てんぷれっ
周りは石の壁だった。松明がパチパチと燃えて火の粉を散らし、私もパチパチパチパチと拍手をする。おっと、拍手はしちゃ駄目なのかも。
キョロキョロと周りを見渡すと、学校の生徒たち20人程がザワザワとざわめいていた。自習中に教室の床が輝いて、魔法陣が描かれると、驚くクラスの生徒たちは光に包まれたのだ。
「な、ここはどこなんだ?」
「まさか異世界召喚か?」
「駄目だ駄目だ、なんで異世界召喚?」
生徒たちは嘆きながら蹲ったり、抱き合ったりして動揺で大騒ぎをしている。
松明の炎に照らされて重厚なる石壁に、壁に掲げられているタペストリー。そして重そうな金属の鎧を着込んだ兵士が鋭く光る鉄の槍を持って立っていた。
私たちの下には魔法陣が書かれている。そして、目の前には鎧を着込んだ大柄な体格の男とローブを着込んだ人たちと、豪華そうなドレスを着た金髪の美少女が立っていた。
「私はアルフラム王国の第一王女。エステル・アルフラム。よくぞ来ました。異世界の勇者たち……勇者たち?」
輝くような笑みで少女が一歩前に出てくる。私たちを見て怪訝な表情になるが、僅かに咳払いをして、可憐な微笑みへと変える。
生徒たちは顔を見合わせて、私を見てくるので、ぶんぶんと首を横に振る。代表は生徒たちから出してね。テンプレでファンクラブもありそうな腹黒爽やか男子か、聖女系委員長でよろしく。
「あの……そんな存在はいませんよ? 人気があると言ってもまちまちですんで」
押し出されるように平凡そうな眼鏡をかけた男子が前に出てくる。金髪美少女は顔を微かに歪めるので、会話はできるらしい。翻訳システム搭載の魔法陣なのだろう。
「戸惑うのも無理はありません。まずは『ステータス』と言ってください。選ばれし勇者様の職業が出るはず。その方こそ魔王を倒す力の持ち主なのです」
「やべーよ、これ勇者はハズレなんだろ?」
「ザマァ展開だとそうなるよな」
「なになに? なんの話?」
「いや、ハズレ職業持ちが後で覚醒してブイブイ言うんだよ、こういう展開は」
「なぁ、この話し合いって必要か?」
テンプレを守らない生徒たちであるので、どよめきハズレ職業が良いと話し込んでいた。でも、最近は正道推しもあると私は思うんだ。特にこうやって自覚しちゃう場合はハズレ職業の人がザマァされたり。
「あの……勇者様たち? ステータスと言ってくれませんか?」
多少苛立ちを含んだ声音で言う美少女。王女というから、人に対する気遣いはないみたい。上から目線なのはテンプレだ。
「あ、この王女性格悪そう」
「奴隷の指輪とか使いそうだよな」
「召喚しておきながら、よく来ましたとか、訪問を歓迎するスタイルだし」
「ねーねー、よくわからないんだけど〜」
鍛えられている生徒たちだ。王女を前にまったく怯む様子もないので、そろそろ王女様は怒りそう。手を握りしめてなんとか耐えているようだけど、それだけで上に立つ人間としては失格だ。ポーカーフェイスをしなくちゃね。
「貴方たちはやけに余裕そうですね? 早くステータスと言ってくれませんか?」
刺々しい声音で王女は言って、大柄な騎士が強面の顔で睨んでくる。ちょっと怖い。
強面の顔で睨まれるのは苦手なのだ。お友だちと一緒に生徒たちの背後に回って隠れる。生徒たちはため息を吐くと呟く。
「ステータス」
その言葉と共にステータスボードが開いた。職業が表示されている。
『学生』
『学生』
『学生』
『学生』
『学生』
『学生』
全員学生だった………当たり前の結果だった。皆の今のお仕事は勉強をすることなのだから。
「はぁ? 勇者様はいないのですか?」
ステータスボードは他人にも見れるらしい。呆れるように王女は叫ぶ。視力が良いらしい。
大袈裟にため息を吐くと、王女はこちらを見下すように睥睨してくる。
「大金をかけたのに……。魔法の触媒は貴方たちの何百倍もの価値がありますのよ……仕方ないわね、全員奴隷の首輪を付けてあげなさい」
なんということでしょう、悪い王女だったようだ。テンプレである。
騎士たちがため息を吐くと動きだそうとする。それを見た生徒たちは騒ぎ始める。
「助けて、四季レンジャー!」
「きゃー! 四季レンジャー、襲われそうなの!」
「死んじまう〜」
助けを求める声が響くので、私はお友だちと顔を見合わせて、コクリと強く頷く。
「まてっ、あくのきしよ!」
「あくはゆらさないぜ!」
