5話
目が開いた。
視線の先にはリサの体の上に乗っかりククリナイフを振り下ろそうとしている女がいた。
女はリサが殺したはずだ。なぜ生きているのだ。
なぜリサが女の下に倒れているのか。
先程まで見ていた光景は一体……何だったのだ。
訳がわからなすぎて頭を抱えた。
女が音に反応しこちらに気がついたのかこちらに顔を向けてきた。
「あっ、起きちゃったか~。 じゃあ違いに気付いたんだね」
「違い……?」
「うん、そうだよ~。私の能力って結構精神力使うから結構凡ミスで夢の中で指一本だけつけ忘れることとか良くあるんだよね~。 しかも今回は二人同時に能力にかけたからまあ、仕方ないかな~。 ほら、夢の中でこれは夢だって思ったら身が覚めることあるじゃん? あんな感じだよ」
「夢? 今までのは夢だったっていうのか!?」
「だからさっきからそう言ってるじゃ~ん。夢の中じゃ私を殺してハッピーエンドってことになってるけど、残念でした~。 現実の私は生きてま~す」
女が小馬鹿にしたように笑いながら驚くべきことを口にした。
今までの光景は全て夢の産物であったというのだ。
恐るべきことだ。
もし自分が夢の中で違和感に気づくのが少しでも遅ければ、リサは死んでいた。
だが、今はそんな、たらればの話はどうでもいい。
まずはリサを女から助けることが先決だ。
しゃにむに女のいる方向へ向かい走っていく。
将がリサを抱き抱え走り去ろうとするが…
「のこのこ逃げられるつもりかよ!」
怒気をはらんだ声で叫ぶと、女は手に持っていたククリナイフを将ではとても視認できないような早さで突き刺した。
だが、肝心の将には命中せず空を切った。
女は確実に仕留めるつもりで突き刺したククリナイフに何の感触もないことに衝撃を受け、一瞬呆けた。
だが、それも束の間。
「なんつースピードだ! ちっ、能力が今になって開花しやがった。逃がすかよ!」
将は恐るべきスピードで女とは反対方向に走り去っていたのだ。
女も超スピードで追いかける。
将は後ろに視線をやり、追いかけてくる女を確認した。
将はリサを抱き抱えているため今頃はとっくに女に捕まっているはずだが、なぜか捕まっていない。
しかもなぜだか体が軽い。
今まで感じたことのない程の空気の抵抗を感じる。
火事場の馬鹿力とでも言うやつか?と思ったがそれにしても体が軽すぎる。
「う……私は何を……」
走っているときに伝わる振動でリサが起きたようだ。
「リサ、今非常に余裕がないから簡潔に伝える。今まで俺たちが見ていたのは夢だったんだ!あの女を殺したのも全て夢の中での出来事だったんだよ!何かよくわからないが夢を操る能力を持っているらしい」
「そうですか……彼女の能力で」
リサはふと辺りを見渡した。
「将さん。このスピード、能力が開花したのですね」
「うおっ!本当だ!何だこの速さ!」
体感していた以上の速度で走っていたことに今更ながらに気付いた。
「今更言いにくいのですが…その…もう下ろしてもらっても結構ですよ…」
将は一旦立ち止まり抱えていたリサを下ろした。
「おっと、悪い。もう大丈夫なのか?」
「ええ、お陰さまで。身体中に痛みを感じますが動けないほどではありません。それはそうと後ろから追いかけてくる彼女を迎え撃ちますよ」
「えっ!このまま逃げ切るんじゃないのか!?」
「あの女は放っておけばどこまでも追いかけてきますよ。迎え撃つ他はありません」
リサは女がやって来るであろう方角へ体を向け体勢を整える。将も覚悟を決め見よう見まねで体勢を整える。
将は言おう言おうと思っていたことをここで口に出すことにした。
「リサ、夢の中では申し訳なかった」
「なんのことです? 将さんは何も悪いことなどしてませんよ?」
リサはそう言いながら微笑した。
将はこのリサの気遣いに感謝しながら、同時に自分の不甲斐なさを改めて痛感した。
これからは自分などのために気を遣わせないようにもっと頼りがいのある男にならなければと、そう思った。
