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提案


以降、デレクには努めてビジネスライクに接した。仕事上どうしても必要なことだけを話す。

こちらも大人だ、あからさまに避けたりはしない。笑顔で壁を作った。


そんな折り、ひと騒動が起こった。

デレクと組んでいた魔術師が恋人との痴話喧嘩から失踪し、仕事に穴を空けてしまった。

あまりに突然のことで、他の皆もちょうど手持ちの仕事があり、デレクをフォローできる手がなかった。


「後少しでエレナの手が空くから、それまで何とか一人で対応できるか? もしくは同業から1人、派遣を回してもらうかだな。うーん……」


頭を抱える夫に、デレクがさらりと提案した。


「ポーラさんにフォローしてもらうのは駄目でしょうか? 光属性の魔術師とのペアでないとこの依頼はこなせませんし、単発の依頼ですから、短期勝負で片が付くと判断します」


ああそうか、その手があったなと夫は手を叩いた。当の私はぎょっとしたが、確かにデレクの提案は妥当だ。

単発の依頼をこなす分には、私の代打で十分だろう。失踪した魔術師も戻って来るかもしれない。

デレクとペアを組むのは憂鬱だが、これも仕事。

やむを得ずと了承し、久しぶりに現場へ出た。


しかし意外や意外、デレクと2人で取り組んだ現場仕事は、思いのほか楽しかった。

一緒に作戦を練り、四苦八苦しながらも無事に依頼を完遂したときには、達成感に満たされた。


「ヤバいですね、ポーラさんの光魔法。うっかり俺まで浄化されそうでした」


「ウソウソ。デレクの創るブラックホールは闇深すぎでしょ。どこまでも吸い込まれそうだわ」


興奮冷めやらぬ私たちは、現場帰りに遅めの昼休憩を取り、それから事務所へ戻った。

それでも帰社予定時間より少し早かった。


「……ポーラさん?」


事務所のガラス戸の前でピタリと立ち止まった私に、デレクが声をかけた。


「どうしたんですか、閉まってるんです?」


そしてひょいと覗きこみ、状況を理解したらしい。

ガラス越しに見えるのは、私の夫ランドルと愛人のケイティが抱きしめ合っている姿だ。


「……っ!」


ぐいっと後ろに手を引かれた。


「行きましょう」と私の手を掴んで踵を返したデレクは、来た道をずんずん歩いて行く。

その歩幅の広さと握る手の力強さに圧倒され、引かれるままに付いて行った。


住宅街の中にある公園まで来ると、デレクは手を離した。2人並んでベンチに腰かけた。


「やっぱり俺、無理です。見て見ぬふりするのも限度があります。誰も何も言わないからってあんな……事務所で堂々とって、ふざけてますよね」


さっきの2人を見て、ふざけんなと私も思った。

デレクは私の気持ちを見事に代弁してくれて、私の代わりに怒ってくれている。それは分かるが、安易に同意を示せない私は、途方に暮れた。


「……息子がいるの、4歳の」


「え? ああ、はい。あれですか、子供のために我慢する的な、よくある理由……」


「ちょっと特殊な子なの。感受性が強いというか、個性的というか協調性がないというか。で、幼稚園で受け入れを拒否されて、今は自宅で子守り兼、家庭教師を付けているの。正直とてもお金がかかるの。ランドルと私、夫婦2人の収入があってこそ、息子に良い環境を与えてあげられるの」


これは言い訳だろうか。言い訳がましいだろうか。

でも本当だ。息子のニコラスのことを思うと、ランドルとの間に波風は立てたくない。育児に関してはこれまでに散々揉めて、落としどころを見つけて、やっと落ち着く形になったのだから。


「他人に任せないで、母親である私が子守りすべきだって思うわよね。私もそう思ってやっていたわ。でも駄目だった。四六時中息子と一緒で、寝ても覚めても息子中心の生活で、全てを費やして、それでも思い通りにならないことだらけで、疲れきって……」


どうしてデレクにこんな打ち明け話をしているのだろう。うんと年下の独身の新入社員くんに話したところで、理解されないだろうに。


「日々、閉塞感でいっぱいだった。あの子を殺して、自分も死のうと思ったこともあるわ。そんな状態を見かねて、ランドルが言ったの。ニコラスは幼稚園に入れて、私は働けばいいって。結果的に幼稚園には受け入れてもらえなかったけど、相性の合う家庭教師が見つかって、今は上手くいってるの」


薄く微笑んだ。デレクはじっと黙って、私の話に耳を傾けている。


「ひどい母親よね」


「どこがですか。立派なお母さんですよ。よく頑張って、よく我慢して――……事情は分かりました。子供の幸せを考えて、ランドルさんの浮気は黙認すると、そういうことですね」


要約されれば、つまりはそういうことだ。

夫と愛人の関係を問いただして、離婚に発展することを私は望んでいない。


ランドルの浮気が原因となれば、慰謝料や養育費は請求できるだろうが、浮気の証拠を揃えたり、裁判を申し立てるには、費用も気力もいる。

長期戦になるかもしれないし、両親がいがみ合う姿をニコラスに見せたくないというのが本音だ。

ニコラスはパパのことが好きだ。ニコラスにとって、ランドルは良い父親なのだ。

ニコラスから「大好きなパパ」を奪いたくない。


「ええ。私さえ黙って、見て見ぬふりをしてれば平穏だから」


こんな大人をこの若者は軽蔑するだろうか。無愛想なくせに正義感あふれる、清い新人くんは。


「でもポーラさんだけが我慢して、不公平だ。ランドルさんは隠す努力を怠り、あんなに堂々と浮気してるんですよ。せめてバレないように気を配るのが、不義理の礼儀じゃないですか」


デレクはそう言って私を見た。


「ポーラさんもしたらどうですか?」


「何を?」


「浮気を。目には目を、歯には歯を。浮気には浮気を、です」


「馬鹿言わないで」


「当てつけに。俺としませんか、浮気」


「冗談でしょ、からかわないで」


「冗談に聞こえますか? 俺は本気です」


デレクの瞳が真剣さを訴える。ぎょっとした。ぎょっとしてドキッとして、そのことに慌てた。


「おばさん相手に何言って――」


「おばさんだなんて思ったことないです。てか年齢なんて気にしたことないです」


草食系――というか絶食系かと勝手にイメージしていたら、まさかの雑食系!?

淡々とした態度でグイグイ迫ってくる新人類に、おののいた。


「私は気にするわ。夫に不倫されてる可哀想なおばさんに同情してくれてるんでしょうけど、そういうのは要らないから。ごめんねありがとう、話に付き合ってくれて。気を使わせて」


この話はもう終わりよ、事務所に戻りましょうと私は話を打ち切って、ベンチを立った。



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