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新入社員

夫が経営している人材派遣会社に新しい人材が入った。

黒魔術師デレク・スタレット、21歳。黒目黒髪で痩身、陰気そうな無表情で無愛想。

黒魔術師と聞いてイメージする人物像そのものすぎて、初対面のときには逆に面食らった。


一昔前は冒険者ギルドというものがあり、武術や魔術の腕に自信のあるフリーランスはギルドに加入していた。

冒険ギルドの主な仕事は「魔物狩りをして素材集め」だったが、乱獲や自然環境の変化により魔物数が激減、魔物は絶滅の危機に瀕した。

魔物は害獣だが、素材が必要なため絶滅してもらっても困る。そこで政府は魔物の保護と管理飼育に乗り出した。

魔物はもう狩るものではなく、育てて回収するものとなった。

そして冒険者ギルドは廃れて行った。


しかし冒険者ギルドの仕事は、魔物狩りが全てではなかった。

依頼を請け負う仕事も、魔物狩りほど盛況ではなかったが、行われていた。

夫の人材派遣会社はその需要の受け皿となっている。

依頼に応じて、会社に所属している武術師や魔術師を派遣する。

依頼の内容は大小様々だが、犯罪に加担しないものであれば大抵引き受けている。


所属している社員は、精鋭少数の7名。

新人くんを入れて8名だ。



「ランドルさんと、ケイティさんってデキてるんですか?」


依頼の打ち合わせ中、あまりに反応が薄いので、ちゃんと聞いているのか問おうとした瞬間、新人くんは聞こえるか聞こえないかの声量でボソリと呟いた。


ちなみにランドルは私の夫で、ケイティはうち所属の踊り子だ。


踊り子といっても、ただ踊るだけではない。その身軽さと柔軟性を武器とした格闘技を使いこなし、幻惑系の魔術を使う。もちろん普通にダンスも上手い。パワー系の泥臭い仕事は苦手だ。


そのケイティと夫が、少し離れたところで2人顔を寄せ合って、別の打ち合わせをしている様子を眺めていた新人くんは、そう感じたらしい。

あの2人はデキてるんじゃないかと。


入社して5日の新人が気付くほどの一目瞭然っぷりだったとは。


「まさか。距離が近いのは打ち合わせに熱が入ってるだけよ。あなたももう少し真剣に聞いて。いい? いま伝えた依頼の注意事項、理解した?」


視線を戻したデレクが、ついと私を見た。黒曜石のような瞳は相変わらずしれっとしていて、感情が読めない。


「はい。依頼のあった壺は故人の形見のため、傷一つ付けないようにですね」


そしてスラスラと淀みなく確認事項を述べていく。

不意に爆弾発言をぶっこんでおいて、何事も無かったようなこの態度。優秀な優等生という前評判に間違いはないが、何だかふざけている。

何なのこいつと思うことが、この5日で何度かあった。

そう、私はこの新人類の新人くんが超苦手だ。今そうハッキリと自覚した。


なるべく深く関わらないようにしようと決意したが、いかんせん彼は新人で、私は経営者の妻で新人の指導係だ。

現場指導は夫がしているが、現場以外で生ずる仕事――書類仕事や総務、福利厚生うんぬんは私の管轄なのだ。なので関わらずにはいられない。


仕方ない。彼は優秀で仕事の飲み込みがとても早く、そつがない。ただ愛想がないだけで。

しかしそれさえも「寡黙で信頼できる」「ヘラヘラしてないところが良い」と一部の客層には好評なのだから、一概に欠点とは言えないことを知った。謎だ。


デレクの見た目と雰囲気が、そう思わせるのかもしれない。

よく見ると、なかなかのイケメンと思えなくも……ない。

艶やかな黒髪に黒曜石のような瞳、どこか退廃的で陰鬱とした、翳りのある雰囲気。


ちゃんとご飯食べてるのかいと、思わず心配になるタイプだ。実際少食だしな。

だから病弱そうで、幸が薄そうに見えるのかも……って私、人の顔をまじまじと見てかなり失礼なことを。


「僕の顔に何か付いてます?」


「あっ、うん、ここにパンくずが…」


自分の唇の端を指先で示して見せると、デレクは「えっ」と言って、慌てて唇を拭った。

常に冷静沈着で可愛げのない新人くんが焦る姿を初めて目撃し、不覚にも可愛いと思ってしまった。

わりと素直に騙されるんだなあって。


皆が出払っている、新人くんと2人きりの事務所。

斜め向かい合った席で、少し遅めのランチパンをもきゅもきゅと食する昼下がり。


「あの、ポーラさんはもう現場には出ないんですか?」


また唐突な質問だ。面食らう私に、デレクはボソボソと話した。


「白魔術の上級者だと聞きました。昔は軍の聖歌隊に所属していたとか。そんな凄い経歴があるのに、勿体ないと思います」


「昔ねぇ……そう、もう大昔の話よ。形ばかりの聖歌隊だったから、そんなに大した活躍はしていないわ。今はほら、裏方が性に合ってるのよ。大体、経営者の妻ってそういう立ち位置でしょう? 私がランドルと一緒に現場に出ると、周りが気を使うし……」


君が現場にいるとやりにくいんだ、と夫に申し訳なさそうに言われた日のことを思い出した。

確かに現場に夫婦がいると気を使うし、私情を挟んでしまって私たち自身もやりにくいだろうと納得した。

夫は外で活躍し、妻は中を守る。それが妥当な形だと思った。


「どうして戦わないんですか?」


珍しく張りのある声を出したデレクに驚いた。


「えっ、だから、事務仕事は私しか出来る人間がいないし、現場は人手が足りてるし」


「そういうことを言ってるんじゃないです、事務員は雇えばいいし。どうしてケイティさんと戦わないんですか? 2人を問い詰めて、とっちめればいいのに。そうする権利があると思います。奥さんなんですから」


ビックリした。本当にびっくりして動揺して、誤魔化すようにかっとした。


「なっ、余計なお世話っ……プライベートなことに口出ししないで。あなたには関係ないわ」


言いながらはっとした。もしかしてこの子、あの2人にも余計なことを言ってないでしょうね!?


「ランドルとケイティにも変なこと言わないでよ」


「僕からは言いません、ご心配なく。ポーラさんが言うべきだと思います」


「だから、それが余計なお世話だって」


「分かりました。もう何も言いません。仕事に戻ります」


そう言ってさっさと業務に戻ったデレクは、なに食わぬ涼しい顔をして、出先から戻った夫と普通に話していた。


無性に癪にさわった。

何なのこの子は。最近の若者は。

冷めてるくせに正義感ふりかざして? 正論を言えば正しいと思ってるのかしら。


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