「将さん。彼女との闘いの最中に私が合図したら夢の中での様に一瞬でもいいので彼女の気をそらしてください。一瞬もあれば十分です」
「ああ、わかった」
声が震えたのが自分でも分かった。
リサが心配そうに見つめてくる。
「大丈夫だリサ。俺はもう大丈夫だ」
「あまり気負わないでくださいね?将さんの能力が発現した現状、二人がかりで勝てない相手ではありません」
突然リサの顔つきが変わり、辺りに緊張の空気が走る。
どうやら女が追い付いたようだ。
女の顔は汗一つ書いていない。とてつもない体力だ。
「あれ~?わざわざお出迎え~? 今からあたしに殺されるお馬鹿さん達が自ら死を選ぶのかしら~ん」
女は舌をペロリと下唇を嘗め勝ちを確信した様に微笑んだ。
「いいえ、死にに来たのではありません。あなたを倒しに来たのですよ」
空気が凍った。
「ふーん、じゃあ望み通り殺してやるよ!!」
女がリサの瞬きに合わせ間合いまで入り込みククリナイフを突き刺す。リサは器用にそれを棒の側面で受け止めた。
何度も何度も恐るべき速度でククリナイフを突き刺すがリサはそれを全て同じように受け止める。
「くっ」
リサが呻き声をあげた。
受け止めきれなかった攻撃がリサの頬をかすったのだ。
リサが半円球状に自らの武器を振り回す。
女は後ろに跳躍し難なく避けた。
先程のリサの武器によりアスファルト製の地面が所々えぐれている。凄まじいパワーだ。
女がリサに向かいまたもやナイフを突き刺す。そして連続の猛攻にリサは攻撃で返す。
ナイフと棒の名ばかりの剣戟が始まった。
女が地面を蹴り跳躍しククリナイフを思い切り振り下ろす。
リサはそれを棒で受け止めたが、凄まじい衝撃により地面は円形状に陥没した。
リサが足に相当の負荷がかかったらしくバランスを崩した。
「くっ…」
「じゃあ今度こそ殺すね~」
女は満面の笑みでそう口にした。
その表情を保ちながらリサの方へ歩いていく。
だが、女はそこで何を思ったのか立ち止まった。
「あっ…夢の中でリサちんの能力をちょっとだけ見せてもらったけど、近づいたら発動する能力かもしれないし」
女は大地を蹴り、後ろへ跳躍した。
が、空中で視線が後ろに固定された。
視線の先にいたのは同じ程の高さまで跳躍した将だった。
「お前はァァ」
突如凄まじい衝撃が女の背中を走り抜ける。
将が、女の背中を蹴ったのだ。
将の能力により強化された足に蹴られたのだ。
衝撃は相当のもので、蹴られた女は地面に到達したあとも引きずられながらどんどん距離が離れていく。
女が前を見るといつの間にか目の前にリサがいた。
「言ったはずです。慢心は敗北を生むと」
「この、みそかす野郎ぉお!!」
女とリサがすれ違う瞬間、リサが女から素早く何かを奪った。
「この!なめるなぁぁ!!」
女がアスファルトの地面を殴り付けた。衝撃により手がアスファルトに埋まった。手を固定させることにより衝撃を防いだのだ。
体勢を立て直した女が憤怒の表情で二人を睨む。
今までの余裕を含む顔ではなくなっていた。
「殺す!殺す!ぐちゃぐちゃにぶっ殺してやる!!」
女が彼我の距離をつめようと戦闘体勢をとる。
一方リサはゆっくりといつの間にか手に持っていた人形の、ほつれにすれ違い様に女から抜き取った髪の毛を押し込んだ。
「てめぇ!何をしてやがるぅぅ!」
「夢の中で私の能力がどう言うものか見たのでしょう?」
怒りのままに女がリサへ突っ込む。
だが、慌てずに懐から取り出したライターをつけ人形に着火した。
突如として女の衣服に火がついた。
その火はどんどんと燃え広がりしまいには女の体全体を焼き付くすに足るほどの炎になっていた。
人形も同じ様に燃えていた。
女はジタバタとまるで人形のように躍りながらパタリと倒れた。
炎は鎮火し黒焦げになった女の亡骸だけが残った。
リサは将の方へ向き直った。
「さあ、将さん終わりました。彼女を倒せたのはあなたのお陰です」
