」


 本気の言葉だったと思う。すべてを話したわけではないが、リシャナは周囲が思っているより人間らしい人だ。何を言いたいのかわかる気がする。彼女には、彼女の思惑があった、ということだ。


「そうだとしても、たとえ結果論だとしても、あなたが俺や王都の住民、果ては陛下まで助けたことには変わりない。そのことまで否定する必要は、ないんじゃないか。むしろ、あなたは賞賛を受けるべきだ。そのことで自分勝手なことをしたと悔やめるのなら、その方が有意義なんじゃないか」


 リシャナの澄み切った瞳がエリアンを見つめた。

「……お前は思ったよりいい奴のようだ。利用するのが、少し申し訳ない」

 そう言うところだぞ、と思いつつ、エリアンは不敵に笑った。

「それこそ、俺は自分勝手な理由であなたの婚約者に収まるんだ。気を使ってもらう必要はないな」

「そう言うものか」

「ああ」

 かすかに笑ってリシャナはうなずいた。

「お前が相手なら、悪くないかもしれないな」

 尤も、そうそう顔を合わせることがないだろう、というのが目下の悩みどころである。














 リシャナは王の妹にしてキルストラ公爵にして北の国境を預かる北壁の女王である。相手を一人決めたのなら、それを兄王に報告すべきである、と考えたらしい。まじめだ。

 妹の報告を受けたヘルブラントは思いのほか喜んだ。というか、エリアンでいいのだろうかという思いが頭の中をめぐる。というか、兄妹の温度差がすごい。

「姉上にも報告しよう」

「兄上……」

 リシャナが止めにかかる。ヘルブラントの姉は一人しかいない。隣国に嫁いだアルベルティナだ。エリアンは彼女を知らないが、季節ごとに手紙を送ってくるような女性である。ヘルブラントと同じくらい喜びそうだ。


 実のところ、エリアンにもなぜこんなにもヘルブラントが妹の進退を気にするのかわからない。別に結婚しない高貴な女性などいくらでもいるし、リシャナは婚姻などで縛らなくても、その矜持ゆえに北壁の女王として君臨し続けるだろう。何か裏がありそうな気もするが、さすがに読み取れない。

「お前に追わせて正解だったな。もしかしたらとは思ったが、リシェあれを口説き落としてくるとは」

「誉められたと思っておきます」

 政務に戻ったエリアンは、そんなことをうそぶくヘルブラントにそっけなく返した。考え事をしていたので、そっけなくなった、ともいう。


「いや、お前はリシェに好意を持っていただろうな、という話だ」


 かなり動揺した。しれっとこういうことを言うところが、この王の食えないところだ。どこまで気づいているのだろう。

「否定はしませんが。しかし、彼女に好意を持つ人間は私だけではないでしょう」

「そうだな。あの子の地位や見た目に好意を抱くものは多いな」

 さすがに厳しい見方をする。その面白がっているような言動に惑わされがちであるが、ヘルブラントは怜悧な国王でもあるのだ。おそらく、妹のことを可愛がっているのは事実だが、その妹に付随する地位や身分、資産なども心配している。主に、その行く末に。


 エリアンはリシャナに好意を持ってはいるが、恋慕ではなく、彼女の地位も彼女の所有物として見ている。割り切った考え方だ。そして、リシャナも変に愛をささやかれるより、こうした割り切った相手の方が交渉に乗ってくるだろう。エリアンですらそう思うのだから、兄であるヘルブラントがリシャナの性質を考慮に入れていないとは思えない。それも考えてエリアンをリシャナの元に向かわせたのだとしたら、この人は恐ろしい人だ。

「お前、俺に対して失礼なことを考えてないか」

 黙り込んだエリアンに、ヘルブラントは笑って顔を覗き込んできた。エリアンは首を左右に振る。

「いえ。陛下とキルストラ公は、やはりご兄妹なのだな、と思っておりました」

 主に考え方が似ている気がする。リシャナの方が、ややまっすぐな気がするが。ヘルブラントは「そうか?」と嬉しそうに笑っている。

「リシェ、と呼んでやれ。本名で呼ぶとにらまれるぞ」

「……にらまれたい気もしますが」

 思わず零れた本音に、ヘルブラントは一回り年下の臣下を見上げた。ヘルブラントは椅子に腰かけており、エリアンは立ったままなのだ。

「……そういう趣味か? 言っておくが、俺の妹はああ見えて情の深い娘だぞ」

「わかっております」

 そう言うことじゃない。そう言う趣味でもない。……たぶん、おそらく。















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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