「ゆるさないですわ?」
「えと、さんじょー」
お友だちと一緒に駆け出して、生徒たちを庇い、ポーズをとる。
ちっこいおててを空に掲げて〜
短い手足を精一杯伸ばして〜
ぺったんこなお胸を張って〜
小柄な背丈でめいいっぱい格好をつける。
「四季レンジャー、千春!」
「四季レンジャー、千夏だぜ!」
「四季レンジャー、千秋でつわ」
「え、と、四季レンジャー、千冬でつ」
4人の幼女がポーズをとって、ふんすふんすと鼻息荒くさんじょーだ! 可愛らしい幼女さんじょー。
「召喚魔法陣を悪用する悪の犯罪者めっ!」
「あたちたちがゆるさないぜ!」
「オーホッホッ」
「恥ずかしいよ〜」
息のあったバラバラなポーズででんぐり返しをする。コロリンと転がって、上手くできたよと、自慢顔で可愛らしいスマイルを浮かべる幼女たち。生徒たちはその可愛らしい姿に拍手をパチパチしてくれる。
「必殺マジックペン!」
マジックペンを取り出すと、手に持って千春はテケテケと委員長に近づき、カキカキ。
『学生』→『えらばれしゆうしゃさま』
「貴方は今えらばれしゆうしゃさまになりまちた! さぁ、今こそ悪の王女にザマァでつ!」
「えぇぇ! 四季レンジャーが戦ってくれるんじゃないんですか? しかも、『さま』まで入れてる!」
委員長は驚き叫ぶが千春にとっては当たり前だ。だって、えらばれしゆうしゃさまって、言ってたもん。
「な、ステータスボードを書き換えたのか! なんだこの幼女は!」
大柄な騎士が血相を変えて、掴みかかってくる。
「うるさいでつ! 幼女ぱーんち!」
紅葉のように小さなおててでひっぱたく。まるでトラックに当たったかのように騎士は吹き飛んでいき、石壁に激突してピクピクと痙攣して気絶した。
「あぁっ! レベル99の騎士団長が!」
王女が驚愕して叫ぶので、ピンときちゃう。カキカキ。
委員長 『レベル1』→『レベル999』
「ええええ! レベルは最高99のはず!」
「ちょっと勝手に人のレベル変えないでくださいよ!」
「テンプレでつよ! レベル99の世界でレベル999になるんでつ」
拳をキュッと握りしめて、委員長の背中を背伸びして押す。んせんせと押しちゃう。
「えらばれしゆうしゃさま、たすけてでつ!」
「はやくたたかえよ〜」
「だれか、ハズレしょくぎょうになりたいひと〜」
「あたちかえるね……」
ヘイヘイゴーゴーと委員長を囃し立てる。千冬ちゃんは用事があったみたい。
『奴隷化』
ローブを着たおじいちゃんが魔法を私たちにかけてくる。ピカピカ光るリングに捕らわれて、私たちは魔法の効果で奴隷にされちゃう。
「大変でつ! 頼りになる仲間が敵になっちゃいまちた!」
「愛の言葉で奴隷化を破れよな」
「あたちは、お菓子でいいでつわ!」
「あ、ずるーい! あたちもお菓子〜」
ぐわ〜、ぐわ〜とコロコロ転がって苦しんじゃう。グワッグワッと千夏ちゃんがアヒルの真似をし始めて、手を羽根のようにパタパタさせる。楽しそうだから、あたしもやろうっと。
千秋ちゃんも一緒にアヒル三姉妹幼女が現れた。可愛らしいチビアヒルたちである。
「グワッグワッ」
「グワッグワッ」
「グワッグワッ」
ぽてぽてとアヒル三姉妹は歩き回り、生徒たちはその姿に拍手をして褒めてくれる。てへへ照れちゃう。
「な、魔法が通じない? なんだこの幼女たちは!」
ローブを着たおじいちゃんが口を開けて驚き、壁際の騎士たちが槍を構えて襲いかかってくる。
「アヒル三姉妹アターック」
「千冬ちゃんも連れ戻さないか?」
「先におやつ食べる気かも!」
そういえばおやつの時間だと慌てちゃう。グワッグワッ。ついでに高速羽ばたきで、騎士たちを跳ね飛ばしておく。
「みなしゃん、帰りまつよ〜」
手を振り、帰還の扉を作り出す。生徒たちは自習時間が終わると急いで帰っていく。
「やれやれ」
「次の時間で終わりだね」
「話のネタに良かったな」
口々に感想を言いながら帰っていく。
千春も魔法を放とうとする残りのローブ姿の魔法使いに、アヒル光線を撃って倒して扉を潜る。
「テンプレたくさんで楽しかったでつ」
「バイバーイ」
「それじゃ、さようならでつわ」
そうして扉を潜って、幼女たちは帰還するのであった。
「………真面目に魔王と戦争をしましょう……」
自分以外倒されている信じられない光景にため息を吐くと、王女は転がっていたマジックペンをこっそりとポケットに入れて立ち去るのであった。