だが将はまだ視線を倒れている女に釘付けにしていた。
先程倒れてから指が動いたように感じた。
丸焦げになったなら普通の人間であれば確実に死んでいるだろう。
だが、普通の話ならだ。将が見た限りあの女は到底普通と呼ぶにはおぞましすぎた。
もしかしたら生きているのかもしれないと思うと視線を彼女から離すことなどできなかった。
「将さん?」
リサが不思議そうな顔で覗き混んできた。
リサに話しかけられたため一瞬女から視線をはずしてしまった。
すぐさま視線を戻すと倒れていたはずの女は消えていた。
「リサ!後ろだっ!!」
女がいつの間にかリサの後ろまで迫りナイフをりさの心の臓へ突き刺そうとしていたのだ。間に合わない。
「ちょいやっさ!」
突然リサが消え、老婆がリサと入れ替わるようにして現れた。
その老婆は女のナイフをリサと同じような棒で凪ぎはらい、さらに女の横腹を老体とは思えないほどの威力で思い切り蹴飛ばした。
女は転がりながらアスファルトの上をすっ飛んでいった。
「師匠!」
見るとリサは10メートルほど離れた所に立っていた。
老婆はリサを見ると破顔一笑し
「おお、リサ無事じゃったか!」
「師匠、なぜここに?」
リサは不思議そうに尋ねた。
「お主が何者かと闘っていると後藤が言うとったので来てみれば案の定というわけじゃ。後藤に感謝するんじゃな」
「そうですか…後藤さんが」
老婆が将の方へ向き訝しむ様な視線を向けた。
じろじろと何かを観察するように将を見た後に
「こんな小僧が救世主のお、心配じゃのお~」
突如、その場に轟音が鳴り響いた。
考えられる原因はただ一つ。
三人は一斉に轟音の元凶である女に視線を向けた。
女は側にあった塀に思い切り拳を叩きつけていた。
塀に亀裂が入り崩れ去った。
威力から女の怒りの度合いを、察することができるようだ。
女の顔は焼け焦げ皮膚がただれた状態からも分かるほどに憤怒で染まっていた。
「このクソカスどもぉぉぉ!! ぐちゃぐちゃにぶっ殺してやる!!」
「ひょっ、驚いた!強めに蹴ったはずじゃが、ピンピンしとる」
3人はいいつでも動けるようにすぐさま構えをとった。静寂が辺りを支配している。
女が下を向きぶつぶつと何かを喋っている。
「ちっ!お前ら3人とこの状態でやり合うのは分がわりい。お前らの命を奪うのは後にしといてやるよ~。じゃあね~」
女が手をヒラヒラとふりながら言った。
今まで濃密に漂っていた女の怒りが霧散したように感じた。
「待てっ!逃がすか!」
将が追うが、女は夜の闇に溶け込むようにして消えた。
「どこまでもふざけた女ですね」
リサが侮蔑するように口にした。
「あの女、みおと同じ顔しとったがただのそっくりさんではないのじゃろう?みおはどうした?」
「みおはもう……あれはみおの皮をかぶった別人です……」
「そうか…みおが死んだか」
老婆は悲しそうにうつむいた。
この反応を見るに老婆もみおと相当長い付き合いだったのだろう。
改めて言葉にされるととてつもなく悲しくなってくる。将は自分の不甲斐なさに歯軋りをした。
「リサ、あの女は何者なんじゃ」
「さあ、全く分かりませんがこのタイミングで将さんを狙ってきたということは……」
「むう、あちら側に感づかれたとうことかのお」
「ちょっと待ってくれ!俺が救世主!?何だ!どうなってるんだ!まず俺に分かるようにして説明してくれ!」
将の鬱憤が爆発した。
将だけ今まで置いてけぼりにされ、救世主などと老婆に言われたあげく幼馴染みの皮をかぶった女に襲われるはもはや意味がわからない。
常識の範疇を越えている。将の頭ではもう何が何だか理解できなかった。
「将さん……」
「おお、そうじゃったな。肝心のお主に話さなければ元も子もないわい。まあ、詳しいことは儂らの拠点に移動してからじゃ」
老婆がパチッと指をならした。
突如視界が変わり目の前に大きな屋敷が姿を現した。
「ようこそここが儂らの拠点じゃ」