1話
「おはよう!」
勝木 将は元気よく挨拶し教室に入った。
彼の人望や見た目からか彼はクラス内ではいわゆるスクールカースト上位の位置についていた。
もしこの世界がゲームかアニメの類いの世界であるならば間違いなく主人公だろうなという感じの人間だ。
そんな人気者の将に対してクラスメイトたちは口々に挨拶していく。
「将、おはよー!」
「おっ、今日はおせーじゃねえか将。寝坊でもしたのか?」
「あっ、将だ。おっはよー!」
彼はそれぞれの返答にそれぞれ反応しながら自分の座るべき席に歩いていく。
「くくっ、今日も人気者だねー」
周りに聞こえないように小声で嫌味ったらしく言ったのは安藤 優だ。
「おはよう。優」
将は安藤の嫌味たっぷりの朝の挨拶にも快く挨拶した。
将と安藤は別段仲良しというほどでもないが、なぜか安藤の方が話しかけてくるために将は嫌味たっぷりだとしても仲良くなりたいのかなと思い快く返答していた。
ちなみに同じ誕生日ということも将の安藤への好感度に拍車をかける要因であった。
席についた後にも人気者の将は集まってきたクラスメイトたちと楽しく談笑しながら朝礼が始まるまでの間担任の先生が来るのを待っていた。
「おはようーう」
担任がドアをガラッと勢いよく明け、これまたその勢いよさと比例するような元気いっぱいの声で入ってきた。
「「「おはようございます」」」
もろもろの連絡を終えた担任は颯爽と職員室へ立ち去っていった。
そして一時間目の授業が始まった。
「くくく、これで俺がこうすれば。フフフ」
横の席で安藤が小声で何か喋りながらノートにいたずら書きをしているのが見えた。
将としてはこの光景は日常茶飯事、安藤と横の席になってから毎日のことなのでさほど気にせずにいた。
だが時折、安藤が自分の名前を小声で口にしていたため「何か用か?」という視線を向けジェスチャーをしたが安藤は「くくく、まだその時ではない。然るべき時が来たら………」そう口にしそれきり黙ってしまうのだ。
それからというもの授業中に安藤が小声で何かを口にしていようとも気にしないようにしたのだ。
無論気になるものは気になるので時折何をいっているのか聞き耳をたてるのだがやはり何を言っているのかわからない。
そして1日の授業が終わり帰路に着こうとした際。
ドタバタドタバタと何やらせわしない音が廊下の方から聞こえてきた。
「しょーうー!ヤッホー!今日は休み時間に用事が入っちゃって将に会いに行けなかったから久しぶりの将に会えて嬉しいよー!」
教室に入ってきた瞬間に思いっきり将の胸めがけダイブしてきた幼馴染み憂希みおを手慣れた様子であしらいながら口を開く。
「はあ、お前なあ久しぶりって行っても昨日会ったばかりだろ?いちいち大袈裟なんだよお前は」
「12時間32分15秒ぶりなんだから仕方ないでしょう。プンスカぷん」
「プンスカぷんて……ていうかそんな詳しい秒数まで覚えてるのか!引くわっ!」
「ウワーン!引かないで~」
「わかった!わかった引かないからその涙まみれの顔を僕の服にすり付けるな!」
将はみおの顔をを制服から遠ざけようとするが力が強く引き離せない。
「お止めなさい!みっともない。将さんが嫌がってるじゃありませんか」
将が声のした方向へ視線を向けると教室の扉にもたれ掛かる形で幼馴染みの江藤リサが立っていた。
「やあ、リサ。止めてくれてありがとう。リサが止めてなかったら今頃は僕の制服は杜撰な状態になっているところだったよ」
「私は当然のことをしたまでですわ。それよりもお体の方は大丈夫ですか?」
そう言いながらリサはスススと将の方へ、かけて来て将の服へスッと手をかけた。そして…
「なっ、何をしてるんだ!? リサ!」
心底疑問に思っているような表情でリサは答える。
「何とは何ですか?将さん。私は妻として夫の汚れた衣服を脱がせて洗おうとしているのですが?」
その言葉を発し終えた瞬間空気が凍ったのを将は感じた。もちろん物理的にではなく対立による精神的なものだ。
心なしかみおの蒼穹に染まった御髪、リサのすみれ色の御髪がゆらゆらと揺れているように見えた。
「リサちんさー私にお止めなさい、みっともないなんて言っといてさーそんなことやるんだー? へーそうなんだ、そうなんだ。ふふふ、このビッチ!」
「そんなこととはなんですの?先程も言いましたが妻として当然のことをやったまでですよ。それはそうとビッチとはなんです?私はまだ未経験なのですよ?少しは言葉を正しく扱ったらどうです?赤ちゃん」
将の額に冷や汗が流れる。
女の子というものは怖いものだと思ったが黙っていてはさらに激化することが目に見えていたので二人の間に割ってはいることにした。
「はいはい、そこまでー!喧嘩はダメだよ喧嘩は」
「将がそう言うなら…」
とみお
「将さんがそうおっしゃるなら…」
とリサ
二人とも釈然としない様子だ。
喧嘩するのはなんとやらとはなんとやらとか思いながら二人の顔をまじまじと見つめていると
「なんですの、将さん? 人の顔をまじまじと見つめて」
将は先程心に思っていたことをあろうことか口に出す。
「いや、二人を見てると喧嘩するほど仲が良いって言う言葉がしっくりくるなーなんて」
「いやいや、それはないですわ。こんな言葉の意思疏通ができない赤ちゃんなどと」
「うん、それはないわ。結婚してもない男子の妻とか名乗っちゃってる頭のおかしい女と仲が良いなんて、笑っちゃうわ」
笑っちゃうわなどとは言っているが全く笑っていない。むしろ能面のような表情で逆に怖いものだ。
「そ、そうか? 気に触ったようならすまん」
将はやや吊りぎみの笑顔で目の前の二人に謝った。
「フフフ…」
微妙な空気が流れていた教室内に三人以外の声がどこからともなく入ってきた。
声のした方に視線を向けてみると先程のリサと同じように教室のドアに背をもたれた状態で安藤が立っていた。
将はこの微妙な空気に差し込んだ安藤という光に堪らなく感謝した。
安藤にウィンクを送り感謝の気持ちを送る。
だが安藤は意味ありげに笑うばかりだ。
「フフフ、フフフ……」
「安藤くん、何かな? さっきから笑ってばかりで何が言いたいの?」
みおが若干イラついたように尋ねた。
「勝木将…背後に気をつけろ」
「優、どういうことだ?背後に気をつける?」
将は後ろに何かあるのかと思い後ろを見たが何もない。
頭にはてなマークを浮かび上がらせていると、もうすでに自分の用は済んだとばかりに安藤は去っていった。
「リサ、みお。優の背後に気をつけろってどういうことだと思う?」
「さあ、私には全く検討がつきませんが……」
将は後で安藤にそれとなく聞いてみようと思った。
一方でみおは顔を下に向けながら
「あ……つ…ど…から気づいて。はい…しなきゃ」
みおは何事かぶつぶつと言っていたが将には最後のしなきゃしか聞き取ることができなかった。
不審に思っている将に気づいたのかみおが先程の質問に答える。
「うーん。みおには分かんないや。まあ、そんなことはどうでも良いじゃん。ほら!もう夕方だし帰ろ帰ろ!」
辺りはもうすでに夕刻に差し掛かっていた。