3話
「リサ……お前も」
将が驚いた顔でリサを見つめる。
リサは前を向いているため将からは顔が見えないが、後ろからでも悔しそうに下唇を噛んでいる表情だけは感じ取れた。
リサは怒りで震える心を無理やり平静にし、
「殺したのですか?」
ククリナイフを持った女はおどけた様子で両手をあげた。
「さあ~わかんな~い」
「殺したのですね……殺したのだな!」
抑えていた怒りが爆発した。
辺り一体が殺気に満ちた。
濃密な死の気配を色濃く含んだ気配だ。
リサが怒りに身を任せ、持っていた棒のようなものを力の限り女に叩きつける。
女はそれを半身になって避け、リサの首をククリナイフで切り裂こうとする。
リサはその猛攻を地を蹴ることで後ろにものすごい勢いで脱出し避けた。
将の目には一瞬のことで何をしているかわわからなかった。
例え一瞬でもそれほどまでに人間離れした者達による戦いを見せられては、動けなかったのも仕方がない。
戦いはまだ続く。
女が空高く跳躍し電柱の一番真上に乗った。
そして真上からリサめがけ滑空し突っ込んでいく。
リサはそれを予測し何とか避けたが
「ちっ、皮一枚程度か」
リサの制服にジワッと血がにじみ出た。
完璧には避けきれずに薄皮一枚で止まっていたようだ。
さらにもう一度女は跳躍した。
先程の電柱とは違った電柱の真上に飛び乗る。
そして先ほどと同じく勢いよく滑空しリサめがけ突っ込んでいく。
リサは避けた。
だがそれを見越していたかのようにさらに別の柱を地面と平行に足蹴にしさらに加速しリサに迫っていく。
これまたリサはなんとか避けた。
さらにまた同じように女が地面と平行に電柱を足蹴にし先程よりもさらに加速しリサに迫っていく。
リサは今度は避けきれず真正面からの攻撃により傷を受けてしまった。
ふくらはぎの皮がベロンとめくれている。
リサはそれを気にも止めずに更なる猛攻に対処するべく棒を構える。
女はさらに電柱や塀を利用して加速していく。
更に更にとてつもないスピードになっていく。
将の目にはただ線が言ったり来たりしているようにしか見えなかった。
カキーン、キン、キンッ
けたたましい金属音が辺り一斉に鳴り響く。
将には線がリサの方向へ収束していることぐらいしか視認できなかった。
彼は全く動けないでいた。
今まで安穏な生活に身を置いていた者が、この非日常の死ぬか生きるか二択しか存在しない世界に片足を踏み込んだのだ。
この反応は至極当然と言える。
けたたましい金属音が収まった。
いつの間にかリサと女が対面するように立っていた。
リサは満身創痍、女は全くの無傷だ。
リサが肩で息をしているのがわかった。相当体力を消耗している。
リサの体力が底をつきかけていると理解した女が口が割けたと錯覚するほどの満面の笑みを見せた。
「リサちーん。もう限界なんじゃないの~? クスクス。これじゃあ弱いものいじめになっちゃう~。 直ぐに殺してあげるね、リサち~ん」
「もう勝ったつもりですか? 私はまだ負けてませんよ? 満身はいつだって敗者の特権ですよ」
「ああ!? そうかよ、そんなに死にてぇかよ。なら殺してやるよ!」
苛立ちを感じさせる声でそう叫んだ女は勢いよく自分の服の内側に手を突っ込んだ。
ククリナイフを持った女がまるで曲芸のように服の下から複数本の全く同じ型のククリナイフを一瞬の内に出した。
そしてそれをリサに一斉に投げつける。
複数のククリナイフが空をかっきりながら一直線に対象に向かっていく、それはもう凶器的な美しさすらもはらんでいる光景であった。
だがそのナイフは対象者に当たることなく地に落ちることになる。
リサがそれをあろうことか手に持っていた棒で全てを一瞬の内に叩き落としたのだ。
女はいつの間にかナイフを隠れ蓑にリサの前まで恐ろしいまでの速度で一瞬で彼我の距離をつめていた。
リサの目の前に気がつけば蹴りが迫っていた。
回避するすべはない。受け身も取れない。
「ぐあっっ!」
胴体に女の足が勢いよく食い込んだ。
リサはそれによってバランスを崩し、女による追従の数々を甘んじて受ける他なくなった。
ククリナイフがリサの体を瞬く間につぎはぎの状態にしていく。
そしていつの間にか形勢は女の方に傾いていた。
リサが地面に仰向けに叩きつけられ、その上に女が乗っかっていた。
「チェックメイトだよ」
言葉とは裏腹に女の顔は喜色でうまっていた。
まるで殺しという行為のためだけに生きている、そんな歪な精神構造がかいま見えるようであった。
「リサッ!!」
将がリサを助けようと女の顔面に思いきりの蹴りを放とうとしていた。
「うがぁああぁぁ」
蹴ろうとしたにも関わらず、自分の体は塀に叩きつけられていた。
凄まじい衝撃で開かない瞳にかろうじて女が腕を突きだしているのが、視認できた。
「はいはい、ご苦労様、頑張った頑張った」
女はどこまでもなめ腐っているようにあくびをしながら嘲弄した。
「将さん、ありがとうございます」
突如声がした。
「てめぇなに勝手に私の許しなくしゃべろうとしてんだ!? 殺すぞカス野郎! お前の命はもうすでに私の手のひらの上だってこと理解してんのか!? あぁーん?」
リサは侮蔑を色濃く含んだ声でそっと告げる。
「まだ気づかないんですか?もうすでに終わってますよ?」
「何を!?」
瞬間女が首を押さえながら悶え苦しみ始めた。
「がっ、息が、息が苦しい。 てめぇ何をした!」
女が地面をジタバタと転げ回る。
先ほどとは形勢逆転の立ち位置だ。
リサは立ち上がり、倒れたときについた汚れをパッパッと手で払いながら
「言うわけがないでしょう。他人の能力を教えてもらえると思ってるだなんてとんだ間抜けなお馬鹿さんですね、あなたは。」
リサという存在を根底から覆すかのような声音で告げた。表情はまるで地面に横たわっているなんの動物の糞かもわからない糞を見下すような顔だ。
リサはもう勝負がついたと確信したためか、背を向け将の方へ向かっていく。
「将さん? 無事ですか? 将さんが彼女の注意を引いてくれたお陰で形勢逆転することができました」
「う、、」
リサが壁にもたれ掛かっている将の肩を抱きそっと優しく立たせた。
「リサ、一体何を………」
リサがそっと自らの口に人差し指をあてて言った。
「企業秘密です。さあ、ここで少しの間待っていてください。今からあの芋虫を始末してきますので」
地べたに這いつくばっている女の元に着いたリサは女が所有していた一本のククリナイフを奪い取った。
リサはククリナイフを女の眼前に突きつけながら
「チェックメイトです。」
女が先程リサに向けていった言葉をそっくりそのまま返した。
そして女の柔らかな肌に硬質な凶器が突き刺さり肉を通過し、心臓にまで達し、そして女は死んだ。